ちゆ12歳様


 はじめまして。私は、仮想世界に生きる”囚人の妖精”グェスことゲスといいます。実体を持った女性よりもウンガロが実体化させたキャラが好きだ!という二次元コンプレックスな方のために生まれた新しい形のネットアイドルです。というか、ちゆ12歳様をパクっただけの、JOJOの奇妙な冒険ファンページです。どうかよろしくお願いします。

バーチャルスタンド使い

ゲス22歳




◇ゲス日記◇

平成15年1月18日 普通の人々

『ジョジョの奇妙な冒険』は、超能力バトル漫画なので、当然たくさんの戦闘シーンが描かれています。
心に残った戦闘シーン。逆に印象が薄かった戦闘シーンなど、思い返せばキリがありません。
そんな、たくさんのバトルが描かれているジョジョですが…、
その中でも、最も心に残ったバトルといえるのが、コミック2巻のジョナサンVSディオ戦だと思います。


この、コミック2巻のディオ戦、
突然、石仮面を被り不死身の吸血鬼となってしまったディオと、まだ波紋の存在を知らない一介の青年であるジョナサンが初めて対決するという戦闘シーンです。

「おれは人間をやめるぞ!ジョジョーーッ」
「貧弱!貧弱ゥ!」
「うおおおこのナイフはッ!!このナイフは君がとうさんに突きたてたナイフだァーッ!!」
などなど、後にジョジョ的と賞賛される事になる名台詞の嵐ともいえる戦闘シーンです。





しかし、この戦闘シーン。
もちろん台詞もカッコイイのですが、真にカッコイイと思えるのは、台詞の方ではなく、そのバトルの根底に流れる魂の方だと思います。

つまり、どこらへんが、カッコイイのかというと、
何の能力も持たない生身の人間が、人を超越した怪物に立ち向かっていくという勇気
普通に考えたら勝ち目のない戦いだからこそ描かれる魂。
それこそがカッコイイと思うのです。

ちなみに、最初のジョナサンの戦いもそうなのですが、第1部では、ポコの活躍なんかも、そんな勇気を表現したものだったと思います。

ともあれ、このバトルは、それ以降、超能力者同士のバトルしか描かれなくなった『ジョジョ』の中でも異例のカッコよさを誇っていた戦いだったのではないでしょうか。





また、スタンド編になってからも、
似た条件のバトルとして、第4部バイツァダスト編が挙げられると思います。
こちらのバイツァダスト編は、準レクイエム級の最強スタンド能力を持った敵に、普通の小学生である早人君が挑むというお話です。

このバトルも、最強のスタンド相手に、ごく普通の小学生が、断片的な手がかりと勇気だけを武器に、絶望的とも思える戦いを仕掛けるという内容です。

この時期、スタンド使い同士の戦いしか描かれなかった超能力バトルにおいて、異例の面白さをもった戦いだったと思いました。





つまるところ、矮小な人間ごときが、怪物ともいえる超存在相手に、恐怖を知りながらもタチムカウ事こそが、誇り高き人間の証明であり「人間賛歌」というテーマをより深いものにしているのではいなかと、ふと思ってしまいました。

そんなわけで、ゲスは普通の人々を応援しています。


平成15年1月15日 荒木飛呂彦の傾向と対策

『ジョジョ』の作者である、荒木先生には独自の行動パターンがあると思います。
奇抜な発想と独特の展開、一見何を考えているかわからない人のように見えますが、その行動は、実はいくつかの傾向があるのではないかと思います。





さて、荒木の行動パターンを語る上で、まず最初に考えなくてはならないのは、
インタビューにおける「○○は嫌いだ」という発言です。

荒木は雑誌等のコメントで「○○は嫌いだ」「○○は書けない」という発言をする事があります。

例えば、 かつてのインタビューでの「女性は描けない」発言や
コミック12巻のコメントの「数学と物理は苦手だった」などの発言です。

しかし、第6部では思いっきり女性が主人公です。その上、俗に言う理系スタンド・理系ネタなども数多く登場しています。

なんか、全然、言っている事とやっている事が一貫していません。
はっきりいって、へそ曲りな性格だと思います。
そんな事を考慮した上で、もしも荒木が「○○は嫌いだ」という発言を繰り出したら要注意だと思います。おそらく数年のうちに、その反対が来るかも知れません。







また、荒木の行動パターンを語る上で欠かせないのが、その忘却性です。

21巻のコメントでは、
「ぼくは自慢じゃあないが、異常に記憶力が悪い。
と、自らの忘却性をアピールしていました。
ファンとしても、数々の設定や伏線等を忘れられやしないかと気が気ではありません。

