沖縄民政府工務部

琉球政府発足以前の沖縄民政府に有った工務部が設置されていた建物です。那覇市の大典寺境内に有ります。
この建物は、1928年に、今の少年院で有る感化院「球陽学園」として建設され、1940年に私立積徳高等女学校の寄宿舎花園寮となり終戦を迎えます。戦後暫くはおそらく米軍が使用していたものと思われるのですが、1949年7月に、沖縄を襲ったグロリア台風で、当時佐敷町に有った沖縄民政府や、玉城村に有った米軍政府の建物が大きな被害を受けたのを契機にそれぞれ那覇に移転し、民政府工務部は、那覇に残っていたこの建物を使用する事になった様です。
当時工務部は、民政府の予算を上回る復興予算を自由に使っており、民政府の一部門で有りながらも独自性が強く、周囲からは、大典寺境内に所在する事から「大典寺民政府」と揶揄されていた様です。
琉球政府が発足し、工務局が移転した後は、琉球政府企画統計局が使用していたそうです。
現在は大典寺が使用していますが、老朽化の為取り壊される予定だそうです。現在の所、那覇市では最も歴史の有る建物だそうです。

★2002年6月末に取り壊されてしまいました。

 
 
ハイウェイ1の時代