アスカ…

『アンタさえいなければ、アタシはトップだったのよ!』

綾波…

『貴方が存在しなければ無に帰れたのに…』

ミサトさん…

『あんたはあたしの駒となって使徒を殺してりゃいいのよ。』

リツコさん…

『あの人とあの女の…忌々しい子ね!』

父さん…

『お前は必要無い。』

母さん…

『私に甘えては駄目よ、1人で生きなさい。』

冬月副司令…

『初号機は覚醒した。君は用済みだ。』

マヤさん…

『あなたが先輩を殺した! 人殺し!』

青葉さん…

『お前が全世界の人々を殺したんだ!』

日向さん…

『お前のせいで葛城さんは…! お前さえ居なければ…!』

加持さん…

『そうか…君が葛城を死なせたのか。…オマエが…!』

マナ…

『ゴメンなさい…わたしはやっぱりムサシが…』

トウジ…

『おのれさえ、おらんかったら……ワシの足は無くならんかった! 家族もおのれが奪ったんや!!』

ケンスケ…

『そうか…お前がサードインパクトをおこしたのか……。お前が……お前がみんなを殺したんだな!!』

洞木さん…

『貴方が鈴原の足を奪った! 許さない!』

カヲル君…

『どうして僕を殺したんだい? 友達だったのに………』









『ふっ…ふふふ…ふははははははァァァっっ!!!』

うわぁぁぁぁぁぁぁ〜!!!!

『ははははァっ! 聞こえたかァ!? この世界の神とやらァ!?』

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!!!!!

『嫌ァ…って言ってても、これが全世界の人々の意志らしいぞォ…?』

違うよっ! 僕が殺ったんじゃないっ! 父さんが僕を利用したんだ! ミサトさんの言う通りにしたんだ! リツコさんがあの光景を見せたんだ! 母さんが計画したんだ! 綾波が導いたんだ!

『だがこう願っただろうゥ?。「みんな消えてしまえ」ってなァ…! よおおォォく聞こえたぞォ。リリスゥと一緒に叫んでたじゃないかァ。』

……みんながいけないんだ! 僕は悪くない!

『そう思っているのはオマエだけだよォ。まあ、この世界にはもうお前1人しか居ないがなァ、ははははっ! 唯一の帰還者もお前が首を閉めたばかりだろうゥ? この人殺しがァ!』

…ア、アスカは…

『ようやく理解したようだねェ。お前を知っている者は全員お前を恨んでるって。やっぱり馬鹿は理解が遅いねェ!』

…そ、そんな……。どうして……、好きでエヴァに乗った訳じゃないのに……

『くっくっく…、ふ、ふははははははははははははっっっ!!』

誰か…助けて……誰でもいいんだ……

『はァーははははァァァーっ!! 無駄なんだよォ!!』

誰か! 僕に優しくしてよっ!!

『お前は永遠に苦しむべきって事なんだよォ! 碇シンジ君さあァァァ!!』

…嫌だ……怖い…辛いのはもう嫌だ………

『自分から選択しておいて今更じゃないのかァ! そんなことだから恨まれるんだろゥ?!』

……なら、みんなが死んじゃえばいい

『くっふははっ! お前なんかにそォんな事出来るわけ無いだろ!? なァらばお前は次元から消えるべきじゃないのか?』

…嫌だ……僕は……死にたくない……怖いから

『死は救済だろうゥ! カヲル君とやらと同じ場所なんて、そんな生ぬるい結末は用意していないぞォ!!』

……そんなの……嫌だ……

『くははははァーっ! 愉快だァ! 滑稽だァ! もっと苦しめェ! 悪の元凶がァ! オマエさえ生まれてこなければ世界は平和だったんだよゥ!』

………

『ははっ…無駄だって言っただろォっ!? お前の運命はもう確定しているんだァっ! この悪魔の落とし子がァ!』

……何だよ…みんなして………僕に戦わせておいて……

『戦いたくなかったのかァ。ならば何故断らなかったんだ! あァ!?』

嫌だって…言ったじゃないか……

『だが、お前はエヴァに乗ったァ!』

乗りたくないって……戦いたくないって…言ったじゃないか……

『だが、お前は初号機に乗ったァ!』

もう…人を傷つけたくないって……だから…もう乗らないって………

『だが、お前は父親に誉められたいが為に乗ったァ!』

僕は断ったよ…エヴァに乗るのも、乗って戦うのも……!

『だが、お前は母親に甘えたいが為に乗ったァ!!!』

断っただろっ!!

最初の時もっ!

殴られた時もっ!!

トウジの時もっ!!!

綾波の時もっ!!!!

カヲル君の時もっ!!!!

最後の時もっ!!!!!

それなのにみんなが無理矢理乗せたんだっ!!!!!!

父さんが命令したんだっ!!!!!!!

ミサトさんが乗れって言ったんだっ!!!!!!!!

カヲル君が殺せって言ったんだっ!!!!!!!!!

綾波が1つになろうって言ったんだっ!!!!!!!!!!

『ふふふ…だァが、お前が全てを壊したァ。それが解るんだよ碇シンジィ!』

…復讐してやる………!

『無駄だよォ。もうその対象は居ないィィ。居なければ作り出すって手もあるなァァ?』

誰かっ!! 力をよこせっ!!! 奴等に復讐出来るだけの強大な力をっ!!!!

『この世界には誰も居ないんだよォ。お前が消したんだろうゥがァ。ふふふゥ…』





復讐してやるっ!! 僕が味わった恐怖を全員に味あわせてやる!!

僕が苦しんでいた時に現実から逃げ回っていた人形セカンドにっ!!

母さんの面影をちらつかせて僕を騙し続けたクローン人形にっ!!

家族だとか言いながら僕を駒としてしか見なかった偽善ババアにっ!!!

あてつけにあのおぞましい光景を見せつけ自己満足を味わっていた冷徹ババアにっ!!!

潔癖症を盾に現実から逃げ回っていたレズブタにっ!!!!

子供を戦わせておいて安全な外野から指図していた虫ケラ共にっ!!!!

自分の理想を僕に押し付け地獄を味あわせた世捨て人にっ!!!!

命令する事しか出来ないクセに僕を怖がっていた臆病者にっ!!!!!

私利私欲で外道の考えに賛同した善悪の区別もつかないボケジジイにっ!!!!!

