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沖縄市山里に有った、元の琉球水道公社本社です。今は沖縄県企業局コザ庁舎になっています。 この建物自体は当時の物かどうかは判らないのですが、手前に、米軍基地と同様の有刺鉄線入りフェンスが張り巡らされています。沖縄本島に有る、古めの水道施設には、全て米軍基地同様のフェンスで囲まれています。これは、復帰前、水道施設の殆どが軍の施設で有り、民間の水道を管轄する琉球水道公社も、軍の一機関で有ったという事が関係しています。
戦後、米軍が基地を作る際、付属施設として水道施設やダムなども作っていきましたが、民間は、那覇と名護に、簡易水道が有るだけだった様で、他は水道の無い生活をしていたそうです。 民間地も水道の必要性が言われていましたが、琉球政府側には水道を布施する財力は有りませんでした。そこで、軍で余剰の水を民間側にも回そうという事になり、1958年、琉球列島米国民政府の付属機関とし琉球水道公社が作られ、民間側の窓口となり、軍の水道を管轄する陸軍工兵隊と合同で、軍の組織である「全島統合上水道組織」が作られます。以降、この組織で、軍民両方の上下水道を管理していく事になる様です。 琉球水道公社の役割は、軍から水を買い、各自治体へ配水する事で、理事会は琉球政府の代表者も入っていましたが、職員は軍の雇用員で、事実上、軍が水道事業を行っている形になります。 復帰後は、日本政府が米軍から水道施設を買い取り、公社を県の企業局に移管し県の方で水道事業を行っています。 移管に際し、復帰前は、「ガロン」「インチ」単位だったのが、復帰後は日本本土と同じ「立方メートル」「メートル」となり、その間のギャップにかなり苦労した様です。
★沖縄県企業局 http://www.eb.pref.okinawa.jp/ 上記沖縄県企業局のサイトより ★琉球水道公社年譜 http://www.eb.pref.okinawa.jp/museum/history/year_map/index.html ★水道の歴史 http://www.eb.pref.okinawa.jp/museum/gallon/history/index.html |