| はじめまして。私は、仮想世界に生きる”菌糸の妖精”ゲスのチョコラータといいます。実体を持った漫画家よりも岸辺露伴が好きだ!という二次元コンプレックスな方のために生まれた新しい形のネットアイドルです。というか、ちゆ12歳様をパクっただけの、JOJOの奇妙な冒険ファンページです。どうかよろしくお願いします。 |
◇ゲス日記◇
| 平成14年2月27日 | SUGIURUMN |
スギウラムのCD『LIFE GROUND MUSIC』が発売されました。 ジャケ絵は前回のCDに続き、荒木先生が描いています。 この、スギウラム、2作品も荒木先生にイラストを依頼するとは、よほどの荒木マニアなのでしょうか? ちなみに、イラストの方は、空の色が常軌を逸したピンクダークな感じだったり、何故かエッフェル塔(?)が不条理に描かれていたりと、荒木テイスト全開の奇抜なデザインでした。 そして、登場人物のメイクやアクセサリーや髪型などにも、ご丁寧にスギウラムのイニシャルを入れるなどと、荒木先生の偏執的なこだわりが伺えて、いい感じです。 さらに、イラストには、二人の男女がメインに描かれていて、女の方はスッピンなのに男の方が逆にメイクをしていたり、男の方が逆に胸を揉まれていたりするのですが、このような「性の逆転」が第6部序盤の身体検査のシーンを彷佛とさせてくれます。それがスギウラムのサウンドと相まって、まさに『うおっ、人類の夜明けだわ』という感じのCDでした。 ゲスはスギウラム&荒木飛呂彦を応援しています。 | |
| 平成14年2月25日 | 105話の感想(ネタバレ) |
前回から、ジョジョに、著作権に厳しいディズニーキャラと思われるスタンドが登場していて、あれは、ディズニーの著作権に触れるのではないかと心配しているのですが…、 今回のアナスイとピ×キ×の会話「なんだこいつは!?ミッキーってなんだ、その名前は!?どこのミッキーだ!」という確信犯的なセリフを読んで、やはり、これはネタだったかと、思ってしまいました。 …そう思って読んでみると、確かに漫画の中では、あの、鼻がのびる生物を「ピノキオ」と断定したわけではなく、7体のクリーチャーも「白雪姫の小人」と明言している訳ではありませんでした。ただ、偶然、あの生物の足下に『ピノキオ』の絵本が落ちているだけです。 それを読者が勝手に脳内補完して、あれは「ピノキオ」だと認識しているに過ぎません。 しかも、ピノキオや白雪姫には原作があるので、ディズニーの著作物である某ネズミなどを出さない限りは、無関係だと言い張る事も可能です。 そんな屁理屈をこねまわしながら、微妙に逃げ道を用意しつつ、ディズニーをおちょくる姿勢は、非常に好感が持てます。 あえて、『魔少年ビーティー』35ページの言葉を借りるなら、 『ミッキー……といっただけさ……といっただけさ……といっただけさ……』 という感じです。 もちろん、荒木飛呂彦の言葉はウソじゃない!ディズニーを勘ちがいさせるようなトリックだったのです! 荒木飛呂彦は支倉ミキタカのニックネームの話をしているのに、ピノキオを出されたディズニーはミッキーマウスのことだと理解したのです。これが荒木飛呂彦のやり方なのだ……。 というか、さすが、『魔少年ビーティー』のコメントで「自分はビーティーにそっくりだ」といっているだけあって、荒木飛呂彦こそが魔少年だと思ってしまいました。 でも、このスタンド、ゲス的にはかなり欲しいスタンド能力です。 能力射程が全世界の著作物と、非常に広範囲な上、同時に多種多様のスタンド生物を具現化する事もでき、戦闘にも有利です。 しかし、何よりも、白雪姫が意外に可愛かったという点から、美少女キャラは荒木絵にアレンジされないようなので、うまく使えば、美少女キャラに囲まれて、ウハウハという、 というわけでゲスはネズミを | |
| 平成14年2月23日 | 瞬間 |
