| ※出典 伊藤千尋ML 10月7日付投稿 映画の冒頭で新聞などの論評が画面に出てくる。「怖いもの知らず」「反米主義の明確な誤り」「現存するもっとも重要な知識人だが、その発言はあまりにも馬鹿げている」「飽くなき反抗者」……。 そう呼ばれる人物の発言をつづった映画が『チョムスキー9.11 Power and Terror(権力とテロ)』だ。主人公のノーム・チョムスキー氏の講演やインタビューで構成し、ほとんど「語り」だけでつづった珍しい映画である。そんなものが映画としてなじむのかといぶかったが、これがとても面白い。飽きるどころか、どんどん引き込まれていく。 主人公はアメリカの名高い言語学者でマサチューセッツ工科大学(MIT)の教授ノーム・チョムスキー氏。言語学に革命を起こしたことで知られるが、いち早くベトナム反戦運動を起こしたことでも有名だ。アメリカが他国に侵略してきたことを批判し、とくに中南米でのアメリカの「砲艦外交」と呼ばれる力づくの外交政策を批判してきた。私は八〇年代に朝日新聞の中南米特派員をしていたので、彼の活動は比較的早くから知っていた。この著名な学者がアメリカ政府の政策に目を光らせ鋭い批判をすることに驚いていた。その彼が今や、テロとテロ後を語る。 アメリカを襲ったテロのとき、私はロサンゼルスにいた。こんどはロサンゼルス支局長として。テロが起きた二〇〇一年九月十一日は赴任してまだ二週間目だった。見るものすべてが新鮮な中、テロがアメリカ人にもたらした衝撃やその後の反応などに現場でじかに接した。テロの当日は原潜に衝突されて沈没した実習船えひめ丸の取材を終えハワイからロサンゼルスに戻った翌朝だ。まだ住まいも決まらずホテルで寝ていたら助手に電話でたたき起こされた。テレビをつけるとビルが炎上していた。急いで服を着て市中心部の支局に走った。このときの市街の風景を、あれから一年以上たつ今も覚えている。なにせ街には人っ子一人いなかったのだ。襲われたニューヨークとの時差が三時間あってロスはまだ早朝とはいえ、あまりに異常な風景だった。ニューヨークの次は全米第二の都市であるロサンゼルスの高層ビルが狙われるといううわさが広がり、だれも出勤しなかったのだ。摩天楼の街はまるでゴーストタウンのようだった。 数日すると街は星条旗の洪水となり、「星条旗よ永遠なれ」や「神よアメリカを救いたまえ」という歌があちこちで歌われるナショナリズムの高揚の中で、アラブ系の市民が殺される事件も起きた。やられたらやり返せとばかりアフガニスタンでの戦争が始まった。反撃とナショナリズムの声ばかり高まったが、なぜアメリカがテロに狙われたのかについてアメリカ人は考えようとしなかった。アメリカが狙われた理由は、アメリカ以外の人々はみんなわかっている。ソ連が崩壊し今や唯一の超大国となったアメリカの独りよがりで傲慢な政策を苦々しく思っている人々は世界中にいる。その中でも過激な人々がテロという手段で反撃したのだ。しかし、アメリカ人はそうは考えない。アメリカの民主主義を嫉妬した人々がテロを起こしたとしか思っていない。 テロを起こした側の視点も考えてみようという人々はほとんどいなかった。なぜなら「非国民」というレッテルを貼られたからだ。まるでマッカーシズムの時代あるいは戦前の日本のような何も言えない雰囲気がアメリカを覆った。しかし、数は少ないが勇気ある発言をした人はいた。その代表がチョムスキー教授である。 映画の最初のシーンは講演会に集まる聴衆だ。チョムスキー教授は言う。「絶滅しそうな種について何千回も話してきた」と。動物の話かと思ったら、彼が言うのは民主主義や人権のことだった。そして教授は「もっとも絶滅の危機に瀕しているのは人類らしい」と話す。機知とユーモアに富んだ、しかし、ズバリと本質をついた発言が柔らかな口調で次々に出てくる。テロ事件以後、人類の未来が語られなくなった。そのうえでこう言う。「将来の奈落をのぞく」が今日の講演のテーマだ、と。 ここで画面は一転しインタビューに移る。場所は大学の研究室だ。教授はテロ後の政府の対応について語る。保守派の動きがますます加速され、日本も改憲に向かうかもしれない。世界の保守政権は恐怖と緊張を利用して愛国心に訴え国民に忠誠を求めるようになる、権力とはそういうものだ、と。しかし、国民は違う。アメリカは内向きな国で国民は国外のことを知らないが、テロのため嫌でも世界について考え直し始めた。国民の中で動きが出てきた。「国民の中で何かが発酵している」。この映画は「将来の奈落」をのぞいたうえ、市民はどうしたらいいか説いている。 画面は再び移り、リベラルなことで知られベトナム戦争のさいの反戦運動の発祥地となったカリフォルニア大学バークリー校での講演だ。