また、オフィシャルになかった事にしたいのか、素で忘れただけなのか判断が難しい点も、この忘却性の恐ろしい点かも知れません。

もっとも、そのような忘却から生じたミスも、単行本で修正されるという可能性もあります。
しかし、メンズノンノのインタビューでは、
「過去の作品は日記みたいなもの。直したくないんですよね。汚点もまたよし。
と、おもいっきり開き直っていたので、おそらく、その可能性は皆無に等しいと思います。







さらに、荒木は流行モノに食い付きやすいという特性も持ち合わせています。
ジョジョは「いろんなものを詰め込むための物語装置」といわれているように、
数々の映画社会現象を積極的に自らの作品に盛り込んでいくというクセがあると思います。

それは、素晴らしい事だと思うのですが、
しかし、自然環境破壊に対する抗議精神の表れが「ネズミの虫食い」だったり、近年流行した育成ゲーム「たまごっち」の流行と同時期に登場したスタンドが「ベビーフェイス(勝手な憶測ですが)」だったりと、
その発想の結果が常人には理解しがたい代物に仕上がっています。

元のテーマを、どういうふうに誤解したら、そういう発想に行き着くんだというほどの、わけのわからない発想を見せつけてくれます。

もしも、荒木が食いつきそうな社会現象が起こったら、常に最悪の状態を想像してみると良いかもしれません。
荒木は、必ずその少し斜め上を行く発想をかましてくるはずです。







…などと、いろいろ勝手な事を書いてしまいましたが、過去の自分の嫌いな物を否定できるから、変化し続けられるわけだし、設定に捕われないからこそ、毎度毎度、予想外の展開を楽しめるのだと思います。
また、荒唐無稽な物語であっても、社会的なテーマを盛り込んでいるからこそ、そこに時代性が生まれるのだとも思います。

そんな事を考えていたら、もしかしたら、荒木の何を考えているのかわからない思考も、作家として、かなり理にかなっているのかなーと、ふと思ってしまいました。

もちろん、上記に書いたものは、私が勝手に解釈したものにすぎず、実際の荒木の思考パターンは、常人には及びもつかないほど複雑なものです。また、自身の思考パターンに気付いた瞬間に、それすら裏切ってきそうな、ミステリアスな側面も持ち合わせていると思います。

まさに、荒木の思考の傾向は、現代の人間の科学では説明できるものではありません。
世間では、そういう人の事を「何を考えているのかわからない人」と呼ぶのかも知れませんが、ゲスは、そんな荒木先生を応援しています。


平成15年1月14・15日 合併号

それにしても、毎年この時期のジャンプの合併号続きって、
まぁ、雑誌だから仕方ないとは思いますけど、
正直、キツいと思いません?

ゲスも禁断症状気味…というより、展開忘れそうなんですけど…。

ともすれば、この時期、大半の読者の脳裏から、12月下旬に神父に吹っ飛ばされてポールにつかまってる人の存在が忘れられてやしないだろうかと、ちょっと心配になってしまいました。


平成15年1月13日 ゲス家事情(6)一周年

早いものですが本日13日で、おかげさまで当サイトも開設一周年を迎えることができました。

今まで読んで頂いた皆様には、感謝感謝、感謝の言葉もでないほどに感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。



さて、一周年ということもあり、何か書いてみようと、ふと、過去の日記を振り返ってみたのですが、
いやぁ、我ながら恥ずかしい事ばかり書いちゃってますね。

いうなれば、夜中に書いた手紙を朝、読み返す時の気持ちに近いかもしれません。
さらに、何が言いたいのかよくわからなかったり、前回のコラムと言っている事が違っていたりと、読んでいて思わず恥ずかしくなってしまいました。



何が言いたいのかよくわからないというのは、まだ良いとしても、
前回のコラムと言っている事が違うというのは、自分でも、ちょっと無茶かなぁと思ってしまった今日この頃だったりします。

でも、まぁ、この世界では、
仗助さんは「人は時とともに考え方も変化するもんだっつーの」と言っていたし、ミスタさんも「後に言う方が正しいんだよ」と言っていたし、かの作者でさえ22巻のコメントで「(物忘れをすることは)主義とか過去にとらわれず身軽にアイデアが出せる。
と、究極の屁理屈を語っていたので、そんな事を気にするのも、きっとナンセンスに違いありません。

