24/Aug/02 West Ham United v Arsenal

 

サッカーとクラビングが好き、という人間は英国内には腐るほど存在する(というより労働者階級の若い男の90%以上がこの類か?)。一件相反するこの2つだが、特にここ数年、サッカーのほうはイメージアップが著しく、サッカー場にも上層の労働者階級及び中産階級の人達も気軽に訪れるようになってきているのだ。命がけでサッカー場に向かう日々は、Rave cultureの到来と共に去り、今や試合前にはダンスミュージックががんがんスタジアムのスピーカーからも聞こえてくるようになった。
かく言う僕もサッカーとクラビングが2大趣味であり、サッカーに関しては今回のLondon滞在中も我が愛しのチーム、West Ham Unitedの追っかけを中心に6試合ほどを生観戦して来た。日本のクラバーの中でもサッカー好きは多い(ただしクラブにサッカーのシャツを着てくるのは止めましょう)のは事実のようなので、今回は特別寄稿として、サッカーの観戦記をお楽しみいただければと思う。

 

まず最初に簡単にイギリスにおいてのサッカーの位置付けというのを説明したいと思う。恐らくサッカー観戦というのはEnglandの労働者階級の男の中での最大の娯楽と言えるだろう。実は競技人口自体は少なく、ひたすらみんな「我がチーム」の勝敗に一喜一憂するというのがこの国の楽しみ方。日本で「サッカーが好き」というと「ポジションはどこなの?」という答えが返ってくるのが一般的ではあるが、イギリスでは100%「どこのチームのファンだ?」と聞き返される。これが日本とイギリスとのサッカーに対する認識の大きな違いであろう。
さらに特筆すべきがファン同士の「ライバル関係」である。日本には形だけのダービーマッチこそあれが、ファン同士がスタジアムで罵り合い、city centreで大乱闘をするほどの熱い試合など一切存在しないが、92チームもプロチームが存在する英国では、そういった試合はほぼ毎週全国各地で繰り広げられている。ArsenalTottenhamManUMan CityRangersCelticSwaseaCardiffなど、地元警察が頭を悩ませる試合は数知れず。安全なイギリスのスタジアムも、こういった試合になるとスタジアム周辺や地下鉄の中は、昔に後戻りしてしまうのだ。
最後にスタジアムの雰囲気。応援も太鼓にのっけてカラオケののりをそのまま持ち込んだ日本と違い、英国ではほとんどが応援歌は自然発生で、手拍子をベースに結構難しいメロディーを数千人規模で簡単に歌い上げてしまう。ある意味オペラを見に来ているかのような錯覚に陥ることがある。但し歌の内容は「○○(相手チーム選手の名前)の奥さんはデブだ」「この審判は屑野郎だ」などの過激な内容がかなり含まれるため、そのギャップにはただただ笑うしかないのだ。

 

まあオフサイドのルールなぞ知らなくとも上記の基礎知識があれば十分に楽しめるというのが僕の持論である。いずれにせよ、今回はファンが盛り上がる試合の一つ、London DerbyWest Ham United v Arsenalだ。

 

West Ham UnitedEast Londonを本拠地にするLondon4番目の人気チーム(Londonには13チームプロチームがある)。ファン層は貧しい労働者階級の多く住むEast London出身者(いわゆるCockneyと呼ばれる人達)がほとんどであり、極めて気性は荒いことで有名。僕自身はまだ若かりし頃ににこのチームが最大のライバルであるTottenham4-3で破る試合を生で観戦してからというものの、West Hamを中心に人生がまわると言っても過言ではないくらい熱心に応援をしてきた。いわばこのチームは僕の心の支えである。

 

前日にクラビングに行っていた関係から、かなり寝不足気味で午後2時にWest HamHome GroundであるUpton Parkに到着。恐ろしいほどの快晴である。スタジアムはメインスタンドが大幅に改築され、1年前に訪れた時とは随分違う風貌になっていた。しかし古いMarketやらNews Agent、周辺の住宅などは始めて訪れた頃とは一切変わっていない。ファンジン(ファンが手作りしているミニコミ誌)、プログラム、スカーフ(マフラーのこと)の売り子達が、鼻から声が出ているかのように聞こえるCockney特有のアクセントを丸出しにしながら大声を上げている。騎馬警官達の恐そうな面持ち。Pubで試合前の一杯を楽しむTatooだらけの男達。試合前のこの雰囲気、緊張感はいつ来てもいいものだ。特にこのようなbig gameの前は、一段と身が引き締まる。
選手の練習風景を見るために230分くらいにスタジアムの中に入る。席はBobbyMoore Stand Upperといういわばゴール裏の2階席。僕自身はクラブメンバーのため、簡単にいい席が手に入る。眺めは最高。あとはキックオフを待つだけである。
 
