拾漆

セカンドインパクトから数年。

日本の人々は、蒸し暑い気候が年中続く事にようやく慣れはじた。

季節を感じさせる日…例えば春分の日などでは、その言葉とギャップのあるジメジメとした熱さに理不尽さをおぼえていたものだが、最近の人々はそういうものだと割り切っている。

逆に「前は桜が咲き乱れて…」等と語る人々は、まとめてセカンドインパクト世代と括られる羽目になる。

良くも悪くも日本人は、ドライに物分りが良く諦めが早い人種として自他共に定着していった。





特務機関Nervが発足したその頃、総司令となった碇ゲンドウはMagiシステムを完成させた赤木ナオコを呼び出した。

ゲンドウは元々SeeleのNo.2の座に就いていたが、人口進化研究所を経てゲヒルンに配属され今に至っている。

彼は非常に優秀な研究者であったものの、妻の碇ユイや赤木ナオコには及ばない。むしろ策略家としてその能力を発揮した。それは今日のNerv本部の巨大な影響力を見てもらえれば判るだろう。

赤木ナオコは有機コンピュータの第一人者である。あの世界では少し前に自殺している彼女であるが、こっちではまだ健在だ。将来彼女の娘であるリツコもNervへ就職させたがっているようだが、決定は娘に任せてある。彼女はまだ大学生であるし、そう急ぐ事も無い。

カツカツカツ

紫色の髪をなびかせながら、ヒールをの音を鳴らす。この歩き方は廊下だろうが、司令室だろうが変わらない。

そうやって、ゲンドウが座る机に近づくナオコは、その部屋の雰囲気にあまり当てはまりそうもないものを見つけた。

(あの子は…?)

「よく来てくれた、赤木博士。」

十年後、娘に対して言うのとまったく変わらない口調でゲンドウが出迎える。まったくの余談だが彼は外見も10年後と殆ど大差がない。老け顔というわけではないが、厳つい容姿がそう思わせるのだろう。

「はい。そちらの子、確かシンジ君…でしたよね。」

ナオコは心の中で「ユイさんの子供の」と付け加えた。

あの当時、碇夫婦を知っている人であればシンジはゲンドウとユイの子供、というよりはユイの子供というイメージを持っている。それほどまでにゲンドウはシンジの事を言葉にしなかったし、構いもしなかった。

「シンジ、挨拶をしなさい。」

「はい、とうさん。」

とてとて…

ゲンドウの机の右に立っていた幼児が正面へ出てきた。

「お久しぶりね、シンジ君。と言っても一週間ぶり位だけど。」

「はい、おひさしぶりです。あのときはおせわになりました。」

こんなにしっかりした子だったか? とナオコを少々疑念に思っていると、ゲンドウがナオコに切り出した。

「この子を引き取って欲しい。」

「へ?」

少々間抜けな顔と返答をしてしまった事を、後で後悔するナオコ博士。

つまりはこうだ。シンジの世話をしていたユイが居なくなってしまった為、その代わりをナオコにして欲しいというのだ。シンジは以前ナオコが考察した通り、Eva初号機にとって非常に重要な人物である。Nervとしては早いうちから組織に取り込んでおきたいと考えている。しかし、ゲンドウは多忙でとてもシンジに構う暇などない。

「その点、君の様な女性であれば安心して預けられる。」

ポポポッ

君のような女性、と言われ少々上機嫌になるナオコ。顔が数年ぶりに上気する。

(…年齢的には微妙だがな。)

顔の前に手を組むファイティングポーズのゲンドウが、そんなことを考えているなどナオコには判らない。不憫である。

「私は別に構いませんが、リツコ…娘が何と言うか…。」

「無理であるならばそれで構わん。だが返答は出来るだけ急いでくれないだろうか? シンジをこのような地下で何日も過ごさせるのは教育上良くない。」

チラ、カチカチ

「ええ。では、明日までに何らかの返答はしますので。」

手元の携帯型端末から、スケジュールを確認しつつナオコは答える。これにはプロトタイプのMagiクライアントソフトウェアが搭載されている。

(ま、あの堅物リっちゃんがすんなりと認めるとは思わないけど…)





数時間後。

とてとて…

「はじめまして、シンジ君。」

「はい、はじめまして。リツコおねえちゃん。」

「お…おねえ…。」

ポポポッ

おねえちゃんと言われ、少々上機嫌になるリツコ。顔が数ヶ月ぶりに上気する。

「これから、よろしくおねがいします。」

ニッコリ

リツコの弱点をモロに突く攻撃が炸裂していた。









NEON GENESIS EVANGELION side story
異端黙示禄
血の色のスティレット真章
話「FR0G」








拾捌

時は進み2015年。

第2実験場にてEva零号機の起動実験が開始されていた。

被験者はファーストチルドレン綾波レイ。実験責任者は赤木リツコである。一般オペレータ達のほかには、司令部からゲンドウ、シンジ、青葉。技術部からマヤ。作戦部からミサト、日向カヲルという面々が参加している。

カヲルは目の前で繰り広げられる科学の演舞に圧倒されつつも、その状況を自らの頭にインプットしていく。流石に大っぴらに携帯端末を広げる事はしない。

(データによればもっとも開発の進んだ機体らしいが…。)

『主電源全回路接続。』

『主電源全回路動力伝達。』

オペレータ達が淡々と作業項目を消化していく。

『起動用システム作動。』

『稼働電圧臨界点突破。』

『第一次接続完了。」

『続いて第二次接続に移ります。シナプス挿入……結合。』

『パルス送信。』

『A10神経接続。』

『全回路正常。』

『左右上腕筋まで伝達。』

『全神経接続問題なし。第二次接続完了。続いて第三次接続に移ります。絶対境界線突破。』

綾波レイは、エントリープラグの中で閉じていた目をあけた。2つの赤い宝玉が鈍く光る。

カヲルは自分と似た容姿の少女を見て感嘆した。彼女はLCLの中で髪の毛を漂わせ、それは幻想的な光景に見える。

(昨日の雰囲気とまるで違う。あの時は妙な近親を感じたが…、今のこれは私とは全くの異質な感じがする。)

カヲルのスティレットは何の反応もしない。

Seeleの情報網にファーストチルドレンの情報は皆無である。この適格者こそNerv司令部最大極秘情報そのものであるからそれは当然とも言える。

カヲルもファーストの所在についてはSeele以上の情報をもっていない。マルドゥック機関が選出した最初の適格者であるという事だけだ。

(それだけでは片付けられんようだな。ファーストチルドレン綾波レイ…か。サードと同様、調査が必要なようだ。)

『双方向回線開く。』

『ハーモニクス正常。シンクロ率33%。』





シンジは上の区画から実験の様子をゲンドウと共に見守っている。

いくらなんでもこれはやり過ぎではないだろうか、と思えるほど部下に対して威圧するのがNervである。発令所でも、実験室でも、ケイジでも、幹部の人間が見学をするためのスペースがあり、それらは例外なく通常の職員が働く場所よりも高いところにある。防弾ガラスに阻まれたそこからの命令はスピーカーを通して全職員に威圧的に伝えられる。

「シンクロ率が予想より低いが…。」

これまで腐るほどシミュレーションプラグでのシンクロテストをこなしてきた被験体の常連である適格者であるので、彼女の予想シンクロ率は簡単に算出できている。1週間前での技術部の予想は40%弱だった。