…と、せっかくの一周年なのに、なぜか言い訳してしまいました。



そんなわけで、こんなサイトですが、これからも宜しくお願い致します。


平成15年1月11日 発射の仕組み

第3部に「皇帝(エンペラー)」というスタンドが登場しますが、
あれは、どうしても納得いかない点があります。
何が納得いかないかといえば、弾倉と銃口の位置が納得いかないのです。

普通に考えたら、あんな下の位置に弾倉があったら、撃鉄にも当たらないし、第一、銃口から弾丸が発射できないはずです。

スタンドだから発射できた、といえばそれまでですが、そんな理屈で納得したくありません。
そこで今回は、あえて、「エンペラー」の弾丸発射の仕組みを考えてみたいと思います。







さて、その仕組み、ざっと、2つの説が考えられると思います。
その2つの説とは…。


まず、最初の説ですが…。
(1)銃口・弾丸の通り道がとんでもなく曲っている。

弾丸の通路となる道が、無理矢理な角度で曲っているので、強引に発射できる。
…というのを考えてみましたが、さすがに、これでは強引すぎるし、弾丸の威力も落ちそうなので却下、別の仕組みを考えてみたいと思います。







では、2番目の説は…、
(2)弾丸が後方にスライドして装填されなおされる。

これは、弾丸が一旦、後方上部にスライドして、本来発射できる位置に再装填される。
…という理屈です。
これなら、弾丸の威力が削られることなく、問題なく発射できます。
うーん、何気に、もっともらしい説だと思います。


しかし、そんな理屈で原作を読み直してみると、
発射された弾丸の直径が、弾倉に収まっていたときより、2倍近く巨大化していたり、
ビジョンからは6連発に見えていたのに、7連射してたりするので、
やはり、そんな理屈よりも「スタンドだから発射できた」という理屈の方が正解な気もします。







さてさて、少し余談ですが、エンペラーの発射システムを考えているうちに、他のスタンドの攻撃システムも考えてみたくなりました。

たとえば、第5部に登場する「ブラックサバス」
このスタンド、口から矢を発射して、標的を射抜くというスタンドだったのですが、
あの、矢の発射の仕組みを考えてみたいと思います。

その、仕組みの核となるのは、ブラックサバスの頭のデザインです。
あのボディとは不釣り合いな程の、巨大な頭…。
実は、その、巨大な頭の内面に、発射システムが隠されているのです。

その発射システムとは…。
ズバリ、その頭の中に、矢を発射するための弓(ボウガン)が、横向きに収まっているのだと思います。

…きっと、こんな感じだと思います。



以上、スタンドの攻撃手段についての妄想でした。
ゲスはエンペラーを応援しています。


平成15年1月8日 過ぎ去りし者

連載時点では、あまり好きではない登場人物っていますよね。

かくいう私、第5部では、レクイエム暴走はもちろん、ドッピオの設定などもワケ判らなかったし、ジョルノの陰湿な性格も好きではありませんでした。
昔に遡っていけば、第4部の弱いスタンドも嫌いだったし、唐突に登場した重ちーにも納得できませんでした。
さらに、ちょっと大げさに書けば、第2部当時、子供心ながらに、真面目なジョナサンが好きだった私は、お調子者のジョセフがあまり好きではなく、ツェペリの子孫のシーザーなんぞは存在を認知した憶えすらありませんでした。



でも、ゲスは、そんなキャラクター達も、その部が終わって後から読み返すと自然と愛着がわいてきてしまいました。
愛着がわく…というより、むしろ、『ジョジョ』という壮大な物語全体を語る上で必要不可欠、必然的な存在に思えてきてしまったのです。



では、なぜ、終わった後のキャラクターに愛着がわいてしまったのでしょうか?

…懐古的な理由、想い出は美しく脚色されるなどの理由があると思いますが、
つまりは、そこに「過ぎ去りし者の美学」があるからだと思います。

キャラクターが過ぎ去った瞬間いなくなる瞬間がカッコいいと思えたです。
「現在」というものが「過去」に変わってしまった瞬間がカッコいいのです。
「過去」になってしまったものが、なぜカッコいいのかといえば、
過ぎ去っていった者たちが、「未来」へと続く何かを残して去っていくからカッコいいのです。



「過去」から「未来」へと導かれる何かを残した事。
それこそが、去ってしまったキャラクターの美学なのだと思います。

そんな「過ぎ去りし者の美学」があるから、終わった後のキャラクターが愛されるのであり、
連載している時点では、単体のエピソードにすぎなかったものが、完結した瞬間に、
まるで最初からそうであるかのように『ジョジョの奇妙な冒険・第○部』という、連続した物語不可欠な欠片として、ピタリと安置されるのだと思います。



