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島原の乱 (中公新書)
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| ジャンル: | 歴史,日本史,西洋史,世界史
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キリシタン大名とはどんな人たちだったかということにも触れられる
島原の乱に、戦国的な特徴が多く出ていることから、中世から近世への移行を象徴する出来事と捉えて解説する。武士と農民が、まだ越えられない身分制度の壁で完全には仕切られていなかった時代、キリスト教が他の宗教との共通点を持って存在していた時代を背景として、島原の乱の経過をたどっていく。
戦国末期の日本の精神風土がどのようであったのか、当時の戦闘はどのように行われたのかが興味深い。
人間は、子どもの時の刷り込みから逃れられないのか?
島原の乱が本格的な宗教戦争であったことを、多方面から分析して見せた好著。島原の乱が切支丹禁制からしばらくして起こったことや、指導者たちが中年であったことを考えると、切支丹隆盛の時に子ども時代を過ごした人たちが、その時代への回帰を願ったのが、島原の乱の一因ではないかと著者は指摘している。評者も、初老に達して依然幼時の記憶に囚われていることを強く意識していたので、著者の指摘に共感した。
リアルな島原の乱の状況描写
著者が 浄土真宗の研究でも知られる方であるためか、キリスト教の研究の方が、島原の乱に入り込むと リアルなものでなく ファンタジーになるが このへん リアルな形を出してこれたのは 評価すべきだが キリスト教と 非キリスト教徒の区別など しっくりしないところがまだ残ってしまった。
戦国の遺風の中での宗教的近親憎悪
1949年生まれの日本中世宗教社会史研究者が、江戸時代初期1637年の切支丹蜂起である島原の乱についての定説を再検討すべく、2005年に刊行した新書本。本書の主張を並べるなら、第一に、蜂起の背景に飢饉・重税・切支丹迫害(自律的な大名領国への幕府権力の浸透とも関連)があったことは事実だが、蜂起は必ずしも重税に苦しむ領民一般の支持を得たわけではなく、飢饉・重税は蜂起のきっかけにすぎない。第二に、この蜂起は終末論に基づく非常に宗教色が強いものであり、武力による切支丹への改宗強制、寺社・「異教徒」(一向宗など)への攻撃、「偶像破壊」も見られた。この点において、かつての切支丹大名統治下の信仰強制と連続性があり、実際人脈面でもそれは裏付けられる。しかし第三に、蜂起した切支丹の多くが危機に際してデウスにすがった再改宗切支丹であった上、非切支丹であっても強制されて蜂起に加わった村人が多く、実際原城落城以前にかなり多くの投降者が出ている。第四に、当時は未だ戦国の気風が色濃く残っており、島原の乱は中近世移行期の最後の土一揆とも言うべき性格を持っていた。特に民衆動員のやり方、武士と武装農民との関係、女性兵士の活躍にそれが見られる。したがって、史料の少ない戦国の争乱について考える上でも、この蜂起の研究は有益である。第五に、当時大名のみならず民衆の間でも、日本を「神国」と見なし、そこで「天道」が行われるという観念が、超宗派的に既に充分に普及しており、その上に乗る形でキリスト教信仰も切支丹禁令も定着したと考えられる。つまり島原の乱は近親憎悪の争乱であった。史料に即した具体的な記述が多く興味深いが、当該地域の非切支丹民衆はともかく、僧や神官の状況がもう少し分かると、「近親憎悪」の内実が分かり易くなるように思う。
中央公論新社
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