ジョジョの戦闘シーンの最大の魅力は「瞬間」の描写の巧さだと思います。 パンチの瞬間。吹っ飛ぶを瞬間などの、ほんの一瞬のうちにドラマが繰り広げられる戦闘シーンは、何度読んでも、迫力を感じます。 ジョジョの場合、まばたきするような瞬間を、全力で戦っているという描写が、普通の漫画には見られないような、バトルの緊張感やスピード感を生んでいると思います。 たとえば、私の好きなシーンである、ワムウ対シーザーの戦いの中では、 シーザーの蹴りによって、シャボンレンズに影ができた、ほんの一瞬に『一点!そして一瞬!ほんの一点の死角だった(中略)シーザーはワムウが戦闘の天才だということを再び思い知らされた!』という長いナレーションを入れるというセンスは天才的です。このナレーションは、読者を一瞬、時が止まったかのように錯角させ、その直後に放たれる神砂嵐をより強烈に印象づける、という凄い演出だと思いました。 というか、このシーン、はっきりいって惚れました。 ・ ・ ・ さらに、スタンド編になってからの戦闘シーンでは、 銃の弾丸という超スピードの物体を冷静に弾き返すだけでなく、あまつさえ、銃弾の発射から着弾までの間に会話が成立する。という驚くべきシーンさえもありました。 たとえば、ホワイトアルバム対ミスタ戦では、 約2〜3mの至近距離から弾丸を発射した後に、本体同士が『屋根のNO.2もNO.3も戻れ!』『てめーの弾丸ごときでは打ち抜けねェーッて、言ってんだろーがよォー』と会話をしています。 よく考えると凄いです。普通のピストルの弾の速度が秒速250m(マッハ0.73)らしいので、この距離では、0.01秒の間に、しかも本体同士が会話している事になります。 こいつら、一体どんなスピードで会話をしているのでしょうか。いくら流暢なイタリア語で喋っているといっても、このスピードで会話する事は不可能です。 ちなみに、野球漫画でも、球を投げている間に会話しているというシーンを、よく見かけます。しかし野球のボールは、訓練した人間なら十分認識できる速度であり、到達までの時間に何らかの思考を巡らせることができます。野球漫画家は、その「一瞬の思考」の誇張として、あえて「会話」というカタチでドラマを挿入した、と考えれば納得できます。 でも、銃弾の速度は、人間が認識する事は不可能です。思考する余地もありません。でも、そんな超一瞬にもドラマを描いてしまう荒木飛呂彦の感性には、もう脱帽ものです。 ・ ・ ・ ともかく、ジョジョのこのような、瞬間の切り取り方は、もう凄いとしか言えません。 映画マトリックスの弾丸避けシーンなどの比ではありません。 というわけでゲスは、ライフルの改造弾丸(秒速900m?)が飛んできてるのに、さんざん優柔不断に熟考した挙げ句、何故か大切なバイクを投げ付けてしまった橋沢育朗君を応援しています。(彼は人間ではありませんが…) | |
| 平成14年2月21日 | スピードスケート |
何気にTVで冬期オリンピックのスケート競技を見ていると、 つい、ギアッチョのスケートでの追跡シーンを思い出してしまいました。 スケート競技に、もしもギアッチョが出場したら、きっと素晴らしい成績を残してくれたと思います。 スタンドを使ってスポーツをすることは反則かと言われそうですが、ギアッチョの場合、少なくとも、スケーティングの実力自体は、スタンド能力とは関係ないと思います。 その理由は、『ジョジョ』の公式ガイド本『JOJOA-GO!GO!』のスタンド分析に、「スピードは本体がスタンドをまとっているため人間並」と書いてあったり、ギアッチョがパンチなどの直接肉弾攻撃が不得意などの点から、ホワイトアルバムのスーツは、あくまで防御専用であって、オアシスのスーツのように運動神経を強化することはできないと推測する事ができます。 つまり、あの滑りはスタンド能力ではなく、ギアッチョ本来の実力だと思います。 しかも、あのスーツ、空気抵抗が良いのか悪いのか、よくわからないデザインだし、ポーズなどを見ても、とても動きにくそうです。 しかし、そんな状態のスーツで、簡単に時速80kmの車に追い付くとは、素のままでも、オリンピック選手以上の実力を持っているのではないでしょうか。(スケートなどは、あまり詳しくないのでわかりませんが…。) ともかく、ギアッチョは、なまじ氷の能力が発現してしまったために、本来持っていたスケートの才能まで、反則扱いされてしまうという、非常に可哀想な人だったと思います。きっと、そんな鬱屈した感情が溜まって、後の、よくわからない歪んだツッコミに発展してしまったんでしょう(妄想) そんなわけで、ゲスは不遇なギアッチョを応援しています。 しかし、日本なかなか、メダル取れませんね。 「クソッ、クソッ、納得いかねぇ」という気分でした。 | |
