備忘録>第1弾
備忘録 第1弾 2008年1月10日更新分
第1弾はEF65-1001号機特集 過去の写真に関する回想記を徒然なるままに備忘録として残しています。
2007年7月24日
ともかく暑い夏の朝だったのを覚えている。


前日の往路のセンイチが目の前で通過していき、悔しさ紛れに当日はE655の東北線試運転と兼ねて出撃した。
当日雲は全くないほど晴れ晴れとしており、(この時は)念願のピーカン光線でセンイチをやれると思ったのだが、案の定鎌倉踏切で3074レを撮影する場合は上り本線の被りリスクは避けられず、その日も列警が同時接近を伝えたのを覚えている。
が、この日は運がいいことに本線に雲隠れする事は無く、上手い具合に来てくれて助かった。
センイチをやった後は丁度新潟沖中越地震の迂回列車が運転されており(岡山の1008号機と新鶴の1062号機との交代ループ運用)、3074レの続行列車となる為こちらも狙う同業者は多かった。
迂回列車をやった後は一気にワシクリに移動し、猛暑の中ひたすらワシクリでキャンプを拓いて汗だくで帰ってきたのも懐かしい。
2007年3月4日

当日は日曜日だったが、特に鉄した訳ではなかった。
というのはこの時期学年末試験であり、とりあえず鉄は自粛していた。といってもとりわけ勉学に真っ向から向かい合う訳でもなく、ただ時間の浪費と化すが如くにダラダラしていたのだ。
そんな中、掲示板を見ると3362レがシキ付き、しかもセンイチ牽引との事。よーく考えてみれば一昨日の3363レにセンイチが入ったことを思い出し、シキ付き+空コキという事でコキを目立たせたくないが為に地元の隠れポイントへと向かった。と、いうのは嘘で、実際はただ面倒くさかっただけなのだが・・・
ポイントに付くと、晴れのような曇りのような曖昧な天気の太陽は駅前ビル郡に雲隠れし、見事にド逆だけは回避出来た。が、逆に露出は下がり、オマケに時期が時期だけに手前の草が黄土色に染まってしまっていた。
結果露出が厳しく、景観も悪く、もっと別ポイントに行けば・・・と後の祭りになるのだった。
2007年6月29日
撮影地選択がミスであった。


29日に例年の戦車回送があることは大分前から知っていた。が、センイチがそれを牽引すると知ったのは数日前の事である。
しかも荷物は例年の作業機械でなく、本物の装甲車らしいという事で一層気合を入れていた。
当日朝から友人は場所取りをし、学校帰りに家経由でチャリを爆走させて笠間大橋に向かうとまだ定員が足りる感じだ。荷は短い事を知り、位置的に知人の隣に入れさせて頂いた。
そこまでは問題はなかった。当日雨が降るという天気予報は初めから信じず軽々しくスルーしていた。しかし、8862レの通過後辺りから状況は変わり始めたのだ。
なんとも小雨は豪雨に変わり、夏至シーズンと言えども露出は格段に落ちた。撮影地選択をミスしたというのは、笠間大橋だと俯瞰気味に撮影するので一番雨の影響を受けやすかったからだ。
案の定写真は撃沈。前年はEF210で牽引していただけに今回は残したいカットだったのに、まさか通過数分前に豪雨と化すとは・・・
2007年10月6日
夢のカットが実現した。


以前から東海の赤ホキ運用を牽引するセンイチは是非とも抑えておきたかった。そんな希望が現実になったのは、遠征の2日前の出来事である。
当日は試験明けで学校が早く終わり帰りにM氏宅に遊びに行った。特に3461レにネタガマが入るとは思わなかったが、運用状況板を見てみるとまさかの3461レ登板であったのだ。まさかこんな日に、しかも学校からポイントまでチャリで5分という距離だけあってか非常に落胆したのを覚えている。
が、しかし待てよ?今日3461レに入ったって事は、休日に赤ホキ運用に就くんじゃないか?そう提案するとM氏はすぐさま赤運用表を持ってきてくれた。貨物時刻表と運用を照らし合わせると、なんと休み中に赤ホキ運用に入る事が判明したのだ。とりあえず地元の知人に連絡をし、Kさんにもお誘いがてら詳細を聞いてみた。すると専用貨物だけあってウヤもザラにあり、単機もザラにありとのこと。金銭上、ともかく土曜の列車にするか月曜の列車にするか悩んだ。土曜に行ってウヤだと往復の運賃はバカバカしいものになるし、かといって月曜だけに限定して行っても左に同じでウヤになった場合の保証がつかない。
しかも友人は土曜に個人面談があるとの事で、もはや土曜は絶望的になったのだ・・・が、担任に電話してみるとフツーに日程をずらす事をOKされ、一か八か土曜に賭ける事にした。
家に帰ると徹夜で予定を組む。それまで名古屋地区の貨物は全く無知だったので、それらを通して予定を組むのは朝までかかった。
ここまでは順調だったのだが問題発生。そう、土曜からは3連休。金曜にサイバーステーションを見た時点で当然ながらは満席だったのだ。最悪の場合強行厨と成り得るとこであったが、M氏と駅に向かう途中サイバーステーションを見ると、なんとも先ほどまで×だった席が△になっていたのだ。とりあえずM氏を窓口に急行させると、見事1席確保してくれていた。その後も指定席券売機でキャンプを張っているとながらの席は次々と放出され、運のいいことに2席、しかもセミコンパートメントを確保出来たのだ。いやはや、当日の19時台は見物である。
さてさて、出発約3時間前にしてようやく支度が整った一行は、銀河の手前の電で出撃して熱海よりながらに乗車。殆ど眠れないまま早朝のひんやりとした名古屋駅に放り出された。

予定通りに階段をダッシュして名古屋の駅先に三脚を立てる。都会の駅先は極力避けたいのだが、高架な感じの新鮮な構図に魅了されたのだ。予定通りフライアッシュ専用貨物を撮り、昨日買った朝飯を食っていると何やら接近の放送・・・こんな時間に貨物あったけな?と思うとM氏があれセンイチじゃね?と言うのでよーく見てみるとなんともホンマモンであった。ともかく変な構図を変え、合ってないピントを合わせ、なんとも予定外にセンイチを撮影出来た。といってもまぁ運用の一往復目を確認していなかっただけなのだが、これで赤ホキが走ってくれる可能性が出たのだ。
名古屋の駅先では甲種をやり(ここでも感動体験があったのだが省略)、夢のカットであった大垣の築堤へ向かう。撮影地は運よく薄曇りとなり変な光線加減とならずに済んだ。地元の同業者の方に作例を見させて頂いたりして、無事にセンイチの赤ホキをやるのである。
これを撮った後は横屋駅まで道を間違えながら猛ダッシュし、樽見鉄道を経由して木曽川のポイントへ。ここはタイガーロープがあるのが残念だが、午後の上りという光線状態を考えると申し分ない。虎網嫌いが少し解消した理由でもある。
本来復路はサブだったのだが、微妙な上り勾配にカーブととても迫力のある写真が撮れ、しかもこの光線状態で赤ホキ、1エンドという条件でタイガーロープなどどうでもよくなった。
帰りは普電で何時間もかけて帰ったのだが、あまりの感激に疲れなどとうに飛んでいたのは若さの印かな?