未来の可能性とか言いながらこの現実に送り込んだ狂言ババアにっ!!!!!

魂の救済等というふざけた計画を僕に押し付け地獄を見せた老人共にっ!!

僕を騙し続けたあげく愛してるなどと心にも無いセリフを吐いた詐欺女にっ!!!!!

外野から文句ばかり言って都合のいい時だけ友達とか抜かしやがった餓鬼共にっ!!!!!

死という安楽を与えたというのにまだ僕の心に住み着く使徒野郎にっ!!!!!!

全員に復讐してやるっ!!!!!!!!





そしてお前には永遠に安息が訪れる事の無い地獄に案内してやる!!!





『準備完了ゥゥ…。…おォォい、ルシフェルゥゥ。そォろそろいいぞォ。』

「この少年…。何と素晴らしい純度の復讐心…! 媒体として申し分無い。」

『俺との『贖罪』の約束ゥ、忘れるなよォ。』

「約束は守ろう。では少年よ…その黒き『復讐』。我が叶えてやろうぞ!」





全ては、復讐と贖罪の為

こんな未来の可能性もある

これからの世界に…

このような未来が…

来ない事を祈る…









NEON
GENESIS
EVANGELION side story
異端黙示禄
血の色のスティレット真章
話「故郷を離れ僅かな望みを求め流離うシンジ」









西暦2015年、日本の首都機能が移転したここ第3新東京市に、1人のアルビノの少女がいる。

「午前10時、到着。」

少女は呟くと、周りを見渡した。

ミーンミーンミーン…ジジジジジ

特務機関ネルフ本部正面ゲート前。そこに少女は立っている。

「とても元研究所とはおもえないな。」

大規模な駅の改札のように、カードスキャナを備えたゲートが数重にも並んでいる。駅と違うのは、そのゲートの先は特殊装甲のシャッターで閉ざされていることと、脇の受付用ディスプレイがあることだ。もう一つ加えるなら、この広い敷地に人が彼女以外居ない事か。

特務機関ネルフの前身は、遺伝子開発を主とするゲヒルン研究所であったが、現在のネルフ本部はとても研究所と呼べるような外見ではなく、どちらかというと軍事基地の方が似合う感じがする。

スタスタスタ…

少女は無作為に選んだゲートの正面まで来ると、持っていたカードをスキャンした。

ピッ

「ようこそ、ネルフへ。どういったご用件でしょうか?」

灰色の制服に身を包んだ女性が小型スクリーンに現れた。ネルフの職員である。

「政府復興委員会から来た渚カヲルだ。本日これよりそちらに赴任することになっている。」

「…確認いたしました。どうぞ中へ。葛城一尉が正面ロビーにおります。」

ニコリと笑みを浮かべて女性が答えたと思ったら、プチッとスクリーンの映像は消え去る。本物の職員ではないようだ。しかし、人間だろうがプログラムだろうが、彼女は気にしない。そういう少女だ。

ウィーン

正面に構えていた大きな扉が開き、少女カヲルを中に促した。

ミーンミーン…ジジジジジ…ジジ…ジ…

慣れ始めたセミの鳴き声も徐々に消え去り、今度は自分の足音が響き始める。

スタスタスタ…



「……。」

コンピュータのナビゲートにしたがって、正面ロビーに着いたが、お目当ての葛城ミサトは居なかった。そのうえ、もう約束の時間から30分以上経つがやってくる気配すらない。

この正面ロビーは正面ゲートからそれ程離れているわけではないが、照明と空調と壁とで環境を構築しているため、まるで別世界である。

「…来たか。」

ドタドタドタと大きな足音を響かせて、妙齢の女性がやって来た。

高いヒールに紺のミニスカート、そして赤いジャケットに腰まで伸びた長髪という格好。かしこまった雰囲気ではないが、美人であることは間違いない。

「御免なさい、遅れちゃって!」

「いえ。」

「そう、ありがと。渚カヲルさん…ね、あたしは…」

「特務機関ネルフ作戦部本部長 葛城一尉ですね?」

カヲルは、女性葛城ミサトを制して、彼女自身をそう表現した。

長髪の女性、葛城ミサトは、少女、渚カヲルに努めて明るく話し掛けたようだが、カヲルの返事はそうではない。

「そんなに緊張しなくてもいいのよ。ここは会社じゃないんだから。」

「特に、緊張はしていませんが。」

間髪入れずそう返答するカヲル。

「そ、そう、じゃいいけど。とりあえず中に入りましょう。着いて来て。」

「了解。」

変わった子ねぇ…

ミサトにとってのカヲルの第一印象はこうであった。緊張している訳でないようだし、無口な少女というのも何か違うように思えた。

(さて…)





ミサトに連れられてカヲルは本部内地下に入ると、ようやく体温調整に慣れてきた。施設内は抗菌施設やシャワールーム等を除けばコンピューターによって常に24℃で維持されている。世界最高峰の空調だ。

本来なら、常温の28℃前後が良いように思えるが、仕事率がもっぱら悪い小型コンピュータが所狭しとひしめいているのであれば、仕方がない。

スタスタスタ…

そんな事を考えながら、カヲルは辺りをキョロキョロ見回す。

無数に存在する監視カメラに盗聴器…、これら全てのインターフェイスがMAGIに直結していると思うとカヲルはゾッとする。

「どうしたの、キョロキョロ見回しちゃって、そんなに珍しいかしら?」

「ええ、ここまで最新の設備は初めて見ます。」

これは、カヲルが最初から用意しておいた答えだ。

初めてまともま受け答えをしたカヲルに、ミサトは意外そうな顔をした。

…結構かわいい子ねぇ。あたしにそのケはないけど。

そう、カヲルはかなりの美少女である。まつげが長くダークレッドの大きな瞳、筋のしかっりした鼻のライン、小さな口、身長は165cm程で、胸は控えめだが体は細く、腕や足など折れてしまいそうだ。そんな彼女には銀髪のショートカットがよく似合う。

今日いきなり司令部からこの子の事について打診があったけど…、なんで守秘義務が伴うのかしら? 政府が絡むっていうのはわからなくもないけど。リツコもシンジ君も多分知らない。でもチルドレンじゃない…。

程なくして、[Geo-Front]とプレートのある区画に差し掛かった。

「何はともあれ、ようこそジオフロントへ。渚カヲル2尉。これより特務機関ネルフ司令室までご案内いたします。」

「了解しました。よろしくお願いいたします。」









「おっかしいなぁ…。確かこの辺のはずよね…。」

正六角形にくり貫かれた動く廊下を、ネルフ本部セントラルドグマ#20と題された地図を片手に進むミサト。目的地と共にトイレの場所も赤ペンで追記されているのが彼女らしい。

ウィーン

また一つのゲートを抜けると、かなりの高さの吹き抜けに出た。動く廊下は吹き抜けでも続いており、つり橋のように壁にあるゲートまで伸びている。

ピュウ!

