「東京都安全・安心まちづくり条例(生活安全条例)」案の
制定に反対する法律家声明
(2003年6月2日)
出典:aml他
 東京都は、6月開会の東京都議会第2回定例会に「安全・安心まちづくり条例」(以下、「都条例」とする)案を提出する予定と報じられています。これは、2002年12月に警視庁生活安全部に「東京都安全・心まちづくり有識者懇談会」が設置され、わずか3回の審議の結果をまとめた2003年3月の「東京都安全・安心まちづくりについての報告書」(以下、「報告書」とする)の提案に基づくものです。
 「報告書」では、昨今の「犯罪の増加」と「体感治安の低下」などを解決するために、「警察のみならず、東京都、区市町村、事業者、ボランティア、さらにはすべての都民が一体となって、自主的な防犯活動の推進や犯罪防止に配慮した環境の実現など、犯罪のないまちづくり」を行っていくために、「都条例」の制定を提案しています。しかし、「都条例」の制定については、以下の理由から問題があると考え、私たちはこれに強く反対するものであります。

 1 説得力に欠ける制定理由
 第1の理由は、「報告書」の内容が説得力に欠けるという点です。
 まず、「報告書」は、「犯罪の増加」を「都条例」制定の理由としてあげています。「報告書」では、この10年間で犯罪が増加しているとしていますが、戦後の50年単位で見れば犯罪は大幅に減少しています。そのことは、曲がりなりにも従来の刑事政策が一定の効果をあげていることの証左ではないでしょうか。しかし、「報告書」のデータを見る限りでも、「激
増」を示している犯罪類型が「ひったくり」「非侵入強盗」「侵入強盗」など、ほとんどが財産犯であるにもかかわらず、犯罪多発の原因としての「長引く不況による経済情勢の悪化」と犯罪の増加傾向との関連は、ほとんどまともに検討されておりません。
 これについて「報告書」で「犯罪多発の背景にあるもの」として強調されているのは、「地域社会の一体感・連帯意識の希薄化」「遵法意識・遵法精神の低下」「ライフスタイルの変化に伴う自己中心主義の風潮」「家庭・地域・地域社会の少年に対する教育力の低下」など、きわめて主観的で俗論的な「原因」論ばかりです。仮にこのような議論に根拠があるとしても、なぜこれらの現象が生じたのかという問題にまでさかのぼって検討しなければならないと思われますが、そのような真摯な検討をした形跡はありません。
 さらに、「報告書」は「体感治安」の低下という主観的な概念を持ちだしています。「犯罪被害に遭いそうな不安を感じるか」と問われれば、「不安を感じない」と答える人が少数となるのは当たり前です。しかし、都民に不安感があるとしても、それが直ちに「都条例」の制定理由になるわけではありません。本来ならしかるべき権限と責任と技能を備えた警察官の活動に期待すべきではないでしょうか。犯罪の「国際化、組織化、巧妙化が顕著」であり、「警察による捜査や未然防止活動も困難の度合いを強めている」のであれば、都民への防犯活動の肩代わりは無意味であるばかりか、都民を危険にさらしかねません。

 2 憲法・刑事法に抵触する内容
 第2の理由は、すでに制定されている他府県や都内区市の「生活安全条例」に見られる憲法・刑事法上問題のある条項が、「都条例」案に盛り込まれることが危惧される点です。
 条例案の詳細な具体的内容は現段階では提示されていないため、すでに制定されている他府県や都内区市の「生活安全条例」の規定から内容を類推せざるをえません。そこで、道路や店舗での「防犯性の向上」が都内の区市条例で見られる監視カメラの設置規定となると考えれば、運用次第では憲法13条が保障するプライヴァシー権の侵害になりかねません。千代田区条例の「チラシの散乱」禁止規定や武蔵野市条例の「つきまとい勧誘行為」禁止規定と同様のものが入れば、憲法21条の表現の自由を脅かすことにもなります。
 また、「報告書」が言う「鉄パイプ等の規制」(大阪府条例ですでに規定)などの新しい犯罪類型を安易に作ることは、刑罰は謙抑的であるべきという刑事政策の大原則に反することになります。「等」の多様などあいまいな規定の仕方をすれば、刑罰法規は明確でなければならないという明確性の原則にも反することになります。さらに、軽犯罪法その他現行法より厳しい罰則規定または新たな規制規定を入れるならば、刑罰規定の実体面の適正さを求めた適正手続の保障にも抵触することになります。

 3 近代立憲主義に反する発想
 第3の理由は、「報告書」の内容が、アメリカ独立宣言やフランス人権宣言等を出発点とする近代立憲主義への挑戦とも受け取れる発想に基づいている点です。
 すなわち、「都民が一体となって」防犯活動に「参加する」ことを提案する「報告書」の発想は、そもそも公権力と市民とは建前上緊張関係にあり、公権力の恣意的な発動によって市民の基本的人権が侵害されないように市民が公権力をチェックするという近代立憲主義の発想とは相容れません。それどころか、人権保障の仕組みを壊し、都民あげて防犯活動に動員する「総動員体制」づくり、公権力の威を借りた一部の市民が公権力の目となり耳となる「密告社会」「相互監視社会」へと地域社会を変質させる重大な危険性を有しています。「報告書」が、「地域社会の犯罪抑止機能である『コミュニティの目』を作る」あるいは「地域における強力なリーダーを養成するために、リーダー養成講座等を開催することも有効」などとしているのは、このような危険性を裏づけるものです。