やがてWest Hamのテーマ曲である' I'm forever blowing bubbles 'がスピーカーから流れ、選手入場。全員総立ちで割れんばかりの拍手。キックオフ直前にはスタジアム全体から ' Come on you Irons ! 'の大合唱。僕の席の周りは、ほとんどの人がシーズンチケットホルダー(いわゆる年間指定席)かつ、かなり熱心なファン達である。しょっぱなから全員大声を出してチームを鼓舞する。予想以上にいい雰囲気。僕も久しぶりに声がかれるまで一緒に歌い続けようと心に誓う。やっぱりサッカーは歌いながら観るのが一番楽しいのだ。

 

前半からWest Hamは今までに見たことのないような攻撃的なサッカーを展開する。特にTrevor Sinclairは右サイドを何度も切り崩し、リーグ随一のArsecumディフェンスはちんちん状態。緒戦のNewcastleawayで見せたWest Hamのざるディフェンスは見違えるように統率されている。特にmidfieldからのチェックが早く、恐らく欧州で最も切れているArsenalのストライカー、Henryも全く何も出来ない状況。試合開始直後に' Campione, campione 'の大合唱をしていたArsecumファンも状況を察してか、すっかりおとなしくなっている。意気上がるHammersファン。
サッカー場というのは面白いところで、基本的にRacist的な発言を除いては、どんな汚い言葉をどんなに大声でどなっても、全くお咎めがない特別な場所である。隣のおじさんはキックオフから20分で軽く100回以上、F-Wordを連発している。Oh, ref. You f**kin' tw*t. He was f**kin' miles away, for f**k sake!(おい、レフェリー。思いっきりオフサイドだろうが。)ってな具合だ。席2席くらい必要なのではという巨漢のオヤジが、3分の1くらいの大きさでしかない選手に向かって、You fat bastard !(このデブ野郎)などと野次るというあべこべな風景もここでは日常茶飯事だ。
さらに意気上がるWest Hamファンは猿人類系の顔をしている相手ディフェンダーのMartin Keownにむけて'He's got a monkey's head. He's got a monkey's head. He's got a monkey's head. Keown!'(やつは猿の頭を持っている。キーウォン!)の歌を大合唱。つくづくサッカー選手というのは大変な職業だな、と思う。仕事中に自分の身体的なコンプレックスを3万人もの人たちに憎悪を剥き出しにされて指摘される職業など、ヨーロッパのサッカー選手を除いて世界中のどこにも存在しない。

 

Vintage West Hamそのものの素晴らしいパフォーマンスを繰り広げた前半も、残念ながら得点なしで終わろうとした47分、Joey ColeSinclairからのクロスを受け、右サイドから切り込み、鋭いシュートを放つと、なんとSeamanArsenalのゴールキーパー)の脇をすり抜けゴールへと突き刺さる。この時間帯になると、試合前にたんまり飲んでいたかなりの人たちがトイレが我慢出来ずに、席を立っていることが多い。このゴールの瞬間もスタジアムの10%の人たちが用を足している最中、もしくはトイレに向けて歩いているところだっただろう。残りの90%は一斉にYeeeeeaaaaahhhhh!!!の絶叫とともに立ち上がる。便器の前でOh f**kとつぶやく人たちの顔が容易に想像できる。かくいう僕も過去に同じ経験は何度かあるのだ。
 
さてさて、最高の形で前半が終わり、興奮冷めやらぬうちに、後半が始まる。3分経ったころだろうか。右からのSchemmelのクロスに飛び込んだFredric Kanouteがゴール右隅に叩き込む。信じられないといった表情で喜びを爆発させるWest Hamファンと肩を落とすSeaman25試合近くを無敗でこの試合を迎えたチャンピオンArsenal相手に2-0でリード。にわかに信じられない瞬間。しかしかなりの人たちはまだトイレから帰ってきていない。何はともあれ、'Two-nilto the cockney boys'の大合唱。この時点でスタジアムのほとんどの人間はWest Hamの勝利を確信していたことだろう。今日は怪我で欠場のWest Hamのスター選手、Di Canioの芸術的なボレーを含む2ゴールで勝利した3年前のArsenal戦を思い出す。
しかしながら、よく言われるのは2−0というのは危険なスコアであるということ。直後にWenger(元名古屋グランパス監督、現Arsenal監督)はナイジェリア代表のKanuをサブで送り込む。けっして持ってはいけない妙な安心感がWest Hamのイレブンに見え隠れする。そこに付け込むチャンピオンArsenal。次第にHenryがペースをつかみはじめる。そして65分、恐れていた事態が起こる。Henry25ヤードからの弾丸シュートがWest Hamゴールにつき刺さる。沸き上がるArsenalファンと、沈黙のWest Hamファン。日本のサッカー場だと、相手チームに点を決められた瞬間に太鼓の音とともに、頑張れコールが起こるものだが、こちらではまずそれは有り得ない。ただただ沈黙が続くのだ。相手チームのファンは、それに対して「You're not singin' anymore !」(これ以上歌えないだろう)という歌で挑発してくるのがお決まりパターン。

