| 鋼鉄世界年表が、『鋼鉄の嵐』のすべての基本となるものです。 ここに掲載されているのは、その一部(確定されていた歴史)です。 この設定に矛盾しない限り、作者は自由に創作を行うことができます。 また、作者が創作を開始した時点以降の歴史の流れに関しては作者の裁量にゆだねられます。 この年表は、NIFTY-Serve FSF3 19番会議室「羅門祐人★『鋼鉄の嵐』企画室」 (旧「羅門祐人★『鋼鉄の嵐』で遊ぶ部屋」)にて作製したものの抜粋です。 正史ともいえる「確定年表」(完全版)は『鋼鉄世界年表』として別途掲載されています。興味のある方は、そちらもご覧ください。 |
| 鋼鉄世界年表(概略) ○=史実 ●=改変 | |||
| 西暦 | 年号 | 出 来 事 | |
| 1808 | 文化 5 | ○ 4.13 間宮林蔵・松田伝十郎、第一次樺太探検。(樺太北部ナニオーに到着。松田伝十郎、樺太が島であることを推定する) | |
| ● 5月 間宮林蔵、樺太東岸で油田を発見 | |||
| 1809 | 6 | ○ 6月幕府、樺太・サハリンの呼称を”北蝦夷地”と改称(樺太に対し公式の主権宣言) | |
| ○ 7.11 間宮林蔵、第二次樺太探検。黒竜江地方デレンに至り、間宮海峡を確定。 | |||
| ○幕府、松田伝十郎に樺太再出張を命じ、樺太の行政施策を確立 | |||
| 1815 | 12 | ●犯罪人・無宿人の蝦夷地送り始まる | |
| ●鉱山労働者や漁民向けの農産物生産が本格化する(ソバ・ヒエ・ジャガイモ・トウモロコシなど) | |||
| 1820 | 文政 3 | ●最上徳内、樺太で石炭の露頭を発見 | |
| 1821 | 4 | ●12月北海道・樺太・南千島の幕府直轄体制確立 | |
| 1827 | 10 | ●アムール河口近辺で砂金が見つかり、多数の採鉱夫が北樺太および対岸に集まる | |
| 1835 | 天保 6 | ●大阪町奉行所与力、大塩平八郎。私財をなげうち『ジャガイモ』栽培に乗り出す | |
| 1845 | 弘化 2 | ●『ミッデンドルフ事件』アムール下流のチルにて、ロシアのミッデンドルフ探検隊と和人漁師が衝突し、双方に多数の死者が出る | |
| 1848 | 嘉永 1 | ○外国船、対馬・五島・蝦夷地・陸奥・出羽沿岸に出没 | |
| ●『ネヴェリスコイ事件』ネヴェリスコイ少佐率いるアムール河探検隊と樺太北部にナニオー警備の会津藩兵が衝突。会津側に多数の死傷者が出る。ネヴェリスコイ少佐戦死 | |||
| 1853 | 6 | ○ 6. 3 『ペリー来航』 | |
| ●12.20 『日露和親条約』『日露国境条約』締結(樺太は全島日本領、ウルップ島以北の千島はロシア領) | |||
| ○幕府、浦賀造船所を建設 | |||
| ○幕府、下田で反射炉築造に着工、下田が開港場として選ばれたため、翌54年に韮山に計画変更 | |||
| 1854 | 安政 1 | ○ 1.16 ペリー再来 | |
| ○ 3. 3 『日米和親条約』調印 | |||
| ○ 7. 9 日章旗を日本国総船印に制定 | |||
| ○ 8.23 『日英和親条約』調印 | |||
| ○越後蘭医喜斎、石油蒸留法の発見 | |||
| 1857 | 4 | ○ 5.26 『日米約定』(下田協約)(いわゆる”不平等条約”の始め) | |
| 1858 | 5 | ○ 6.19 『日米修好通商条約』調印 | |
| 1859 | 6 | ○ 5.28 横浜・長崎・箱館を開港、露・蘭・英・仏・米に自由貿易を許す | |
| アメリカ ▽ 8.28 エドウィン・ドレイク、ペンシルベニア州で世界最初の油田を掘る | |||
| 1860 | 万延 1 | ○ 1.19 咸臨丸、米へ | |