「対テロ戦争」についての質問が出た。教授は「対テロ戦争という言葉は眉唾だ。アメリカこそ世界最悪のテロ国家だ。アメリカに対テロなど語る資格はない」と言い切る。証拠に挙げたのが中南米だ。テロにさいして中南米のジャーナリズムはテロを非難したが「目新しい事件ではない」と言った。なぜなら同じことをアメリカは中南米でしてきたからだ。もっと大規模な形で。パナマではノリエガ将軍を拉致するために米軍がパナマに侵攻し市民三千人を殺し「大義名分作戦」と名付けた。ニカラグアではカネで雇ったゲリラを送り込んで左翼政権を倒そうとした。 「重要なのはだれが犠牲になったか、ということだ」と教授。帝国主義国家は侵略するばかりで自分が犠牲になることはなかったが、技術の発達で小さな集団がテロで反撃することが可能になった。日本のサリン事件もそうだ。「悲劇を避けたいなら原因を探すことだ」と。 なぜアメリカが憎まれるのか、テロの直後にウォールストリート・ジャーナル紙が世論調査した。アラブ諸国の銀行家など親米であるはずの人たちでさえアメリカに反感を持っていた。反感の理由は明快だ。「アメリカが腐敗し堕落した政権を支持するから」だ。アメリカは石油など資源を確保するために悪政を支持している。パレスチナ問題もそうだ。自分の利益のためには他の国の人間がどうなろうとおかまいなしという態度をとる。それが憎まれる原因だ。 「テロを止めたいなら、話は簡単だ。参加しないことだ」。これは至言である。例としてあげたのがトルコだ。トルコはアメリカのアフガン戦争をいち早く支持して軍隊を送り出した。なぜなら、かつてアメリカはトルコ政府が国内の少数民族クルド人を弾圧するのを黙認し、さらに武器援助までしてくれたからだ。そのお礼をしたのだ。トルコの次にアメリカに忠実なのがドイツだった。テロをなくすには、アメリカに加担するような参加をやめればいいのだ。 ここでドイツの名が出たのは意味深い。この九月のドイツの総選挙では、米国によるイラク攻撃を批判したシュレーダー首相の社民党が率いる連立与党が勝利した。ドイツ国民はアメリカのやり方に「参加しない」と判断したのだ。 チョムスキー教授はさらに「アメリカは自分が被害を受ければ悲しむくせに、自分は他人にどんな迷惑をかけてもいいと思っている」と批判する。敗戦国は過去の反省に迫られるが勝った国は反省しない。第二次大戦でもドイツの戦犯は裁かれたがアメリカの戦犯は裁かれなかった。もっとも、アメリカに限ったことではなく、イギリスも自国民の命を救うためにクルドで毒ガスを使おうとした。そう説明したあと、教授はアメリカを「悪の帝国」と呼ぶ。アメリカに限らず最強の国は「悪の帝国」になるのだ、と。「世界を支配するためには暴力を使う。アメリカによる統治が有益だと誤解している。覇権を求める国は歴史的にみな同じことを言ってきた」。 講演の最後に教授は市民の動きについて語った。「悲観する面ばかりではない。良い面もある」。かつては国民が黙っていた。だから政府はベトナム戦争を行い化学兵器を使うこともできた。しかし、今は国民が黙っていない。アメリカはこの三、四〇年で、より文明化した。ほんの二〇年前にはこのような会を開くことさえできなかった。「この国は確実に良くなった。民主化を求める闘いは速度を増している。それは破局につながる流れに立ち向かう流れだ。どちらの流れが強いか、それはあなた方にかかっている」。 ここで講演はいったん終わる。画面には講演を聴いた人々が口々に「目を開かせてくれた」「希望を与えてくれた」そして「私たちは行動すべきなのだ」と語る。演壇を降りたチョムスキー氏を質問者が取り巻く。政府はテレビなどメディアを操作しているのではないかとの質問に、彼は「政府にはメディアに命令する力なんてない」と一蹴する。社会の変革に人生をかけるべきかと問うた人に対しては「それはあなた次第だ」と答える。 画面は別の集会だ。こんどは中東問題について語る。「アメリカはパレスチナ問題の解決を妨げている。アメリカはイスラエルに軍事援助し、イスラエルがレバノンで2万人を殺しても何も言わないが、イスラエルが被害を受けると残虐だとパレスチナを非難する。我々は犯罪に加担している」と言い切る。 ブッシュ政権がなぜ「悪の枢軸」という言葉を使うのか。「国民を服従させるのに一番いいのは恐怖を利用することだからだ」。恐怖を利用すれば国民を支配しやすくなる。怪物が世界を破壊すると、おとぎ話のようなことで人々を脅している。ブッシュ政権が「悪の枢軸」という言葉を作り出してイラク、イラン、北朝鮮の三国を非難したのは「第二次大戦の枢軸国である日独伊三国同盟になぞらて国民にイメージさせようとしたからだ」。 