日時:2002年11月2日 10:00〜12:00
場所:一橋大学国立キャンパス・西キャンパス本館・21番教室
主催:PARMAN
協力:カレンさん招聘実行委員会
11月2日一橋祭の企画で、一橋大学生を中心としてコスタリカのことを学んでいる学生団体PARUMAN主催の「軍隊を捨てた国 コスタリカの常識〜コスタリカ元大統領夫人カレンさんと語る〜」があり、参加してきました。発言すべての再
現ではなく、印象に残った発言だけでも報告したいと思います。
<カレン・オルセンさんプロフィール>
カレン・オルセン・デ・フィゲーレスさんは、デンマーク生まれのコスタリカ国民です。
ニューヨークの大学院で社会学を学んでいるときに、後のコスタリカ大統領:ホセ・フィゲーレス氏(故人)と出会い、結婚してコスタリカ国民となりまし
た。長年、コスタリカ国会議員を務め、国連大使や在イスラエル大使を歴任しました。特に、ニカラグア、エルサルバドル、グァテマラなど、中米紛争の1
987年和平合意では、特別大使的な平和外交で活躍しまし
た。1987年に当時のアリアス大統領がノーベル平和賞を受賞したのも、カレンさんの平和外交抜きにはありえなかったのです。
<はじめのカレンさんの言葉>
大きな理想と夢、軍隊をなくすことは可能であり、その事実を共有したい。精神的な平和な態度の変革を考え、共通の市民意識を共有し、それが統合され、共同体として、一つのファミリーへとなっていくように。
日本の方々が、現実をどう見ているか、不満は何か、夢や未来は何かを問いかけに来ました。
<学生パネリストの質問に対して>
軍隊を持たないで50年以上持続させられたのは、平和、静けさ、愛といった農民的ビジョンに立って(それは今も強まっている)軍備放棄を宣言してきている。USA、IMFなどの圧力は強く独自の道をいくことを認めようとしない。しかし世界の流れとは違う態度・戦略を身につけていった。社会問題の解決のためにその道を選んだ。社会問題の分析から、必要なのは軍隊への投資ではなく、教育・福祉・労働への投資こそをしなければならない、軍隊は役に立たない、と態度の変化が起こった。
社会発展のパターンからみても、経済指標よりも、社会指標にたてば、コスタリカは平均余命76.3歳(USAより高
い)、識字率97.2%、選挙の投票率73%(同)となっている。銃弾より道路・港を、社会正義のための法制度の整備をと、福祉国家をめざし、一人の人間が主体であり客体であることを基礎としてきた。
コスタリカの教育の特徴は、より直接的生産的投資をし、平和の文化を育てている。それは民主主義の強化であり、学校へ通うこと、学校に参加することは、市民参加、市民としての行動を起こすことである。一人一人をエンパワメントすること、一人一人の夢を実現すること、可能性を広げること、ハートとマインド、頭と心をつなげ、技術と文化発展をつなげること、学校と地域で基本的人権の最も重要な命の大切さを教えていることである。
なぜそのような教育が重視されたかというと、まず社会の悪いもの、とくにジャーナリズムの悪意を排除しながら貧困と闘う必要があったから。
貧しき人は声なき人、その人々が声を出せるようにならなければならない。学生や教師は、声なき人の代弁者にならなければならない。富裕層と貧困層しかなかった当時、中間層をつくってバランスをとる必要があった。貧困層が、高等教
育へのアクセスがない状況を変え、いろいろな人が通える状況をつくる必要があった。つまり教育の機会と権利の分配である。
軍隊を持たないことは外交の上でもパワーとなる。ライフルではなく本をもって、他国からは避難地として受けとめられる。兵士よりも教師を、軍事よりも学校や病院を、とやってきている。1983年の永世・積極的・非武装・中立宣言は、他国から攻撃されない大きな理由となっている。
確かにUSAは大きなプレッシャーをかけてきている。外交、テレビなど直接的、また周辺の他国を通じた間接的プレッシャー。1980年代パナマ問題では、米軍の国内通過に反対した。主権に反する、状況がひっくり返る、道徳的に許されないなどの理由から。コスタリカをサポートした国際的コミュニティの力もあって反対できた。しかしその対価は、教育や福祉に影響がでるほど高くついたのではあるが。
<カレンさんから学生パネリストへの質問と回答に対して>
第一の質問は、日本の政治・政治家についてどう思うか?
(学生発言は略)
平和は受動的なものではなく、能動的なもの
平和は生まれるものではなく、つくられるもの
平和は戦争がなければ平和なのではない、
平和の種を播いて育てること
第二の質問は、日本の教育システムは、学生の要求を満たしていますか?現代社会に適応していますか?よりよい人間をつくるようになっていますか?