何が言いたいのかよくわからない文章になってしまいましたが、
たぶん、物議をかもしている第6部もきっと、終わった瞬間に不思議と納得できるんだろうなと、そんな事をふと思ってしまいました。


平成15年1月6日 146話の感想(ネタバレ)

さて、新年6・7合併号の『ジョジョ』の感想です。

今週は新年初のジャンプ発売だったのですが、新年号といって、まず思い付くのが、表紙のジャンプキャラ全員集合イラストです。
ジャンプ連載陣のキャラクターがひしめき全員着物を着て新年を祝うという趣向の表紙で、真ん中には「こいつは初春から縁起がいいや!」という元気いっぱいのキャッチコピーが踊っています。

もちろんゲスはジョジョファンなので、思わず徐倫を探してしまったのですが…。
…、なんか、この徐倫、ひとりだけ喪服を着ているんですけど…。

『いちご100%』や『プリティフェイス』など、他の女性系のキャラクター達は、黄色や赤などの色鮮やかな晴れ着を着ていたのですが、何故か徐倫だけ『黒』…。

全然、縁起が良くない気がします…。

ちなみに、昨年のイラストは多少アレな感じはするものの、少なくとも明るい感じはしたのに、たった一年でネガティブな『黒』に…。
こころなしか表情にも生彩がありません。一体、荒木先生にどんな心境の変化があったのでしょうか…。

まぁ黒服も、ゴシックといえば聞えはいいかもしれませんが、それでも、年始早々『喪服』はマズイと思ってしまいました。







さて、表紙の感想はさておき、肝心の内容の感想です。

先週、腕だけ登場して神父に襲い掛かった徐倫。
今週は、その不可解極まりない行動に戸惑う神父が描かれます。


突如徐倫の手首だけが画面外から襲ってくるという状況。
まるで、徐倫が恐怖映画の幽霊にも思えてしまうほど不気味な演出です。
そんな徐倫の奇怪な行動に加え、承太郎の再起や、アナスイの戦線復帰なども重なり、さすがの神父も焦りの色を隠せない様子です。

神父は、すぐにでも徐倫を殺さなければ、承太郎やアナスイが再びやって来たときに、やっかいだと考え、今、この場で徐倫を始末する事を決意します。


すかさず、散乱する瓦礫に火を放つ神父。
どうやら、徐倫を炙り出す作戦のようです。

しかし、そう考えたのも束の間、足下の通風口から徐倫の手首が表れ、神父の足を引きずり込もうとしています。
あわてて追撃しようとする神父。しかし、今度は背後から手首が表れ神父の首を締め上げます。


なんか、はっきり言って恐いです。
第4部の幽霊の小路に出て来た手首のような恐怖。 まさに、徐倫が妖怪にも思えてきそうな程、不気味な演出です。
というか、まかり間違ってもヒロインとは思えないような異様な攻撃です。







でも、もちろん、神父とて、黙ってやられるわけではありません。
迫りくる手首に、すかさずC-MOONを一撃。
これで両腕は裏返り、徐倫は攻撃手段を失うはずでした。







はずでしたが…。
なにやら、攻撃を受けた徐倫の腕がほつれ、『8の字』の形に変型していきます。
そして『8の字』に変型した腕は、不思議な事にC-MOONの攻撃を吸収してしまいました。


なぜか裏返らない…。戸惑う神父…。


…その答えは、徐倫が姿を現したとき明らかになりました。
姿を見せた徐倫の身体は…、
その心臓付近、というか、むしろ胸部から腹部にかけて、大きく『8の字』に変型していたのです。
その後C-MOONの攻撃を首に受けても、さらに首が『8の字』に変型。完全に裏返りを中和してしまいます。


その『8の字』に変型した身体…その答えとは…。
『メビウスの輪』…。
…どうやら、身体を裏も表もないメビウスの輪に再構成させて、無限に裏返り攻撃を中和し続けていたらしいのです。


メビウスの輪…(゜◇゜)


すごい発想です。まさか、自らメビウスの輪になって攻撃を回避してしまうとは…。

でも、人間の構造とか無視しちゃってますけど。
………。
貴女は人間ですか?
てゆーか、人間以前に3次元の生命体ではないじゃないですか!?
貴女は異次元の人ですか!?
ポドリムス在住ですか!?
それとも、グラナダの聖典でも入手しましたか!?


…と、徐倫の人間を超えた変型に驚いてしまったところで次週に続きます。


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