『鋼鉄の嵐』プロローグ


  序――西暦20**年、日本

 ユーザーの皆様へ。このゲームの作動原理は、工学機器であるプリズムに似ています。 白色の光を取り込み七色の光に分解する、あのプリズムのことです。
 我社の開発した新方式バーチャルウォーゲームは、超高速通信網を使用する、まったく画期的な双方向通信ゲームです。皆様の脳波を電気信号に変換し、我社のホストマシンに転送、広大なニューロコンピュータ上の仮想メモリに展開されるゲーム空間に、皆様自身が直接アクセスする方式を採用しております。
 つまり脳波を太陽光とすれば、分解された七色の光は、仮想空間の人物に投射される関節コマンドというわけです。ただし直接的な会話は不可能で、あくまでイメージ投影をおこなうだけに過ぎないことを、ここにお断わりしておきます。ゲームキャラは、ユーザーのイメージ投影を受け取り、自分のイメージ――『天啓』として、その後の人生にそれを生かすという構造になっているのです。
 お手元のニューロパッケージ・ソフトは、このゲームワールドにアクセスする、いわゆるイントロパックにすぎません。そこで電脳空間アクセス権を確保なされるために、是非とも同封の会員登録プログラムを起動し、当社ネットまで電子郵便にて投函して頂きたく存じます。登録と同時に回線がオープンされ、課金は自動的に口座より引き落とされますので、かならず、もよりの銀行まで確認を入れてください。
 では、我々が総力を結集して構築した仮想戦記ワールドへ、あなたの参戦をお待ちしております。あなたの知恵と判断力が、この世界の趨勢を左右する鍵となるのです。リアル・オンデマンドの世界における戦争を、あなたが登場人物に思念投射することによって、是非とも完遂させてください。

 株式会社ライテック   代表取締役社長  大和雄三

 
 ライテック社の開発した仮想戦記ゲーム『鋼鉄の嵐』は、ゲームに登場する歴史上の人物に、ゲームユーザーが思考投影することで『ひらめき』を与え、歴史を改変していくゲームである。
 たとえばゲームに登場する山本五十六を選択した複数のユーザーが、思念投射により奇策を授ければ、そのつど山本五十六は、そのアイデアを自己判断のなかに取り入れ、選択材料のひとつとする。むろん実際の作戦に生かされるかどうかは、山本五十六の個性によって判断されるが、ともかくユーザーは、己の思考をもって歴史に関与することができるのである。
 予想通りこのゲームは、あらゆる年齢層に支持され、大ヒットした。いまや国民的ゲームとさえ言われている。その理由は、電脳空間が提供するワールドの広大さにあった。 歴史改革をおこなう時間枠を西暦1800年から2000年までとし、ユーザーがアクセスできる枠を昭和元年から第二次大戦終了までとしたことにある。
 つまり仮想的に歴史設定をおこない、その舞台でユーザーが人物アクセスをおこない、その結果を西暦2000年まで自動シミュレートし、もってゲームエンドとするという希有壮大な仕掛けであった。
 むろん戦争により世界が破滅すれば、そのゲームは崩壊する。そのためシステムは、ゲームキャラの自由意志パラメータに、破滅防止のプログラム起動スイッチを設定している。 当然ながら戦争回避は不可能な基本設定になっており、しかも世界が破滅しそうになると、ゲームキャラは危機回避のために独自行動をおこなうのである。ただし数名のキャラだけには、ゲームに危機感を与えるため、わざとこのパラメータを設置していない。


