平和通り商店街界隈

通称「マチグワ」と呼ばれる一帯で、戦後、牧志公設市場を中心に、当時の中心地である神里原、壺屋から、その後の中心となる国際通りまでの間に、平和通り商店街、市場通り商店街など、いくつかの商店街が形成され、戦後の那覇市復興に大きな役割を果たしたと言われています。
当初のアーケードは、米軍のパラシュートを利用した物だったそうです。

商店街は、この地を流れていた「ガープ川」と呼ばれる小さな川沿いに発展してきました。川沿いの牧志公設市場に来る人々を目当てに、川の上に店を作り営業を始めました。
現在、川は、この写真の左の店舗の下に暗渠になって通っていますが、改修前は河川の悪臭が漂ったり、溢れたりしていたそうです。

店頭に並ぶ商品に目が行ってしまい、あまり店の上を見ませんが、よく見ると、商店街が形成されてきた頃の様な建物が顔を見せています。

 
 
ハイウェイ1の時代