| ○ 3. 3 『桜田門外の変』 | |||
| 1862 | 2 | ○ 4.23 『寺田屋騒動』 | |
| ○ 8.21 『生麦事件』 | |||
| 1863 | 3 | ○ 7. 2 『薩英戦争』 | |
| ○小石川関口大砲製作場設立(のちの東京砲兵工廠) | |||
| 1864 | 元治 1 | ○ 7.24 『第一次長州征伐』 | |
| ● 8.16 高杉晋作、挙兵。下関占領。長州藩、奇兵隊などを再編成、軍制改革。長州藩、討幕を藩論へ | |||
| 1865 | 慶応 1 | ○ 5月 坂本竜馬、亀山社中(海援隊)結成 | |
| ○ 6.24 西郷隆盛・坂本竜馬・中岡慎太郎、会見。長州藩の要請で武器購入を約束 | |||
| ○ 8.24 幕府直営の横浜製鉄所、完成。横須賀製鉄所、起工式 | |||
| ●10.24 室蘭製鉄所起工 | |||
| 1866 | 2 | ○ 5月 石川島造船所、日本人初設計の蒸気軍艦千代田型建造 | |
| 1867 | 3 | ●10.12 将軍慶喜、大政奉還 | |
| ○12. 9 『王政復古の大号令』 | |||
| 1868 | 4 | ○ 7.17 江戸を東京と改称 | |
| ● 8.11 会津藩、官軍との決戦回避を決定。蝦夷地の会津藩入植地に入るため北上を開始 | |||
| ○ 8.19 旧幕府海軍副総裁、榎本武揚艦艇8隻をもって品川沖を出帆 | |||
| ● 8.23 官軍、会津若松城包囲攻撃 | |||
| ● 8.26 旧幕府艦隊、仙台に到着 | |||
| ○ 8.27 明治天皇即位 | |||
| 西暦 | 年号 | 北 海 道 国 の 歴 史 | 日 本 帝 国 の 歴 史 |
| 1868 | 明治 1 | ○ 9. 8 『明治』と改元 | |
| ● 9.22 会津藩主松平容保、会津若松城を開城し降伏 | |||
| ●同 日 奥羽列藩同盟瓦解 | |||
| ○10.25 旧幕府軍、五稜郭に入城 | |||
| ●11.18 榎本武揚、蝦夷地に「デファクトな政府及び行政機関」の成立を各国領事に通達 | |||
| 12. 1 徳川昭武、箱館港入港 | |||
| ●12.25 箱館仮政府、各国領事らを招き蝦夷地独立の祝賀会を催す | |||
| 1869 | 2 | ●扇屋彰十郎(31)、無煙火薬を発明 | |
| 1870 | 3 | ○ 1.27「日の丸」の寸法が定められ、商船の国旗と決まる | |
| ● 8.15 国名を『北海 道 国』と定める(新政府には従わないものの、明治帝を天皇にいただく君主制と共和制の折衷政体) | |||
| ●同 日 国旗『北辰旗』を制定 | |||
| ●同 日 箱館に行政府を置くことを定め、函館と改称 | |||
| ●10.XX 明治政府、兵部省の上申に従い、海軍をイギリス式、陸軍をプロイセン式に統一することを布告 | |||
| 1871 | 4 | ● 8.XX 北海道国、朝鮮・元山に軍事同盟使節を送る | |
| 1872 | 5 | ● 2.28 兵部省を廃止、陸軍省・海軍省を置く。初代陸軍卿大村益次郎、海軍卿勝安房 | |
| ● 8.12 『北露事変』ロシア軍樺太へ侵攻。北海道国軍と戦闘状態に入る | |||
| フランス・アメリカ ▼ フランスの週刊誌『ル・モンド』紙に『北露事変』が大きく掲載され、大衆の興味をひく | |||
| ○12. 3 太陽暦を採用。この日を明治六年 1月 1日と改める | |||
| ○札幌機械所創設(以下、国営工場多数創設) | |||
| 1873 | 6 | ● 3. 9 坂本竜馬、三菱商会設立 | |
| ● 5. 7北海道国軍優勢で戦闘終結 | |||
