Paul Van Dyk interview by About.com
Translated by アクア
The Politics of Dancing
エレクトロ・ミュージックの一体何が、そんなにたくさんの人々を脅かしているというのだろう?それに一体なぜ、アメリカをはじめとする世界各国の当局がレイブシーンを攻撃するべく時間や大金を費やしているのであろうか?
社会、というもの自体がそもそも若者たちが好む音楽に対して理解を示したりその真価を認めたりしない、という風潮はなにも今に始まったことではない。渋々ながら,若者たちが好む音楽を合法的なカルチャーの枠内にとどめるという認識、といった風である。
共産圏であった旧東ドイツ(訳注;西側諸国のメデイア・情報が一切遮断された世界)に生まれ育ったという特異な環境が、Paul van Dyk (以下PVDと略)に「音楽という媒体が果たす重要性」について独自の見方を養ってくれたといえるだろう。
今や世界に名だたるDJ、プロデューサー又はアーテイストであるPVDが若くして学んだことは、「音楽とは、ただ人々を楽しませたり刺激を与えたりするだけのものではない。音楽は、人々の社会的、政治的な主張をも変えることができる。」というものだった。
1989年のベルリンの壁崩壊後、PVDはクラブシーンというリアル・ワールドに足を踏み入れ、音楽の持つ影響力、またダンスすることによって得られる開放感を初めて経験することになる。
彼の新作である二枚組みMixed CDである “Politics of Dancing”において、PVDはその挑発的ともいえるエネルギーで、リスナーをエレクトロに満たされた旅に連れて逝ってくれることだろう…心はオープンになり、身体は元気ずけられ、魂はいやされる、そんな世界へ…
PVDはこの初めてのMix CDについてこう述べる。「ほんとうにすごくすごく熱の入ったプロジェクトだったんだ。たぶん、僕が今まででスタジオで経験してきたことの中でも一番たいへんな作業だったと思う。」
生のオーデイエンスの不在、という理由から、PVDはこれまでDJ−Mixed CDの制作を断り続けてきた。しかしPVDはここにきて、とてつもない何か…DJ、又はプロデューサー兼ミュージシャンとしての才能を示すものを作ることに決意したのである。そして2001年11月6日、Ministry of Soundが新たにアメリカに設立したレーベルより、PVD初のMixed CDがリリースされることになり、世界中が同時発売日を迎えることとなった。その作品はPVDお気に入りのリミックス・トラックでちりばめられ、さらに今回新しく書き上げられた彼のオリジナル作品“Out There”と“Vega”、それから未発表であった “Autumn”も収められている。
PVDはこう説明する。「この作品の制作過程は、他(DJs)のMixed CDとかに比べると、まったく違う形のアプローチで作ったんだ。ただ、こうしようと考えたんだ;このレコードはここでこんな風に使って…それからささっとアドリブで曲を書いてみて…ここらへんまでは簡単な部分なんだけど。それからさらに、雰囲気やひとつひとつのトラックが持つエッセンスみたいなものを注意深く分析してみる。それとなぜ自分がそのトラックを選んだのか、とかね。」
PVDの頭の中ではこの様にして、複雑なプロセスである全トラックの進行過程が作り出されるのである。それから、彼はそれら各トラックをCDのコンセプトに合うようにリミックスしていく。そして約2ヶ月後、30以上におよぶリミックス後、“Politics of Dancing” は誕生した。
この作品が持つエンターテイメントとしての計り知れない価値は、否定できるものではない。では、この作品が一体どの様にして、社会のエレクトロ・ミュージックに対する(ネガテイブな)考え方などを変えていくのだろうか?