一気に広いフロアに出たからか、突風が二人を襲う。

地面までかなりの距離があるので上昇気流が激しく、カヲルのスーツはバサバサと揺れ、ミサトはパンパンのスカートなのだが手で押さえ込んだ。

「これだからスカート履きづらいのよねここ。…しっかし、リツコもどこいっちゃったのかしら? …ごめんねまだ慣れてなくて。」

「同じ所をさっきも通りましたが。」

と言う指摘に、あう…と乾いた笑いで返す葛城ミサト。目が完全に泳いでいる。

迷ったな。

カヲルはその指摘はせず、ただミサトに追従するのみである。

先程といい、ルーズな女だ。

そのような心の声を察知したのか、ミサトは携帯電話を取り出した。

「でも大丈夫。システムは利用する為にあるものね。」

振り回されている様に思えるがな。

それを言葉にしないのは、カヲルが大人だからではなく、ミサトが上官であるからだ。

地上から地下に潜っている際のミサトは、ジオフロントを自慢したいのか、それなりに得意げな顔だったが、今その面影は無い。

こんなのが、作戦部長なのか? データからはとても創造できんが。

やはりカヲルは口に出さなかった。





「リツコさん、カスパーの調整は終わったんですか? たしか、明日までだったと思いますが。」

「え? シンジ君、マヤから聞いてなかったの? 昨日、再構築は終了して、残すは3つを連結するだけって…」

ジオフロント内、特務機関ネルフ技術主任室。ここで会話をしているのは部屋の主、赤木リツコと、司令碇ゲンドウの息子にしてリツコの右腕、碇シンジである。

「僕だけ除け者ですか? 相変わらず仲の宜しい事で…。エヴァの方はもう起動実験のみですから、後はMAGIの準備を待つばかりです。」

「皮肉を言わないの。…圧力を掛けるいるつもり?」

「いえ、そういうわけでは…」

「冗談よ。……煙草、いいかしら?」

「どうぞ、お構いなく。」

カチカチ、シュポ

赤木リツコ。

特務機関ネルフ技術部主任、E計画担当、ネルフの頭脳である。彼女の母である赤木ナオコもネルフの前身ゲヒルンに勤めていたが、ある事故により彼女は帰らぬ人となる。リツコはその後釜として迎え入れられたが、穴を埋めるどころかネルフに無くてはならない存在となっている。すべてはリツコ自身のレベルの高さがそうさせたのだ。

モデル並みのプロポーション。髪はセミロングで金髪。一般人を寄せ付けないかの様なクールな雰囲気。それでいて白衣を身に纏い研究に没頭する彼女にはいかにも冷たいイメージを受けるが、親友である葛城ミサトと目の前の碇シンジはそう感じていない。一方、同姓から好意を受けやすい傾向にある。その筆頭は伊吹マヤである事を付け加えておく。

碇シンジ。

特務機関ネルフ技術部副部長。司令碇ゲンドウの息子で若干14歳であながら生物学の博士号をもつ逸材。副部長という待遇は同部所属の伊吹マヤと2人で置いている。彼も幼い頃母親であり研究者であった碇ユイを亡くしており、比較的顔見知りだった赤木親子に引き取られ、英才教育を施された。

クセのない短髪黒髪は清潔感をかもし出し、母親譲りの美しい顔はネルフ女子職員の心を掴んで離さない。その筆頭はやはり伊吹マヤである事を付け加えておく。

「ふぅ……。」

「…リツコさんは働きすぎです。たまには休養を取ったほうがいいですよ。」

「そうね…。区切りが付いたら、そうさせて貰いましょうか。」

「ええ、その時はご飯を作りに行ってあげますよ。」

「あら、久しぶりにあの御飯を食べられるの? 楽しみだわ。」

2人とも惹かれあうものがあるのか、赤木ナオコが他界した後は、本当の姉弟より仲が良いのでは? と思えるほどの見ていて感じの良い家族となった。だが喧嘩が無かった訳ではない。

2人で暮らし始めて最初頃の食事はリツコが作っていたが、ある日シンジは、リツコ姉さんは研究で忙しいんだから僕が作る、と申し出た。しかし、子供は学校に行っていればいいのよ、と述べ付く暇も無く却下されるとシンジは猛反発、天才同士の議論は泥沼となった。

延々続くかと思われたそれは、夕食の時間から延々18時間続いたのちの、両名の腹の虫が試合終了のゴングを叩き、結局帰って来る時間が早い方が作る事になり平日はシンジが、休日はリツコが担当する事となった。

2人の喧嘩(さっきのは喧嘩とは言えないかもしれないが)は、これ1回きりである。

なお、シンジの進路などの処遇はすべてシンジ自身の意思で決まっており、父親であるゲンドウはシンジの意思を尊重する、という形となっている。

「クスッ…期待していてくださいね。リツコさん。」

シンジは嬉しそうに言う。現在2人は別々に暮らしている。シンジはゲヒルンに入ると同時に、リツコのアパートを出る形で所内の宿舎に入居した。これにはリツコが猛反対したがシンジの、離れていても例え血が繋がっていなくてもリツコさんは僕の大事な姉さんです発言に涙腺が崩壊し、オロオロしている間にシンジが手続きを終わらせてしまったのだ。

シンジはリツコの呼び方を、リツコおねえちゃん→リツコ姉さん→リツコさん、と変化させていっている。初めてリツコさんと呼んだ時のリツコの動揺の仕方は、それはもうある意味凄かった。