「そうだね。この1週間で何かあったのかな。でも、彼女はあれ位がちょうどいいよ、盾になる機会が多いと思うから。」

彼女と零号機が盾になるというのは、彼女自身のスペアの存在や、人権の問題、補完計画における零号機の重要度を考えれば必然である。

勿論ファーストチルドレンの存在自体が軽視されているわけではない。彼女が居なければNervのシナリオは大きく崩れ去る。むしろ最も軽視されそうなのは中盤戦から参戦が予想されるセカンドチルドレンと弐号機である。

セカンドは幼少から適格者として訓練を積んでいる関係上、「1人目の綾波レイ」と接触したことが1度ある。たった1度とはいえ綾波レイをフラットに維持したいゲンドウとしてはセカンドに消えてもらった方が万全なのである。とはいえ、対使徒戦における戦力としてのセカンドの評価がサードには及ばないものの、ファーストよりはるかに上であることから実力行使にはいたっていない。

結果、考えられる現有戦力は初号機〜弐号機の3体となる。そこでフォーメーションを考えた場合、ファーストと零号機に求められるのは盾としての役割となりシンクロ率は30%以上あれば事足りる。フィードバックを考えると高すぎない事も大切で、そういう意味ではこの実験の結果は良好であるといえる。

「そうか。何事もなさそうだな。」

声を小さくしてシンジに言う。

「渚2尉の事? もしSeeleだったら逆に安心でしょ。零号機をどうこうって無いから。」

さすがにシンジは「カヲルちゃん」とは呼ばないらしい。

シンジは基本的に相手を「名前+待遇」で呼び、それが適当でない場合や相手から同意が得られた場合は「さん」等を使う。

逆に彼に対しては殆どの人間が「シンジ君」と呼ぶ。いくら彼が3佐であるとはいえ、その待遇自体が機密事項であるから仕方がないかもしれないが、それにしてもNervという組織は先輩絶対主義の体育会系部活や、年功序列の日本企業に近いものがある。

「彼女について心当たりはあるのか?」

Seeleの者ではないか? というのは司令部の一致した見解である。が、それを確定させるだけの証拠はないし、確信を得るだけの情報もない。

「どうだろうね。今のところ真っ白な可能性が一番高いよ。どのデータを見ても文句のつけようが無いし。加持さんに連絡を取りたいところだけど。でも、こちらの提供が何も無しじゃあきついよ。かといってカードを切るのは早急…」

「構わん。お前に任せる。」

「了解。」

「…あの霧島マナと同じという可能性もあるしな。」

Nervとしては尻尾がつかめない以上、日本政府の線も捨てきれない。さらに言えばシンジが示したように本当に真っ白という可能性もあり、その場合の対処も検討しなければならない。

「へぇ、珍しく書類に目を通したんだね。いっつも先生に任せっきりなのに。」

「それが冬月の役目だろう。…Maryの件は了承した。」

ここに居ないからといって、恩師に対してかなり酷い陰口を叩くゲンドウ。シンジもいつもの事なのか呆れ顔だ。

今の親子のやり取りを見ると、かつて息子が怖くて逃げ回っていたとはとても思えない。

「はいはい。了解。多分来月くらいには見せに行くよ。もう挿入するだけだから。」

「それと…明日の委員会に本気で出席するつもりか?」

「まあね、呼び出されたんだからしょうがないよ。」

「お前なら大丈夫とは思うが…」

「ま、十中八九サードチルドレンの選抜の件だろうから。土産もできたし問題ないよ。父さんはUN?」

「ああ、N2兵器の受け入れだ。戦自へのいい牽制になる。」

それどころか対使徒戦においてN2兵器は欠かせない。こちらにATフィールドさえあれば、通常では使用できないような近距離からのN2兵器使用が可能になる。街が消える事を考慮しなければ、パレットガンなど撃つよりよっぽど効果的というものだ。

国家の軍隊としてN2兵器を所持しているのは、日本の戦略自衛隊のみである。UNが現存するそのほとんどを保持しているとはいえ、セカンドインパクト後における日本の影響力がうかがえる。その日本にお約束のようにジオ・フロントがあるという事実は、果たしてSeeleはここまで予想していたのだろうか? と、そういうとんでもない推測もついてしまう。いやはや裏死海文書というやつはスケールがでかい。

「じゃあ報告はお互い明日って事でいいよね。」

「ああ、それでかまわん。」









拾玖

『レイ、お疲れ様。』

「…」

強化ガラスの向こう側のミサトの言葉がスピーカーを通して届くが、完全無視の綾波レイ。

スタスタスタ

プラグスーツ姿のまま出口に向かう。LCLはタオルでふき取ったとはいえ、シャワーを浴びなければならない。

「…葛城さん。」

気遣うような声を出す日向。これは彼の良心が行う事であって、決してポイント稼ぎではない。

「ま、いいでしょ。あの子は命令には従う優秀な兵士なんだから。」

「…彼女が兵士ですか?」

ふと、渚カヲルがミサトの言葉に反応した。

「…ええ、これは間違えてはいけないこと。チルドレンは兵器のパイロットであり、我々作戦部の駒である。そう思わなければ使徒に勝てないし、真っ先に死ぬのは彼女達なんだから。」

ミサトが眉間にしわを寄せ、自分に言い聞かせる。カヲルの言葉が彼女自身の罪悪感を煽ったのだろう。自分自身を納得させるためにこうして自分を洗脳しなければならない。しかしその洗脳度は甘いといわざるを得ない。あの世界で、罪悪感と復讐心に溺れて変わり身を繰り返した彼女を見れば誰しもがそう思うだろう。

「裏切ったな! 父さんと同じで僕の気持ちを裏切ったんだ!」の対象はミサトさんに向けるべきで、父さんやカヲル君を対象にすべきではなかった。彼らの行動は一貫していて別に裏切ってはいない。

カタッ

すこし間を置いてカヲルが立ち上がった。そのまま、先程ミサトが使用したマイクの前に立つ。

『綾波レイ。この後、作戦部ブリーフィングルームに出頭しろ。』

「えっ?」

と、周りの人間の殆どがカヲルを見る。

ザワザワ…

突然の発言に場がざわめく。

チラ

「……。」

レイは発言者であるカヲルを無言のままその視界に入れるが、そのまま無視して歩き出しそうな空気だ。それは流石にカヲルでもわかるので引止めに掛かる。

『君は私の部下だ。命令を聞く義務がある。』

「…了解。」

プラグスーツの通信装置でギリギリ拾えるほどの小さな声で、レイが答えた。

クルリ

スタスタスタ…

スーっと実験場からシャワールームへ向かう。監視塔のざわめきなどレイには関係ない。

「あ、あの…彼女と何か?」

日向が多少驚いたようにカヲルに尋ねる。

「ええ、私の部下になる人ですから、しっかり話しておこうかと。こういうことは早い方が良いですから。…では、私も失礼します。」

ザワザワ…ザワザワ…

カヲルの行動に周りがざわめく理由は2つある。

1つはカヲルが今までの丁寧な口調を一変させ、命令形の言葉で話したからだ。元々冷たいイメージのする彼女だが、それは丁寧語から来る機械的な印象からであったのだ。

もう1つは命令対象が綾波レイであるという事である。Nerv職員の間では綾波レイの評判はよろしくない。それは普段の彼女の言動からしてみれば容易に想像は付くであろう。しかし、彼女の保護者は極悪非道とまことしやかに囁かれる我らが司令碇ゲンドウなのだ。表立って彼女に命令する事などとても出来やしない。普段、軽い口調で色々発言するミサトなんかは何も考えていないのだろう。