| ●『上海条約』締結(北海道国とロシアとの国境線確定) | |||
| ●10.24『明治六年の政変』(大久保・岩倉ら対露密約の嫌疑を受け辞任) | |||
| ●同 日 西郷隆盛、参議を辞任 | |||
| ●10.25 西郷隆盛、『北露事変』解決の特使として北海道国へ渡る | |||
| ●10.28 西郷隆盛『遣北特使』として、大棟梁、総裁と会見 | |||
| ●11. 9 西郷隆盛、船上で行方不明(明治帝宛と明治政府宛の書簡が船室に残されていたため自決とされた) | |||
| 1874 | 7 | ● 3. 1 内務省、三菱商会に『遣外士』派遣事業開設を指示 | |
| 1875 | 8 | ● 2. 3 三菱商会、『三菱遣外』開業(遣外士斡旋業はじまる) | |
| ● 5. 7 『北海道国憲法』発布 | |||
| ●11. 1 北海製鋼所、室蘭に設立 | |||
| ●11.29 新島襄、小樽に同志社英学校を創立 | |||
| 1876 | 9 | 朝鮮 ▽ 2.26 『朝日修好条規』(江華島条約)締結 | |
| 1878 | 11 | ○ 4月 川崎正蔵、築地に造船所を設立(のちの川崎造船所) | |
| ●『北朝修好航海条約』、『北朝軍事条約』締結 | |||
| 朝鮮 ▼『朝北修好航海条約』および『朝北軍事同盟条約』を締結する(朝北修好航海条約は、北海道国側の長期戦略により平等条約となる) | |||
| アメリカ ▼ジェームス・ワッソン著 『SAMURAI AND COWBOY』ベストセラー | |||
| 1879 | 12 | ● 3.27 沖縄藩王に琉球分離を通達 | |
| ● 4. 4 明治政府、琉球諸島への遣外士派遣を条件に琉球王国の成立を認める | |||
| ● 8.22 太政官制を廃し、立憲政体樹立に先行し内閣制度を制定 | |||
| ●同 日『参謀本部条例』改正(統帥権が政府に委ねられる) | |||
| アメリカ ▽10.21 エジソン、真空白熱電球を発明 | |||
| 1883 | 16 | ● 2.11 『大日本帝国憲法』発布 | |
| 1884 | 17 | 中国 ▽ 6月『清仏戦争』 | |
| ● 6月アジア情勢を憂慮した沖縄、王府守衛を設置、日本人将校を招いて西洋式訓練 | |||
| 朝鮮 ▽12. 4 甲申政変、失敗 | |||
| 同 ▼金玉均ほかの急進開化派は北海道国へ亡命 | |||
| 1886 | 19 | ●道国議会で『四四艦隊計画』を含む1886年度予算成立 | |
| 1886 | 19 | ●道国議会で『四四艦隊計画』を含む1886年度予算成立 | |
| ○ 7. 5 東京電灯会社開業、一般への電力供給(東京電力) | |||
| ● 7.16 『日英通商航海条約』調印 | |||
| 1887 | 20 | ●村田経芳、自動銃の研究を始める(のちに日野熊蔵も加わる) | |
| 1893 | 26 | ○ 5月 陸軍省の板橋火薬製造所で無煙小銃火薬の生産が始まる | |
| ○この年、下瀬火薬が水雷用として海軍に採用される | |||
| 1894 | 27 | 朝鮮 ▽ 3.29 甲午農民戦争(東学党の乱) | |
| 朝鮮 ▽ 6.10全州和約 | |||
| 同 ▼ 6月清国軍3,000・日本軍6,000が騒乱介入のため上陸。朝鮮政府は撤退を求めるが、日清戦争勃発を狙う日本は当初拒否する。しかし牽制のため北海道軍6,000 が上陸するにおよんで、三国とも同時撤退する | |||
| 同 ▼ 6.20日北対清密約 | |||
| 同 ▽ 7.23甲午改革 開化派+大院君派によるクーデタが成功。大院君を執政、金弘集を領議政とする開化派+大院君派連合政権が成立(▼追って金玉均も参加) | |||