 4  今、行うべきこと
 最後に、あらためて次の点を強調しておきたいと思います。そもそも犯罪の増減という現象は、その時々の社会・経済状況に左右されやすいものですから、犯罪を減らすには昨今の社会不安の増大の根本原因をまず検討する必要があります。また、相次ぐ警察の不祥事や刑事捜査能力の低下がなぜ生じたのかという問題の徹底的検証も必要です。この2点を抜きにして、犯罪の原因を安易に都民の意識の問題にすりかえたり、本来的に刑事警察の活動により検挙率を高めることによって担うべき防犯の役割を都民に肩代わりさせようとすることは厳に慎まなければならないと考えます。
 以上の理由から、私たちは、東京都の「安全・安心まちづくり条例」制定の動きに強く反対するとともに、警視庁及び東京都の関係機関が現在の犯罪状況やその原因について犯罪類型ごとに十分かつ慎重な分析を行い、それに基づき近代立憲主義の理念に立脚し、犯罪類型ごとのきめ細かな犯罪対策をあらためて検討しなおすことを強く要請します。    
 2003年6月2日

 呼びかけ人
 石埼学(亜細亜大学助教授・憲法) 小田中聰樹(専修大学教授・刑事法) 海渡雄一(弁護士)
 北野弘久(日本大学名誉教授・憲法) 近藤博徳(弁護士・青年法律家協会弁護士学者合同部会東京支部支部長)
 澤藤統一郎(弁護士・日本民主法律家協会事務局長) 白藤博行(専修大学教授・行政法)
 立松彰(弁護士・青年法律家協会弁護士学者合同部会議長) 土屋公献(弁護士) 
 新倉修(青山学院大学教授・刑事法) 内田雅敏(弁護士) 東澤靖(弁護士・自由人権協会事務局長)
 星野安三郎(東京学芸大学・立正大学名誉教授・憲法) 松井繁明(弁護士・自由法曹団東京支部長)
 渡辺治(一橋大学教授・憲法) 高山俊吉(弁護士) 愛敬浩二(信州大学助教授・憲法)
 穐山守夫(埼玉県立大学講師) 足立英郎(大阪電気通信大学工学部助教授) 
 足立昌勝(関東学院大学法学部教授)、石川裕一郎(白鴎大学非常勤講師)、石村修(専修大学)
 一瀬敬一郎(弁護士)、一瀬春雄(弁護士)、植松健一(島根大学助教授・憲法学)、浦田賢治(早稲田大学教授・憲法) 遠藤憲一(弁護士)、大田直史(京都府立大学)、大森顕(弁護士)、大山勇一(弁護士)、岡田啓資(弁護士)
 岡本篤尚(神戸学院大学教授)、小木和男(弁護士)、小沢隆一(静岡大学教授)、尾林芳匡(弁護士)
 椛嶋裕之(弁護士)、上脇博之(北九州市立大学法学部教授・憲法学)、川上詩朗(弁護士)
 川崎英明(関西学院大学法学部教授)、君島東彦(北海学園大学教授・憲法)、小松浩(三重短期大学教授)
 齊藤園生(弁護士)、榊原秀訓(名古屋経済大学教授)、佐々木光明(三重短大教授・刑事法)
 笹沼弘志(静岡大学助教授・憲法学)、笹本潤(弁護士)、佐藤むつみ(弁護士)、清水雅彦(和光大学講師・憲法)
 鈴木敦士(弁護士)、鈴木達夫(弁護士)、隅野隆徳(専修大学)、瀬野俊之(弁護士)、平和元(弁護士)
 高橋利安(広島修道大学法学部)、高村学人(東京都立大学)、滝沢香(弁護士)、武内更一(弁護士)
 武田博孝(弁護士)、多田一路(大分大学)、田中隆(弁護士)、千葉恵子(弁護士)
 塚田哲之(福井大学助教授・憲法学)、豊崎七絵(龍谷大学助教授・刑事法)、中川素充(弁護士)
 長澤彰(弁護士・自由法曹団東京支部事務局長)、成澤孝人(宇都宮大学)、成見暁子(弁護士)、西村正治(弁護士)  丹羽徹(大阪経済法科大学教授・憲法学)、根森健(新潟大学教授)、長谷川直彦(弁護士)、羽鳥徹夫(弁護士)
 萩尾健太(弁護士・青年法律家協会弁護士学者合同部会東京支部事務局長)葉山岳夫(弁護士)
 晴山一穂(専修大学法学部)、福島瑞穂(弁護士)、藤田正人(弁護士)、古本晴英(弁護士)
 本庄武(一橋大学講師・刑事法)、本多滝夫(龍谷大学教授・行政法)、前川雄司(弁護士)
 前川佳夫(中央学院大学講師・法社会学)、増田栄作(広島修道大学法学部)
 水島朝穂(早稲田大学法学部教授・憲法)、三橋良士明(静岡大学教授・行政法)、三輪隆(埼玉大学教員)
 本秀紀(名古屋大学助教授・憲法)、森英樹(名古屋大学大学院法学研究科教授)、安川幸雄(弁護士)
 山上博信(愛知学泉大学専任講師・刑事訴訟法学)、山口貴士(東京弁護士会所属弁護士/NGO連絡網AMI理事)
 山崎英壽(淑徳大学講師・憲法)、山田健吾(香川大学法学部助教授・行政法)
 吉田栄士(弁護士・自由法曹団東京支部幹事長)、李泰一(朝鮮大学校政治経済学部法律学科・憲法)
(6月1日、22時現在)









   TOP   APPEAL-TOP   RAPPEAL-TOP