聖ウァレンティヌスの日
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「デス、今日が何の日か知ってるか?」 いつもより軽い足取りで巨蟹宮にやってきたアフロディーテは、子供の様に瞳を輝かせて宮の主に問いかけた。 「あぁ?来た早々何だ、一体」 うっとおしげに顔だけアフロディーテに向けて、煙草の煙と共に言葉を吐き出す。 「だから、今日が何の日か知ってるかと聞いているんだ」 煙にむせながらも、同じ問いを繰り返した。 デスマスクは考える様に顔を顰めるが、やはり判らず肩を竦めた。 「…本当に判らないのか?」 「判んねぇ。何だっけか」 真実知らなそうなデスマスクの口振りに、アフロディーテは機嫌を損ねて表情を変える。 「じゃあ、あのプレゼントは何なのだ」 アフロディーテが指差した方には、無造作に置かれた簡易包装の小箱が数個。 デスマスクはちらりと視線をやると、あぁ、と納得した様に言う。 「今朝まで飲んでた店の女がくれたんだよ。邪魔くせぇから置いといたんだ」 つまらなそうにその中の一つをつまみ上げて、アフロディーテに向かって放り投げた。 「欲しいならやるよ」 「なっ。誰がいるか!」 柳眉を逆立て、受け取ったものを投げ返す。 「もういい!帰る。邪魔したな」 不機嫌を顕にして、アフロディーテはさっさと巨蟹宮を後にする。 残されたデスマスクは、一人勝手に怒って出ていった恋人の後ろ姿を、困惑した表情で見送った。 ドスドスと足音が聞こえそうな勢いで、アフロディーテは双魚宮へと戻る。 心の中をデスマスクに対する罵詈雑言で一杯にしながら。 途中、ミロが挨拶らしき言葉を掛けてきたが、綺麗に無視して自分の宮へと入っていった。 そして、部屋の中には入らずに真っ直ぐ薔薇園へと向かう。 下手に部屋に行くと、八つ当たりで気に入りの花瓶や食器を壊してしまいそうだったから。 薔薇園の奥に辿り着くと、薔薇に埋もれるようにその場に座り込む。 一人空回りしていた自分の愚かさを笑いたくなる。 恋人と過ごす日。 愛する人に、プレゼントを渡すのが慣習。 今日は、バレンタインだから。 だが、馬鹿な考えなどするのではなかった。 相手は、あのデスマスクなのだ。 こんな結果、容易に予想がついたはず。 そんな事にすら頭が回らない位浮かれて、プレゼントまで用意して。 私は、馬鹿だ。 ガッカリして、手の中のプレゼントを眺める。 行き場の無くなった、ただのモノ。 今日の予定が崩れ去り、他の何かをする気になれずそのまましばらく、薔薇の中に座っていた。 と、誰か、自分の名を呼ぶ声が聞こえる。 聞き慣れたけれど、聞き飽きない声。 思わず振り返ると、つい先程怒鳴った相手が、自分を探していた。 「デスマスク…?」 立ち上がって小さく呟く。 何故いるのだろう? 理由が見当たらない。 困惑したまま立ち尽くすと、デスマスクがアフロディーテを見つけて近づいてくる。 「こんな所に隠れるんじゃねぇよ。探すだろうが」 不遜な言葉の中にも、ほんの少し焦りが窺える。 きっと、見つからなかったらとでも思っていたのだろう。 それ程までに、広い薔薇園なのだから。 「…探して欲しいとは言ってない」 デスマスクから顔を逸らして、室内へと足を向ける。 すかさずその腕をとり、アフロディーテの瞳を覗き込んだ。 「お前の顔は、そう言ってねぇけど?」 笑いを堪えた口調に、腹が立つ。 「ッ!馬鹿にしに来たのなら帰れ。今君と話をする気分ではない」 「俺はお前に話があるんだよ」 いつになく真剣な口振りだが、人の悪い笑みが真実味を半減させている。 それでも話を聞こうとしてしまうあたり、つくづく自分はこの男に弱いのだと自覚してしまう。 怒りを抑えて、アフロディーテはデスマスクに向き合った。 「何の用だ」 「冷てぇな。折角謝りに来たってのに」 デスマスクは、ふ、と表情を緩める。 「今日聖ウァレンティヌスの祭日だったよな。日付の感覚が狂ってて忘れてたぜ。悪かったな」 「……毎日明け方まで飲んでるからだ」 照れ隠しの為に、思っても無い事を言ってしまう。 意味の無い事だと判っていても。 案の定、彼は気にした様子もなくアフロディーテを伴って宮の中へと歩き出した。 「おい、手ぇ出せ」 言われて反射的に手を出す。 その上に載せられたのは、小さな箱。 開けてみると、細身のシルバーブレスレット。 アフロディーテは今にも泣きそうな顔で、デスマスクを見上げる。 「君の事だから、何も期待していなかった…」 「失礼だな、おい」 ムッとして眉を器用に跳ね上げた。 アフロディーテは楽しげにクスっと笑う。 「お茶にしよう。君の為に焼いた、ケーキがあるから」 デスマスクの腕をとって、中へと入っていった。 予定は狂ったけれど、予定通り。 君と、二人で午後を過ごすのには、違いない。 君からのプレゼントに免じて、取って置きの葉を出そう。 何といっても、今日は恋人たちの日だから。 |