大井競馬場

昭和25年5月2日開設
コース:右回り・外回り1周1600m・直線386m、内回り1周1400m・直線286m

 大井競馬と言えば、「トゥインクルレース」が代名詞的存在であり、都民の私にとっては、ここは、1年に十数回は必ず足を踏み入れる「ホームグラウンド」である。初めて見たレースが昭和62年の年の瀬、まだ3000mだった東京大賞典。8歳馬(現在の数え方では7歳)テツノカチドキの王座奪還劇だった。トゥインクルの初参戦がチャンピオンスターが勝った平成3年の帝王賞。平成12年の帝王賞で13番人気のドラールアラビアンの覇気を返し馬で見抜いて会心の万馬券。平成14年の東京大賞典では、1号スタンド(L−Wing)改修、4号スタンドのグレードアップによる収容人員減少のあおりで、競争率の高い指定席争いで改札ゲートが破壊というハプニングにも遭遇した。
 昭和25年の開設以来、常に全国の先駆者として、チャレンジ精神旺盛な取り組みを見せ続けてきた。昭和25年9月ゴール判定写真、28年スターティングゲート、30年パトロールフィルム、61年ナイター競馬、平成11年ワイド馬券などは、中央にも先駆けた全国初の試みである。また、ダート統一GIの帝王賞、東京大賞典も行われ、広さも場内の設備も日本一。単なる先駆者的存在であるばかりではなく、名実ともに日本の公営競馬のリーダー的存在である。

【左】正面入り口付近には「ハイセイコー像」が鎮座します。70年代の中央競馬界を震撼させた「大井の怪物」が没した平成12年に建立され、同時に出世レースだった「青雲賞」が「ハイセイコー記念」と名称変更されたのは記憶に新しいところです。
【右】マスコットキャラクター「うまたせくん」。場内各所に出没する彼は、年齢30歳、牡牛座のB型、尊敬する人は石原裕次郎さんなのだそうです。(大井競馬公式ガイドより)
写真は平成15年12月29日、東京大賞典当日、朝8時15分開門直後、無事指定席を確保してホッとした一コマ。プライバシー保護のため、画像の一部を加工しております。「俺は犯人じゃない!」と怒られそうですが…。


 南関東の大きな特徴は「グループ化」をしたこと。馬も騎手も1都3県を股にかけて活躍しています。今、全国で話題になっている廃止問題も、こうした工夫で回避できるところがあるかも知れません。モデルケースとして全国に一石を投じることができればよいのですが。地方自治とはそんなに一筋縄で行くものでもないのでしょうけれど…。
 左は、地元・大井競馬所属、御大の的場文男騎手。右は、お隣千葉県は船橋競馬所属の桑島孝春騎手。桑島騎手、カメラ目線ありがとうございます。



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 ナイター限定、「お約束」のバルブ撮影です。撮影日は平成16年10月15日、絞りは4.8、シャッタースピード1/4秒です。本当はもっとシャッタースピードを落とせれば、勝負服が虹のようなラインになってきれいなんでしょうが、ナイターの照明ってすごく明るいんですね。それにしても、馬の足がどのように動いているのかよくわかると思いませんか?



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 2号スタンド5階指定席から直線の攻防を見下ろす。公営競馬としては日本一の規模を誇るだけあって、なかなか壮観です。

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 大井名物のひとつ、生ファンファーレ隊を5階席からデジタルズームで撮影。特別レース限定です。



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 平成15年12月29日、前日に竣工したばかりのの新1号スタンド・「L−WING」を撮影。朝一番ですがすがしい。「L」には、大きく目立つ(Landmark)、先駆者(Leader)、勝利・栄光(Laurel)の意味が込められているのだそうです。私は、1コーナー付近に聳えているから「左翼」を意味するのかと思っていました。

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ナイター開催時にはライトアップされます。
(平成16年9月17日撮影)