終戦直後の真和志村村長です。銅像は、魂魄の塔の隣に有ります。
1946年1月23日、米軍により、旧真和志村村民は、全てここ、糸満市にある収容所に集められました。当時、その周辺は沢山の遺骨が散乱している状態で、それを嘆いた金城村長は、婦人と共に村民の協力を仰ぎ、遺骨収集に乗り出します。 1946年2月27日、納骨堂を作り、これを「魂魄」と名付け、沖縄初の慰霊碑、「魂魄の塔」が建立されます。 その後、村長夫婦は、戦時中に2人の愛娘を戦死させた事もあり、旧陸軍第3外科壕周辺の遺骨を収集し、1946年4月5日に「ひめゆりの塔」を、また、同年4月9日に男子学生を祀る、「健児の塔」を建立したそうです。