園田競馬場

昭和5年12月15日開設
コース:右回り1周1000m・直線228m

 その瞬間は意外に早くやってきた。「日本の競馬場全場踏破」を意識しはじめたのはいつ頃からだろうか。全国各地の地方競馬場の赤字が問題視され、その皮切りとして大分県の中津競馬場の廃止が報じられたあたりからだろうか。思えば「日本の鉄道全線完乗」を志したのも同じような理由からであった。私の心の中に、去りゆく弱者に対する判官贔屓が存在するのか、それともただの物好きなのか・・・。とにかくその日はやってきた。「公営競馬27ヶ所+中央競馬10ヶ所=しめて37ヶ所」そのすべてに足跡を記す大記録(?)・・・それは、平成18年1月3日、正月競馬にひしめく大観衆の中で達成された。

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 園田競馬は、古く平安時代の流鏑馬にルーツを持つ淡路競馬場を廃止・移転する形で昭和5年に開設、昭和13年の「軍馬資源保護法」により「鍛練馬競走場」として存続、戦後の昭和21年に競馬を再開したという経緯を持ちます。(淡路競馬も昭和22年に旧競馬場跡を活用する形で復活、昭和24年に姫路に移転されるまで開催されました。)
 その後、昭和46年と昭和55年の2度にわたって起きた大規模な八百長事件、昭和49年の「焼き討ち事件」などの逆境を乗り越えながら、長い間、アラブ専門の競馬場して開催され、特に、アラブ日本一決定戦「楠賞全日本アラブ優駿」が有名でしたが、平成11年にサラブレッドを導入、平成13年に2歳馬の入厩を中止し、現在ではサラブレッド専門の競馬場となっています。

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 例年にない寒波の影響で、冷たい風が吹き付ける中での競馬でしたが、正月ということで、ご覧のようにかなりのお客さんが集まりました。



【左】有馬澄男騎手は平成13年に廃止になった中津競馬で御大格にしてエースでした。ここ兵庫に移籍してからも、その実力を遺憾なく発揮し、この日も何度となく連に絡む活躍を見せました。
【右】2000年1月、中央競馬の若駒Sにおいて、ダイトクヒテンを単勝万馬券に導いた殊勲の星が鮮烈な田中学騎手も、エースジョッキーの一人です。



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 飲食店の並びで何やら長蛇の列を発見。見ればそれはたこ焼きを求める人たちの行列でした。さっそく私も行列に参加。待つこと十数分、第8Rを犠牲にしてまでありついた味は、それはそれはこの世のものとは思えないものでした。
 外はカリカリ、中はトロトロ。どうしてこんな焼き方が出来るのだろうと思えるほど芸術的な出来栄えです。園田競馬に行ったなら、是非行列に参加してみてください。

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 この日のメイン、重賞・新春賞。コルレオーネ号(9番・三野孝徳騎手)との競り合いを制した8歳馬・ロードバクシン号(7番・緑帽)。2000年度の兵庫3冠馬の面目躍如です。右はインタビューに答える鞍上の岩田康誠騎手。