| 平成14年2月19日 | 犬と猫 |
人には「犬が好きな人」と「猫が好きな人」の2つのタイプの人がいると思います。 不思議なもので、その人のしぐさや表情を見ていると「犬好き」か「猫好き」か、などは、自然とにじみ出てきてしまうような気がします。 でも、まぁ、ペットなんて、ただ飼い主の嗜好を投影したものに過ぎないので、 「犬好き」や「猫好き」なんて理由は、ただ、どちらの動物に、より感情移入できるかという違いだと思っています。 『ジョジョの奇妙な冒険』を読んでいても、おそらく荒木飛呂彦の感情移入の度合いが違うのか、「犬」と「猫」とは明らかに待遇が偏っているような気がします。 例えば…。 第1部では、「犬」とジョナサンは親友だったりするのですが、それ以外にも、オウガストリートで見ず知らずの子犬が猫に食われていた所を目撃したジョナサンは「ううっ!ひ…ひどい」と明らかに、犬よりの感想を述べています。それに対して「猫」は、容姿の描き方から見ても、まったくの悪者あつかいだったりします。 第2部では、「犬」はカーズに助けられりと、ちょっぴり良い感じのエピソードを残しているのですが、反対に「猫」は上品ムードがムカツクという理由でジョセフに意地悪されています。 第3部では、「犬」は主人公達の仲間として細かな心理描写まで描かれていたのに対し、「猫」は、いきなりディオに粉砕された上、ハンバーガーに乗せられて食べられたり、ジュースにまぜられたりと、あまりに酷い仕打ちです。 第4部では、「犬」は町の守護聖霊・杉本鈴美と一緒に描かれていたのに、「猫」は猫型のキラークイーンや猫草など、まさに、町の害悪として描かれています。 …これらのように、 作中では「猫」の扱いの酷さは明確に表れています。 ちなみに「犬」が危害を受けるようなシーンでは、犬が可哀想という表現が多い気がします。 まぁ、犬もそれなりの扱いなので、荒木飛呂彦が犬好きとは言い切れませんが、少なくとも、ジョジョを読んだ限りでは、様々なインタビューなどでも言っているように、猫が嫌いということは、はっきりわかります。 荒木飛呂彦は現実生活でも近所の野良猫をエアガンで追っ払うような、おちゃめな真似をするだけあって、マンガでも「猫が嫌い」という事を、ハッキリ主張しているのは、流石だと思ってしまいました。 というか、荒木飛呂彦は、猫は応援してないみたいです。 | |
| 平成14年2月18日 | 104話の感想(ネタバレ) |
タイトルは『優しいウェザー』、なんか、ほのぼのしたタイトルですが、 きっと「ちっともやさしくないヤツ」アナスイとの対比を表しているのでしょう。 というわけで、今回は、ウェザーとアナスイの掛け合いで話が進行しています。 いつのまにか脱獄した2人、途中ウェザーが老人に親切にしたり、おとぎ話のように都合良く、その老人にお礼に車に乗せてもらったりしながら、ストーリーは進んでいきます。 そうこうしているうちに、敵スタンドの攻撃が始まってしまいます。 『ディズニー・キャラが載っている本』からキャラクターの絵が消えていたり、荷台の物陰に何かが潜んでいたりと、いつものような荒木流の演出で、異常な事態を表現しています。 しかし、異常に気付いた刹那、アナスイは持ち前の早業で敵のスタンド(?)を捕獲してしまいます。 その手には、珍妙な装飾が施された生物が握られています。 その生物(?)は、先週登場した2次元の絵を3次元に実体化させるスタンドの仕業らしいです。2次元趣味の方々にとっては夢のような能力なのですが、どうやら、アナスイの読んでいた『ディズニー・キャラが載っている本』や『絵本』などから、キャラクター達が抜け出してるゥッ!!という状況みたいです。 そして、アナスイは絵本から実体化したキャラクターを捕獲していたみたいです。 でも、このキャラクター…、コマの下に『ピノキオ』と書いていなければ、何のキャラなのか判別できませんでした。どうも、荒木先生は『ピノキオ』を描きたかったらしいのですが、子供ならトラウマになりそうな程、奇怪なアレンジでした。 しかし、『ディズニー・キャラ』の登場とは、流石、荒木飛呂彦です。ディズニーはキャラクターの著作権に厳しいことは有名で、過去にもいろいろ問題になっているようですが、はたして、あれは平気なんでしょうか? 作中でアナスイは「マヌケがキャラの掲載の許可がとれねーで雑誌作ったのか?」