
全国各地で地方競馬の廃止が急速に進んでいます。何とか存続している競馬場も、現場では賞金削減等、合理化に合理化を努めている現状で、「廃止するのも地獄、存続するのも地獄」という、常に廃止と背中合わせの状態です。レジャーの多様化に加え、長らく不況が最大の原因でしょうが、全国で相次ぐアラブの血統的淘汰といった現実も見逃せないかも知れません。限られた頭数で毎日開催をしなければならない公営競馬にとって、丈夫で長持ちのアラブ競馬の不成立や廃止は大打撃と言えるでしょう。また、多くの公営競馬がそうであるように、「戦後復興」の一環として終戦後間もなく開設されたものが、すでに存在意義を失っている競馬場もあります。かつて自治体を潤していた頃とは、世の中そのものが変わってしまったわけです。主催者である地方自治体のお役人の方々は、旧態然とした考えを変えられぬまま、しかも数年おきに担当者が異動する中で、興行しているのは「経営のアマチュア」という、そもそもの無理がある上に、彼らは、競馬を「社会悪」として捉えてきた団塊の世代が主たる年代層。当然、存続に後ろ向きな心情が作用することになります。そして、現場の人々が議論に加われない場所で存廃が決められてしまうシステムにとどめをさすことになるのです。 かつて、大衆にレジャーを提供し、畜産業の振興に寄与し、そして何より戦後復興と高度経済成長を支え、私たちに勇気と希望を与えてくれた日本の地方競馬は、まさに今、かつてない危機に立たされているのです。
引退式に臨むオグリキャップ号と若かりし安藤勝己騎手。 平成3年1月15日・笠松競馬場 平成18年1月3日に、「全場踏破」を達成。その間、足を踏み入れた公営競馬場の数27ヶ所。うち、鬼籍入りとなってしまった競馬場は7ヶ所を数えます。あるときは、どこかで競馬場廃止の報を聞くにつれ、仕事をやりくりして無理矢理にでも駆けつけ、その最後の雄姿をカメラに収め、またあるときは、どこかの「××ダービー」に遠路はるばる馳せ参じ、彼の地のスターをこの目で確かめに行く。そんなことを十数年にわたって続けてまいりました。廃止が問題となる以前に訪れた競馬場では、カメラを持参して行かなかったため、記録がまったく残っていないところもありました。そんな競馬場は、後日改めてカメラ片手に再訪しました。
この公営競馬写真館「テープは切られた」を通じて、私の記憶の中にある全国の競馬場の数々を皆さんに紹介することで、みなさんが少しでも地方競馬に興味を持っていただければ幸いに存じます。
平成16年8月吉日開館
「最後」の新潟ダービーに臨む。手前(3番)の向山牧騎手は笠松競馬で、すぐ後ろの山田信大騎手は船橋競馬で現在はそれぞれ活躍中。 平成13年7月8日・三条競馬場
- 今回アップロード(平成19年1月7日)…
- 馬頭観音群のコンテンツを追加。
- 川崎競馬場(神奈川県)
- 次回アップロード予定(平成19年3月中旬予定)…
- 海外編・その1
- 香港「沙田(シャティン)競馬場」、マカオ「タイパ競馬場」
- 今後のアップロード予定(平成19年5月上旬予定)…
- 「夢破られて・・・」
- 全国公営競馬場・はずれ馬券コレクション(Part1)
- 今後のアップロード予定(平成19年8月予定)…
- 「何をやってもダメな日は・・・」
- 全国公営競馬場・はずれ馬券コレクション(Part2)
- 次回アップロード予定(平成19年11月下旬予定)…
- ちょっとコーヒーブレイクで・・・
- 全国公営競馬場・指定席券コレクション
トウケイニセイ像の前で 平成12年11月3日・盛岡オーロパーク 「テープは切られた」とは、かつては全国各地の競馬場で聞くことのできた、「定番」とも言うべきファンファーレを主旋律に持つポルカで、作曲者は、かの有名なシュトラウス兄弟の末弟、エドワルド・シュトラウスです。
下の「順路」ボタンは、浦和競馬場のハロン棒で、休日の内馬場解放時に撮影。「Exit」ボタンは、家内のズボンに止まる赤トンボ、岩見沢競馬場でのひとコマ。