なにせ、あの鉄仮面赤木博士が、私の事を嫌いになってしまったのね……シンジ君……。お姉ちゃん悲しいわ……、などと泣き出してしまったのだ。

もっとも、リツコがこういった行動に出たのは半分冗談であったが、リツコがそのような事をするのはシンジが相手の場合だけである。素のリツコを見る事の出来るのは、家族であるシンジ以外にいないと言ってよい。

「…? どうしたのシンジ君?」

「いえ、2人で暮らしていたときの事を思い出していたんですよ。」

こういった会話を傍から聞くと昔分かれた恋人同士が寄りを戻そうとしているように聞こえるが、2人の間に流れる空気はいたって健全である。

「シンジ君さえ良ければ、私はまた2人で暮らしても構わないのよ。」

努めてやさしく問い掛けたリツコの発言だが、シンジはその真意を一瞬で理解した。

「そうですね……今度の研究が終わったらね。リツコおねえちゃん。」

自分の事をこう呼んで欲しくての発言だったが、久しぶりに聞くとやはり照れてしまう。リツコの顔は、かぁっ、と真っ赤になっていた。対するシンジはケロッとしたものだ。リツコの顔をみてふてぶてしく笑みを浮かべる。

「ミ、ミサトの前で言っちゃ駄目よ!」

「別に隠すような事じゃないじゃないか、おねえちゃん。」

「……」

リツコ撃沈。

「クスッ……そうなるように今度の実験、気合を入れないと。」

「え、ええ、MAGIの方は公開実験になるみたいだから。」

リツコは事務的なシンジの言葉で何とか再起動を果たした。

それから専門的な会話を交わしていたが、リツコが突然何かに気が付いたように真剣な顔になる。

「シンジ君…今日から配属になった作戦副部長知ってる?」

リツコは声を沈めて聞く。部屋の空気が徐々に硬くなっていく。

「えっ? それってミサトさんの秘書って事ですよね? 初耳です。」

シンジの口調も普段のそれに戻った。

「そう…気をつけた方がいいわ。」

「…? どういう事ですか?」

ピッ

2人の前のディスプレイに、文字が次々に表示されていく。その一番上には”諜報部報告書”となっていた。

「諜報部の報告書…よく手に入りましたね。司令部に回る直前に…ですか?」

「そうよ。残念ながら機密処理済だったけど……ここ見て。」

リツコはディスプレイの下の辺りを指差し、シンジはそこを注視する。

「…諜報部の監視を抜け出した?」

「ええ、事前調査での事なんだけど。」

「偶然なんじゃないですか? 最近は表向き平和ですから、諜報部も適当に仕事をしてたとか…」

「……そうね。そうだと…。」

「……?」

リツコは自嘲するように呟く。シンジは判らない、といった顔をしている。

「それと…彼女と会うとき、心の準備しておきなさい。」

「…彼女って会ったことあるんですか?」

「いえ、MAGIでね、もう消されちゃったけど…。色がレイと同じなの。」

「え? あ、綾波とって…? まさか…アルビノですか?」

やや驚いて声を出すシンジ。

「そうよ。」

「アルビノ…」

「ええ、万が一私達の技術が……」

ダン!

立ち上がり、リツコを見据えシンジは言う。

「それはありません。あっては、いけないことなんです。」

「シンジ君……」

と、ここで2人の会話は意外な人物に止められる事となる。

ピーンポーンパーンポーン

『技術局1課E計画担当の赤木リツコ博士、赤木リツコ博士。至急作戦部第1課葛城ミサト1尉までご連絡ください。』

「…呆れた。また迷ったわね。」

「行って来てあげて下さい。ミサトさんもまだ慣れていないようですから。」

「ミサト場合、それは無いんじゃないかしら?」









カヲルが赤木リツコの呆れた顔を見たのは、それから数分後だ。

「渚カヲル2尉…ね。私の事はもう知っているでしょう? よろしく、渚2尉。」

ミサトが自分の事を誇張表現して話題に出しただろう?と言っているようなものだが、リツコの真意はそうではなく、カヲルに対する牽制である。そんなことは判らないミサトは、ただただ乾いた笑いで場をしのいでいる。

「ええ。お会いできて光栄です。高名な赤木リツコ博士。」

無難なカヲルの答えに一番反応をしたのはミサトである。心底ホッとした様子だ。

「まったく…、貴女が私の事をどう言って回っているのか…判った気がするわ、ミサト。渚2尉も気を付けた方が良いわよ。これは最初の忠告。」

「以後気をつけます。」

「ははは…」

ミサトにはこういうときの作戦立案能力が備わっていない。

「2人とも付いていらっしゃい。司令に会う前に見せておくように言われているの。」

だったら、最初から迎えに来るべきではないのか?

という考えを口に出さないのは、やはり階級を考えてのことである。カヲルには赤木リツコの本当の階級が判っている。





「ねぇねぇ、カヲルちゃん。」

エスカレータ特有の、ウィーーンという音は、流石は最新設備のネルフだけあって静かで殆ど聞こえない。

そんな事もあって、ミサトの発言はカヲルの耳にダイレクトで届き、虚を付かれるに至った。

なんだ、それは?

と、のたまう訳にはいかないので、

「なんですか?それは。」

そう表現するにとどめた。

ここまでの会話で、渚カヲルにその呼び方をしても気持ちが悪いだけという事は誰しもが最初に感じる事の筈だ。カヲルは自分が根暗で取っ付き難い性格である事を理解している。

加持リョウジ、あの男も私をそう呼んだ。しかし、不気味に聞こえるだけだと思うがな。

カヲルはあの世界のシンジの様に自虐的というわけではない。客観的に考えてそう思っているだけだ。

「あら、呼び方嫌だった?」

「いえ、別に。お二人とも好きに呼んで頂いて構いませんが。」

「じゃあ、カヲルちゃんに決定! ね?リツコ。」

「…カヲルでいいわね?」

「構いません。」

残念ながらリツコはミサトに同調しなかった。リツコにしても、自分がちゃん付けで他人を呼んだら気持ちが悪いと思っているからだ。この点に関してリツコはやや自虐的である。