スタスタスタ…

プシュー

カヲルもレイと同じように、ざわめきを気にした様子も無く済ました顔で実験場から去った。





「いや、今日会ったばかりだけどさ…。渚2尉もあんな言葉使いするんだな。」

まだ子供なのに、という言葉を飲み込んでオペレータ達が話す。今までさんざん事務的口調で会話をしていたカヲルであるので、発令所の面々には意外だったようだ。

「いいえ、本来カヲルはそういう言葉使いのほうが似合う。そうでしょミサト?」

「…リツコ。」

リツコがミサトに半目で問い掛ける。ミサトに対して思うところがあるようだ。この2人の関係も親友ではあるものの、大学時代とは大きく違い微妙な空気だ。というのも、ミサトはリツコに見下されているイメージを持っているからだ。Nerv本部へやってきて作戦本部長となった彼女だが、その権力は名ばかりで幹部の中ではかなり影響力が低い。対してリツコ率いる技術部はMagiやEvaの影響からかお起きの機密を抱えている。はっきり言ってミサトなどよりマヤの方が真実に近い。

「どうしたんですか? 皆さん。」

先程まで上部スペースでゲンドウと陣取っていたシンジが降りてきた。ゲンドウの姿は既に無い。だが、先程のカヲルの発言は彼らも聞いていただろう。

「シンジ君。聞いてたでしょ? さっきの渚さんのアレ。何ていうか冷たい感じがして…、だからちょっとね。」

マヤがここにいる人の思いを代弁する。

「いいえ、寧ろ渚2尉は上に立つ人間の模範ですよ。軍の上司のような立場の人間に、友達口調で話し掛けられたらたまらないですよ。戦闘になれば友達から軍人に変わって命令されるんですから。そうやっていいように自分を使い分けて子供を操るのは、最低の大人のする事だと思います。」

「……。」

まぁこの場合渚2尉も子供ですけどね、と付け加えるシンジ。

シンジの言葉に、周りの人間が黙り込む。少なくともNervの大人達は子供に戦わせているという負い目のような意識を持っている。普段は子供たちのワガママを聞いてやさしい大人を演じるのだが、いざ戦闘になれば子供に命令するのだ。それがいっそう顕著に出てしまうのがチルドレンと接触する機会が多いこの場のメンバーなのである。

実はシンジは以下のような文章をNervに参加した当初に配布している。

『子供である適格者に対して申し訳なく思っていて、だから子供に優しくする。であるならば、たとえ戦闘になっても優しい大人を演じるべきである。それが出来ないのならば最初から演技などせず、上司として接すればよい。Nervと言う組織の性格上、後者の関係が望ましいと思われる。態度をコロコロと変えるのは自らの罪悪感を昇華する為だけのものでしかない。使徒を殲滅する為には、唯一のパイロットである彼らからの確かな信頼かもしくは確かな上下関係が必要不可欠である。』

この文章に強制力はなかった。また当時、使徒襲来はずっと先の事で大人達が子供達に負い目を感じる機会もまだ無かった。

もう何年も前の話だ。文章を読んだ当時は何か感じる物はあっても、年月の経った今ではチルドレンに対する感情に疑問を持つ事などなくなっていっているのが大部分だった。が、先程のシンジの発言で文章を知っている職員たちは多少考えることも出来るだろう。

実験場の空気が戻ったタイミングで、シンジとリツコが退席する事となった。シンジが明日の委員会に出席を命じられている為、それ用のお土産を作成するのである。本来であれば先程までのデータ解析に参加したいところであるが、優先順位は委員会の方が上だ。最も信頼の置けるマヤに加え、意外にこの手の分野で才能を発揮する青葉がいれば十分の成果を上げられるはずだ。

「じゃあ、マヤ。後はお願いね。」

「マヤさん。お願いします。」

「はい、まかせてください。先輩、シンジ君。」

この三人の組み合わせは、Nerv技術部トップ3としてかなり有名である。その才能もさることながら、彼らは友達同士のように仲が良いのである。とても幹部クラスの集まりとは思えないほど明るい空気を漂わせて、仕事をするのだ。彼らの仕事に参加する事はNerv技術者にとって目標の1つであり、彼らとの仕事は楽しいともっぱらの評判である。









弐拾

作戦部ブリーフィングルーム。

ここにはMagiクライアント端末に加え、3次元モニタや大型スクリーンなど、作戦立案や事後考察に必要な機材が一通り揃っている場所だ。

カタカタカタ…

渚カヲルは、自身のIDカードを使ってMagiDBを閲覧している。これからやってくる綾波レイとの話の為の資料である。

(なるほど…Seeleからのデータと変わらないな。過去の履歴に関しては殆ど抹消されている。)

カヲルはSeeleから提供された膨大なデータと比べ考える。

(ん…? ゲヒルン時代から彼女はここにいるのか…。初耳だな。)

カタカタカタ…

(…シンクロ率は適格者中最低か。…だが、射撃成績も格闘も悪くは無い。特に射撃は優秀といっていいな。強力な飛び道具さえあればかなりの戦力になりそうだが…。)

カタカタカタ…カチ

(…まあ、こんなところか。)

検索を終了しログアウトする。もうすぐ綾波レイが来るはずだ。閲覧するだけならいつでも出来る。

カシュ

シュッ

スロットからイジェクトされたIDカードを取り出し、スーツの内ポケットにしまう。

(………。)





プシュー

綾波レイが部屋に入ってきた。まだプラグスーツ姿である。

「その席に座るといい。」

「…はい。」

スッ…カタン

まるでホバー移動のように、音も立てず椅子のところまで歩くレイ。流石に座るときは音を出したが。

(何と言うか…幻想的だな。彼女は。)

「この後、予定は無かったと思うが?」

まずカヲルはこの質問をした。実験は終了したのにもかかわらずレイはプラグスーツ姿でいたからだ。たしかシャワーを浴びに出て行ったはずなのである。

「…はい。」

肯定するレイ。当然この後の予定など入っていない。

何の事はない、レイはLCLを落とすシャワーをプラグスーツ姿まま行っただけの事である。別にその後着替えても構わないのだが、今すぐ着替えなくても問題はない。

「そう…。まず君のことだが、何と呼べばいい?」

「…?」

「君自身の呼び方だ。綾波…でいいのか?」

「…はい。」

(本当に分かっているのだろうな?)

ちゃんとレイは分かっている。半疑問系になるカヲルの気持ちはNerv職員全員を代表するものだろう。それほどまでに彼女は自分というものを前に出さない。

「では綾波。今日来てもらったのは、単に話をするためだ。使徒との戦闘において私は君に指示を出す立場になるが、それを行うには君自身をよく理解する必要がある。」

(そんなものは建前だが。)

言うまでも無く、本音は綾波レイの調査のためである。とはいえ、いきなりカマをかけたりはしない。キールからも言われたとおり今は潜入段階である。今は周りに溶け込むためにこういう事をしているのだ。この面接の前にその布石としてミサトをはじめ複数人に、

綾波レイとはどういう人物なのか?

