大質量の隕石が南極に落下。その衝撃は世界を襲った。

15年前起こったそれは世界を震撼させ、全てを破壊し尽くし未曾有の大惨劇をもたらした。セカンドインパクトである。

各地の沿岸を数km級の津波が襲い、都市機能は完全に崩壊。その後各地で温暖化・寒冷化が進み、木が枯れ魚は水に浮かび生態系は根底から破壊された。しかし、それでも生物は生きつづけた。

ミリタリーバランスが一変した。軍事大国アメリカは経済基盤崩壊と相次ぐ大規模テロにより国力が低下した。元々、経済危機であったロシアは言うに及ばす、イギリス、フランス等…先進国は軒並み没落し、途上国も絶望的なまでの物資不足に見舞われた。だが、これを契機に大躍進した国がある。

日本とドイツだ。

日本は、首都東京が津波に飲まれ,その後も海面上昇により海に浸かった。さらに、某国の新型爆弾による混乱をついたミサイル攻撃により壊滅的打撃を受けた。

しかし先進国に冬が訪れたのに対して、日本には夏がもたらされた。これは国内食料生産において不幸中の幸いともとれる事項で、この部分だけは生産量は別として自給率はセカンドインパクト前よりも改善された。スイカ職人も喜ぶわけだ。

政治では、静岡県芦ノ湖周辺に第3新東京市を建造することを前提とし、長野県松本市を第2東京市として遷都。その後、国連の協力を得て第3新東京市を建造し首都機能を集約した。ただし名目上の首都は第2新東京市である。

この一見とんでもないように感じる政策は、意外にも上手く機能し始める。その要因は日本国が伝統ある中央集権国家でありながら首都の移転を何度も経験し記憶している事、そしてその物判りの良すぎる国民性が挙げられる。

そのような状況下で、日本はとてつもない勢いで復興をはじめる。その勢いは復興というよりさらに発展を続けるそれであった。それが可能になったのは、なんと言ってもジオ・フロントの存在である。

セカンドインパクト後、発足された人口進化研究所は第七世代コンピューターの開発をはじめとした計画を発足する。そのどれもが今までのそれを凌駕し、オーバー・テクノロジーといっても差し支えないものであり、その源はエヴァンゲリオンであった。

ドイツにもその技術はゼーレを通じて移植される。そうして日本とドイツは復興から進化への道を歩んだ。









「とうさん…。」

(六分儀くん…。)

その時ゲヒルンの統括所長であった碇ゲンドウは、正気では無かったかもしれない。だが、彼は確かに幼い息子の瞳に妻ユイを見た。

妻ユイの瞳は、その鈍い光の裏で何かを隠し守っているような、そんな不思議なものだった。女性は向こう岸の存在とはよく言ったものでゲンドウにとってのユイとは天の川の織姫のごとく遠い存在であった。臆病なゲンドウは傷つく事を恐れ、彼女に近づこうともしなかったが、一方で彼女をゼーレへ近づくための道具としてであればいくらでも接する事ができた。その二面性を使い分けるうちにユイの方からこれっぽっちも期待していなかったプロポーズを受けた。その瞳は鈍い光で覆われ何かを内包しているようであったが、彼女は初号機に取り込まれその向こう側を覗くことはついに適わなかった。

一方シンジという存在は、ゲンドウにとって訳の分からないものであった。

彼はゲンドウとユイ双方の遺伝子を受け継いでいるのだが、ゲンドウには彼に自分の遺伝子が宿っているなど到底信じられなかった。それはユイと彼がじゃれあっている時から思っている事であり、彼のような無邪気で輝かしい存在に自分の半身が宿っている等と考え付かなかったのだ。やがて彼という存在は、ユイの子供という認識に落ち着く。

男は自分の遺伝子を後世に残したいという本能が強いものであるが、ゲンドウの場合はそうではなかった。寧ろ自分などという存在は少しの価値もないものであると考えている。幸いにも息子は表面上母親似であった。

ユイの胸を独占される事に嫉妬をすることなどないし、逆に愛情を注ぐこともない。ユイの時と違い同性なのだからむしろコミュニケーションはとりやすい筈なのだが、ゲンドウはシンジをまぶしく見ていた。

そうやって逃げつづけるゲンドウの行動は、シンジをユイと同一視し自分などが好かれるわけが無いと最初からあきらめていたともいえる。まったくの余談であるが、その精神構造は見事に息子に受け継がれている。

そうして生きてきたゲンドウに対し、昨日までまぶしく無邪気であった息子の瞳は妻が消えたその次の日から鈍い光を放つユイそれに変わっていたのだ。そのときゲンドウはただ愕然とした。





ユイは生きている。

傷心に浸っていたゲンドウは、その息子の言葉を笑うことも無く無視し続けたが、ふいにその目を見た瞬間凍りついた。確かにその目は碇ユイそのものだった。

(六分儀くん…。)

この一週間何度と無く希望と絶望を繰り返した。何度希望を持とうともアレに取り込まれるという事がどう言うことかゲンドウには普通の人物より判る部分が多く、だからこそすぐにまた絶望する。

確かにユイはエヴァと共に永遠に生きていきたいという願望を持っていた。だが、今回の実験はまだ初期段階だったはずだ。それにゼーレが居る。使徒を倒し、ゼーレの人類補完計画という名のもとに秘密裏に実行するはずだった。

今の初号機に取り込まれたところでエネルギー源がない。永遠に生きていけない。

圧倒的な絶望感がゲンドウを包み込んでいたはずなのだが、それを突き抜けるほどのインパクトがその時のシンジにはあった。

ガバっ!

衝動的であった。目の前にユイがいる、そうゲンドウ思い込んだ。少しでもユイの肉体に触れたい、そういきり立った。

シンジの小さな体をゲンドウが包み込む。

「ユ、ユイ…! 生きていたのかっ!?」

「ど、どうしたのっ? と、父さんっ!?」

ああ…ユイの声だ。間違いない。ユイ、生きていたんだな。俺はお前がいないと駄目なのだ。

夢遊病者とも錯乱者ともキチガイともとれるような思考回路で、ゲンドウは行動を起こす。

本来、ゲンドウにとってユイと言う存在は踏み台であった。自分がゼーレとつながりを得るために近づいた存在だ。それが今ではこのざまだ。

ゲンドウの目は夢見のそれで、焦点がまるであっていない。

「ユイ…ユイっ!!」

ギュウウゥー!

シンジにとって生まれて始めての父の抱擁は、とてつもなく強烈なものであった。

「い、いたいよ…父さん。ぼくはシンジだよ。」

「ユイ…? …?」

数回「ユイだ」「シンジだよ」というやり取りの後、ゲンドウはシンジから離れ、その人物を嘗め回すように見回した。

確かに先程までユイだと思い込んでいたのは、シンジであった。しかし、その瞳は鈍く光りその向こう側に何かを隠しているような、不思議なものでありユイのそれであった。

シンジはユイの遺伝子を受け継ぎ、彼女に似た優しい顔立ちであったが、その瞳は無邪気に光り輝きゲンドウにしてみれば眩しく感じるものであった。それが、ただの一日で妻の不思議なものになっていたのだ。

「シ、シンジ…お前はユイでは無いのか?」

シンジと呼んでおきながら、ユイじゃないのかと勘ぐるほど、ゲンドウの壊れっぷりは見事だが、それにツッコミを入れられるのは今のところシンジしかいない。

「と、とうさん。あ、あたまがおかしくなっちゃったの……?」

「な……にぃっ!?」

癇に障ることを言われ、睨むように改めてシンジを見る。

(………。)

…確かにシンジだ。その瞳以外は。

「…シ、シンジ…いったい何があった?」

そこでシンジは夢でユイにあったと言った。そして、ユイはまだ生きているからゲンドウに助けて欲しいと言った。

(夢…だと?)