 そしてその人物がだれであるかユーザーには知らされないのである。 不幸にして世界が破滅した場合には、ゲームはリセットされる。そしてまた最初から基本設定を変えてスタートする。事実、すでにこのゲームは、三度の破滅を経験している。そして現在の世界よりも劣った世界を構築すること六度。しかし、いまだに現在より優れた西暦2000年以降の世界を構築したことはない。今度こそと、ユーザーが根性を入れるのも、ライテック社の思惑通りの展開であった。
 しかも舞台を日本全土、登場人物を、歴史上の重要人物からユーザーが創造した一般人まで、あらゆるキャラが設置可能としたため、どんな『過去の日本』への架空アクセスも可能となったのであった。 ある者は歴史上の豪傑にアクセスし、ある者は祖父の若かりしころに感情移入した。東京大空襲や原爆投下を回避させようと必死に思念投射する遺族たち、日本の侵略をやめさせようとする在日外国人やその支持者たち……ともかくあらゆる主義主張を持つ人々が、それこそ自分たちの理想とする戦後日本を現出させようと、寝食も忘れて没頭したのである。 その結果、世界はいかようにも変貌し、また混沌としたものとなった。なにしろ種々雑多な思想を持つ、勝手気ままなユーザーたちである。万人が認める理想の世界など構築できるわけもないが、そのかわり可能なかぎり現実に近い世界構造が、昭和初期に展開できることも確かだ。それこそが、このゲームの『売り』であった。
 だが…… 西暦20**年においても、いまだ未解明の物理現象が、人類の及びもつかぬ時間と空間のかなたで勃発していたのであった。 我々の住む時空間とは違う流れ――無数にある別の歴史の流れのひとつに、この仮想戦記ゲーム『鋼鉄の嵐』は、本当に思念投射していたのである。それがホストマシンの人工知能回路のバグであるのか、ニューロ・コンピュータの巻きおこすテレパシーのような現象なのかは判らない。 だが言えることは、この仮想空間とそっくりそのままの歴史が、ユーザーの創造した人物さえ具現化して、別次元の日本で展開されようとしていたことは確かである。そこには血肉をもった人々が、さまざまな思いを胸に、実際に生きている。そして我々の思考は、あたかも天啓のごとく人々の頭上に去来し、歴史を改変しはじめたのである。その結果、あらゆる発明・文化・政治・論理・経済……そして戦争そのものも、劇的に変化したのであった。 そしてこの事実は、どこか別の時空間でゲームに興じる人々の思念投射が、この我々の世界をも改変するかもしれないという、戦慄するような結果を導くことになる。だが、ごく一部の理論物理学者を除いては、いまだ誰も、そのことには気づいていない。 いや…… すでに我々の世界もまた、どこかの異世界によって、あたかもゲームをプレイする感覚でコントロールされているのかもしれない。それを我々は、『天啓』とか『神の啓示』とか、はたまた『チャネリング』と呼んでいる。だが、それを実証する手だてを、いまだ人類が持っていないだけの話なのだ。


      プロローグ(以下、概略)
 1800年、樺太。極寒の白い原野を放浪する一人の男……間宮林蔵。 間宮は当初の予定を変更し、東樺太に足をむけていた。それは数日前に見た、不可思議な夢の結果であった。間宮はその夜の夢で、見たこともない海岸線を眺めていた。そして海岸線の行き着く果てに、奇妙なものを見つけたのだ。 それがたんなる夢でないことは、いま目の前に広がる海岸線が、山のかたちや湾の形状においてそっくりであるということからも歴然としている。ただし夢の中で見た、巨大な鉄でできた望楼のごときものや見たこともない建物群、奇妙な服装をした人々などはいなかった。あるのはただ、雪と潅木に覆われた、広大な原野だけである。 しかし、その望楼のごときものがあった付近に達した間宮は、驚きの声をあげた。そこにはこんこんと湧き出る黒々とした液体と、鼻をつく異臭が漂っていたのである。しかも一休みしようと煙管に火をつけた途端、傍らから立ちのぼるガスに引火、間宮は大慌てで逃げださなければならなかった。
 そう…… 間宮は燃える水――石油を発見したのである。そして樺太油田の存在は、その後の日本の針路を大転換することになるが、それはまだ百年以上もあとのことであった。

−−− 「鋼鉄の嵐」昭和大戦勃発!! 1937 羅門祐人より −−−

                        

(サンマーク出版から『鋼鉄の嵐』全6巻 著:羅門祐人 が出版されています)

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