という事を聞いてあるし、その会話の中でうまく誘導させ、

今度彼女と話をしてみたら?

と言わせているのである。今日カヲルがレイと話し合おうとする、というのは不自然ではない。そこらじゅうに監視カメラがあるNerv本部であれば、そういった布石はデータとしてしっかりと記憶されている事だろう。





この機会でたいした事は話し合われなかった。

レイの戦闘における得意不得意をデータと話とで比べたり、戦闘時の配置の案を本人に確かめたり、今後の訓練でどういった事をやりたいと希望しているのか聞いたり。カヲルはこの部屋内がモニターされている事は当然わかっているので、極力指揮官とパイロットの間で行われるであろう話をしている。

カヲルは純粋に聞いてみたくなった。

「次の質問には別に無理をして答えなくてもいい。私がただ純粋に聞きたくなっただけだ。」

「……。」

「何故、君はEvaに乗る?」

「……。」

「……。」

「…絆だから。」

「絆?」

「…そう絆。」

「誰との?」

「…皆との。」

「皆? そんな曖昧な対象の為に?」

「…私には他に何も無いもの。」

(他には…何もないだと? それではまるで…)

「……私と同じじゃないか。」

「…いいえ、私は私。あなたじゃない。」









弐拾壱

スタスタ…

ブリーフィングルームを後にしたカヲルは、取り合えず発令所に向かう事にした。起動実験の解析にまだ数人は残っているはずだ。何か情報が得られるかもしれない。

「ふぅ……。」

溜息が出る。流石のカヲルも人形の相手は疲れたらしい。

「渚2尉じゃないか。ファーストチルドレンはどうだった? ああ、まだ名前を覚えてなかったかな? オペレータの青葉シゲルだよ。」

長髪の男、青葉シゲルが一気に話し掛けてた。

(…青葉2尉か。発令所で解析があるはずだが…終わったのだろうか。しかし私に何のようだ?)

「いえ覚えています青葉2尉。今は少し考え事をしていたんです。」

「そうなんだ。まあ渚2尉は14歳だし、まだ入ったばかりだからなぁ。」

「……。」

「でも、同じ14歳でバリバリのエリート研究者もここに勤めているくらいだから、気にすることはないよ。」

ああ、とカヲルはすぐにその人物を思い当てる事が出来た。

「碇3佐の事ですか?」

「い、碇3佐? そんな呼び方してるんだ…。」

そう言いながら青葉は呆れた表情だ。彼にとってシンジに碇3佐は似合わないらしい。

(何か問題でもあるのか?)

「はい、そうですがそれが何か?」

「いや、碇3佐か。シンジ君の毒牙に掛からないなんて、渚2尉もやるじゃないか。」

ニヤニヤしながらからかう青葉。

「……。」

言葉の意味が良く分からないカヲル。無表情だ。それは傍目では非常に冷めた目線である。

「寝言は寝てから言え。」

と言っているようなものである。それを見た青葉は強張った表情だ。ちょっとかわいそうな気もする。

「じょ、冗談だよ冗談。」

「そうですか。」

「うっ。…と、ところで葛城1尉が君を呼んでいたよ。一緒に帰ろうかって言ってたけど。」

咄嗟に話題を変更する。彼は修羅場に慣れているのだろうか。

「そうですか、わざわざ伝えていただき有り難う御座います。では、これから葛城1尉の元に向かいます。それから先程の質問ですが、ファーストチルドレンとは作戦面の話をしました。」

まったくもって無表情に話すカヲル。

「そ、そう…」

青葉はカヲルの表情と口調に面食らった様子だ。と、同時に寂しくも思った。実験前、ミサトの命令で同僚の伊吹マヤと共にカヲルの経歴について調べていたのだ。

「あの…俺たちにそんな言葉遣いをする必要はないよ。もっと普通に……。」

「以後、出来るだけ気をつけます。申し訳ありません。」

「あ、謝らなくてもいいよ。」

「了解しました。」

「……。」

調べた経歴を見て青葉達は、カヲルがこうなのは家族、友人が居なかった事も大きいが、一番の要因は同年代の話し相手が居なかった事ではないか? という結論を出してた。飛び級につぐ飛び級で、周りはいつも自分より劣る大人だった為、というわけだ。

と、青葉はある少女のプロフィールを思い出した。同じ14歳の女の子で大学卒業したセカンドチルドレンと呼ばれる天才少女。

「そうだ、惣流・アスカ・ラングレーっていう、優秀な女の子が来るんだ。まだ先の事だろうけど、その時は話し相手になってもらうといいよ。」

「惣流アスカ、セカンドチルドレンですか?」

「そう、今ドイツにいて14歳でもう大学を卒業しているらしいんだ。君と同じ年だし、女の子同士だからきっと話も合うと思うよ。」

「……そうなんですか。」

その時遠くから日向の声がかかった。

「お〜い! そんな所で何やってるんだ〜!? 実験のブリーフィングが始まるぞ〜!」

「おっと、あんまり道草してると怒られるからな……… わかった、今行く!」

「そういう事だから、じゃあまた。渚2尉。」

「はっ。」

「……。」

ビシッ! と敬礼するカヲルに青葉は顔を引きつらせた。

この後、青葉は日向に14歳の女の子に手を出したのか? と散々冷やかされた挙げ句、それが某ビール漬け女の耳に入り、カヲルちゃんはあたしのものよ〜!! と、羽交い絞めにされ、首を絞められ、コブラツイストをかけられ、各種間接技のオンパレードを味わったらしい。その悲惨な光景を見て誰もが青葉を哀れんだが、ただ1人だけ変わった思考の持ち主がいた。

「うらまやしい……」

それを言うなら「うらやましい」だ。ハンバーグをせがむ子供のようなことを言うこの男の名は日向マコト。本当に物好きな男である。









弐拾弐

「……。」

中学生ぐらいの栗毛のショートカットをした女の子がいる。

彼女が報告書にあった霧島マナである。

身長は167cmと高く、体重は45kg。薄茶のチノパンにボーダーのポロシャツは活動的な印象を与え、その顔もくりくりっとした猫目が強く可愛らしさが湧き出ている。

「……。」

彼女は先程から広報部受け付け前のベンチに座ったまま何やら考えているように見える。彼女と比較的仲の良い所員達も彼女に声を掛けてくるが上の空で応対して、所員が去っていくとまた考え込む。

受付の女性達は「あの娘どうしたんだろう?」と緊張感無く話している。「忘れ物?」「上司に怒られた?」「彼氏にフられた?」、まったくいい気なものだ。

コツコツ……

彼女はまた靴を地面に叩く仕草を始めた。クセのようだ。

履いている靴はワーキングブーツとして名高いRedWingのもので、U字型のつま先をしている。色は茶色でソールは白。このタイプとしてはベーシックな色合いだ。そのホワイトソールも踵部分がやや磨り減ってきている。

彼女のファッションセンスは中の上といった所だろう。非常にまとまった着こなしをしているが、どれも有り触れた組み合わせだ。おそらく雑誌の紹介をそのまま自分に着せたのだろう。ただ一点、男性用のブーツをはいていることにプラス点を与えたい。