いつもなら、自分に構って欲しい為のでまかせと構うことは無いのだが、その時の目を見た時からゲンドウはシンジの言うことを無碍に出来ないような、そんな気持ちになった。ユイの事となれば藁にも縋る思いだった事もそれを増徴させた。

「母さんがいったんだ。ぼくならあのエバっていうのにのれるって…。でもぼくどうしたらいいか………。」

「…ユイが……お前にエヴァに乗れといったのか?」

「うん。」





後日、赤木ナオコより報告があがった。

「碇ユイの肉体・魂と呼べるものは、初号機のコア内部に、人間で言う睡眠状態で存在している可能性が高い。」

「サルベージを行うには、おそらく彼女の魂を目覚めさせる必要があり、その後自我を形成させ肉体を彼女の意思で再構築させる。ただしコアからの介入も考えられ、自我の形成に関してもそれを促進するプログラムは極めて人間的でなければならず、現在のコンピュータ性能では不可能に近い。」

報告を行った彼女にとって、ゲンドウの対応は相当意外なものであった。ここ数日間部屋にこもりっぱなしであったのに、追い討ちをかけるようなこの報告にゲンドウは特有の笑みを浮かべたのだ。

さらに後日、赤木ナオコに対し初号機とのシンクロする可能性の有る人物を求めた。すると、以下のような報告があがった。

「初号機そのものに対してシンクロ可能な人物の特定は非常に難しい。ただし、取り込まれた碇ユイを解して、コアとシンクロさせるのであれば可能性は有る。が、肝心の碇ユイの魂と呼ばれるものがコア内部で自我を形成していないため、そのシンクロは起動指数を下回る可能性もある。これは碇ユイの自我が形成される事があれば解消されるとおもわれる。その為には外部からの刺激は不可欠である。碇ユイの子供である碇シンジは、それらの役目を果たす可能性がある。」





人類補完計画の元、新たなる計画の草案がゲンドウの頭に浮かぶのに、時間はかからなかった。

「シンジ。私と共に来い。ユイ復活の手助けをするのだ。」

この世界では、綾波レイはユイの代わりにはならなかった。









NEON
GENESIS
Evangelion side story
異端黙示禄
血の色のスティレット真章
話「サイレント・ヴァージン








拾壱

第3新東京市の閑静な住宅街にひっそりと佇むコンフォート17。その最上階の葛城宅の世帯主は、アルコールが足りないと愛車で出て行き、今は渚カヲルがお留守番している。

近くのコンビニに行けばそれで事足りるのだが、ミサトの場合箱単位で購入するため、生活費を考えると専門の量販店に行きたくなってしまうのは仕方が無いところか。

カヲルはミサトが去った部屋内を、それと悟らせずに調査した。

(かなりの反応がある。ネルフ本部とまではいかないものの、相当数の監視システムが組み込まれていると見ていいだろう。…諜報部は外で待機しているようだが……)

当然このコンフォート17はMAGIの監視下である。まさかトイレや寝室の音声まで撮ってはいないと思いたいが、玄関やリビングは重点的に覗き見されていることは間違いない。だからカヲルは見られていることを意識した行動を取らねばならない。もともとが根暗なので素のままでも問題が無いというところは天職であると言えるかもしれない。

地上に出たその時から付いてきていたネルフ諜報部と思われる連中は、そのままコンフォート17周辺に散らばっているようである。構内に入ってきている形跡は無い。

(別に自宅で何をするという訳でもない。…特殊なネットワーク環境があれば別だがそれは無いだろう。報告のことを考えればここは良い選択か。)

カヲルはもう殆どここに住むことを決断していた。が、事は唐突に起こるものである。

グラっ

(ん…目眩か…、いかんな…。)

ガシャン!!

唐突にガラスが割れるような音が頭の近くで響き渡った。

(な、何だ…!?)

周りを見渡すが、何も起こっていない。ここは葛城亭のリビングで、その惨状はミサトが出かける前となんら変わりは無い。

(まさか…"早まった"のかっ!?)

キィィィィキィィーーーーーン!!!

超音波を連想させるような、非常に不快感を伴う音が脳から両耳に響き渡る。心臓はドクドクを高鳴りそれを増徴させ、不快感は前身に響き渡る。脳をかき回され、腹から膣にかけて目茶目茶にされたような、とてつもない苦痛が押し寄せる。

「…ぐぅっ………!」

苦しみを覚えつつも、監視カメラの事があるため表に何も出さないカヲル。

ドクンドクンドクンドクン………!!!!

心臓の動悸は激しさを増し、カヲルの白みの強い乳白色の顔が朱に染まる。腹に突き上げるような衝撃は更にまし、しなやかな肢体はガクガクと震える。

「…はぁ……くっ…、はぁはぁ……。」

しかし、徐々に不快感が収まり始めた。

……ドクン…ドクン……ドク……

(…大丈夫だ、まだ本格的なものではない……)

超音波のような音はいつの間にか消えうせ、後に残っていた心臓の音も徐々に戻っていった。

(…収まったようだな……。)

シーーーン

何事も無かったかのような無音がリビングを包む。カヲルは慎重に体を動かす。

(…LCLを使わずに済んだか。映像だけ見れば何も変化はないはずだ。監視には気づかれてはいないだろう……別に気づかれたところで単なる発作なのだから問題無いが。…しかし…環境変化によるものだろうか…? 予定よりも早まったな……。)





「おっまたせー!」

「はぁ…」

ミサトがエビチュを持って帰って来たあと、ディナーとなった。ミサトはカヲルにビールを勧めたが、カヲルはそれを未成年だからと断った。ミサトは勧めることが犯罪と言うことに気が付いていない。意外にもカヲルは上司思いな部下になりそうだ。

ゴックンゴックンゴックン………

ものすごい勢いでビールを流し込むミサト。そのキャラクターは瓶コーラを一気飲みする芸人とかぶる。これにはカヲルも唖然としてしまった。生物としてある意味凄い。

「ぷっは〜〜〜! かぁ〜〜〜〜!! 五臓六腑に染み渡るぅ〜!! 」

「………。」

そんなパフォーマンスに拍手をする観客など当然居ない。カヲルはただただ上司を見つめるのみである。まあここで、凄い飲み方ですね、などど言ってしまったりしたら、気に入られてここに住まわされ、あの世界の暗い少年のように家事全般を押し付けられ愚痴を聞かされて過ごす毎日…となったかもしれないから、無言であったのは大正解である。

しかし、何だかんだ言ってもミサトはカヲルを気に入ったようである。もともと友人を選ばないタイプではあるが、まるで合いそうにないリツコと付き合っている経験もあるのだろう。カヲルに対しては向こうからは何も言ってこないので、自分から話しかけてコミュニケーションをとる。

「ねぇねぇ…カヲルちゃーん。」

「…なんでしょうか?」

気持ちの悪い呼び方に吐き気を覚えつつも律儀に答えるカヲル。それを見て急にニヤニヤと笑い出すミサト。

「もしかして…照れてるの? 可愛いところあるじゃない。」

「………。」

もやはこのオヤジなオネーチャンを止めようとはしないカヲル。相手をするだけエネルギーの無駄と見切ったのだろう。

「で、それは良いとして、どう? 部屋なら隣が空いてるし、ここに住まない?」

「はい。まだ確定ではありませんが、ここに住む方向で決めていきたいと思います。」

ほんの数時間前に申請した住所登録だが、何ともあっけなっく覆されるようだ。といっても申請自体数分とかからなかったので変更もあっという間だろうが。

「そう、そいつは結構。そういえばさっきリツコから連絡があったんだけど、明日1600から零号機の起動実験をするからそのつもりでね。本当は明後日の予定だったんけど…。延びることはよくあるけど、縮まるのは珍しいというか…。」

(ゼロゴウキ?…暴走したというエヴァプロトタイプの事か。)

零号機は先の起動実験においてあの世界と同様に暴走している。被験者の綾波レイも同じくミイラ状態であった。ただし、ゲンドウに手のひらのやけどは無い。シンジにも無い。結局誰も助けなかったのである。否、助けなかったというのは語弊がある。危険状態の零号機に飛び込んだ人間が今回は居なかっただけで、緊急用にスタンバイしていたスタッフが助けたのである。

それはこの世界の綾波レイを考えれば当然かもしれない。ゲンドウからしてみれば彼女は取り替えの聞く人形(取り替えない事に越した事は無いが)に過ぎす、個人的に肩入れする理由も無い。

ゼーレにも当然零号機の暴走は報告されており、ネルフを半ば信用していない彼らとしては独自に再起動実験の次期に対する予想もなされいる。そういった情報は末端の諜報員であるカヲルに報告される事はありえないのだが、何故かゼーレは彼女に対してそのような情報を提供している。

(確か…ゼーレの予想次期よりも1ヶ月ほども早いな…。被験者か零号機か、それともMAGIかもしれんが…何か起こったのか?)