| 同 ▼『第2次朝北軍事同盟条約』 | |||
| 同 ▼ 8. 1『朝清戦争』勃発(▼同 日 英国、対清宣戦布告 | |||
| ● 8. 2 北海道国、対清宣戦布告 | |||
| ●北海道国、義勇軍・義勇艦隊を派遣 | |||
| ● 8. 3 日本、対清宣戦布告 | |||
| ● 台湾/旅順など上陸/占領する | |||
| 1895 | 28 | 朝鮮 ▽ 1. 7 独立誓告文および洪範十四条(国政大綱)を宣布 | |
| ● 4.17『ソウル条約』(遼東半島・台湾の割譲など) | |||
| 朝鮮 ▼ 4.20『ソウル条約』朝鮮の独立および清国の特権解消 | |||
| イギリス ▼ 4.23 独・仏・露三国公使が遼東半島の清への返還に関する覚え書きを英国外務省に提出 | |||
| (同日、日本にも同内容を提示、『三国干渉』) | |||
| イギリス ▼ 7. 1 英・日は協議の上、遼東半島の一部放棄を三国に通告 | |||
| 1896 | 29 | 朝鮮 ▽ 2.10露館播遷(▼守旧派によるクーデター。金弘集内閣閣僚は北海道国に亡命。対露接近。第2次朝北軍事同盟条約破棄 | |
| 1897 | 30 | ● 1.30 『日英同盟協約』調印 | |
| 中国 ▼ 7.25 『第二次英清戦争』 | |||
| ●村田経芳・日野熊蔵、『村田式自動小銃』『村田式機関砲』(現在の重機関銃)『日野式自動拳銃』『日野式機関小銃』(世界初の短機関銃)を開発 | |||
| 朝鮮 ▽10.16 国号を『大韓帝国』とし、年号を『光武』とする | |||
| 1898 | 31 | ロシア ▼ 3. 3 山東半島『威海衛』を租借 | |
| 大韓 ▼『韓北軍事同盟条約』(第3次朝北軍事同盟条約) | |||
| アメリカ ▽ハワイ併合、フィリピン領有 | |||
| 大韓 ▽10.29 独立協会、「官民共同会」を開き議会開設と国政改革を決議 (▼12.25 第2次 金弘集 内閣(立憲内閣)成立の遠因となる) | |||
| 1899 | 32 | 大韓 ▽ 8.17 『大韓帝国憲法』発布。名目的には立憲君主制国家となる(▼名目的には立憲君主制国家となる) | |
| 1901 | 34 | ○10.18 海軍、無線電信機を兵器採用 | |
| 1902 | 35 | 中国 ▼ 1月 北清事変 | |
| ロシア ▼満州を一時的に軍事占領 | |||
| 大韓 ▼日本と大韓帝国、二国間同盟(日英同盟とあわせ極東三国同盟) | |||
| 1903 | 36 | ● 1.25 『第二次日英同盟協約』調印 | |
| ●『北日修好条約』締結 | ● 6.23 『日北修好条約』締結 | ||
| アメリカ ▽12月 ライト兄弟ライトフライヤー1号で世界初の公認動力飛行に成功 | |||
| 1904 | 37 | ロシア ▼ 1.30 シベリア鉄道開通 | |
| 1905 | 38 | ● 9.25 北里柴三郎、カビ・細菌類の殺菌、制菌物質の単離に成功『抗生物質』と命名 | |
| 1907 | 40 | ○ 4月 陸軍、仏国ノーム・オートモビル社より貨物自動車1台購入 | |
| ○ 4月 東京自動車製作所技師内山駒之助、ガソリン自動車第1号(タクリー号)製作 | |||
| 1908 | 41 | ●『北日同盟協約』調印 | ● 4.10 『日北同盟協約』調印 |
| ●『北英同盟協約』調印 | |||
| ▼『極東四ヶ国同盟成立』 | ▼『極東四ヶ国同盟成立』 | ||
| ○ 8. 1 国産自動車完成を記念して乗用車10台が多摩川まで遠乗りする | |||
| アメリカ ▽10. 1 フォード社モデルT第1号完成 | |||