それを狙っているのかは分からないが、彼女は美少女でありながらボーイッシュでいかにも運動が得意そうだ。

「……。」

が、今の彼女はそうでありながら、あまり明るそうな性格には見えない。否、本来は明るい子なのだろうが、落ち込んでいるように見える、というのが正しいだろう。

コツコツ…

端から見れば、これはどう考えても思春期ならではの悩みを抱える女の子、の様相だ。狙ってやっているのならば凄いが、あいにく彼女には魔性の才能はなさそうだ。

スッ…カチャ……

彼女はバッグからかなり小型のキーボード付き端末を取り出すと徐に電源を入れ、なにやら操作を始めた。大きさ的にはハンドヘルドPCに近いが、それにしてはかなり多機能のようだ。

カタカタカタカタ…カチ。カタカタカタカタ…カチ……

キーボードを叩く音とクリックの音が交互に響いてくる。

女性達は、「もしかしてラヴメール!?」という感じで盛り上がっている。彼女達の仕事場は普段好奇心を満たすだけのイベントが無いらしい。「ちょっと見に行ってきなさいよぉ!」「ええっ、何で私がぁ!?」の様なやり取りが聞こえてきそうだ。接客業特有の疲れを取るにはもってこいのエサがそこにみつかった、といったところだろうか。

「………。」

スッ…

彼女は端末の操作を続けているが、前髪が邪魔なようで時々髪を掻き揚げる仕草をみせる。それに応えるようにパラパラと髪の毛は左右に分かれて、光の反射をめまぐるしく変化させていく。

彼女は全く癖のないストレートヘアだ。見たところ整髪液の類もしていない様に見える。女性はこういう女の子を見て”もったいない”と思うらしい。日本人に多いといわれているストレートヘアだが、それに順ずる人であってもランク分けがされていて、彼女ほどクセの無い髪は珍しいのだ。そういった女性達はショートカットにしたり、色をつけて見たり、パーマを当ててみたりと試行錯誤をして誤魔化している。髪型が顔に与える印象は大きい。

そんな女性達から見ればあの髪は勿体無いのだ。日本人の黒髪を最も美しく表現するにはロングヘアーが一番であり、それが漆黒ならばなお良い。それなのに彼女はショートカットにしてしまっているし、色も茶色になっている。しかも色の方はドライヤーの当てすぎに決まっている。

ちなみに綾波レイの髪は超クセっ毛であり、本人も全くケアをしていないのだが、その水色に助けられゴワゴワしたイメージは無い。渚カヲルも全く同様。今ごろドイツいるであろう赤毛はあまり関係は無さそうだが、それでも近づいてみればそれがサラサラであることが分かる。

カタカタカタカタカタ…ポチッ

「………。」

キュ…パタン

やるべき事は終わったのか端末をたたみ、もとあったバッグの中にしまいこんだ。それでも彼女は無言で行動し、溜息すらなかった。何時の間にか靴をぶつける仕草もやめている。集中していたのだろう。

サッ

タタタタ……

彼女は無言で立ち上がると出口に向かって行った。

ウィィィン…シュー

受付嬢達は自動ドアを抜けて行く少女の背中を見ながら揃って溜息をついた。

「あの年頃って難しいのよねぇ〜」とでも思っているのだろう。





夜。渚カヲルは無事に新居に入室する事に成功していた。

Nervからはミサトの車で送ってもらい、道中初体験のファミレスとやらで夜の食事も済ませた。

コンフォート17の部屋には付属の家具や家電製品が設置されている。生活面で必要なものはもう殆どない力の入れようだ。誰もここに入居していないのはNerv総務部としては寂しい限りだ。

入居の手続きを済ませた段階で、電気・水道の契約は出来ている。このマンション自体がオール電化であるため、それだけで生活することが出来る。

ファサ

「…ふぅ。」

リビングのソファにもたれかかり、体を休めるカヲル。多少はミサトの運転が影響しているのかもしれない。一般人からすれば気絶していないだけでも凄いのだが。

(明日からは食材を買いに出なければな。)

別に外食でも問題無いのだが、軍で炊事をしたこともある彼女にしてみたら何時でも食べられる自炊の方が楽なのである。お金の事など関係無い。

そして今日1日の事に思いを巡らす。初対面のNervの面々、Eva零号機の起動実験、そしてファーストチルドレン。

(綾波レイ…か。妙に親近感を覚えるのは何故だろうか…。特異な容姿同士だからなのか?)





…渚2尉

私に似ている人

私と同じ…? 違う

でも、私に似ている

あなたも無にかえりたいの?

私は…

きっと碇君は…私を無に還してくれる…

…碇君

…もうすぐ使徒がやってくる

零号機で戦う

それが、碇君の望み……

私は……

早く無に還りたい……







弐拾参

翌日。正午過ぎ。

ボコボコボコ…

水没した旧市街地を進む巨大な物体がある。それは人型であるのだが、決して泳いでいるわけでもなく見た目突っ伏しているだけである。どういう原理かは分からないがそれで巨人は前に進んでいた。これもATフィールドの応用なのか、それとも脇のエラのようなものから空気が噴出されているのか。是非高名な赤木博士か、もしくは形而上生物学という偶然にも程があるほど現状とマッチした学問を究めた冬月先生にご説明願いたいものだ。

巨大生物こと第3使徒サキエルは本当に静かに進んでいる。小魚の群れも使徒にまとわりつく勢いだ。鯨と勘違いしているのだろうか。NervでATフィールドが検出されていないため、ATフィールドの応用による移動という仮説は落ちつつあるが、じゃあ何故こんなに静かに進めるのだろうか。本当に使徒とは未知なる生物である。あの世界の赤木博士が言うには、粒子と波の両方の性質を備える光のような物で構成されているらしいので、それが原因かもしれない。

知的探究心をくすぐる使徒の泳法であるが、いくら静かでも流石にMagiはそれを見落とす事はない。海底が浅くなり使徒の体が地面に付こうとした頃、Nerv本部に警報が鳴り響いた。

ブゥーン! ブゥーン!

≪三河湾沖旧市街より距離1900に超高熱源体出現。第1種戦闘態勢を推奨します。三河湾沖旧市街より三河湾沖距離1900に超高熱源体出現。第1種戦闘態勢を推奨します……≫

「…えっ?」

多くのNerv職員たちは、情けない疑問符を漏らす。彼らは技術者であって軍人ではないし、まだ戦闘を体験したこともない。

第2実験場管制室で昨日のEva零号機起動実験のデータをまとめていた技術部員達もそれは同様だった。

ザワザワ…、ザワザワ…

そんなざわめきをかき消したのは、御年30歳の技術部部長ではなく、御年24歳のお姉さんでもなく、御年14歳の少年であった。

「青葉2尉、パターン解析を!」

「あ………は、はいっ!」

ガタンッ!

パチパチパチっ!

Magiクライアントが搭載された席に移動し、凄まじい速度でMagiに命令を送る青葉。彼はタイピングが速い。

「パ、パターン青!!! 使徒ですっ!!!!」

……!!!