ゼーレからカヲルへ詳細な情報が提供されるのは、彼女が優秀であるからという理由付けがされている。一般的に諜報員は情報を入手する為に存在し、それを集めた参謀が考察するのであるが、彼女には考察する能力があるのだ、という説明である。





ともかく、カヲルは明日就業前もう一度総務部に赴くことになったのだが、何故かミサトが同席することになった。くっ付いていくといって聞かない。理由を尋ねると…

「だってあなた、ここの住所知らないでしょ?」

そんな物は、調べるなり今ここで聞くなりすればいいし、第一カヲルの頭の中には第3新東京市の地図情報はインプットされているから、ここが何処であるかなど来たときから解っていた。

ミサトにしてみたら、そういう事を言われては身も蓋も無いが、カヲルは付いてきてもらったところで別に困る事は無いので何も言わなかった。

(明日の予定は…一応未定なのだが問題はあるまい。)

その後、ミサトにジオフロントまで届けてもらい、

「明日は一緒に働く皆に自己紹介だからねー。」

という、台詞を頂戴しお役ご免となった。









拾弐

発令所。ネルフが誇るコンピューターオペレーター3人が今日も残業を申請せず、端末に向かって作業をしている。

一人は伊吹マヤ、技術局1課所属オペレーター。普段は赤木リツコにくっ付きMAGIの基幹部分の作業やエヴァのメンテナンスなどをこなす。戦闘中はエヴァ操縦者のモニターを担当する。

ショートカットに化粧の薄いクリクリおめめの童顔は、24歳とはとてもとても思えずカヲルの同級生と言われてもまったく違和感無し。寧ろカヲルよりも幼く見えるほどである。いつもネルフの制服を着ているのでまだマシだが、月に数度のオフの日の彼女の格好はまさしく小中学生である。

次は青葉シゲル、中央作戦室所属オペレーターだが、冬月直属の配下でもある。主にMAGIを使用した通信・情報分析担当し、特にエヴァ関連の各種実験ではその能力を如何なく発揮する。

ロンゲでギターが趣味の彼は何処にでも居る兄ちゃんそのものだが、そのオペレート能力はかなり優秀であり、専門分野のリツコ達と共にお手伝い(強制労働)する事もある。

最後に日向マコト、中央作戦司令部作戦局第一課所属。早い話が通称"作戦部"に所属するオペレータである。他の二人に比べてオペレート能力はそれほどでもないが、作戦立案能力が高く評価されミサトの補佐を主に行っている現作戦部No.2である。

床屋による短髪にメガネと言う外見そのままに、性格は温厚でのんびりやでもある。

こうしてオペレータ3人並べてみると、それぞれ変わった人間だと言える。あの世界のフォースチルドレンの少年は、エヴァのパイロットは変わり者ばかり、と言うような発言をしていたがネルフ職員にもそれは当てはまるようだ。





「この数字……大したものですね。」

「ああ、シンクロ率49%か。模擬データとはいえ起動レベルは簡単に超えているな。」

3人はそれぞれ、リツコ直属、冬月直属、ミサト直属のオペレーターだが、行う仕事は2人か3人セットでという場合が多い。マヤに関して言えばオペレーター以外にも、各種実験の責任者としてピンで動くことも多い。

「でも…零号機との相性を考えるとこの程度のアドバンテージでは…。やはりレイの方が上ですね。」

「…っああ。でもセカンドの順応性の高さも無視できない。」

おいおい、目の前に居なきゃ呼び捨てかよ…と女の冷たさを実感しながら日向が答える。

3人はスクリーンに映し出されたグラフやら数値を見ている。このデータはドイツ支部から提出された、シミュレーションプラグによるセカンドチルドレンの模擬シンクロ実験の内容である。シミュレーションプラグと弐号機は模擬体を通じて接続されるが、模擬体はもっとも解析の進んだ零号機のデータがシミュレートされ、弐号機はただデータの受け皿として存在する。

「ええ。流石に天才と言われるだけの事はあります。」

「天才か……だがこのシンクロ率は信用できない。」

今まで黙っていた青葉が口を挟む。

「ええ…49%にしてはハーモニクスが低い…。」

「現実的ではないな。」

青葉の言葉に他の2人とも気づいたのか、ハーモニクス値の指摘が始まる。

「この実験の前後のデータ…、調べますか? 本部のMAGIなら正規のルートで可能ですが。」

マヤが2人に聞くと、2人は無言で頷いた。

カタカタカタカタ………

マヤのしなやかな指が、真っ白なキーボードの上を踊る。マヤの使用する端末は、MAGIに直結しているオペレート専用端末の一つであり、プロンプトのみのCUIである。そこにコマンドを打ち込んでMAGIに命令を出す。グラフィックが必要な場合に関してもコマンドを打ち込み対象をスクリーンに表示させる。

3人の前に位置する大きめのスクリーンにマヤによって命令を与えられたグラフィックが次々と表示される。

「やっぱり。見てください。前回のシミュレート実験までは…平均シンクロ率22%……起動ぎりぎりです。その後も…あ、今日は弐号機での通常シンクロ実験をしていたみたいですけど……、慣れてるはずなのに下がってます、39%。」

最初に表示された表とグラフに、次々と新しい値が表示されていく。そこには、数回にわたる起動実験のデータが表示されているが、今回ドイツから提出された実験のみが数値が軒並み高い。

「やはり、この実験の時だけ何故かシンクロ率が高いですね…。ドイツとしてはシンクロ率のいいデータを本部に送れば自慢になったのかもしれませんけど…。」

あっけなくドイツ支部の目論見は崩れた。

「だけど…なんでこの時だけ? ハーモニクス値自体は横ばいだし、これは事実上零号機とシンクロのなのに。」

日向がその点を再度指摘する。作戦部にとってはシンクロ率は高ければよいに決まっている。それを実現するのに大きな要素としてハーモニクスという概念があるのだが、この場合それは成り立っていないのである。そうなれば技術部に文句の一つも言いたくなるだろう。

「まあ待てよ、ハーモニクスとシンクロ率の比例関係に関しては技術的証明がされてるんだ。そうなればこの高シンクロは外部要因によるものの可能性が高い。」

青葉の言うように、ハーモニクス値とシンクロ率の関係は証明されていて、それは綾波レイや惣流=アスカ=ラングレーの実験でも見て取れていたのだ。ただし、必ずしも同じ結果が残るのではなく、数パーセントの誤差は存在した。いわゆる"ゆらぎ"である。これこそ外部要因によって起こる現象なのだ。

今回のケースではそのゆらぎが極端に現れているといえる。

「その今回考えられる外部要因ってのは零号機を模した素体じゃないのか? その他は通常の起動実験と異なる要素が無いだろう。」

「……もしかしたら、素体の活性化が原因かもしれません。」

ふとしたマヤの言葉に、男二人はわからないと言った顔だ。マヤは言葉を選んで説明する。

「ええと…、エヴァは人造人間なので例えば筋肉を動かしたりした場合、神経を通して"腕を動かせ"といった命令が出て筋肉が動きます。そういった命令をネットワーク世界に似せてパケットと呼んでいます。で、零号機の胸部筋肉を増強した際なんですが、素体全域に再生を促すパケットが発生したんです。人間でも同様ですが、損傷個所の回復の為に細胞分裂速度を早める仕組みですね。ここまではいいですか?」

「で…エヴァとチルドレンはA10"神経"接続なので当然パケットで命令をやり取りします。エヴァはエントリープラグも体の一部と見なしていますし。そういった状態で再生がパケットが体中に無作為に行き渡ると、エントリープラグに到達した再生パケットはA10神経接続を経由してチルドレンまで到達してしまうんです。つまり再生中の素体でのシンクロは、通常のシンクロにおけるパケットに加え再生命令のパケットもチルドレンに到達します。それでその分だけエヴァ側からのパケットが増幅して、結果シンクロ率がやや上昇したように見えるんです 。」

