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1959年6月30日午前10時40分 嘉手納基地所属の空軍機、F100ジェット戦闘機が、2時間目の終了した後のミルク給食の時間が始まる頃に、この宮森小学校直前に墜落。爆発炎上し、飛び散った機体が学校校舎を直撃。死者は小学生11名、一般の人6名の計17名、重軽傷者220名余りを数え、住宅27戸、公民館1棟、校舎3教室を全焼。住宅8戸、校舎2教室を半焼させる大惨事を巻き起こしたそうです。 この地蔵は、当時犠牲者を鎮魂する為に、武者小路実篤氏から石川市立宮森小学校に寄贈されたものだそうです。 なお、当時この学校で事故に遭遇した児童は、中学生になっても、間近でジェット機のエンジン音が聞こえると、机の下に潜ったりするなど、今で言うPTSDの症状が見られたとの事です。 |
| ハイウェイ1の時代 |