墓標

米軍の捕虜になり、収容所に送られた人も、戦争の疲れや栄養失調、病気などで沢山の方がお亡くなりになりました。
亡くなった方は、本来沖縄伝統の門中墓と呼ばれる一族の墓に埋葬すべきなのが、まだ戦闘が続いていたり、米軍の立入禁止令等で戻れず、かといって墓が作れる程の物も余裕も無いので、手近にある石やコンクリート片などに亡くなった方の名前と、本来の住所、没年などを刻み、墓標にしたそうです。

名前を彫った方はおそらく身内の方でしょう。当時の御心境をお察し致します。
(宜野座村立博物館所蔵)

 
 
ハイウェイ1の時代