
| 米軍が嘉手納周辺に上陸し、最初に建設した軍事施設は、この軍用一号線だそうです。 上陸し南に移動する際に、道路を造り、道路際に「合衆国1号線」の看板を立てていったとの事です。 全島占領後、各基地間の道路を整備し、それらが今の道路網の基本となっています。 政府道は、軍道間の枝線や、戦前の県道を中心に整備をしていった様です。 軍道は基本的に高級舗装されており、大型の軍用車が通っても問題大丈夫な様に設計されていたそうですが、政府道の方は無舗装が多く、質には大きな差が有った様です。 なお、軍用道路は軍用地なので、取締はMPが当たっていたそうですし、メンテナンスも軍の工兵隊が行っていたそうです。 軍道、政府道の他に、軍営繕道と呼ばれる、軍道と政府道との中間に当たる道路もあった様です。 各道路ナンバーは基本的に、南北が奇数、東西が偶数という形で、軍、政府各道ともシーケンシャルでつけられていったそうです。これは、アメリカの方法にならった物らしいです。 |

| 軍道は、基本的に、中央分離帯、歩道は無し、できるだけ直線、少し広めというのが基本の様だったそうですが、現在は事故防止の観点から、歩道や分離帯が設置されています。 |

| また、「ロータリー」又は「サークル」と言われる形式の交差点も各所に造っています。これは、信号無しで大量の軍用車両が行き来できる様にする為のものでは無いかと言われています。 |

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嘉手納ロータリーは現在日本一大きいと言われています。 |
| ハイウェイ1の時代 |