エヴァの素体は人造人間というように、肉体という表現が正しい。素体が損傷すればそれを再生しようとする機能は人間のそれをはるかに上回る。そのとき、再生パケットは再生部から周りに向けて拡散するのだが、それは当然エントリープラグにも届くのだ。

「…考えてみれば、シンクロシステムはフィードバックが伴う。それを考えれば当然といえば当然だな。…で、エヴァからのシンクロが強くなると暴走の危険があるんじゃないの?」

「それは大丈夫。侵食現象はパイロットがターゲットになっているから危険であって、再生パケットは無作為に放出されるものだからそうじゃない。パケットの一部がたまたまパイロットに届くだけで…ブロードキャストみたいなものですから。」

既にこの件に関しては赤木リツコによって解析がなされ、後数日もすればレポートと共に司令部に提出されるだろう。それほどエヴァの暴走という言葉はネルフにとって重要な意味を持つ。特に零号機は起動実験中の暴走によりパイロットが重症を負うという惨事を引き起こした。いくらスペアが十数体あるからといって無闇に使い切ってしまえば、ダミーの割り当てに支障が生じる。

ともかくそのようなゆらぎ程度では、パイロットに対する負荷は掛かる事はない。また、シンクロ率の上昇もその場限りだ。

「って事は…このデータは実力でもなんでもなく、ただの偶然って訳か。」

カタカタカタカタ…

マヤがさらにコマンドを打ち込む。

「でました。ドイツ技研所のスケジュールです。ちょうど実験の2日前に弐号機の大改修を行っています。量産パーツの型が確定しましたから、それに合わせたようですね。」

「きまりだな。」

「ああ。」

ネルフ本部のオペレータの技術力と状況判断力は凄まじいものがある。この3人の存在が他支部との技術的優位を勝ち取っているといってもいいくらいだ。もちろん碇シンジと赤木リツコの存在がその最たるものといえるが。

「これ、どこかに報告しますか?」

3人は無難なところで司令部と技術部、作戦部に報告書を提出する事にした。

「ま、それでもセカンドチルドレンは、セカンドコアとなら最高で45%は行くんだろ? 早いところ本部に来てくれれば連携パターンも試せるのになぁ。」

日向が嘆く。作戦部としては手数が大いに越したことはない。

彼らのディスプレイには折れ線グラフが表示されており、そこには2本の線が走っていた。上の線には1st、下の線には2ndと表記されている。

「だが、ここにいる俺たちにとって45%は決して良い数字じゃない。」

「むしろ、調子が悪いのか? って感じですから。」

カタカタカタ……

マヤが命令を打ち込むと、画面に新たな線が加わった。先ほどの線とはかなり離れた上の方に3rd、と表記される。

「模擬データのシンクロ率90%。しかも零号機との相性を考えてもこの数値…。シンジ君はホントに凄いですね。正にエヴァの為に生まれて来た様な子。」

マヤは確かめるように言う。

「エヴァ以外でもだろ? ドイツのセカンドには悪いが、天才ってのはシンジ君の言葉だな。」

「まあ確かにな。チルドレンでありながら今度の起動実験では責任者として指揮をする。多方面に渡って才能を発揮するのが天才だな。」

ウン、ウンと頷くマヤ。それを見た男2人は意外そうな顔をした。

「どうしたんだいマヤちゃん。いつもなら目をキラキラさせて、そうですよねぇ〜! ってシンジ君の事呆れるくらい自慢してるのに。」

「は、はい? 私いつもそんな事してました?」

「はは〜ん。分かったぞ。マヤちゃんにも遂に同年代の好きな人が出来たんだな?」

「えっ? ええ〜!? そうなのマヤちゃん!?」

「ちょ、ちょっと待って下さい! そんな言い方、まるで私が年下の男の子にしか興味を持たないみたいじゃないですか!」

「そうじゃなかった?」

研究所のアイドル、伊吹マヤはそれはもう熱狂的なシンジファンである。何処へいってもシンジ君、何をやってもシンジ君で仕事はちゃんとやっているのか? と思うと、リツコの前ではセンパ〜イと、ちゃんと(?)やっていたりする。恐るべし両刀使い。

「そ、そんな訳無いじゃないですか!」

「う〜ん。それにしても今日はシンジ君の事、いつもに比べて他人事のようにしてるなぁ、何かあったの?」

「そ、そんな事言われても……」

実を言うとマヤのシンジ離れは、MAGIの定期検診時に司令部宛の重要報告書を閲覧(もちろん違反行為)し、銀髪のアルビノ少女のデータに無意識ではあるが心を惹かれた為である。その情報収集力は特筆すべきものだが本人はそれに気が付いていない。それは置いておいて、マヤは一種の妄想癖があって、カヲルのような容姿を神秘的なものと捕らえている。事実レイには当初そのような印章をもち、汚れを知らない女の子だとばかりに決めつけていた。が、ダミー実験を通しておぼろげに彼女の事情を知ると、もうレイを見ないようにしていた。

伊吹マヤという女は、意外にも物事を起用に切り替える事ができる。

そういう彼女に明日に掛けて不幸な出来事が起こるのは全くの偶然である。しばらくしてやってきた尊敬する赤木リツコ博士は事務的に無慈悲な言葉を送った。

「伊吹2尉。零号機の再起動実験実施日が明日に圧縮されました。これより今配布したスケジュールに従った作業を担当してもらいます。」

(…拒否権は?)

「ある訳ないでしょ。」

今日こそは溜まりまくった恋愛小説を消化するぞ、と意気込んでいたマヤは相当落ち込んだそうだ。









拾参

セントラルドグマのさらに奥の聖域ターミナルドグマに碇ゲンドウ、碇シンジ、綾波レイの肉体数十体を前にしていた。

この場所はダミーシステムの生産工場であり、すぐそばにはリリスの安置場所もある最重要区画である。ゲンドウ、冬月、シンジ、リツコ以外は入ることができない場所だ。

「シンジ…レイが生まれたときの事を覚えているか?」

「忘れたくても忘れられないよ。…あの時は母さんが帰ってくるのを期待していたから。」

ゲンドウの問いにシンジが伏目がちに答える。レイのダミー達は親子を見つめながら微笑んでいる。

綾波レイは、赤木ナオコが行った碇ユイサルベージ計画の実行中に生み出された生命体である。彼女は初号機の碇ユイの構成素体を持ちながら、魂と呼ばれる部分にガフの部屋に残っていた希薄なリリスのそれを定着させた存在である。

もしもガフの部屋が空っぽでなかったのならば、ジオフロントと周辺はアンチATフィールドによりLCLの赤い海へ変貌していたであろう。アダムとリリスの違いはあるものの南極でそれが起こっている。

綾波レイが誕生し、碇シンジがとてつもない学力成長を見せ始めたころ、ネルフ司令部で新たな人類補完計画が動き出した。

「ユイを復活させ、彼女に完全なるリリスの魂を定着させれば人類もエヴァも彼女にひれ伏す。リリスの子供であるからな。」

問題は使徒であるが、対する対処としてのエヴァである。零号機、弐号機はたとえ制御下から逃れても初号機で止められる算段がある。

そして彼らは今計画の最終段階にいる。

「まずは零号機が動かない事にはな。明日の起動実験はどうなりそうだ?」

「正直油断はできないね。前回だって何で暴走したのかまるで分かっていないんだ。」





綾波レイは碇シンジよりも後発であるが最初の適格者・ファーストチルドレンと登録されている。彼女に関する履歴情報は年齢が14歳である、という事しかない。発令所要員に言わせれば、無口で感情の起伏が乏しい少女と言うことらしいが、それどころではない。はっきりいって存在感そのものが薄い。彼女から感じられるオリジナリティというものはまったく欠如しており、確かに整った顔で容姿は良いようだが、ふとすると忘れられていてもおかしくはない。