波形パターンが特定のものである場合、それは使徒であると断定される。尚、その波形パターンを青と定義したのはシンジの母親である碇ユイである。

15年ぶりの使徒襲来。その事実にどよめくNerv職員達。Nervという組織は使徒を撃退するための組織であるが、15年も音沙汰なくいきなり来られたら流石に動揺するだろう。

その中でリツコは今が緊急自体である事をいち早く理解した。

「マヤ! 総員第1種警戒態勢を知らせて!」

「は、はい!」

Magiが使徒の出現を察知した時点で、Nervは第1種警戒態勢が採られることになっている。その後目標の接近に伴い戦闘配備が行われる。

カタカタカタカタッ!!

マヤも先ほどの青葉と同様Magiにアクセスする。彼女の携帯型端末はMagiに直接アクセスできるため、席を移動することなくそのままそれを使用する。

『総員第1種警戒態勢。繰り返す、総員第一種警戒態勢』

マヤのオペレートで警戒体制を報せるアナウンスが入った。これによってNerv本部の喧騒はさらに大きなものになっていく。

技術部の職員達はあわただしく荷物をまとめるなどしている。第1種警戒体制下ではほとんどの人間は所定の場所で待機する事になっている。そして実験室は所定の場所ではない。そしてリツコやマヤ、青葉は発令所へ行く必要がある。そして様々な肩書きを持つシンジは…。

「リツコさん、ケイジに行きます。」

「まさか、初号機で出撃するつもり…!?」

「それは司令官の判断によります。」

そうは言っても展開によっては出撃する事になるだろう。名目上負けたら終わり、人類の未来がかかっているのだから、敵に対して最大の戦力で立ち向かうのは普通に考えれば当たり前の事である。

「まだ起動実験もしていないのにっ。」

シンジに対してリツコは驚いた様子で答える。初号機は例外を除いて未だ実機を使用してのシンクロを経験していない。その例外とは碇ユイが取り込まれたものと、碇ユイをサルベージすべく幼き碇シンジがシンクロを行った時のものである。後者ではその際に綾波レイの元となるものが出現している。

それ以来、約十年も初号機のシンクロテストが行われなかったのは、先行開発機である零号機でまずデータを集めるという思想があったのと、司令の碇ゲンドウの強い指示があったからだ。

「持ちうる最大の戦力を用意するのは当然でしょう? それにUNの皆さん方もここに来られるでしょうから。バックアップもあるという事を示さなければいけません。」

「あなたはいつもそうやって私から遠くへ離れていって…。」

リツコが泣きそうな顔でシンジの耳元で囁く。普段聡明で冷めた雰囲気の女性が、不安そうな表情で目を潤ませ見つめる。そのギャップに普通の男であったのならばKOだ。

「僕だってリツコさんの傍にいたいですよ。でもその為には…」

30歳の女性に対してある意味爆弾発言をするシンジ。しかし漂う空気は健全だ。一応彼らは家族であるし、お互いの感情はどうあれ艶めかしい関係ではない。

「…ごめんなさい。…子供みたいなこと言って。」

シュン…と節目がちにリツコが言う。周りの職員が対応に追われ、このリツコを見ていなかったのは幸いかもしれない。その姿はいつものキャリアウーマンのそれとはかけ離れたもので、数人は落ちたかもしれない。

リツコにとってシンジは可愛い弟であるのだから、戦ってほしいとは思っていない。が、シンジは言い出したら聞かない事をよく理解している。いい意味でいえば有言実行と言ったところか。リツコはシンジのそういう所が好きなのだ。シンジが使徒などに負けるとは思えないし、起動するかしないかなんて問題にする必要もない。O9システムなどという呼び方はリツコには何の意味もない。

リツコの頭は完全に切り替わった。

「生きて…私の処に還ってきなさい。貴方なら出来るでしょう?」

どうでもいいが、シンジよりもその戦闘の最初の矢面に立たされる可能性が高い綾波レイの立場はどうなる? スペアがあるとはいえ、誰にも心配されないこの扱いは酷い話である。









弐拾参

海岸線にはUNの戦車がズラリと並び、陸に近づきつつある使徒を迎え撃つ構えだ。

『本日12時30分、東海地方を中心とした関東中部全域に特別非常事態宣言が発令されました。住民の方々は速やかに指定のシェルターへ非難してください。繰り返しお伝えします。本日12時30分…』

陸の上では日向2尉の実力なのか、かなり前からアナウンスが飛び交っており住民の避難はすべて終わっている。このあたりの集団行動は日本人の得意分野である。

既に鉄道関連は前線運転中止になっており、普段はにぎわう駅のホームも閑古鳥状態だ。また主要な道路には乗り捨てられたと思われる車があちこちにある。持ち主達は今ごろシェルター内にいるのだろう。

特別非常事態宣言が発令されると、公共交通機関も勿論だが電話等情報回線は使用する事が出来なくなる。こんなときに電話をしたところで、

『特別非常事態宣言発令のため、現在全ての通常回線は不通となっております。』

と、録音された音声が流れるだけである。

ズシン! ズシン!

振動と共に、寂れた商店街の錆びれたシャッターがグラグラと揺れる。その振動の主、第3使徒サキエルは閑散とした街をUNの戦闘機を引き連れ堂々とした足取りで進んでいる。

サキエルで直立歩行し、頭部はないものの胸部上部に顔らしきものが見える。人型といっていいだろう。

7階建てのマンションの屋上が腰の辺りに来るところからかなりでかい。身長は5,60mはあるだろう。そんなでかい使徒を偵察しているのだろうか、UNの戦闘機が十数台囲んでいるが、まるで蚊とまでは言わないもののハエのようである。



『正体不明の移動物体は依然本所に対して進行中。』

『目標を映像で確認。主モニターに回します。』

実験棟の管制室から急ぎでやってきた青葉が報告を続ける。既に日向とマヤも定位置つきオペレート作業を行っている。リツコも彼らの後で様子を見守っているが、ミサトはまだ車で移動中だ。変なところであの世界と同じになっている。

プッン…!

発令所の巨大なメインモニターに、巨大生物の姿が映し出さた。第3使徒サキエルである。

ザワザワ…ザワザワ

「15年ぶりだね。」

「ああ、まちがいない。使徒だ。」

上部の監視スペースからゲンドウと冬月が見守る。現在は彼らの目の前に国連軍のお偉いさん方が陣取り、戦術指揮を採っている。彼らにしてみれば眼の仇であるNervの連中の前であるし、はメンツというものもあるので相当気合が入っている。

彼らの指示で、市街地戦が開始された。その様子はモニターとスピーカで発令所に届けられている。

バシュッ! バシュッ!

ビルとビルの間、地面すれすれをホーミングミサイルが通過する。そして、それらは使徒の足元から急上昇しアッパー気味に使徒を捕らえた。

ドガッ! ドガガガガガッ!

近くにある駅が爆発に巻き込まれ炎上しているが、現場も指揮官もそんな2次被害などお構いなしだ。冬月としては細かい事だが予算も限られているので出来るだけ壊さないで欲しいのだが。

『目標に全弾命ち…っ!? うわあっ!!』

小隊長だろうか。やや後方に下がっていた戦闘機のパイロットが攻撃の成功を報告していたが、一瞬で戦闘不能に追いやられた。

バキッ!!

使徒の掌から発生した槍のような何か猛スピードで伸張し、ピンポイントで戦闘機を直撃したのだ。

戦闘機はガラガラと翼を解体させながら地面へ落下した。

ズガガァッ!!