 

しばらくはArsenalの猛攻、守るWest Hamという勢力図で試合は進む。しかし頭の中は「同点にされるのも時間の問題だな」という弱気な考えで支配されている。しかし75分に思いがけない幸運が訪れた。右サイドからペナルティーエリアに切り込んだJoe ColeArsenalのイングランド代表のDFAshley Coleがたまらず足をかける。かなり大袈裟に倒れたJoey Coleに対してPenaltyが与えられたのだ。沸き上がる観客。しかし、キッカーは誰になるのだ?ペナルティーを100回中99回は決めるほどの名ペナルティーテイカー、Di Canioはピッチにはいない。何とKanouteがペナルティースポットへ向かう。この時点で気持ち的には「五分五分だな」という状態。若いKanouteにこの大役は少し可哀相というものだ。そして、迷いが見えた弱々しいキックは簡単にSeamanの胸元へ収まってしまう。Di Canioが出場していたならば、この時点で確実に3-1になっていたことだろう。ふとJulian Dicksという90年前半から絶えず降格争いをしていたWes Hamの支柱となっていた、そして僕の永遠のHeroである選手の、必ずトップコーナーに突き刺さる豪快なペナルティーを思い出した。95年のManU戦での同点ペナルティーは今でも自分の中でのベストゴールの一つとして心の中に深く刻まれている。

 

さて、この時点でまだ2-1でリード。しかしながら「何とか同点で終わってくれ」という気持ちが強くなる。残り15分で流れは完全にArsenal。縦横無尽に走り回る、HenryWiltord。そしてトリッキーな動きをするKanu。世にも恐ろしい光景が目の前で繰り広げられている。まるで生きた心地がしない。僕の周りも全員頭を抱えながら、oh f**k...Oh shit...と繰り返している。「もしかしたらこのまま行くかもしれない」と思ったその瞬間、ゴール前の混戦からWiltordのゴールが突き刺さる。88分だった。恐ろしいほどの静寂。かなたから、Arsenalサイドの歓声が聞こえるが、もうそんなことはどうでもいい。あとは何とかこのまま終わってくれることを願うのみ。しかしながら依然West Hamゴールに襲い掛かるArsenal。まさしく悪夢。ほんの数十分前までは、天国にも昇る気分だった自分と今ここで一歩も動けない自分とが同一人物であることすらにわかに信じがたい。
そしてファイナルホイッスル。安堵と言うよりも、2-0でリードしていたという事実、そして3-1で勝てたのでは、というあの瞬間が蘇って来て、悔しいという気持ちを遥かに通り越している状態だ。広末涼子に「つきあってあげてもいいわよ」と言われたその30分後に「ああ、やっぱあの話なしね」と言われたとしても、ここまでは落ち込むまい。
試合後、一斉に駅に向かう人達に笑顔はまるでない。昨年行ったOld TraffordManchester Unitedのホームグラウンド)の1-3での敗戦の後は、ほとんど全員リラックスした表情で駅へと向かっていた。わざわざ正月にManchesterまで足を運び、こてんぱんにやられ、これから遥かかなたのLondonへと帰らなければならないにもかかわらずである。
今日の試合は自分のサッカー人生の中で2番目につらいゲームであったと思う。既に心の中のトラウマとなっている97年の国立で韓国に逆転負けを喫したあの試合の感覚に近い物がある。
帰り道、ところどころ見受けられるArsenalのファン達は、この雰囲気を察して、息を殺したようにおとなしくしている。歌でも歌おうものなら、きっと警察官の見えなくなった路地に入った瞬間に袋叩きにされていたことだろう。いかに安全になったと言われる英国のサッカー場でも、やはりこういった試合となると話は別。駅への無言の大行進の列に僕も加わる。

 

翌日、Surreyの小さなPubで行われたビアフェスティバルに友人と出かけ、その先で、Tottenhamのシーズンチケットホルダーである友人のお兄さんと会い、サッカー話をしていた。そこで印象に残った会話をもって結びとしたい。

 

兄;「んで昨日の試合のKanouteのペナルティーはどんな感じだったんだ?」
僕;「めちゃ弱いキックでけった瞬間に取られるってわかったよ。テレビで見なかったの? 
  (ダイジェスト番組が土曜の夜にやっており、サッカーファンはこれを見るのが
    お決まり)」
兄;「ああ、Arsenalの試合だけはテレビで見ないんだ。やつら喜ぶところを目にするなん
    てこと死んでも出来ないからね。もちろんやつらが負けた時は録画して何度も何度
    も観るけどね。」

 

このお兄さんの一言になぜ僕がこの国のサッカーの虜になってしまったかが、集約されている。少し昨日のショックが和らいだような気がした。



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