法政大桐谷さんが、コスタリカに行って授業を見たら、子どもたちが一人の人間として扱ってもらえているように見えた。家庭でも、子どもが親にしっかり意見をいっていた。日本の子どもへのアンケートでは、大人は話を聞いてくれない、授業がつまらない、一人の人間として扱ってくれない、声を聞いてくれない、おさえつけている、という声があった。大学も就職や企業のためばかりになって、情報や語学の授業ばかりをおしつける、企業のため、お金を稼ぐためのものになってい
る。と答え、それについて、
日本のテクノロジーもバランスが大切なのではないか。健康と平和を生み出すものとして、頭と心、人間と心を強調し、その上での技術的側面の強調になるのではないか、と。
第三の質問は、持てる人と持たざる人・声なき人との連帯はどうやったら出来ると思うか? 第四の質問は、平和は精神的な態度だと信じるか?なぜコスタリカに興味を持ったのですか?
(学生発言は略)
今私たちは賢くなければならない。先進諸国の経済的プレッシャーのありようには、想像力を欠如し、選択肢が他にないように思わされてきている。先進国は戦争経済にすぐに転換するし、その危険は高まってきている。それは平和よりも
戦争のほうがはるかによい商売になるからです。
<会場からの質問に対して>
■コスタリカは観光業が盛んだが、海外に受動的で依存することにならないか?について、
観光業は、エントツをもたない産業、自然を壊さない産業、国土の25〜30%を国立公園にし、軍事大国に依存しな
い。
観光とは、美しいと思うところへ行く自立的なもの、それは政治のニュアンスを含んでおらず、エコツーリズムは強い。この能動的なもののキーワードは寛容さである。
平和は、日常的に毎日やるもので、説教ではなく、自分たちが生きるものである。私たちは解決の一部分にありつづけなければ、問題の一部でありつづけることになる。言わないでいることは贅沢なことである。
観光業は、平和という最終生産物への中間生産物である。
■イスラエル大使の経験から、現在のパレスチナ問題をどう見るか?について
まず、当事者以外のものが手を引き、当事者に任せる必要がある。料理人が多くなると料理はまずくなるの例えのように。
平和と夢を持ち語る義務がある。自分たちがしてもらうだけではなく、他の人達に奉仕できるかということ。つまり第一に夢をもつこと、そしてはじめて現実になる
第二に難しいステップであるが、現実を夢に、それ以上に美しいものにしなくてはならない
両者(イスラエルとパレスチナ)は疲れ切っている。少しずつ変化していっている。誰もが住む権利を持っている。
母親が、子どもが生まれた時に戦争で我が子が殺されることがないという確信を持てること、コスタリカではそうした母でいられること、日本の母もそうであるに違いない。
<終わりにあたってのメッセージ>
伝統を愛される日本の人々を賞賛します
家族や先輩を尊敬することを賞賛します
勤勉さ、日本の技術革新を賞賛します
平和な暮しと平和憲法を賞賛します
他の人々への連帯と援助の意識の強さを賞賛します
利己的ではなく、惜しみなく教える素晴らしい国民を賞賛します
義務への見返りはないかもしれない、しかしアジアやアメリカは私たちが何をするか注目しています。
聖なるものをもつ両国は、同じ時期に平和への決意を憲法に反映させました。
私たちは、他の国々に刺激を与えつづけられるのです。
日本のこれからへ
あなたの心の平穏を失わないでください
自分たちのアイデンティティを失わないでください
軍隊は必要ではありません
軍事的勝利は、ほんの少しの価値しかありません
その勝利のあとの
どのような社会を建設したいと思っているのか
どのような人間をこれからつくっていきたいと思っているのか
こうしたことを一緒にやってけるかということです
古い詩を引用しましょう
今夜明けがやってきた
仕事を完成させるために
人と人類がこの地上にあがってきた
人々が平和を得るように
そして幸せであるように
私たちの素晴らしい そういう存在を与えながら
一人たりとも グループたりとも 後ろにとどまっていることがないように
そしてすべての人が長く楽しく生きて 平和でいられるように
ホセ・フィゲーレス氏の言葉を引用し、
……
人生の分かれ道では、後退か、回り道か、前に進む道か、わかるようにしなけ
ればならない
日本とコスタリカがガイドとなる星とならなければならない
と、むすばれました。
※このレポートはコスタリカMLに投稿されたものを、投稿者の許可を得て、当HPに収録したものです。
「言い回しなど正確でないところが多々あるかと思いますが、当日参加できなかった方の参考(雰囲気を感じる?)にでもなればと思いましてまとめてみました」という投稿者のコメントをつけておきます。
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