地面を少し滑ってビルにぶち当たり活動を停止したが、使徒はそれでは満足できなかったらしい。

チリチリ…

いきなり全身を赤く発光させ宙に飛び立った。向かっているのはさっきの戦闘機のところだ。

ヒュゥゥゥゥゥ…

バゴォ!!!

ガシャーンッ! ドガガガガガガ!!!

使徒に思いっきり踏みつけられた戦闘機は、燃料かもしくは搭載していた火気に引火したのか、大きな爆発と煙と爆音に包まれた。こんなのの近くいて助かったあの世界のシンジはよっぽど運が良かったのだろう。周りのビルなど爆風で窓はもちろん壁も吹き飛んでいる。

パパパパパパパパッ!

今度は機銃で攻撃をはじめる戦闘機。その攻撃は的がでかいのもるが確実に使徒にヒットしている。なかなか良い腕だ。

ドガガガガガガッ!

さらに、取り囲んでいた残りの戦闘機が一気に全火力を集中させた。使徒は瞬く間に炎の海である。

『目標は依然健在、現在も第3新東京市に向かい進行中。』

『航空隊の戦力では足止めできません。』

それでもNervのオペレータがUNの指揮官たちを煽るような報告する。遠回しに「お前らの攻撃は役に立ってねーんだよ」と言っているようなものだ。勝手に人の家に上がり込んでギャーギャー叫んでいるのだから、そう言いたくなる気持ちはわからなくもない。

「総力戦だ! 厚木と入間も全部上げろ!」

「出し惜しみは無しだ!何としても目標を潰せ!」

バキッ!

その前に自分が持っている鉛筆を潰す指揮官。割と笑いが分かる奴だ。

ともかく、その指示と共に地上からの攻撃も加わった。ミサイルランチャーが次々と使徒に発射され直撃する。

ドゴォッ! ドゴォッ! ドゴドゴッォ!

だが、まるで効いていない。使徒は身じろぎ一つもしないのだ。

戦闘機からもかなり大型のミサイルが発射されたが、手を差し出してその指の間でミサイルが縦割りになるという大技を疲労する使徒。

ドガーンッ!!

そのミサイルも爆発するが、傷1つ与えられない。痛くも痒くもないというのはこの事だ。

「何故だ! 直撃のはずだ!」

ドン! カラカラ!

吸殻で詰まった灰皿を一瞬浮かす程、思いっきり手を机にたたきつける。

「戦車大隊は壊滅。誘導兵器も砲爆撃もまるで効果無しか。」

比較的冷静な右の男が言う。

ダン!

「駄目だっ! この程度の火力では埒があかん!」

またもや拳を叩きつける男。明日は相当に手がヒリヒリすることだろう。

そんなUNの指揮官たちを冷たい目で見るゲンドウと冬月。

「やはりATフィールドか?」

「ああ、使徒に対し通常兵器では役に立たんよ。」

お決まりのゲンドウポーズで男達の気分をささくれ立たせる事を言うゲンドウ。幸いにして指揮官たちはは頭に血が上っており、その発言は耳に入っていない。

ピピピ、ピピピ

3人の前の回線が鳴る。UNの上層部からの連絡だ。

「…分かりました。予定通り発動いたします。」

使徒にハエのようにたかっていた戦闘機が急に離脱した。我らがUNの必殺兵器"N2地雷"発動である。

カッ!!

ドッゴアァァァァーーー!!

一瞬光ったその後、閃熱の柱が出現した。使徒の足元からはそれまで地面であった岩石が吹き飛ばされ瞬く間に蒸発した。爆炎は周りの施設などお構いなしに全て赤に染めていく。

ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

使徒を捕らえていたモニターが真っ赤に染まるのを見て、UNの指揮官たちは沸き返った。

「やったっ!」

「残念ながら君たちの出番は無かったようだな。」

ゲンドウと冬月に向けて放った言葉だが、帰ってきたのは冬月の呆れ返った表情であった。

『衝撃波きます。』

オペレータの声と共に、モニターが砂嵐に包まれた。





「その後の目標は?」

『電波障害のため確認できません。』

「あの爆発だ。ケリはついている。」

ゴゴゴゴゴゴ…

『センサー回復します。』

サブモニターがエネルギー反応を表示するものに変わる。

『爆心地にエネルギー反応!』

ガタッ!

「なんだとぉ!?」

男は思わず席を立ち、まだ砂嵐のメインモニタを凝視する。

『映像回復します。』

ピピッ

「おお……」

再びモニターは使徒を映し出した。赤い背景にはっきりと使徒の影が浮かび上がる。

「我々の切り札が…」

「なんてことだ…」

「化け物め…!」

バッサバッサ……

使徒は脇下にエラのような器官をバタバタと活動させている。また、胸の部分にあった白い仮面のようなものが2つに増えた。

「予想通り事故修復中か。」

「そうでなければ単独兵器として役に立たんよ。」

冬月とゲンドウがそう言うと使徒を移していたモニタが光に包まれ、また砂嵐に逆戻りした。おそらく、モニタしていた戦闘機が使徒の胸部からの飛び道具を食らったのだろう。

ザザッザザッ…

「ほう、たいしたものだ。機能増幅まで可能なのか。」

「おまけに知恵もついたようだ。」

「再度侵攻は時間の問題だな。」

UNは切り札を切ってしまったのでもう出来る事が無い。

そろそろこの御3方はご退場の時間だ。

「今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを見せてもらおう。」

本部からの要請を受け、指揮官の男がゲンドウに伝える。彼らにとってもメンツはとりあえず置いておいて目標を倒して欲しい事には変わりない。

「了解です。」

「碇君。我々の所有兵器では目標に対し有効な手段が無い事は認めよう。」

「だが、君なら勝てるのかね?」

眼鏡を治し、口を歪ませるゲンドウ。馬鹿にしているようにしか見えない。

「その為のNervです。」

「期待しているよ。」

ウィーン…

3人のスペースが下降し床の下に消えていった。最初からそうするつもりでそこに座らせたのだろうか。





『目標はいまだ変化なし。』

『現在迎撃システム稼働率、7.5%』

作戦指揮権がNervは移った。今のところ命令を出せるのはゲンドウと冬月だけだ。

「国連軍もお手上げか。どうするつもりだ?」

「零号機を出撃させる。」

「まあ分かるがな。しかし初号機は…」

「今、初号機に見せる訳にはいかん。」

「だが…倒せるのか?」

「場合によっては自爆させればいい。」

「…碇。」

「スペアは使徒の数に足りているだろう?」

「……。」









弐拾肆

葛城ミサト、渚カヲルはUNの3人が退場すると同時に発令所に到着した。

彼女達は本日仲良く非番であり、同じマンションに待機していた事からルノーの助手席にカヲルをのせてNerv本部までやってきた。

ミサトにしてみたら、何で今日に限って非番なのか、と憤りを感じているだろう。使徒を倒すためにNervに居るのにその対処に送れるかもしれなかったのだ。実際はUNの皆さんの有効なのかそうでないのか怪しい作戦により時間は稼がれ、ミサトの出番までは若干の余裕があった。

