荒尾競馬場

昭和3年2月20日開設
コース:右回り1周1200m・直線220m

 荒尾競馬参戦は平成12年の初参戦以来、これまで3度を数える。東京在住で郷里が東北地方の私としては、これは「破格」の待遇といえそうだ。荒尾駅から徒歩10分の至近にあり、その気軽さから、九州旅行の合間に2〜3レース楽しむことが出来たというわけである。やはり、「交通至便」というのは何につけても大きな武器になり得ると言える。
 そして3度目の参戦は平成16年5月2日。中央競馬では春の天皇賞の大一番。「何で、わざわざそんな日に?」と思われたか。この2ヶ月前に、新八代〜鹿児島中央間に開業した九州新幹線に乗るためである。ゴールデンウィークというまとまった休みでもなければ、なかなか遠路・九州まで出向く機会がないからである。私の中で競馬と鉄道が競合した場合、鉄道にベクトルが向くのである。だからといって、競馬も「真剣」に取り組んでいるつもりではある。

 「非国民!」「競馬をやる資格なし!」との仲間の激しい誹りを浴びながら、天皇賞に臨む彼らに背を向けて、ひとり、空路熊本入りした私は、熊本駅行きのリムジンバスと鹿児島本線を乗り継いで荒尾駅に降り立った。見覚えのある道を歩き大通りを渡って競馬場到着。沿線に市役所や消防署などがあるのも、自治体と身近でよろしい。ただ、駅からの道程で、「馬刺あります」という張り紙を3軒も見たのはちょっと生々しい気がしたが・・・。この日は空港からの直行で荷物も重く、天皇賞場外発売とGWで混雑していたので特観席を購入。入場すると、場内に「おさるのかごや」が鳴り渡っていた。締切5分前を知らせているのである。そもそもなぜ「おさるのかごや」なのかと来るたびに頭をひねってしまう。この童謡は山上武夫の作詞で、作った場所は東京都の大森、イメージは彼の郷里の長野県・松代の夕焼け空というから、あまり九州とは関係なさそうだ。壱岐の名勝「猿岩」がヒントなのだろうか。ちなみに「小田原提灯」とは、中がリング状で折りたたみ可能な携帯に便利な提灯で、小田原の提灯職人甚左衛門の考案といわれている。
 さて、問題の収支だが、この日はなぜか絶好調。5,6Rで続けて4桁配当をゲット。早くも余裕が出た私は続く8Rでも15倍をヒット。メインの荒尾記念は落としたものの、最終レースで74倍を的中とまさにやりたい放題。九州新幹線初乗車のあと、鹿児島のホテルで勝利の美酒と相成った。帰り道で買った馬刺がこの世のものとは思えないほど美味かったことを付け加えておこう。(私って、やっぱり競馬やる資格ない?)

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 平成16年5月2日、天皇賞の馬券が、ここ荒尾でも場外発売されるとあって場内は満員。この日は特観席で参戦。その特観席からパドックを見下ろす。ちょっと草むした状態です。でも、それもまた味があっていいかも・・・。

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平成13年に廃止となった中津競馬から移籍した高山伸一騎手も活躍中です。


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 向上面は背中がもう有明海です。遠くに船の姿も見えメルヘンチックな雰囲気を醸し出しています。特観席をゲットした甲斐あった?(笑)

【左】荒尾競馬・前年度リーディング1位・ディフェンディングチャンピオンの吉留孝司(よしどめ・こうし)騎手。5Rの返し馬に臨む。騎乗馬のザオーハンター号(3番)は、平成15年11月に廃止となった上山競馬から転入した3歳牡馬。このレースで見事2着。現在も現役で頑張っています。特観席からデジタルズームで撮影したので、画素粒子が荒いのはご勘弁ということで。
【右】平成16年デビューの田中良明騎手。この日の1Rをテイエムムサシ号で見事デビュー4日目にして初勝利という快挙を成し遂げたナイスガイも、またあどけなさが残る17歳。素顔は「理想の女性は上戸彩」(公式HPより)と語るごく普通の少年だ。写真は、上機嫌で周回する6Rのパドック。このレースは残念ながら後方のまま7着に終わりました。人生、いいことばかりじゃないさ!苦境に立つことがあっても、それを乗り越えて頑張れ!


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 この日のメインは、アラブの重賞・荒尾記念。見事人気に応えて快勝のハクコウベスト号(6番)と牧野孝光騎手。アラブ競馬も血統的な淘汰により絶対数が激減し、今や貴重な存在となりつつあります。



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 スタンド裏手に軒を並べる飲食店街はなかなか充実しています。九州人らしい威勢のいいかけ声で、客引きも華やかです。
 私のお薦めはスタンド2階の「中華そば」。といっても、もちろん豚骨スープです(写真下)。荒尾市の隣の大牟田市は「九州ラーメン発祥の地」なのです。

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