これは、水野日向守(NIFTY-Serve ID:BZV03371)氏の発案を基にSOLCOMがアレンジしたHPです。

日本連邦におけるプロスポーツの沿革

第一章 「競技倶楽部法人法」


 日本連邦におけるプロスポーツの歴史を述べるにあたり、まず触れなければならないのは大正13年の帝国議会で成立した「競技倶楽部法人法」である。
 この法律の性格は、法案提出者の代表である帝国貴族院議員 徳川義親侯爵の趣旨説明演説に言い尽くされている。

「我が祖七代尾張宗春は、『楽しみがなければ人は生きていく甲斐がない』と申しました。
今日のごとき自由な時代には人は自ら楽しみを求めますが、それが時に風俗の紊乱に繋がることは今我々が目の当たりにするところです。
さりとて国家がいたずらに風俗を締め付けるは近代国家にあるべからざる事であります。しからば人々に良き楽しみを示すことにより風俗の紊乱(*1)を防ぐが近代国家の公序良俗を守る道と考えます。
良き楽しみとは何か?それはスポーツであります。英国では、パブリックスクールの生徒達はフットボールによりその不屈の精神と団結心・騎士道精神を磨いております。
また、スポーツは行うだけでなく見ることのみによっても、選手の不屈の精神を感じ共に声援を送る仲間との団結を生み出すことは、近年の学生野球の様(*2)を見ればおわかりになると思います。
かくも気高きスポーツの技を磨きかつ後進を指導するもの達に対し、正当な保護を与えることは国家の責務であると考え当法案を提出した次第であります」
*1:当時はエログロナンセンスと呼ばれる乱れた風俗が蔓延していた。
*2:当時は早慶戦が国民的な娯楽になっていた。


 このように、江戸時代の殿様の道楽をそのまま大正時代に行ったような法律ではあった。
しかし、保護を受ける倶楽部に対し施設の保有を義務づけていることから、何らかの利権を期待した新華族議員や衆院議員の支持を受け意外にも成立を見ることとなった。
不純な動機により成立した法律ではあったが、その内容にはかなりの先進性があり、日本国のみならず後に連邦議会で追認採用されたことで連邦全体のスポーツの発展に大きな貢献を成すこととなった。
この法律で規定される公益法人「競技倶楽部」には次の権利と義務が定められている。

競技倶楽部の権利
 ・競技倶楽部は非課税の特権を受く
 ・競技倶楽部への出資は寄付行為と見なし控除の対象とする
競技倶楽部の義務
 ・競技倶楽部は一つ以上の団体競技が可能な施設を一つ以上確
  保しなければならない。
 ・競技倶楽部は上記施設で行う競技の指導者を常に雇用しなけ
  ればならない。
 ・競技倶楽部はその住所地の住民に上記施設及び指導員を可能
  な限り解放しなければならない。
 ・競技倶楽部はその公開試合に於いて、観客が騒乱を起こさな
  いよう配慮しなければならない。
 ・上記義務を果たさざる倶楽部は、過去三年にさかのぼり無税
  特権を剥奪し、解散を命じられる。

 特に、義務の第四項目は今日欧米を騒がすフーリガンの存在を予見したような項目あり、日本連邦の観衆のマナーは世界一であると言わしめる元となっている。
(実際には、観戦にかこつけて暴動を起こそうとする無政府主義者を押さえるために加えられた条目であるが)


 この法律によりプロスポーツの下地はできたものの、関東大震災直後という当時の世相ではなかなか実際のプロチームは結成されなかった。
 この法律を悪用しぼろ儲けしようとして、解散規定によりかえって多額の税を徴収された詐欺師達の存在も結成を遅らせた原因とも考えられる。いずれにせよ、この法律は昭和六年の大日本野球連盟の成立まで実効を挙げることはないのである。



北海アイスホッケーリーグHP    第2章    第3章


メインページへ