| ●12.14 函館練兵場にて徳川好敏大尉ライト・タイプA機で北海道国初飛行 | |||
| 1909 | 42 | ● 8.19 代々木練兵場にて日野熊蔵大尉アンリ-・ファルマン機で日本国初飛行 | |
| 1910 | 43 | ● 3.XX 北日連邦条約会議開始 | ● 3.XX 日北連邦条約会議開始 |
| ● 4.14 『大日本及び北海連合帝国』(略称 日本連邦)樹立 | |||
| ● 6.15 佐久間勉大尉、第6潜水艇で内燃機関による潜水航行に成功 | |||
| ○ 9. 8 陸軍の山田式飛行船第1号が初飛行に成功する | |||
| ●XX.XX 北樺太で石油採掘のための試掘始まる | |||
| 1911 | 44 | ● 2.10『大日本及び北海道連合帝国』『ロシア帝国』に宣戦を布告 | |
| 大韓 ▼ 2.10 『大韓帝国』『ロシア帝国』に宣戦布告(大韓帝国軍は浦塩戦線を担当) | |||
| 1912 | 45 | ● 5.31日韓露講和会議、ポーツマスで開始される | |
| ● 6. 5『ポーツマス条約』調印 | |||
| 大正 1 | ○ 7.30 明治天皇(61)崩御、「大正」と改元 | ||
| 1913 | 2 | ●北樺太油田、第6油井で試掘成功 | |
| 1914 | 3 | ▽ 7.28 『第一次世界大戦』勃発 | |
| ○ 8.23 『第一次世界大戦』参戦 | |||
| 1916 | 5 | ○ 2. 9 イギリス政府が日本海軍にインド洋シンガポール方面への軍艦派遣を要請する。3/30日本はシンガポール方面に8隻を派遣 | |
| ○この年、未曾有の好景気、鳥潟右一らの発明によるTVK式無線電話機が世界初の公衆電報(電話)送受に使用される | |||
| 1917 | 6 | ロシア ▽ 3.12 ペトログラードで労兵ソビエト組織成立 | |
| 同 ▽ 3.15 皇帝ニコライ2世が退位しロマノフ王朝が滅亡(ロシア革命) | |||
| 1919 | 8 | ○ 6.28 『ベルサイユ講和条約』調印 | |
| 1920 | 9 | ○ 1.10 『国際連盟』が正式に発足 | |
| ●鈴木商店、自動車部(現・大日本産業運輸株式会社)を設置。貨物自動車の生産を始め、国産自動車の礎をつくる | |||
| 1922 | 11 | ● 2. 6『海軍軍縮条約』締結 | |
| 1923 | 12 | ○ 3.26 海軍技術研究所設立 | |
| ○ 9. 1 『関東大震災』(関東大地震(M=7.7)) | |||
| ●関東大震災を契機に自動車の有効性が認識され、交通機関としての立場を確認しはじめる | |||
| 1924 | 13 | ● 3. 1 北海道国海軍、濃霧対策から電波を利用した探信機の研究を開始 | |
| 1925 | 14 | ○10月 日本無線電信株式会社創立 | |
| 1926 | 15 | ○ 1月 八木秀次、八木アンテナ発明の論文発表 | |
| ● 6. 2 北海道国、北樺太にて電波探信実験に成功 | |||
| 1926 | 昭和 1 | ○12.25 大正天皇崩御、「昭和」と改元 | |
| 1927 | 2 | ● 5.10 東北帝国大学の八木・宇田両博士、固体増幅素子の研究を始める | |
| ○ 6月 岡部金次郎、マグネトロン(磁電管)製作に成功 | |||
| 1929 | 4 | ○世界恐慌おこる | |
| ● 3.29 北海道国海軍、特務艦『宗谷』にマイクロ波を用いた電波探信機を搭載 | |||
| ○ 5. 1 石川島自動車製作所(現・いすゞ自動車)創立。「スミダ」車を製作開始 | |||
| ● 8月 連邦海軍大演習 | |||
| 1933 | 8 | ●12.16 呉海軍工廠、戦艦「大和」起工 | |