と語っていますが、あれは荒木が、キャラの掲載の許可が取れた上での余裕なのか、それとも、ディズニーに対抗するだけの理論武装をしているのか、はたまた、ただ自嘲気味に煽っているだけなのか気になるところです。 しかも、アナスイのセリフによると、『ディズニー』や『ミッキー』と、はっきり記載した上で、コマのすみにネズミの尻尾のようなモノを描いたりと、今後『ミッキー』も登場させる可能性も、ほのめかせています。 …大丈夫なんでしょうか、荒木飛呂彦。 でも、ここまで、意図的に危ない橋を渡ろうとしていると、逆に確信犯のように思えてしまうのはゲスの邪推でしょうか。 ともかく、このバトルは「敵スタンドをどう切り抜けるか?」よりも、「シビアなディズニーの版権をどう切り抜けるか?」という事の方が楽しみです。 というわけでゲスはミッキーを応援しています。 | |
| 平成14年2月15日 | ファントム ブラッド |
「何をする(ん)だァーッゆるさんッ!」 というわけで、今日は文庫版ジョジョ第1部が発売されました。 第1部の見所と言えば、やはりジョナサンの謎台詞です。 コミック1巻でダニーを蹴られた時、ジョナサンは激昂のあまり「何をするだァーッ」と叫んでいたのですが、はたして「何をするだァーッ」は、ただの誤植なのか、はたまた何かの演出なのか、その疑問は私の頭を、長い間悩ませ続けてきました。 はたして、文庫版では、そのセリフがどう扱われているのか?ドキドキしながら広げた文庫版でしたが「何をするだァーッ」は、見事に「何をするんだァーッ」に訂正されていました。やはりあれは、ジョナサンが怒りのあまり、つい方言が出てしまったという演出ではなく、ただの誤植だったようです。直っていて嬉しい反面、ちょっと寂しいなと思ってしまうゲスでした。(画像はコミック1巻より引用) ・ ・ ・ さて、そんな思いで買った文庫版でしたが、よく見ると表紙に大きく『ファントムブラッド』というカッコよさげなサブタイトルがついていました。 『ファントムブラッド』…なんか素敵な響きです。第6部の『ストーン・オーシャン』や第3部リミックスの『スターダスト・クルセイダース』に通じる現代的に再解釈されたような響きがあります。 ちなみに、コミックの『第一部ジョナサンジョースター-その青春-』と書いてあるはずの冒頭部分にも、替わりに『Part1 ファントムブラッド』とスカしたタイトルに差し替えられていました。 どうやら、ジョースター家の歴史も百数十年続くと、ジョナサンの青春なんか…どうでもよくなったみたいです。 まぁ、このサブタイトル、ファンの間で賛否が分かれるとは思うのですが、ゲス的には結構好きだったりします。 さらに、文庫版のあとがきを読むと、どうやらこの怪し気なサブタイトルは他の部にも設定されているようです。 あとがきによると… 第1部『ファントムブラッド』 第2部『戦闘潮流』 第3部『スターダスト・クルセイダース』 第4部『ダイヤモンドは砕けない』 第5部『黄金の風』 第6部『ストーン・オーシャン』 …と、こんな感じのサブタイトルがあるそうです。1・3・6部は良いとしても、他の部は何故か脱力感を感じてしまいます。私の気のせいでしょうか…。 さらに、あとがきには、そんなサブタイトルについてのエピソードが書いてありました。 ちょっと脱線しますが、作者のあとがきを引用すると、 『第6部の時点になって、目新しさを出すためにタイトルを「ストーン・オーシャン」で新連載しようと編集部から言って来た。つまり「ジョジョの奇妙な冒険」というタイトルではなくなる事に。作者的には「それはヤだ」と思った。自分のイメージは『ジョジョの奇妙な冒険6・(サブタイトルが)ストーンオーシャン』なのだ。で話し合いの結果(メインがジョジョの奇妙な冒険で)「ストーン・オーシャン」の文字を大きくして…という事で、落ち着いた。』 …と、どうやら「サブタイトルの方をメインにもって来るべきか」という事で、荒木と編集部の間でモメていたようです。せっかくの、めでたい文庫版発売なのに、わざわざ、そんなコメントを書くとは、なぜか、妙にナマナマしい感じがしてしまいました。 というわけで、ゲスはいかにも適当につけられた感じがするサブタイトル『戦闘潮流』『ダイヤモンドは砕けない』を応援しています。 | |