鬼神 〜 織田 信長 〜

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織田信長が桶狭間で今川を倒すことができたのは、織田信長の一生に一度の大きな命がけの賭けに大勝したようなものであった。ただ以後信長は、緻密な計画性と大胆でパワフルな実行力そして俊才としての判断力をもって日本国の統合をすすめていった。

司馬遼太郎氏が言うように、大ばくちのあとの彼の行動は賭けではなく、結果の如何を別とすれば、少なくとも勝つべくして勝ち進んでいった。

吉法師と呼ばれていた幼少期から「うつけ」と呼ばれる素行で本性をカモフラージュすることで外敵のみならず内敵をも欺き、時の到来とともにカモフラージュを解いて天下布武への活動をすすめ、日本をひとつにするはずみをつけた人物、信長をさまざまな角度から観察・分析してみる。

この観察を通して当時の日本と日本人を知り、彼だからこそできた偉業の計画性そして急激な情勢の変化に対し彼が取った対応の基礎となったものについて考察してみる。

計画の緻密さと実現性は、現在ときたるべく情勢の把握と分析といった手法的な要素によっても左右されるが、、机上の計算・予測をこえた次元に属する目的の重みと遂行しようとする意思の強さはおいて決まる。

信長が戦国時代の他の豪族や天下を狙うだけの私欲な気持ちでこの偉業に望んでいたならば、到底実現し得なかっただろう。目標は「天下布武」だと信長の心を染めていったものは何だったのだろうか。

いつの時代でも、武力・経済力を背景にして社会を制するという観念は根強く、事実そうした現実の姿は否めない。武力・経済力の絶対性を信じる人が多数を占める社会が続いているからだろう。

自身の人生を五十年と定め何のために生きるのかをはやくに見極めその目標に向け全身全霊を傾けて突進していった信長の人生第一関門は、親族の統合だった。小さな力が大きな力に挑まれる時を予測し、小さな力を力強いパワーに変えて大きな力に対抗することための準備期間がそれにあたる。

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