友人は居ない。同年代では唯一シンジに対しては心を開いているが、それも一般的な友人と言うわけではなく、従順に近いものがある。

住む場所はなんと地上である。しかも再開発地区の人気の少ない殺風景なマンションに一人暮らしだ。彼女は決して学校に通っているわけではない。

彼女はエヴァ零号機に搭乗するにあたって特殊訓練を受けたが、それでもシンクロには7ヶ月もの月日を要した。シンクロ率も現在存在するチルドレンの中では最低であり、予備役というポジションに相当する予定だ。もっとも、司令部はそんなことは何の問題にもしていない。

今、綾波レイは自宅のベッドに潜って天井を見つめている。何を考えるでもなく、ただ眠気がやってこないから目を開けているだけである。眠れないから本を読もうとか、そういった思考は彼女に存在しない。

「………」

彼女の体は各所包帯に覆われている。少し前まではミイラのような状況であったが、現在は片腕のギブスが目立つくらいで他は服に隠れている。

本来14歳ならば義務教育にしたがって中学校へと通わなければならないが、それもネルフによって飛び級で中学卒業とされた。彼女は小学校すら通っていない。

名目上、彼女の保護者は碇ゲンドウになっているが、その役割はシンジとリツコによって行われている。

スースースー…

ベッドから安らかな息吹が生まれた。眠り始めた彼女の顔は、普段の彼女よりもより人間らしさを醸し出している。









拾肆

無音の闇の中。そのの周辺には闇の中で浮かび上がるだけの光源がある。

公園。碇シンジにとっては砂場のイメージが強いそこに、少女渚カヲルは居た。

遠くから見れば、かなり厚着の少女は砂場の横でビルの間の星を眺めているように見える。

ブォン

彼女の目の前には、彼女にしか見えない黒いモノリスと彼女にしか聞こえない音声がある。それが彼らから彼女への主な通信手段である。

『首尾はどうか。』

変声機にでもかけたようなドス重い声がカヲルの脳に響く。その声の発生場所と思しモノリスには、目元をバイザーで覆った老人の姿が翳りながら映る。

その老人こそゼーレの長、キール・ローレンツ人類保管委員長である。

「今のところ問題はありません。予定通りに作戦を進めています。」

モノリスに向かって無表情に答えるカヲル。手元には超小型の携帯型端末のディスプレイが光る。

渚カヲルはゼーレの工作員である。いわば、加持リョウジと同じ出所だ。とはいえ、加持はその身分を完全にゼーレと決め付けられる裏のない工作員であるのに対して、カヲルは出所不明な不信人物である。

現にネルフ司令部は渚カヲルをゼーレの工作員ではないか?と疑ってはいるが、それまでである。彼女に関するあらゆるデータが不足している為、確立からすれば真っ白な方が高い。実際ゼーレの者ではあるが、惑わせることこそがゼーレの狙いである。

「…葛城作戦担当から明日1600よりエヴァ零号機の起動実験を行うとの報告を受けましたが。」

『次回、追加報告せよ。』

(やはり早すぎると思っているようだな。)

「了解。当初予定の経過報告とまとめてそちらに送ります。次の指令は?」

経過報告は彼女の持っている端末にインプットされている。これはゼーレから支給された完全なスタンドアロン端末である。旧時代的だと思うかもしれないが、MAGIが存在する以上、第3新東京市でのネットワーク接続は危険だ。使わずともその機能を有しているだけでリスクが伴う。

では、どうやってデータを送るか。それは人の手を使わざるを得ない。ネルフにはゼーレの息のかかった人間が何人か存在する。彼らにネットワークの代わりをしてもらうだけだ。

『暫くは潜伏に徹しろ。諜報活動はその都度で構わん。指令の際はあれば人を回す。』

「…サードチルドレンは?」

キールの声に、小さく答えるカヲル。

『ネルフからの公式見解は先ほどあった。動く必要はない。』

サードチルドレン・碇シンジに関しては、マルドゥック機関選出時に加持リョウジによってゼーレに報告がされている。その後正式にチルドレンとして登録がされた。

普通であれば、何の調査も必要もないが人物が人物なだけに調べる必要はあった。が、以外にもほんの数日でネルフから正式にチルドレンに登用されたので、それ以上は必要ないと判断した。ゼーレはマルドゥック機関がトンネルであることを知らない。

『…体の調子はどうだ?』

「? 発作が早まりましたが、特に問題はありません。」

『そうか。……エヴァ弐号機と共に鈴と執事つける。それまではプログラム通りの行動でよい。』

「…了解。」

『以上だ。健闘を祈る。』

ブオン!

モノリスは一瞬で掻き消えた。

「加持リョウジに、…大佐も来るのか。」

その数分の出来事は、百数十メートル向こうのネルフ諜報部員もMAGIシステムも、佇む彼女以外に何も感知することはなかった。









拾伍

翌日、今度こそ早起きしたミサトに連れられ、カヲルは出勤早々また総務部窓口に来ていた。

昨夜カヲルは作戦部のシャワー完備の仮眠室の世話になった。スーツから下着までをランドリーマシンに入れ洗濯乾燥中、女の子でありながら素っ裸で寝るという暴挙に出たが、誰も訪れなかったのは幸いであった。

彼女にも貞操観念はあるもののそれは薄いといわざるを得ない。女としての自分よりも諜報員としての自分を優先させるのがカヲルである。このあたり故赤木ナオコ博士やその娘のリツコとは真逆だ。

そもそもカヲルは自分の肉体が男の性欲の対象になるなどという事は、数ミクロンも思っていない。それは自分の事をちゃん付けで呼ばれるのに吐き気を覚えるといった事にも見て取れる。

そんな訳で、渚カヲルは昨日と変わらずビシッとした服装でミサトを出迎える事となった。





「001番の番号札でお待ちの渚カヲルさ〜ん。」

という呼び出しなどある筈はなく、ただ淡々と総務部のオペレータ担当に住所の変更を申し付けるだけである。

「コンフォート17マンション、11-A-3…ですね。渚さんは2尉ですから宿舎と同様のオプションで利用が可能です。・・・はぁ、ようやく葛城さん以外の人が入ってくれたというべきか。。。」

男のオペレータが苦笑しながら言うように、コンフォート17は12階建てで1ルームから3LDKまで158室もあるというのに、すんでいるのはミサト一人というありさまだ。

と言うのも、住む人間の条件をいわゆる管理職以上にしてしまっている為だ。ネルフ職員の多くは地上に自分の家があるか、もしくはジオフロント内の宿舎を使用する。家でもない限り職場に近く何でも揃っている地下に住もうとするのは、シフト制の職員の多い職場ならではだろう。9時17時の勤務時間が守れるのは管理職の人間である。彼らは大抵地上に豪邸が聳え立つ。

(あまり驚かないな…)

カヲルは自分の容姿やら待遇やらがまかり通っている事に、少々疑問を感じたが、ああと思い直した。普通であれば何らかの反応を示すはずだが、ここはネルフである。綾波レイや碇シンジがいるのだから、カヲルは目立たないのではなく見慣れているといえるかもしれない。

カヲル自身はこの容姿に関してなんとも思っていない。必要があれば髪は染めればいいし、目はカラーコンタクトがある。

「手続きはこれで終了ですね。今日からお持ちのセキュリティカードで部屋を利用できます。」

「了解。」

「……お、お気をつけて…。」

(何だ? 今の反応は?)





