9・11−アメリカに報復する資格はない−
 
 ノーム・チョムスキー 著
 山崎 淳 訳
 文芸春秋社 

 目次
 第1章 真珠湾と対比するのは誤り (2001年9月10日 イタリア「イル・マニフェスト」紙)
 第2章 ブッシュ政権がとるべき方法 (2001年9月20日 「ハートフォード・クーラント」紙)
                        (2001年9月21日 デイヴィッド・パーサミアンのインタビュー)
 第3章 なぜ、世界貿易センタービルか (2001年9月21日 スイス「ジョルナーレ・デル・ポポロ」紙他)
 第4章 アメリカは「テロ国家の親玉」だ (2001年9月21日 デイヴィッド・パーサミアンのインタビュー)
 第5章 ビンラディンの「罠」 (2001年9月22日 マイケル・アルバートのインタビュー)
 第6章 これは「文明の衝突」ではない (2001年9月20〜22日 ヨーロッパのメディア・インタビュー各種)
 第7章 世界に「明日」はあるか  (2001年9月30日 マイケル・アルバートのインタビュー 他)
 付録 世界のテロリスト集団
 訳者あとがき・解説
 2001年11月30日 初版発行
 158p
 1,143円(外税)

 この本は「言語学の天才」であり、「アメリカの最高の知性」といわれ、そしてある時は辛辣な批評家であるチョムスキーが、9・11以降に受けた各種インタビューを収録したものである。先述した「非戦」と前後して出版され、大ベストセラーとなると同時にチョムスキーの名を一躍日本国内に広めさせるきっかけとなった本である。
 1930年生まれ、彼が15歳になった年の8月6日、広島に原子力爆弾が落とされたという話を聞いた著者は「ひとりで林の中入って2〜3時間を過ごし、この件については誰とも話ができず、他人の反応が理解できず、自分が孤立していると感じた」。長じて言語学者として成功を収めてからも、彼は誰にもこびることなく、ありとあらゆる分野において、臆することなく意見を表明してきた。日本国内ではネット上で、彼の発言やインタビューを紹介し、著作物出版も盛んになりつつあるが、ユダヤ人であるにもかかわらず、今のパレスチナ情勢についてもイスラエル政府やシオニストに対してキツいものの言い方をするため、彼の最新の意見はネット上でしか読むことができず、アメリカでは本の出版もままならないという。こういう話を聞くにつれ、「自由の国アメリカ」は虚像なのではないかという思いがムクムクと頭の中をもたげてくる。彼のインタビューを読むにつれ、アメリカが第二次大戦終了後「自由」の名において外国に侵攻し、爆弾を投下したのは20ヵ国に上ることを著書で明らかにしているが、この事実を知っている人間はいったいどのくらいいるのだろうか?彼がこの本でいいたいことは、「9・11」は巷でいわれている「文明間の衝突」ではなく、「テロ国家の親玉アメリカに対する、別のテロ集団の挑戦である」ということである。
 第1章から彼の舌鋒は鋭い。「9・11」に乗客を乗せた飛行機がWTCビルに突っ込む姿を見て、多くの識者が真珠湾と比べたが、彼は「ハワイは『領土』ではなく『植民地』だ。アメリカは過去数百年の間に多くの土着民(この表現がいいのかどうかはここでは論じない)を攻め滅ぼし、周辺地域に暴力を持って介入し、武力による政策を押し広げた」と語り、アメリカのこれまでの政策を非難し、ブッシュ大統領の「十字軍」「これは戦争だ」という発言を「不適切な発言」と切って捨て、
「正しくは「人道に対する犯罪と呼ぶべきだ」と述べる。犯罪である以上戦争行為に走る必要はなく、国際法に則り、国際司法裁判所で法の裁きを受けるようにするべきだというのがチョムスキーの言い分である。
 この本で彼は、アメリカはこの機会に乗じて軍事化を進め、社会的民主事業をご破算にし、グローバリゼーションの厳しい影響を指摘する声を根絶させるだろうと警告することをしている。なぜなら、政府は「富める者」を代表しているからだと指摘するが、彼の予言は的中しつつある。アメリカは「グローバルスタンダード」という名のもと、自国の会計基準を他国に押しつけるということをやってきた。それこそが一番の問題点であるということに、アメリカはいまだに気がつかない。