長いエスカレータを降り、3人はケイジに到着した。今回は見せる人間を脅す必要は無いため、真っ暗闇からスポットライトをあてたりはしない。

「ここよ。」

ガランガランガラン……

シャッターが徐々に開き、広い空間が躍り出た。

見上げると、紫色の巨人、その首から上が存在感たっぷりに固定されている。

これが…汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。その初号機か。

「人の作り出した究極の汎用人型決戦兵器。人造人間エヴァンゲリオン、その初号機。建造は極秘裏で行われた。我々人類の最後の切り札よ。」

「素晴らしい…。」

その感嘆の言葉は何の躊躇も無く飛び出した。

リツコはある程度自分が予想したとおりの反応を見せたカヲルに、一定の警戒を敷く事を考え始めた。

やはりエヴァをある程度詳しく知っている。この様子だと…

「これ以上の説明は必要無いわね?」

「はい。頂いたデータは既に熟読しています。」

「そう。他に必要なデータがあればデータベースから落として頂戴。オペレーティングも出来るのよね?」

「了解。」

渚カヲルのネルフ内の位置付けは、今のところ決まっては居ないが、所属階級から言ってメインは作戦部の首脳陣の一人といったところだろう。同じ作戦部の日向マコト3尉がオペレーティングがメインなのに対して、渚カヲルは作戦立案がメイン、と言う形だ。

まだ、14歳なのにねぇ。

ミサトはそう思う。チルドレンとしては綾波レイと惣流=アスカ=ラングレー、そして碇シンジが同じ14歳としているものの、彼女は作戦部の一員として呼ばれてきたのである。技術部副部長碇シンジという例外はあるものの、彼は昔からこの組織に居たし父の影響もある。それに比べて彼女はまったくの新人である。

戦略自衛隊の戦術訓練のデータは素晴らしかったわ。柔軟性にやや欠けるものの、正確で安定した戦況を作れる。ま、あたしの目的に彼女は有利に働くはず。使徒殲滅の役に立てば何だっていいわ。

ミサトの思考が最終結論に達した時、図ったようにリツコが言った。

「じゃあ司令のところに案内するわ。2人とも付いてきて。」









司令室は本部の中心部に位置する。ここにたどり着くには、特殊なルートと方法が必要になる。佐待遇とごく一部の例外のみ知るその内容は守秘義務が伴う。

その例外である、リツコとミサトに連れられ、渚カヲルは司令室の区画に足を踏み入れた。

「赤木です。渚2尉を連れて参りました。」

『葛城1尉も居るのだろう? 3人とも入りたまえ。』

プシュー

灰色のゲートが開くと、とにかく広い空間が飛び出した。

天井、床は幾何学模様が闇の中に所狭しと浮かび上がる。壁は全てガラス張りとなっており、360度、光が集められている。そのためか、黒一色の印象の割には実際には明るいとう、奇妙なテリトリーが出来上がっていた。

カヲルは、その部屋の一番奥の光の中に、机とそれに座る人影、そしてその横に立つ人影を認めた。

スタスタスタ…

先頭のミサトに追従するカヲル。黒のパンツスーツ姿のカヲルは、一人周りの闇に溶け込んでいるようでもある。

そんなに緊張しなくても大丈夫よ。

とは決して言わない2人。それはある意味失礼に値するのだが、前方の机に座る色眼鏡の男はそういう事には無頓着である。

数メートル前進したところで、遂にネルフの司令部2人の姿を完全に認めることが出来た。

(あれが、元ゼーレNo2碇ゲンドウ、そして冬月コウゾウか…。)

「渚カヲル2尉を連れて参りました。」

「ご苦労。」

ミサトの言葉には、机の横に立つ副司令冬月コウゾウが答える。

スッ

「お初にお目にかかります。4月から作戦部に配属されました渚カヲルです。ご挨拶に参りました。」

「日本政府の推薦である君には期待しているよ。」

一歩前に出たカヲルの挨拶に対応するのは、やはり冬月である。

「碇、黙っていないでお前からも何か言ったらどうだ?」

「…冬月以上の言葉は無い。」

(まったく…)

総司令であるにもかかわらず、人望が薄い碇ゲンドウに冬月は頭が痛い。

碇司令にお伝えください。

とか、

碇司令の意見は如何でしょうか?

など冬月にしてみれば、本人に直接聞けよ、と言いたくなるようなことをいちいち聞かれるのだ。ゲンドウの秘書をやるつもりは今のところない。

「渚2尉には、来るべき対使徒戦に向けた作戦立案など、ネルフ作戦部首脳陣の一員として、葛城作戦担当の元、働いてもらうことになる。戦略自衛隊の模擬戦での戦果をここでも発揮してもらいたい。」

「はっ。人類の未来の為、必ずご期待に答えて見せます。」

もちろんカヲルはそんな事はこれっぽっちも考えていない。人類の未来を考えるのは、ネルフでありゼーレである。

「うむ、よろしく頼む。」

この一連の会話を聞いてミサトは渚カヲルに対して、ちゃん付けが似合わない人間だということがようやく分かった様だ。子供だの、女の子だのそんな事はカヲルには当てはまらないのだ。だいたい、戦時での成績を最も評価しているのはミサトなのである。

「就任に当たっての細かい契約などは、総務部に任せてある。この後向かってほしい。」

「はっ。」

「…以上だ。では葛城1尉、後は任せる。」

「はっ、了解しました。ではこれで失礼します。」

クルッ

踵を返して元来た床を歩くミサトとカヲル。リツコはその場を離れないが、ミサトはいつもの事のように気にも留めていない。

スタスタスタ

カヲルは一歩遅れてミサトに追従する。

では失礼します。と声を揃えて2人はその場を後にした。





「…シンジを呼び出せ。」









「じゃあ、そこに座って。」

「はい。」

作戦部応接室はカヲルとミサト、この二人だけだ。

司令室から退出した後、待ち構えていた保安部員にまるで連行される形で、総務部へ移動した2人は、カヲルの各種手続きと説明を、わずか30分で終了してここに来ている。

「作戦部の資料は読んでくれた?」

「はい。仕事内容から、内部構造まですでに熟知しています。」

しょっぱなからミサトは気が重くなった。

(…この子、暗いって言うよりは何か事務的なのよねぇ…)

ミサトはそう評価した。たしかに根暗ではあるが、無口という印象はない。

「そんな、堅苦しい言葉遣いはしなくていいのよ。こっちまで疲れちゃうから。」

「命令であればそう努力しますが。」

それはそうである。ネルフは世界最大の軍隊組織であるのだ。その本部の作戦部に所属し、そこの公用語が日本語であれば、上司を敬うのは当然である。

ついでに言えば、渚カヲルには日本語で砕けた会話をすることが出来ない。出来るのは丁寧系の口調か、命令形の口調だけである。

(残念ながら、軍隊内での会話しか習っていないのでな。)