スタスタスタ

発令所へ向かうミサトとカヲル。

これから仕事仲間との初顔合わせである。

発令所へは幹部クラス、一級オペレータ、チルドレン以外は入る事ができない。カヲルは初めての例外である。ただしこの後に、どういう経緯があるのかサッパリ謎だが、戦略自衛隊のお偉様方が指令塔を陣取る事になる。

「あのねカヲルちゃん…。何でもかんでも了解ってのやめた方がいいんじゃない?」

「…? どういう事ですか?」

ミサトは歩きながらも新しい部下の社交性を気にしていた。ネルフという組織は軍隊に比べれば遥かにそういった要素を含む団体ではあるが、民間のそれと比べればきわめてドライであり気にしているのはミサトぐらいである。

「ここは戦争をやる組織じゃないってこと。そんな固っ苦しい挨拶は司令達だけでいいんだから。」

「…以後気をつけます。」

とはいえ、底辺の職員となれば軍人という意識はない者が多数を占めるために、ミサトの言うような外面の良さはシンパを集めるには必要だ。

「まあ、少しずつ慣れていけばいいから。」

「りょ…いえ、わかりました。」

(いかんな、反射的に言ってしまう。先程の職員の態度はそういう事か。懸念していた外見よりも、言葉の方が疑問に感じられるとは…。事前計画に改良の余地があるな。)

2人が歩く廊下に人がまったく居ないのは偶然ではない。この通路はセキュリティレベルが一定以上の者のみがMAGIのナビゲートによって指示されルートである。俗っぽく言えば秘密通路といったところだ。

スタスタスタ

いわゆる動く床の力をかりているため、2人のペースはかなりのものがある。

バシュ

突き当たりのゲートが空くと、エレベータエリアに出た。円筒型のエレベータが幾重にも並んでいる。

チラ

「次は…ここね。」

ミサトは携帯電話の画面を少し眺めると、乗るべきエレベータにカヲルを導いた。おそらく携帯電話の画面にMAGIのクライアントが起動しているのだろう。

そして、目的のエレベータ前にくると、その左側面にあうカードスキャナに自らのセキュリティカードをかざした。

ピッ! シュー

「さ、入って。後は発令所まで一直線だから。」





発令所ではいつものメインオペレータ3人に赤木リツコの姿があった。

リツコの働き場所に定位置はない。自分のデスクは技術部の領内にあるもののまったく使用していない。また、自分用の端末というものも無い。そこにある端末を使用するのがリツコのスタイルである。

オペレータの3人はその役割の性格上、一定レベル以上のMAGIコンソールが設置された場所…つまり発令所が仕事場である。彼らにはそれぞれ専用の端末が用意され、その権限内でカスタマイズがされている。

プシュー

「おっはよー。」

朝からバカ元気が来た…、と冷めた目線でリツコはやってきた人物を見る。対象はもちろん葛城作戦担当である。

「おはよう葛城部長。それにカヲルも。」

「おはようございます、赤木リツコ博士。」

キョロキョロ…

(少々わざとらしいが、これくらいはせねばな。)

まるで都会にやってきた田舎もののように、発令所を首を振って見回す。わかりやすい擬態であるが、ネルフのメンバーであれば逆にこれくらいクサイ芝居の方が引っかかると見越してのものだ。組織に入り込むにあたって、それなりに親しくなっていたほうがやりやすいし情報も入ってくる。カヲルはそれを狙っている。

ゼーレからの情報では、ネルフはたしかにプロフェッショナルの集まりであるが、戦闘集団としての統率は一般企業のレベルで、軍の規律とは比べるまでもないという事であった。ネルフのいわば出資もとのゼーレ自らそこまでコケ落とすのは失笑を買うが、ゼーレは大まじめである。槍の発掘が難航している今現在、ゼーレ手持ちの駒は不足している。足元を見ている状況ではないのだ。

「皆に紹介します、昨日から作戦部に加入した渚カヲル2尉です。」

「渚カヲル2尉です。作戦部では主に作戦立案を行う予定です。よろしくお願いします。」

ペコリ

頭を下げるカヲル。順応性は高い。

「はじめまして、伊吹マヤです。技術局1課所属MAGIオペレータで階級は2尉です。よろしくね。」

真っ先に声をかけてきたのはマヤだ。綾波レイとの初対面辞とあまり変わらないが周りは突っ込まない。

「よろしくお願いします、伊吹2尉。」

マヤとの挨拶が終わったところでツカツカとミサトが出てきて、

「で、後はオペレータAとB。」

とか言いそうな雰囲気になったが、青葉がそれを食い止めた。日向はあきらめ加減だったが。いったい何回上記のような紹介をされたのだろう。

ズイっ

と前に出る青葉。結構必死な表情だ。

「はじめまして渚2尉。作戦室所属オペレータ、青葉シゲル2尉です。MAGIメインオペレータの一人で担当は主に通信、情報分析。趣味はギター…ってところかな?」

(変わった男だ。加持に似ているな。)

「…よろしくお願いします。青葉2尉。」

カヲルが青葉のような普通の男を見慣れていないのは仕方が無い。今までの相手といえば、もっぱらゼーレの老人たちや加持のような同業者になるのだから。

そういう訳で、男としての本質がぜんぜん違う加持と青葉が区別できない。とはいえ、さすがに日向とはいっしょにしないようだ。

「…じゃあ僕の番かな? はじめまして渚2尉、作戦部作戦課第一課オペレータ日向マコト2尉です。主に作戦立案、戦況分析を担当してます。ま、同じ作戦部所属だから、これからよろしく。」

(何の特徴も無い男だな……っと)

ある意味屈辱的な思考をするカヲル。まあ日向であれば仕方が無いといったところだろうか。一応返事をする。

「よろしくお願いします、日向2尉。」

「日向君は主にMAGIのオペレート担当で、あたし達が主に作戦立案担当って感じになると思うから。仲良くしてね。」

後ろからミサトが割り込む。作戦部所属であるミサト、日向、カヲルはこのメンバの中でも特に行動を共にする機会が多い組み合わせとなるだろう。もうひとつのグループといえるのが、技術部のリツコ、シンジ、マヤの3人だ。青葉は冬月直属ということもあり、独りぼっちの仕事が多い。誰かと組むことがある場合はたいてい発令所要員となる。

「年は14歳だけど、能力は私葛城が保証します…ってところかな? 戦時での実践テストすごかったんだから。あとで皆も見とくと良いかもね。」

ミサトがフォローした後自分のことのように自慢する。何のフォローかと言えば、こんな小便臭い娘っ子に何故2尉なんて待遇なんだ、という意見に対してである。とはいえ実際のところネルフ職員においてそういった偏見というか先入観を持った人間は少ない。というのはやはり司令部所属の碇シンジや、チルドレンの綾波レイの存在が既に認知されているからだ。寧ろ、もっとも彼女に対して嫌な感情を示したのは葛城ミサトである。

使徒を殺すのはあたしの役目だ!

という大前提の元、ネルフを職場とする彼女にしてみたら、その座を奪われかねない彼女の存在はかなり忌々しかったろう。が、後に彼女の作戦立案能力が柔軟性に欠ける事を察知すると、さも安心したように手のひらを返すあたりミサトらしいと言える。

「後はシンジ君とレイか…。じゃあケイジに行きましょう。」

「わかりました。それではこれで失礼します。」

プシュー

いつもの事ではあるが、ミサトの去り際は早い。

「さ、続きでしょ? 手を動かしなさい。」

リツコの掛け声ので、またオペレータ達が動き出した。









拾陸

ケイジとはエヴァが格納される施設の名称である。ケイジ内部は十数の区画に分かれており、碇シンジと綾波レイは第4ケイジで作業をしている。正確にはシンジはコントロールボックスに、レイはエヴァ零号機でそれぞれ仕事をしている。

通常チルドレンがエヴァをメンテナンスするようなことは必要知識からしてあり得ないのだが、こと綾波レイに限っては別のようである。彼女の場合エントリープラグ内のマニュアル操作部に関しては一通りカスタマイズできる。何故そんなことが可能なのかは、実はいっしょに居るシンジでさえも知らない。

「あの、綾波。前から思ってたんだけど、いつそんなインターフェイスからのメンテナンスなんて覚えたの?」

シンジがスピーカを通して何やらカチャカチャと機械イジリをしているレイに問いかけると、間髪入れずボソっとした声の返答が来た。

「……わからない。」

「そ、そう…。」

この知識は残念ながら初号機や弐号機では通用しない。というのも、インターフェイスの殆どをMAGIに依存するような設計であるためである。零号機は試作型ということもありその入り口が多くなっている。