教授のこの発言で思い出すのは、ユーゴでの紛争だ。ユーゴ連邦政府と対立したクロアチアの独裁者ツジマン大統領はアメリカの宣伝会社に大衆操作の宣伝文句を依頼した。できあがったのが「民族浄化」だ。ユーゴ紛争の代名詞のように使われたが、マスコミが作った言葉でも現地で語られた言葉でもない。アメリカの宣伝会社がコマーシャルとして作った言葉である。クロアチアは「ユーゴ連邦政府は民族浄化をしている」と非難し、アメリカ政府もそれに乗ってユーゴを爆撃した。世界の世論は、ユーゴが「民族浄化」をしているのだと信じてユーゴを悪者と考え爆撃を当然と考えた。 イラクのフセイン大統領が兵器の開発を進めたのをアメリカが支援したのは、ブッシュ大統領の父親が大統領だったときだ。そう前置きし、教授は「アメリカ政府は二重基準だ。他者に課す基準を自分に課すことをしない。それは偽善者だ。政府だけでなくアメリカの知識人もアフガニスタン爆撃を支持している。だったらアメリカによってゲリラを送り込まれたニカラグアがワシントンを爆撃するのも当然ということになる。対テロ戦争での解説は偽善だ」。実に明快な結論だ。 最後はインタビューだ。チョムスキー氏は大衆運動の高揚について再び語る。軍事一辺倒の政府に反対する市民の動きは六〇年代のベトナム反戦で芽生えて七〇、八〇年代に発展した。平和運動だけでなく環境保護運動、反核運動など幅広い広がりを持つ。「世界はバラ色ではないが、しかし、前に比べるとよくなっている。身近な問題から達成しよう。教育や組織化によって社会は変えられる。意思さえあれば何でもできる。権力を倒すために正しい運動をすべきだ」。 講演を終えたチョムスキー教授は、妻とともに会場を去る。白髪どうしの夫婦愛がなんともほほえましい。画面には字幕が流れる。「情報の信頼性は……」と忌野清志郎の歌が流れる。これで終わりだと思って席を立とうとすると、またも講演の風景が出てくる。スポットライトに浮かび出たチョムスキー教授は会場に問いかける。「聞こえますか」と。それは「聞いているかい、こんどはあなた自身が行動する番だよ」と受け取れる。 その言葉に私たちはどう答えるのか?答えは簡単だ。一人一人が声を上げることだ。映画を見終えて、よくこのような映画を作ったと改めて感心する。きっかけは映画プロデューサー山上徹二郎さんが「今、私に何ができるだろうか」と自問したことだった。彼は映画人として記録映画を作ろうと考えた。彼はチョムスキーの言葉を正面から受け止めたのだ。そしてチョムスキー氏に映画制作の手紙を出した。監督は原爆画家と言われた丸木位里・俊夫妻を描いたドキュメンタリー 「劫火−ヒロシマからの旅」や沖縄与那国島を舞台にした「老人と海」などを作った日本在住の米国人映像作家ジャン・ユ ンカーマン氏だ。このような映画を制作したことに驚嘆するとともに、関わった人々の熱意をたたえたい。しかし、それで終わりにするわけにはいかない。こんどは、私たち自身が自分のできることをすべきだ。 私自身で言えば、この九月に本を出した。『人々の声が世界を変えた−−特派員が見た「紛争から平和へ」』(大村書店刊)だ。ジャーナリストとして平和のために何をすべきか。それはルポを書くことだ。東欧革命で「三〇万人のVサイン」のきっかけになった女性歌手、社会がよくなるよう闘い続けるベトナムのおばあさん、民主化を主張してために解雇された記者たちが作り上げた韓国のハンギョレ新聞、本誌でも紹介したコスタリカの平和憲法を支える人々など、私が見た世界の動きを伝え、名もない人々が世界の歴史を変えたことを知らせようとした。その最後に一章裂いたのが「テロのアメリ カ」だ。強調したのは、教授が講演したバークリーなどで数年前から取材してきたアメリカの市民運動である。チョムスキー教授が大衆運動に希望を託す気持ちのはよくわかる。私も同じように感じてきた。市民こそ世界を、歴史を変える。悲観する必要はない。いや、悲観などしている暇はない。平和な市民社会をつくる出発点は、一人一人の行動である。 チョムスキー教授の主張をさらに詳しく知りたい方は教授の著書の邦訳『9.11−−アメリカに報復する資格はない』という本がある。アメリカでもテロに関する彼の著作が次々に出版されている。政府の行動をおかしい、と感じる人々が増えている。 バラ色の未来を願うなら、まず自分がやれることを考え、行動することだ。 ※伊藤千尋氏(朝日新聞ロサンジェルス支局長)が伊藤千尋MLに投稿したものを、投稿者のご厚意により当サイトに転載しています TOP REPORT-TOP CULTURE-TOP |
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