対するミサト。流石に命令する気にはなれない。相手が綾波レイであれば、何の躊躇もなく命令しただろうが。

(まいっか、この子の相手は日向君に任せれば…)

と割り切ってしまえばいいのだが、あいにくミサトは軍人にしては人間くさい女だ。ネルフ幹部の中で唯一の民間出身ということもあるだろうが、それにしては仕事に私情を挟みすぎる嫌いがあり、軍人としては失格だ。

ただし、小さな組織単位、例えば作戦部内ではそれも有効である。事実、作戦部内では彼女のその気前の良さみたいなものに引かれてシンパになったものは少なくない。

そういう土壌固めをしてきたミサトにしてみたら、3匹目のドジョウではないが、同じ手口でカヲルを仲間に引き込みたいところだ。この世界、どこへ行っても組織では派閥争いが絶えない。

「無理にとは言わないけどね。」

「わかりました。」





「それで、住むところは本当に本部内の宿舎でいいの?」

結局この世界でも、他人の住居の心配をするのがミサトらしい。ただし今回は相手が前のシンジと比べても相当な根暗ということもあり、自分の家に住まわせるつもりは毛頭ない。ただ、自分と同じマンションに来て欲しいとは思っているようだ。

ミサトの住むコンフォート17は、ネルフが幹部専用に建てたマンションであり、今のところ住んでいるのは最上階のミサトだけという有様である。彼女の性格からしてそれでは寂しいだろう。

それを提案したものの、相手は根暗なので当然食いついてくるとは思わなかったのだが、以外にもカヲルは良い反応を示した。

「他に何処かネルフ職員が住むところがあるのですか?」

「まーね。アタシが住んでる所は、新しいし広くて良いと思うわ。3尉以上なら住めるはずだから、カヲルちゃんでもOKだと思うけど。」

「その部屋は何処にあるのですか?」

「違う違う。宿舎じゃなくてマンションなの。」

「マンション? ジオフロントの外に建っているということですか?」

「そ。やっぱ住むなら地上の方がいくない?」

(ジオフロント外に居ることが自然な状態であれば、定期報告はしやすくなるな。任務に支障さえ無ければだが…。)

無表情で考え込むカヲル。ミサトからしてみれば、馬鹿にされているようにしか見れない。

(いや、問題は寧ろネルフからの監視だな。常識的に考えれば、本部内より緩くなる筈。どうする? しばらく様子を見るか?)

目の焦点をミサトに合わせたまま長考する。ミサトは流石に引き気味だ。

「では、一度見学させていただけますか? それで判断します。」

「そ、それじゃあ今日はどう? ご馳走しちゃうわよ。」





ビー

『ゲートが閉まります。ご注意ください。』

ガシャン!

地上へのカートレインに自動車が入り、車内はレッドランプに染まる。

『発車致します。この列車は…』

特務機関ネルフ本部、作戦部所属、2尉待遇。実質作戦部No.2。

総務部で行った各種手続きにおいて、渚カヲルに渡った借用品は、携帯電話型端末と新規のセキュリティカードだけである。自治体レベルの手続きに関しては、第3新東京市自体がMAGIの管轄下にあることから、ペーパデバイスを消費することなく終了した。

ネルフのロゴが入った携帯電話型端末は、赤木リツコ率いる技術部の成果の一つである。といっても、それ自体の堅牢性以外に特筆すべきものはない。可用性を提供するのは、MAGIである。

セキュリティカードは、初回登録用に送られてきた物を交換で、本番の物が配布された。撮った覚えのない顔写真が張り付いているが気にしてはいけない。セキュリティカードには個人情報と共にセキュリティレベルが関連付けられており、基本的にそれは階級に準じている。

カヲルのレベルはAAA。人員によっては分野ごとにレベルが上がったりする場合があるが、カヲルの場合は作戦部所属ということで、作戦部管轄…例えばエヴァやチルドレンといった分野に関しては、Sとなっている。

「MAGIへのアクセスもそうだけど、移動にも必要だから。ケイジに入るにはそのカードが必須だからね。あと発令所もだけど。」

ブロロロロロロロロロロ…

「了解。」

ミサトの駆るアルピーノ・ルノーA310は、右ハンドルの電気エンジン仕様に改造されている。その為、音の割には、かなりの速度が出ている。普通の人間が葛城ミサトの運転するルノーに初搭乗したら、肉団子シェイクの挙句、白目をむいて泡を吹き足して記憶が飛ぶのが通常の光景なのだが、世の中例外は存在するものである。

(改造車か。昔の遺産に拘っているというわけか。…それにしてもかなりの速度が出ているな。そんなに緊急の任務でもあるのか?)

もちろんミサトに緊急の任務などない。ネルフを盾に道路交通法などあってないようなものである。警察官につかまれば、ネルフと緊急任務の単語を出せばどうとでもなる。

だが、第3新東京市はMAGIが管理している。その履歴は当然MAGIに記録されるわけで、毎月数回同じ車種が速度違反をしているとなれば、人物の特定などたやすいし、それが堅物で有名なネルフ副司令に報告されるのも当然であるし、それが元で彼女の給料が上がらないのも必然である。本人がまったく気が付かないのは性格を考えればこれもまた必然か。

「車でないと通えないようなところなのですか?」

「え? ああ、ちゃんと電車が通ってるから大丈夫。電車なら30分だし、あたしはコレが趣味だからそうしてるだけ。」

ブロロロロロ…

程なくして、ルノー改は目的地に到着した。

キュイィィィィィィィ、ガタン!

ミサト得意のドリフトで駐車場に車を停車させる。アスファルトは大した摩擦係数を持たない普通のものなのだが、大量のタイヤスモークと厚いグリップ跡が、事の大きさを物語る。

(…この止まり方に何か意味はあるのか?)