シンジが絶句しているのは、そんな説明書も何も無いマニュアル設定を独学で覚えていることに対してであり、その膨大な知識はまるで役に立たないという事に対してでもある。

まことに残念ながらこの世界のシンジでは、

「そんな事覚えるくらいなら、料理の1つや2つ覚えなよ。」

などという、気の聞いた言葉は出てこない。もっともあの世界のシンジであっても、意識はするものの話し掛けることなどプレッシャーに負けてできるはずは無いと思われるが。

エヴァの実験に実機をダイレクトに使用するのはこれまでの所できるだけ控えられてきたが、その中にあってテストタイプの零号機は初号機やドイツの弐号機と比べて実機使用回数が多い。今回の再起動実験もエヴァシリーズの設計思想から零号機が担当する。

汎用人型決戦兵器とはよく言ったもので、継戦能力はゼロに等しく電力供給を考えると汎用なのかも怪しいシロモノである。とはいえそれらはS2機関で解消される。エヴァ参号機以降に計画されるS2機関搭載型が実用化されれば、空だろうが深海だろうが宇宙だろうが飛び回る、巨大人造人間軍団が見られたかもしれない。それは地球の健康を考えればセカンドインパクト後の世界抗争よりも恐ろしい事なのだが、あの世界では実用化されたのは国家軍隊ではなく秘密結社であったため、サードインパクトに使用されるにとどまった。

プシュー

「おっはよー。」

「…失礼します。」

そんな暗い2人に作戦部のおかしらとその部下がやってきた。発令所からケイジへは通常時も1〜2分で到着できる。ミサト達もその程度の時間でここまでやってきた。2人とも私服である。

ネルフの制服着用義務は、佐待遇以下もしくは部長級役職、チルドレン以外で発生する。となると、渚カヲルには当然制服着用義務が伴うはずなのだが、それは契約段階でカヲルから免除を要請され合意している。もともと、こういう公的期間に制服の存在があること自体がおかしなことなのだが、そこは日本に本部がある故の文化なのか、皆何の疑問も持たずに受け入れているように見える。元々は上層部を含めた全職員が制服を着用する予定だったのだが、各方面から意見が出て今のスタイルにいたっている。

綾波レイは中学に通っているわけではないので、まさかセーラー服を着せるわけにもいかずもっぱらネルフの制服を着ているか、実験のときプラグスーツを着ているかだ。チルドレンには制服着用義務はないので私服でもかまわないのだがあいにく彼女はそんなものに興味はない。

シンジは大体スーツか、その上に白衣をまとっている場合が多い。

「っ? おはようございますミサトさん。そちらが?」

いったんミサトの声を認めた後、その隣に別の人影に目を移すシンジ。

「そ、我が作戦部の有能な新人、渚カヲルちゃ…じゃなかった、渚カヲル2尉。」

「渚カヲルさん…ですか。司令部所属碇シンジ3佐です。よろしく。」

「…よろしくお願いします。」

(彼がE計画担当、そしてつい先日マルドゥック機関が選定したサードチルドレン。碇シンジか…。)

「僕のことは好きに呼んでくれて構わないです。皆そうしていますから。」

「わかりました。碇3佐。」

シンジの言葉に対して、なんとも無碍な対応をするカヲル。そうしていると、後ろのミサトが

チッチッチッチ

と口を鳴らして、割り込んできた。

「甘い甘い。カヲルちゃんにはもっと強引に責めないと。あたしだってまだ葛城1尉なんだから。」

「…はは、"カヲルちゃん"ですか。手が早いというか…。」

シンジは半分呆れ顏だ。軍隊みたいなものであるネルフでそういう上下関係は推奨されない。それを民間出身とはいえ元軍人であるミサトがするのだからネルフの規律などあってないようなものにみえる。もともと司令部はそのような規律の維持に期待などしていないのかもしれない。

殆どのネルフ幹部は”彼女の縄張りなんだから好きにさせておけばいい。”と考えている。

「シンジ君も同年代の子を相手にするなら、敬語じゃあねぇ? レイみたいなのばっかじゃないんだから。」

「綾波ならエントリーしてますよ。」

「げげ…、聞こえてないでしょ?」

「残念ながら…」

先程のインターフェイスに関する不毛な会話から音声回線はフルオープンである。

「あちゃー、ま、いいか。聞こえたって気にするような子じゃないし。」

かなり酷い言い草である。自分が同じ年齢のときの事考えればミサトにそんな事を言う資格は無いのだが。

そんななか、まるで無言をなのはカヲルだ。

「………」

(あれがエヴァンゲリオンのプロトタイプ、エヴァ零号機か。初号機もそうだったが、何という存在感だ。圧倒される。)

黄色に塗装された巨人を見上げる。

ドクン!

突然カヲルに動悸が襲ってきた。

ドクン!

ドクン!

ドクン!

(何だ? 今のこの感じは…? スティレットが…うずいている?)

カヲルはインパクトと共に、懐に隠した装飾刃が共鳴しているように感じた。

「綾波、聞こえてただろ? 新しく配属された方が挨拶に来てくれたんだ。出て来なよ。」

プシュー

既にイジェクト固定されているプラグのハッチが開き、プラグスーツ姿のレイが出てきた。昨日まで吊っていたギブスはなくなっており、代わりにプラグスーツ上に固定パーツが装着されている。

ドクン!

ドクン!

ドクン!

カチっ、ウィーーン

ワイヤーを利用して降下してくる。

ドクン!

(…! 私に似ている…)

綾波レイを見た瞬間、カヲルの鼓動は今までが嘘のように止んだ。

タッ、スタスタスタ

「綾波、こちらが作戦部に配属になった渚2尉。渚2尉、彼女がファーストチルドレン綾波レイです。」

(彼女が綾波レイ…ファーストチルドレンか。……この気持ちの悪い感覚は彼女が?)

「始めまして、渚カヲル2尉です。よろしく。」

「……よろしく。」

「チルドレンは作戦部所属だから、上司と部下ってところだね。」

(…チルドレンは作戦部の管轄化だったな。これは使えるソースかもしれん。……それにしても、な…。)

「……。」

「……。」

「な、何? 2人して睨み合って。」

通常彼女達の場合、表情がまったく不動のために睨んで居るように見えて、実はただ見ているだけという事が多い。ミサトもその辺りのことは理解しているものの、今の2人をみて睨みあっていると表現した。実際それは間違っていない。

「何だか良く分からないですけど、もうこの辺りで良いですか? せっかく来ていただいたんですが、スケジュールが詰まってますので…。」

本日午後は零号機起動実験が予定されている。昨日はMAGIの調整でリツコとマヤが忙しかったが、当日はもっぱらエヴァ担当のシンジが忙しい。さらに、シンジはリツコ達を手伝っていたりする。

「はーい先生、シンジ君が多忙だって事は理解してます。じゃあ、発令所で日向君を拾って仕事しよっか?」

ふざけた挙手をして皮肉るミサト。この辺の精神年齢は14才と何ら変わりは無い。

「分かりました。……ではこれで失礼します。」

ミサトのパフォーマンスを無視しつつ、退室を告げるカヲル。

「ミサトさんを過信して迷子にならないようにね?」

「……。」

「ちょっとシンジ君。MAGIのオペレートがあってもあたしは迷うっての?」

「適切な自己分析じゃないですか。」

「うっ…、シンジ君もその意地悪さえなけりゃカワイイのに。」

ミサトが何度挑んだところでシンジにかなうはずもない。それは相手がリツコに代わったとしてもだ。

「別にかわいく無くてもいいです。…で、今日の零号機の起動実験、見にきますか?」

「当然。カヲルちゃんは…?」

通常エヴァの起動実験への参加義務が発生するは被験者と実験責任者である赤木リツコ、伊吹マヤ、碇シンジのいずれかである。義務ではなく参加資格となれば、チルドレンといわゆる発令所要員となる。それ以外の人間は司令部、技術部、作戦部のいずれかの承認が必要になる。

渚カヲルはまだ正式に対使徒戦における役割は、発令所要員となり日向とともにミサトの補佐をするのだろうが、まだ正式には決まっていない。ならば作戦部部長であるミサトが承認すれば起動実験には参加させられるのだが、ミサトとしては司令部の承認が欲しいところだ。今後、過去に司令部承認済みという肩書きがあれば彼女と作戦部の発言力は増す。

