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伊計島の、現在伊計島灯台の有るそばの山林に、丸いコンクリートの遺構があります。これが、1941年に作られた砲台の跡です。 ここは写真の通り木々に覆われていますが、すぐ前は海からそそり立っている崖で、大砲が作られた当時は木々も伐採され、金武湾に向かってにらみをきかせる事ができたのではないかと思われます。 ここを構築した中城湾要塞砲兵連隊第1中隊は、約1ヶ月後に津堅島へ配備換えされ、その後何度か日本軍の駐屯はあった様ですが、1944年10月10日の那覇市大空襲前後に引き揚げてしまい、実際の戦闘にてここが使用された事はなかった様です。 現在、遺構の中はがれきや土やゴミなどで埋められています。殆どが戦後人為的に投棄されたもので、中には最近投棄されたものもありました。戦争遺跡だから云々ではなく、不法投棄を見る度に、悲しくなります。 |