「付いたわ。さ、行きましょう。」









プシュー

スタスタスタ

先程まで女性の割合の方が多かった、この明るく暗い部屋に、漆黒のスーツに白衣を被せた黒髪の少年碇シンジが入ってきた。

「碇シンジ特務1佐出頭しました。」

相当に高価であろう木製の机を前にして、シンジは挨拶をする。

シンジの階級についてだが、彼の特務1佐というのは3尉以上の人間守秘義務の伴う、外部機関からすれば極秘情報である。それは当然といえば当然で、彼が居なければ初号気は動かせないし碇ユイも覚醒しない。それはゼーレにとってもネルフにとっても補完計画の致命傷になってしまう。

サードインパクトを起こすだけなら使徒を放っておくなりすれば可能だが、彼らの求めるインパクトは質が違ってくる。それを行うためには、できればゼーレには初号機が必要だし、ゲンドウには覚醒した初号機が必須となる。また、そこにたどり着くまでの前提条件として、すべての使徒を殲滅しなければならない。それに対抗できる最大の力はエヴァ初号機であり、そのパイロット兼E計画担当はまさに虎の子なのである。

「よく来てくれた、碇特務…いや、シンジ君。」

「はい、お疲れ様です冬月先生。父さんも。」

「ああ。」

シンジは冬月の事を先生と呼ぶ。たまにゲンドウも同じように呼ぶことがあって、それをシンジが真似したことがあって、それからそう呼んでいる。

フサッ

司令用の机の後方にある黒皮ソファーにリツコも含めた4人が移動する。

「さて、今日集まってもらったのは、初号機の起動実験に関することと、あと数件なのだが…。まずは初号機の方から始めようか。技術部からの同件第22回報告書までは我々の共通認識のはずであるから、それ以降の状況の説明を2人にお願いしたい。」

いつものごとく司会進行は冬月である。

「では、まず私の方から」

リツコがまず発言する。

「ご存知の通りエヴァの各種実験に関してはMAGIのサポートが必要なのですが、起動実験となるとデータ稼働率40%以上が必要になります。ここ一ヶ月ドイツ、アメリカ、中国、松代へのクローン移植に伴い、MAGI3基の解体作業で稼働率は20%まで落ち込みましたが、その作業も終了しましたので明日には3基の直結作業を行えます。」

MAGIにはネルフ本部だけでなく、独、米、中、松代に同スペックを有するコピーが存在する。が、このコピーというのは大変だ。例えば1基からなるコンピュータならばそれは容易なのであるが、3基でしかも動作中のものとなるとそうはいかない。流石のネルフ技術部も3期の接続を解消させ、コールド状態でクローンを生成しているのである。

(委員会の連中め。本部のエヴァより支部のMAGIなどを優先させてどういうつもりだ?)

と内心いらつくゲンドウも、委員会の意図は考えるまでもなくネルフに対する抑止力というのは想像が付く。しかし、最大の不確定要素である使徒殲滅に関する妥協を、委員会が当然のようにする事はおかしいと思っているのである。ゲンドウ他ネルフ首脳の認識では、裏死海文書は預言書ではなく、実務的な計画書なのだ。

(まさか委員会が使徒殲滅が確定事項だと認識しているとしたら、我々のシナリオは苦しくなるな。初号機の覚醒は相当牽制されるはずだ。)

初号機が覚醒しS2機関と連動したりすれば、それこそゼーレのシナリオにとっては不確定要素になってしまう。あの世界ではそれでもインパクトは起こったが、あの結末は本来から言えばいささか脱線気味だ。

「MAGIの復帰でボトルネックだった起動実験が再開できる。僕としては不確定要素の高い零号機より初号機を優先させたいところだけれど。」

零号機はエヴァシリーズのプロトタイプであり最初のエヴァである。冬月を引き込むためにゲンドウが見せ付けたモノでもある。

「いや、ダミーシステムを急がせるためにも零号機を優先させる。初号機はシミュレーションプラグの模擬起動は達成している。MAGIの起動確立もかなりのものだった筈だが?」

目でリツコに問いかけるゲンドウ。

「はい。数多くの不確定要素を入れても起動確立は95%となっています。」

「ならば、初号機は現状維持だ。弐号機の接収が見込めない以上、最低限の戦力は用意させなければならない。」

MAGIクローンがドイツで稼動したため、本部でなくともエヴァ関連の実験や開発は多少ではあるが可能となった。それゆえ、使徒が確認されていない今ドイツ支部にとって弐号機とセカンドチルドレンは最強の兵器であり、政治交渉にも役立つ外交カードでもある。そうやすやすと手放すわけがない。

「零号機の起動実験が終わったら、あとはシンクロ関連とATフィールドのデータ採取がメインでいくよ。弐号機を取られちゃってる代わりに武器開発は向こうでやってくれるはずだから。」

「ああ。それで構わん。」

ゲンドウが口の前で手を組むポーズのまま許可をする。

「じゃあ、次の議題はダミーかな。」

「で、あのシステム…、技術部の目から見て使えるのかね?」

「既存のチルドレンと比べて、というのであれば、戦力としてはやや劣ると思われます。ATフィールド中和圏内での接近戦を想定したエヴァでは、シンクロ率が物を言います。コアに対して同じパターンでしか信号を送れないダミーではシンクロ率は上がりません。また、複数機での作戦実行なども基本的には行えません。ただ、シンクロシステムによるフィードバックやパイロットのメンタル面などを考慮しなくてもよいというメリットはあります。」

赤木博士が優しくはないがコンパクトに説明する。

「…難しいところだな。だが委員会は開発を急がせているのだろう?」

冬月がゲンドウに問う。

「ああ。量産機もE計画の端くれだからな。どういうつもりかは知らんが。」

ゲンドウは委員会など眼中にないような発言だ。

「気にすることはない。零号機と弐号機にダミーを搭載すれば良い。」

「零号機と弐号機? 初号機ではないのですか?」

「初号機には優秀なサードチルドレンがいる。ダミーに切り替える必要は無い。」

「ですが、シンジ君は優秀な技術者でありE計画担当でも…」

少々驚いたようにリツコが反論する。普通に考えればシンジは技術部のNo.2であり、エヴァの開発担当でもあるのだから、ダミーという代わりがあるのならわざわざリスクを犯してまで戦場に出るのはおかしい、と言っているのだ。

しかし、ゲンドウも冬月もそしてシンジも何も言わない。

(…どういう事?)