「それは…まあ大丈夫だとは思いますが、一応司令部に確認しておきます。」

「了解。じゃー仕事がんばってね。」

第一関門は突破した。あとはシンジがうまいことゲンドウをまるめてくれることを願うのみだ。

「はい。ではお二人ともお仕事がんばってくだい。」

「ハッ、それではこれで失礼します。」

スタスタスタ…

プシュー

ゲートの向こうへ去り行く2人を見ながらシンジが呟いた。

「…セコイ作戦だなぁ。ま、別にいいけど。」





ネルフ総司令官室。言うまでも無く今日もあの男がこの空間を支配している。

天井には不思議な円が幾重にも描かれている。これは「セフィロトの樹」と呼ばれるものを描いている。セフィロトの樹は別名「生命の樹」とも呼ばれる物で、10個の円と22の径から成り立つ。これによってこの世界の全てが説明できるといわれている。

ゲンドウはその樹の元で新たなる人類補完計画を模索する。

ゼーレ指導下でネルフにより実行されている計画は、E計画(アダム再生計画)と人類補完計画がある。人類補完計画は、使徒の母たるアダムと人類の母たるリリスの禁じられた融合によりサードインパクトを発生させ、群れであるリリンを完全なる単体生物に進化させる計画である。

ゼーレの補完計画はあの世界と同様、ロンギヌスの槍とリリスを使用して行うつもりである。一方のゲンドウもあの世界と同様、綾波レイを使用してゼーレとは違う計画を行うつもりである。

エヴァ初号機に、知恵の実たるリリン(ユイ)の魂を覚醒させ、命の実たるS2機関を搭載させれば神に等しい存在になる。人という形は崩れ去るが、エヴァという箱舟に乗る事によって人は新たな世界に進む事ができる。それを導くものはリリスたる綾波レイとエヴァ初号機だ。そのどちらとも碇シンジの意思によって動かす事ができる駒であり、結局のところ補完計画をコントロールする存在は彼、というのがネルフのシナリオだ。

「失礼する。」

「来たか冬月。」

そこに書類を抱えて現れたのはネルフの良心こと、冬月だ。

冬月も当初から補完計画に関わってきたが、彼にはまだ誰にも言っていない懸念事項がある。

(果たしてユイ君はエヴァ初号機を人類の箱舟にする意思があるのだろうか。彼女の望みは生命の実を得て永遠に生き続けること。神になることではあるまい。)

それはゲンドウさえも知らない、碇ユイの側面である。

「起動実験には顔を出すのか?」

「ああ。その間はここを頼む。短い時間だがな。」

「分かっておる。」

いつもの事だ、と冬月は達観した表情で応える。これを歳相応の態度と言う。

パサッ……

と、冬月はゲンドウのデスクに2つの封筒を差し出した。

「…これは?」

「そっちはシンジ君のものだ。」

「フム…。」

ゲンドウは企画立案”碇シンジ”とかかれた文書を舐めまわすように見る。

「小型有機コンピュータMARY(マリー)、カスパーのコピー…。もうここまで作ってきたか。」

ゲンドウにしては珍しく、声を出して書類を見ていく。

「例のMAGIクローン技術か。彼の秘書には最適というわけか。」

「……ああ。複数の意見によるジレンマでなく、一つの独裁にすれば完成された感情は必要無い。MAGIのような運用はできんだろうが。」

「サポート程度か…。しかし、使わない資源の有効利用にもなるだろう。」

「…いいだろう。許可する。」

ドン! と、ハンを押す。

「問題はそっちだ碇。」

今度は少し小さめの封筒から文書を出す。それはネルフ諜報部からの報告書だ。

「……よくここまで忍び込んだものだ。」

「この霧島マナと名乗っている少女、心当たりはあるのか?」

「フン、どうせ日本政府所属だろう? 放っておけ。今政府と対峙するのは得策ではない。」

「…いいのか? シンジ君と接触しようとしているらしいぞ。レイが居るとはいえあそこのやり方を考えれば色仕掛も十分に考えられるが……」

「そ、それは……問題だな。」

(…冗談だったんだが……。)

冬月が発言を訂正する事は無かった。









拾漆

午後。ネルフ本部第2実験場で、零号機の再起動実験が開始されようとしていた。

前回の起動実験はパイロットの精神的不安から、暴走事故を起こしている。そのためスタッフたちの緊張は極限に達している。

反省を活かし、内蔵電源の容量の殆どは消費済みである。これならば電源プラグを切断すれば即座に停止するはずだ。

前回、綾波レイの精神が乱れたのは一体何だったのか。あの"お人形さん"が精神的に乱れるなど、ネルフスタッフは誰しも想像できなかった。シンジに、

「お母さんって感じがした。」

とでも言われない限り、彼女は外には無関心そのものなのである。

本人に聞いても、

「わからない。」

の一点張りで、何の考察もできない。おかげで、このときの実験責任者である赤木リツコは始末書の作成にかなりてこずり、彼女の中の綾波レイに対する個人的評価はさらに下がっていったとか。

とにかく、前回の事故の原因は解明されていない。いくら予測で成功率が高くても、スタッフたちにとってそれは気休めに過ぎない。失敗すれば命の危険性があるのである。独特の張り詰めた緊張感が漂っている。

渚カヲルに対しては、特に問題に成る事も無く司令部からの参加要請が出た。許可ではなく要請である。これにはミサトも小さくガッツポーズをした。

作戦部からはミサト、日向、カヲルがMAGIを使用した各種シミュレーションを終えて実験場に来ている。その他オペレータにマヤ、青葉、実験責任者にリツコと言う面々だ。あとは司令部から視察に来るゲンドウが到着すれば実験が開始される。被験者の綾波レイはスタンバイ済みだ。

「何だか、空気が重いですね。」

インプット機器の前に座るマヤが、横に並ぶ青葉、日向に問い掛けた。

「確立だけじゃ安心できないってんだろ? 作戦部としては良くわかる感情だよ。」

日向が皮肉って答える。

「むっ…。」

マヤは言い返そうとするが言い返せない。マヤ自身、MAGIには絶対の信頼を置いているのだが、前回を知っているだけに怖いのである。

「縄張り争いはそこまでにしといた方がいいみたいだ。」





オペレータ達を上から見下ろす監視塔のようなスペースに、ゲンドウとシンジが現れた。

「どうだシンジ?」

「失敗しないかってこと? 綾波次第だよ。その他はハードもソフトもうまくいってる。前回もそうだったしね。」

ゲンドウは黒づくめに怪しい色のサングラス。シンジはグレーのスーツの上に白衣という格好だ。

「ATフィールドは?」

「まずはシンクロする事だよ。ATフィールドについてはあまり期待しない方がいいと思うよ。」

「む…。」

シンジの答えに芳しくない返事を返すゲンドウ。

ATフィールドはABSOLUTE TERROR FIELDの略で、絶対領域と呼ばれるバリアのようなものである。これはあらゆる接触に対して干渉するものであり、防御力は絶大で兵器はその威力のほとんどを無効化されてしまう。使徒がATフィールドを展開できる事は、裏死海文書に予言されており、それは第1使徒の登場によって事実確認がなされた。

そのような使徒に対する手段としては、ロンギヌスの槍が考えられるが、これは現在発掘途中だし、本来別の用途に使われる物だ。

そこで、使徒と同じくATフィールドを展開できる兵器として、ADAMやリリスの分身といえるエヴァが開発された。ATフィールド同士がぶつかるとお互い激しく干渉し合い、中和や時には浸食も可能とされているのだ。

つまるところエヴァという兵器はパイロットの技量次第であり、シンクロ率が高くてもATフィールドを発生できなければ、対使徒を想定した場合ただの人形に過ぎない。

「それにしても、よく渚2尉を承認させたね。」

「お前の意見だろう?」

「僕は彼女の事はそれほど気にしていないからね。父さん達だろ? 色々疑ってるのは。なのに何でかって事。」

「他のスタッフが彼女に対して不信がることがないようにだ。2尉待遇で実験に参加させないのはおかしくうつるだろう。見極めるには泳がせる事も必要だ。」

「先生は?」

「同意権だ。」

「了解。」

親子の会話が終わったと同時に、赤木リツコの声がスピーカーを通して実験棟全体に響き渡った。





『ではこれより、エヴァ零号機起動実験を開始します。』