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コレクティブハウジング(コウハウジング)って何?「コレクティブハウジング」という新しい住まい方をご存知だろうか。いま、家族の高齢化、少人数化がどんどん進行している。その行き着く先は、家族の解体だろう。100年ほど前に近代住宅(モダン・リビング)(03/06/30)と共に誕生した近代家族像は、いまその根底から大きく揺らいでいる。新しい家族像やこれからのコミュニティの行方に思いを馳(は)せるとき、コレクティブハウジングは示唆に富んでいてとても興味深い。 コレクティブハウジングの歴史は浅く、高福祉社会を実践する北欧に1970年代に初めて登場し、80年代後半にアメリカに「コウハウジング」という名で紹介されている。日本でも、そのユニークな住まい方が話題になり、最近ようやく新聞やテレビで紹介されようになった。でも、まだまだマイナーだ。そのネーミングさえまだ統一されていない。ここでは元祖北欧系に敬意を表し、アメリカ系のコウハウジングではなく、コレクティブハウジングと呼ぶことにしよう。 コレクティブハウジングは、一言でいえば、現代の核家族と昔の大家族の両方のいいとこ取りをしたような集住体だ。個人や家族のプライバシーがきちんと守られ、もちろん主従関係もなく老若男女みな平等で、それでいて大家族ならではのお年寄りと子供の触れ合いもあり、子供たちには兄弟、姉妹のような仲間がたくさんいて、親子ともども一緒に食事をしたり遊んだり、いたわりや温もりに満ち満ちている。そんな共同生活シーンをイメージしていただければよいだろう。 親戚の家族が、たとえば叔父や叔母の家族、あるいは兄や弟の家族達が、一族となって一緒に暮らす大家族を、核家族に対して「拡大家族」という。コレクティブハウジングは、親族でも何でもない赤の他人の核家族同士が集まって、あたかも拡大家族のように一緒に暮らす集住体ともいえよう。血縁を超えた擬似大家族集団をめざす集住体といってもよいかもしれない。 コレクティブハウジングの建築形式は、戸建住宅群もあれば集合住宅もあり多様だが、小さな集落のようなタウンハウス形式が多い。住戸数は20〜30世帯、50〜60人くらいの集住体が理想とされている。集住体の構成単位は、あくまでも家族であることに変わりはない。住戸は、2人暮らし用が中心で規模も小さめが多く、キッチンなどの水まわりもコンパクトにまとめられている。ただ、その分かなり充実した共有施設を持っていて、専有住戸と共用施設がしっかり補完しあっている。それが、この集住体の建築特性といえるだろう。 その共用施設を舞台にしてのコミュニティ運営が、実にすばらしい。そこにコレクティブハウジングの一番の特徴がある。住人たちは、相互扶助精神のもとにその共用施設をフル活用して、機能的で便利で安全な共同生活を実践している。共有できるものは共有し、家事労働も分担し合って軽減をはかり、家族の面倒も見合い、とにかく住まい方が徹底して合理的なのだ。その結果、まさに昔の大家族の暮らしを彷彿(ほうふつ)とさせる生活シーンが繰り広げられることになる。 コレクティブハウジングでの象徴的な生活シーンが、コモンハウスと呼ばれる大食堂での食事風景だろう。住人全員が一緒に食事をするのが基本だが、もちろん参加は自由。料理は、あるルールのもとに全員が交替でする。だから、自分は週に1回とか月に数回だけ料理に参加すれば、毎日、家族の夕飯の用意をしなくてもいい。シングルマザー、共稼ぎ夫婦、老人にとってはとても便利なシステムだ。コモンハウスでは、みなで食事したり遊んだりして、住人の誰もが自分の家族のように互いを面倒見あう。子供も老人も、寂しくないし、何よりも安全だ。 何故、20世紀も後半になって先進諸国にコレクティブハウジングのような集住体が生まれたのだろう。僕は、そんな思いにかられ、最新のコレクティブハウジングを訪ねてコペンハーゲンやカリフォルニアを旅したことがある。そこに住まう人たちに実際に接し、実感したことは、共同生活のメリットを徹底的に追求する合理精神と、強い自己責任に支えられた相互扶助精神だった。その精神があるからこそ、核家族の集団であっても、血縁を超えて大家族生活の良さを実現し得ていた。いま、日本は、その精神がとても希薄だ。その精神の再生を、最近の大規模マンション(04/03/12)に僕は期待している。
<2004年04月09日 asahi.com>
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