「今は使徒殲滅を最優先事項とする。使徒が現れたら初号機はサードチルドレンをパイロットとして出撃する。これに関しては現状維持だ。」

低い声でゲンドウがリツコに言った。

「…了解しました。」

不服だと言わんばかりにリツコが言う。彼女はこういうことを隠そうとはしない。

しかしそれに対して他3名はやはり何も言わない。

「零号機の起動実験のスケジュールは?」

「…それはもうリツコさんのMAGI次第だよ。どうなんですか?」

「予定通り明後日にAM10:00に行います。が、これからすぐMAGIの作業をすれば一日早めることは出来ます。ただし、伊吹3尉あたりは泣きそうになるでしょうが。」

やや失笑が暗闇を覆う。確かに彼女ならリツコに泣き付きそうな気がする。ただ1人ゲンドウは笑わなかったが。

「では明日起動実験を行ってくれ。早急に起動確認を取るに越したことはない。委員会への手土産も必要だろう。」

「判りました。では今から早速作業に取り掛かります。」

「そうだな。重要事項に関してはもう検討済みだろう。残りの報告は追って行おう。」

「はい。では失礼します。」





「…碇、あれは何か感づいているのではないか?」

「そうだろう。彼女は優秀だ。」

リツコが去った部屋でそれでも小さな声で聞く冬月。対するゲンドウはいつもの声だ。

そう、赤木リツコは優秀である。MAGIもエヴァもそしてネルフ自体の維持も彼女の功績は多大だ。だが、葛城ミサトも優秀であるし、青葉シゲルも日向マコトもそして赤木ナオコも優秀である。彼らを天才であると証するのは外部の人間だけだ。

「どう操縦するつもりだ? 簡単に此方に歩み寄っては来ないぞ。」

「操縦? その必要はない。不要になれば切り捨てるだけだ。」

冷たい声で言う。それには一片の曇りも見当たらない。相変わらずゲンドウポーズは維持をしたままだ。

今リツコが居なくなったところでネルフの存続が危ぶまれると言うことはない。あの世界であればそれもありえたかもしれないが、この世界では技術部副主任でE計画担当碇シンジがいるのだ。

「しかし…な。」

「今更管理業など考えているつもりか? 赤木の名の付く女は危険だ。10年前を忘れるな冬月。」

「…まあ今はいいだろう。それよりもシンジ君に伝えておく事があるな。」

冬月は納得しないまでも話を終わらせ、今回の会議の最重要課題を打ち出した。

「もしかして、諜報部の監視を抜け出した、というあれですか?」

「知っていたのか?」

「修正済みの概要だけだよ。」

「そうか…、とりあえずこの資料を読んでくれ。」

ファサ

資料といってもほんの数枚のプリントだけだ。

スッ

ソファから身を乗り出し資料を参照するシンジ。

「……っ」

声には出さないものの、やや驚きの表情を見せた。

「…?」

その雰囲気にゲンドウも冬月もやや虚を付かれる。

「…あ、いえ、この渚カヲル…ですか。この人物の写真は?」

「ああ、今日撮影したものならある。3枚目だ。」

ペラ

「…っ!?」

シンジが今度こそ完全に驚愕の様相をみせた。

「…どうした?」

「……、………。」

一瞬にして表情を消し、ゲンドウの言葉にも反応を示さない。

「……無理もなかろう。レイと一緒だ。」

冬月はシンジの心中を察したのか、そう付け加える。

「………。」

しかしシンジはいまだ黙ったままだ。

「…シンジ君?」

今度は冬月も呼びかけた。ここでシンジはようやく反応を示す。

「……ええ。ここ以外にもダミープラントが存在する可能性が…、それも完成度が高い。」





ズズズ…

一人司令室のソファでお茶を飲む冬月。碇親子はドグマに降りている。ただし、渚カヲルがアルビノであったから、自分たちの大切なお人形に漠然とした不安を覚えた、という情けない理由だが。

とにかく、司令部の渚カヲルに対する見解は、ゼーレからの監視員という事でほぼ一致した。

ネルフへのルート自体は正式なものだ。しかし、日本政府からの推薦で、ドイツ支部の審査、戦略自衛隊の審査を通過し、その最終報告に決まって付属する言葉が『作戦立案能力に大変優れる』である。

実は大っぴらに作戦部と名乗る部署があるのはネルフ本部だけである。つまり先の言葉は暗に、ネルフ作戦本部に所属させろ、と言っているようなものなのだ。

その発言主は、ドイツ支部と日本政府及び戦略自衛隊とくれば、ゼーレと思い浮かぶのは難しくない。ゼーレがそんなバレバレな事をしてくるのか? という疑問もあるが、別に裏からこそこそやる必要はない場合もあるし、あの世界での加持リョウジなどその典型だろう。

まあドイツからは葛城君が既に来ているからな。ルートとしては考えやすい。しかし、誕生日がセカンドインパクトとは…。

情報操作などたやすい事だが、ジョークにしては恐ろしい。何らかの警告と見るのが妥当だろう。だからこそ渚カヲルはゼーレの手にかかっているとも言える。本人がそれを知っているかどうかは二の次だ。

アルビノ…か。だがリリスの所在は漏れる筈がない。となるとアダム…そして使徒、エヴァになるが…それらとリリスとは本質が違う。同じアルビノになるというのも解せんな。普通の人間をレイに似せて作っただけ…という可能性もあるな。

その懸念が現実味を帯びるのはまだまだ先の事である。そういう予想が出来てしまう冬月をスカウトしたくなったゲンドウの気持ちは痛いほどよくわかるというものだ。










[あとがき]

裏切りぃの言葉にぃ〜♪ 故郷をぉ離れ僅かな望みをぉ〜求め流離う俺なのさぁ〜♪

クリスタルキング 大都会。いやー懐かしいメロディだ。松坂世代の私がなぜ大都会が懐かしいのか甚だ疑問ではあるものの…。とにもかくにも、第壱話のシンジにピッタリの歌詞だったのでパクっちゃいました…。

血の色のスティレット真章は、かつて公開していた血の色のスティレットの全面改訂版となります。設定からしてまったく変わってしまっているので殆ど別物です。

一応主人公は渚カヲル(♀)になります。

ジャンルは…一応本編再構成になるんでしょうか。一応LRS(リツコ×シンジ)属性は存在するかと思います。

ではあとがきはこんなところで。血の色のスティレットを読んでいただきありがとうございました。

gx9901 msgx9901@hotmail.com