答えは、この作品でもってエレクトロ・ミュージックとそれに伴なうライフスタイルの重要性をさらに浸透させていく、ということである。PVDは、社会全体やメデイアの中心でエレクトロ・ミュージックシーンがより良い理解が得られることを願いつつ、さらなるゴールを目指して、人々をインスパイアし続けていくことであろう。
PVDはこう問いかける。「エレクトロ・ミュージック以外の他のどんなカルチャー・ムーブメントがこうして10~15年もの間、世界中を虜にしてきたっていうんだろう?僕はエレクトロ・ミュージックのほかには知らないね。DJとして韓国、日本、フィリピンに行ってそれぞれまったく違う文化を持った人々の前でプレイすることがある。でも、文化的バックグラウンドは異なっても、音楽を理解するってことは、まったく同じなんだ。みんな音楽を通してつながっているんだよ。それぞれ違う文化の人々が集まってひとつになる、っていう感覚だね。」
エレクトロ・ミュージックがよく問題化されるというのは、結局の所、世間のごく一部の人たちが批判し続けることによって起こるのである。そもそもネガテイブで差別的なマスコミ自体と、マスコミが必ず騒ぎ立てる一部の無責任なクラバーの起こした事件のおかげで、結果的に、社会全体がエレクトロ・ミュージック自体に悪いイメージを持ち、レイブパーテイではドラッグが氾濫し、クラブシーンは無法地帯になっているのではないか、などと批判されるのである。
しかし、PVDは信じ続ける。こんな社会の風潮など、なくすことができると。
PVDはこう指摘する。「クラブなどに関するドラッグ問題というのは、そもそもマスコミよって完全に作り出されている部分もあると思うんだ。ドラッグの使用率だってHip HopやR&Bのライブ、ロックコンサートに比べたらたいしたものじゃない。(訳注;欧米でのお話ね)Twilo(@NYC)のようにクラブが強制撤退させられるなんてことは、クラブ・キッズ達をこの世界的規模のカルチャーから閉め出してしまうってことなんだよ。これはNYCそのものを世界地図から消してしまうことと同じなんだ。」
仮にマスコミが誇張するクラブシーンでのドラッグ氾濫が本当だったとしても、抜き打ちの警察のよる手入れや、若いイベント・オーガナイザー達へのいやがらせ行為などは、何の解決策にもなりはしないのである。それどころか、状況をさらに悪化させるだけである。エレクトロ・ミュージックシーン、この世界規模の若い世代のカルチャーを攻撃し取り上げようなどという試みは、ひいては数え切れないくらいの若者たちを路頭に迷わせるだけでなく、もっと深刻な問題を引き起こしかねない。これは私達の誰が考えてもわかる結末である。しかしこの正当なる主張は、世界の政治的・社会的リーダーたちの元に届く前に、かき消されてしまうのである。
PVDはこう願い続ける。「僕達みんなは、当局に対してこう主張するべきなんだ。もし、クラブでのドラッグ使用があるならば、それを社会全体の問題という枠組みでとらえて解決していかなきゃならないと。ドラッグ使用というのは、クラブでだけで起こっている問題じゃない。それに、一部の人達がたまたまクラブでドラッグを使用している、ということであって、クラブに来たからドラッグを使用したってわけじゃないんだよ。」
世界中でひっぱりだこのDJであるから、PVDは、この誤った方向で規制にひた走る当局が持つ破壊力、その及ぼす影響を誰よりも身にしみてわかっているのである。最近に起こったことでは、Twiloのケース。マンハッタンにおけるエレクトロ・ミュージックの拠点として知られたTwiloは、NYC市当局よって永久的な閉店を余儀なくされた。これはNYC市当局がTwiloではドラッグ検挙率が高いなどど騒ぎ立てるマスコミの風潮に便乗した結果のことである。
PVDは4月にTwiloで回したのだが、彼はふたたびNYCでプレイすることに関して不安を抱いている。「僕らはNYCで何かに一生懸命トライしようとはしているんだ。僕はそれに期待しているよ。でも、Twiloの不在を埋められるものは、まだNYCにはないね。」PVDは自らのレーベルであるVandit Recordを通じて自らの資金を投じ、なんらかのイベントを企画することまで考えている。しかし、Venue(訳注;イベントが行われる場所)のセキュリテイ対策や市当局から許可を得なくてはならないことなど、問題は山積みである。
引き換えに、PVDは10月に北米9ヵ所をまわるツアーを実現した。デンバー(コロラド州)、フェニックス(アリゾナ州)、ヒューストン(テキサス州)、シアトル(ワシントン州)などなどさほど知名度が高いほうではない都市を回った。年末、彼はふたたびアメリカに戻ってくるだろう。ニューイヤーズイブのカウントダウンパーテイでは、ラスべガス、フェニックス、そしてロスアンジェラスのGiantでのGigか予定されている。
そして、彼は今ある映画のサウンドトラックの製作にとりかかっている所で、その映画の主要なキャラクター達のためにテーマ・ソングを書いている。
クリスマスの一週前には、彼の30歳のバースデイ・パーテイをかねて、Vandit Record主催の毎2ヶ月ごとに行われているパーテイ、ベルリン・カジノ・ナイトクラブにて回す予定となっている。
PVDの存在は、エレクトロ・ミュージック界とそこに生きる若者たちのカルチャーの代表者である、と言っていいだろう。無論、彼が意識してそうなろうとしてきたわけではないのだが。彼の目的であるこの音楽コミュニテイを活気ずけ、強化していくという姿勢は、あまり世間から注目をあびている点ではなかった。だが、今回PVDからあらためて示されたその姿勢は、彼のファンや長年サポートしてきてくれた人達への、恩返しともとれるのではないだろうか。
彼の最新作である “Politics of Dancing”は、今のエレクトロ・ミュージックシーンが直面している数多くの問題を、効果的に強調するものであり、時代のニーズに合った、まさに絶妙といえるアッパーな曲の数々を提示している。
もしこのエレクトロ・ミュージックシーンをぶち壊そうなどと考えている奴らが、この彼の最新作を聞く機会があって、そして理解をしようとする姿勢を見せてくれるならば、おそらく彼らはこう悟るであろう…
エレクトロ・ミュージックは西洋文明に対する脅威になるような代物ではなく、ただ前世紀に親しまれていた音楽(訳注;バロックとかクラシック)以上のものなんだと。(完)
<以上、ここに記載されている文の著作権はAbout.Comにあるものとし、許可なく引用、および転載を禁止します。>
P.S. ここまで読んでくださりまして、ありがとーでっす!(感謝)