 第4章ではアメリカこそテロ国家の親玉だと非難し、ニカラグア、スーダンでやってきたことをとうとうと述べ、その根拠となる事実を述べる。ロシア、インドネシア、中国、トルコなどの国家がアメリカと同盟関係を結ぶのは、彼らが自国で残虐行為をする時、ある勢力からのお墨付きをもらうためと彼は喝破する。ある勢力とは、いったいどこの国のことであるかはあえてここでは書かない。チェチェン(ロシア)、アチェ(インドネシア)、チベット(中国)、クルド(トルコ)らの民族大虐殺をアメリカは時に支持し、時に黙認し、時に支援する。これらの国にとってアチェ、チェチェンやクルド民族はそれぞれの国にとっては「テロリスト」だからだ。そして中国やロシア、トルコなどの国はアメリカに「彼らはテロリストだ、だからテロリストは撲滅する必要がある」といえばアメリカ政府は満足する。「テロリストか否か」が彼らにとって、一番重要なことなのだから真実がどうであるかはアメリカにとってはどうでもいい事だ。アメリカは「報復攻撃」と称してアフガン全土に雨あられと爆弾を落とし、結果として名もなき庶民を大量に殺戮している事についても、チョムスキーはインドネシア軍がおこなった大虐殺、ニカラグア内戦を例に挙げ、「彼ら貧民層が、いかなる意味に置いても我々に害を与えたことがあるだろうか。これ以上もなくグロテスクなものだ。」と非難する。罪のない人民を欲望のままに殺すのはテロリズムであり、戦争ではないというのがチョムスキーの言い分だが、この至極真っ当な言い分が世界中の主流派にならないのはどういう事か?政権筋からの「無言の圧力」「暗黙の了解」があるからか、それはこの本の読者に委ねる。
 だが「9・11」に起因する一連のテロについて、チョムスキーは「ビンラディン主犯説」には与しない。ビンラディンのネットワークは信憑性があり、犯人達を鼓舞することはあり得ると認めながらも、あれだけの手際のいい軍事作戦をアフガンの洞窟の中で計画する能力が、ビンラディンにあるとは思えないというのがその根拠だ。
 「文明観の衝突」という見方に対しても、チョムスキーは否定的である。ハンチントンが「文明の衝突」という本を出し、これがベストセラーになったが、このハンチントンという人物は、ペンタゴン(米国防総省)で働いていた人間であり、その思想はアメリカ中心主義に凝り固まっているということに気づく必要がある。日本では中西輝正(京都大教授)が彼の思想を嬉々として紹介しているが、チョムスキーは’60年代〜’80年代のアメリカ外交について指摘し、その中でインドネシアのスハルト政権を「話のわかるヤツ」と評価し、’80年代のアフガン政策ではパキスタンやイラクと手を組み、イランの脅威を防ぐためにアメリカはイラクに接せと武器援助をしたのみならず、フセイン政権ののクルド人虐殺には目をつぶった。同時期には中米4ヵ国と戦争状態になっている。片手にはイスラム教、もう片手にはカトリックと手を組んでいる、これのどこが「文明の衝突」なのかといっているが、反対派は「意味不明」とか何とかいうだろうな。イラクにしこたま武器援助したことが、のちの湾岸危機につながるのは皮肉である。
 「平和を取り戻すためには、市民は何ができるか」という問いに対しては、「暴力の環のエスカレーションを望まないのなら、テロの背後に含まれるものを調べる必要があるが、そんなのを検討したらテロを容認するのかという意見があるのもまた事実であると述べ、テロ容認云々の意見に対しては「コメントする価値もない愚かな意見だ」と切って捨てる。そして
「ヒステリックな喚きやウソに驚かされず、真理、正直さが重要であり、自明の事実を乗り越えて一つ一つの問いに目を向け、調べ、行動しなければならないと訴える。
 この本を初めて読んだ時、目から鱗が落ちる思いだった。自分が普段感じていることを、この本は余すことなく書いているからだ。チョムスキーはこの本が出てからも旺盛に発言を続けているが、ユダヤ人が力を握るアメリカのマスコミにとっては彼の存在はまさに「目の上のたんこぶ」なのだろう。新作の出版もままならなど、さまざまな嫌がらせを受けているらしい。だがそれにも負けずに言論活動を続けるチョムスキーは素晴らしいと思う。だが彼の発言は訳文の影響もあるのだろうが、一読しただけではなかなか理解できないところがあるのも事実である。彼の発言が紹介されないということは、全人類にとって最大の不幸といえるかもしれない。










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