第24師団第一野戦病院壕

県立第二高等女学校学徒隊、通称「白梅学徒隊」で有名な、第24師団第一野戦病院壕です。東風平町富盛にある、八重瀬岳中腹にあります。

1945年3月頃から6月3日、野戦病院が糸満市国吉へ撤退するまで病院壕として使用された様です。
撤退後は、八重瀬岳が激戦地になった事から、日本軍が米軍を迎え撃つ為に使用したのではないかと思われます。

現在壕内への立入は、特に禁止をされているという感じは受けませんでした。
所々に黒く焦げた跡がありますが、もしかすると戦闘時の火炎放射器などの跡なのかもしれません。

 
 
ハイウェイ1の時代