宇都宮競馬場
昭和28年11月13日開設
コース:右回り1周1200m・直線200m
平成17年3月14日限り廃止平成12年は宇都宮が全国に雄叫びを挙げた年であった。ブライアンズロマンのサラブレッド最多勝(43勝)記録達成に人々の視線は釘付けになった。中央でデビュー以来、「出ると負け」ののち地方に整理されたものの、以後土つかずの29連勝をマークしたドージマファイターは、当時の世相も相まって、「リストラの星」と呼ばれ、中年世代の勇気の源となった。ベラミロードは統一重賞の東京盃をエース・内田利雄で制覇し溜飲を下げた。
そんな宇都宮競馬だが、長らく不況には勝てず、昭和54年度の344億円の売り上げをピークに年々減少の一途をたどり、平成10年から赤字に転落、累積赤字は41億円にまで膨らんだ。そう言えば、私が初めてこの地を訪れたとき(平成11年5月4日)、すでに指定席エリアの飲食店は1つ残らず廃業、ジュースの自動販売機すらなく、唯一口に入るものが、無料給茶サービス機だけという有様だったことを思い出した。福田昭夫栃木県知事は、平成16年10月19日、「税金で競馬の赤字を補填することは県民の理解が得られない」として、16年度末での廃止を発表した。同知事は、「250人に及ぶ関係者の雇用対策については誠意を持って対応していく」と表明したが、得られない県民の理解と、署名すらできない現状。これでは前途多難であることは目に見えているし、たとえ受け入れ先が決まっても肩身の狭い思いはしないのだろうか、ふと余計な心配をしてしまった。かつてはここに、身を持ち崩した人がたむろし、その裏で自治体が潤った時代があった。今も根強く残る「斜陽の博打場」というレッテル。そして人が去っていった・・・。昭和はこれで終わる。
入場してすぐのところに飲食店が連なります。「宇都宮」を象徴するように『餃子』も売っています。蛇足ながら、この日、平成16年11月14日のメーンレースは「宇都宮餃子会長賞 第6回とちぎスプリンターズ天馬杯」という何とも長い名前のレース。場内では『宇都宮餃子』の実演販売も行われていました。なかなかの味であったことを付け加えておきましょう。
午後2時も過ぎた頃には、焼きそばが300円から100円に値下げ!ちなみに焼き鳥は値下げになっていませんでした。
飲食店街の斜向かいにパドックがあります。入り口から進んで行くと、ちょうど正面突き当たりといった感じで位置しています。なかなか見やすい構造になっています。
【左】 8R「幸の湖賞」の返し馬に臨むモンキーフリップ号と山田博美騎手。このレースで見事に9番人気を覆して快勝。馬単4万、三連単38万、この日一番の大穴の立役者となった。 【右】 メーンの「とちぎスプリンターズ天馬杯」に出走するマルハチストライク号。上山から転入したこの馬は、平成12年の東北2歳チャンピオン。そのレースで、私に穴馬券をプレゼントしてくれた彼も、この日は残念ながら最下位に終わった。素軽い身のこなしでマルハチストライクに騎乗する早川順一騎手。カッコいい〜!
「幸の湖賞」、最後の直線の模様。先頭を快走するエース・内田利雄騎手。この数秒後に三連単38万の大どんでん返しが待ち受けていようとは・・・。
勝ったモンキーフリップは大外の6番手、2着のディーエスフォース(5番・平沢則雄騎手)に至っては、まだ最後方にいます。
内馬場は公園になっていますが、人気はほとんどありません。左写真は、明らかに元は日本庭園だったと思われますが、ご覧のように草ぼうぼうで、それも半年やそこらで伸びた草丈では到底ありません。もう、マスコミに公表されるずっと前から、競馬場存続はとっくの昔に諦めてしまっていたのかも知れません。ポニー公園(右写真)も開店休業状態で、肝心のポニー君も寂しそうです。競馬場は廃止になってしまったけれど、どこかに引き取ってもらえたのかなぁ。。。