「これよりの対使徒戦における権限を葛城1尉に譲渡する。」

「はっ。りょ、了解しました!」

ゲンドウの言葉に、ピンと背筋を立て敬礼するミサト。彼女にしてみれば待ちに待った瞬間、父の敵を求めて15年である。

『国連軍より入電! 『我これより撤退』!』

「ほっときなさい! Evaの準備は!?」

『零号機の出撃までは最速で420! ファーストチルドレンがエントリー準備完了しています。』

「…リツコ。初号機は?」

「まだ起動実験もしてないのに出来るわけ無いでしょ。」

「でも…レイと零号機だけじゃ……。」

プッ

『第3ケイジ管制室、碇特務3佐より通信です。開きます。』

サプスクリーンのひとつに表示された内容を下部オペレータが報告する。

ピッ

スクリーン写ったシンジはなんとプラグスーツ姿であった。

『葛城1尉、僕が出ます。』

シンジはミサトに対して進言したのだが、それにいち早く反応したのはゲンドウであった。

「い、いかんシンジ! 初号機とおまえは現状維持だ!」

『ですが、ファーストチルドレンと零号機の武装では使徒のATフィールドを突破できません。国連軍の二の舞になってしまいます。』

零号機を自爆させればATフィールドは何とかなる可能性が高い。が、まさかそんな事を出撃前からここで言うわけにもいかない。

「シンジ…。初号機はまだ出撃には絶えん。調整不足の初号機をこの第3使徒で失えば、次の使徒への対処はどうなる? ここは…」

『では僕が零号機で出撃します。ATフィールドに関してもファーストより確実です。幸い、初号機と零号機の互換性は高いですから、システムの書き換えもすぐに可能です。』

ゲンドウは内心「その手があったか」と思っていた。初号機をSeeleに見せれば、彼の計画に支障が出る事は確実である。だからといってここでレイと零号機を失う事になっては後々の使徒戦において苦戦は必死だ(レイは失ったところで代わりがあるのだが)。

初号機を戦闘に参加させるには、Seeleを騙す仕掛けが必須でありそれは今シンジが極秘裏に開発中である。それは初号機のシンクロ率その他を改竄し、覚醒していないように見せかけるシステムだ。

そう、この世界の初号機は既に覚醒しているのである。

ゲンドウのシナリオでは初号機の覚醒は必須である。だからあの世界のゲンドウは、覚醒させるためやたらと初号機とシンジを戦闘に出し、覚醒したとたん出し渋ったのである。Seeleのシナリオではそれは必ずしも歓迎すべき事ではなく、結構な修正が必要となった。それはこの世界でも同様であり、出来るだけそれを知られたくないゲンドウとしては使徒さえ来なければ初号機を凍結したいぐらいなのである。

今の状況でシンジと零号機が出撃すれば、初号機を見せることなく使徒を撃退できるだろう。これは極秘事項であるが、シンジはユイのサルベージの際にATフィールドを発生させた実績がある。ATフィールドさえ中和すれば、シミュレーションのシンジの動きを見る限り格闘戦であの使徒に負けるとは思えない。

「…葛城1尉。聞いての通りだ。零号機とサードチルドレンで出撃する。」

「了解です。」

ミサトもこの件に納得のようだ。当初、彼女は最強の適格者であるサード参戦を望んでいた。が、Eva一体ではATフィールドの中和しか出来ない。技術面で碇シンジが居ない限り他のEvaに大きな影響が出てしまう。そこでミサトは仕方が無くサードチルドレンとしてのシンジよりも、Evaの開発責任者としてのシンジを選んだ経緯がある。

現状でセカンドと弐号機が戦力としてない以上、既に複数のEvaによる作戦の意義は崩れかかっている。であるならば、今はサードとして戦ってもらったほうがいい。

「冬月…。零号機にもあのシステムの試作版は搭載していたな?」

「その筈だ。それを踏まえてシンジ君は言ったのだろう。」

「ああ、ついでにテストも行える。成果が上がらなくとも零号機であれば問題無いな。」





渚カヲルは、葛城ミサトの後方に立っているが特に何をする事も無くたっているだけである。今のところ彼女の出る幕は無い。

元々、戦闘指揮間など対使徒戦においてはそれほど重要なわけではない。Eva対使徒というのは戦争というよりはボクシングに近い。戦略も糞も、近距離戦が主体ではそれほど指示を出すことも出来ない。セコンドと同様で、いちいちそこで左パンチ! などと指示する事はない。Evaが複数運用できて、飛び道具があればまた違ってくるのだろうが、今は零号機一体とプログレッシヴナイフのみである。

(あれが第3使徒か。通常兵器はまったく通用していない。あのような怪物にEvangelionならば対抗できるのだろうか。EvangelionもATフィールドを発生させる事は出来るようだが…、前の起動実験ではそこまで進んでいなかったようだ。果たして…)

「い、いかんシンジ! 初号機とおまえは現状維持だ!」

そんな折に起こったゲンドウの反応は特に印象に残った。

確かに碇シンジは技術者としても優秀な人材だろう。確かに初号機はまだ調整不足で出撃には耐えないだろう。

(とはいえ、後方待機ぐらいはしてもいいとは思うが…。)

『では僕が零号機で出撃します。ATフィールドに関してもファーストより確実です。幸い、初号機と零号機の互換性は高いですから、そのまま出撃できます。』

そのシンジの答えは、現状ではベストの選択に思えた。目の前の敵に、次の使徒、両方を高いレベルで対処できる用に思える。

「カヲルちゃん…。どう思う?」

シンジの言葉に考え込んでいたミサトが、カヲルに意見を求めてきた。

「碇3佐の提案で良いのではないかと思います。これまでのシンクロ実験のデータを見ても、ファーストよりも戦闘力は上です。」

「…そう。私もそう思った。あなたと意見が一致したって事は間違いないか。」

よし、とミサトは頷いた。









弐拾伍

『冷却終了。右腕の再固定完了。』

『ケイジ内、全てドッキング位置。』

『停止信号プラグ排出終了。』

『了解。エントリープラグ挿入。』

ガタン!

シューーー…

キュウウ!

『プラグ固定終了。』

『第一次接続開始。』

『エントリープラグ注水。』

『主電源接続。』

『全回路動力伝達。』

「了解。」

「第2次コンタクトに入ります。…A10神経接続異常なし。」

『了解。思考形態は日本語を基礎言語としてフィックス。初期コンタクト全て問題ありません。』

「双方向回線、開きます。シンクロ率…えっ…よ、41.3%。ハーモニクスは全て正常値…。」

マヤはシンクロ率を見て、計測ミスではないかと疑ったが間違いなく41.3%である。

一気に不安に陥れられたのはリツコだ。零号機という事を考慮に入れてもシンジであれば通常75%以上のシンクロ率は叩き出せるはずなのだ。そしてリツコの知る限り、シンクロ率はパイロットの意志で変化させる事など出来ない。

41.3%というのは、ファーストであれば出来すぎの数字なのであるが、サードにとっては何らかの不具合を示す数字となる。だが、Magiのどのモニタを見ても異常は無い。原因がわからない時の技術者は混乱する。

「どうしたと言うのっ!? シンジ君っ!」

『問題ありません。行けます。』

シンジから、実に平坦な返答が帰ってくる。

「問題無い訳が…!」

「リツコは黙ってなさい! 原因の解明は後でもいいでしょ!」

(良い訳無い! 乗っているのはサードチルドレンでE計画担当者! 私のたった一人の弟なんだから! 貴女の復讐にあの子を巻き込まないで!)

と叫びたい衝動を必至で抑えるリツコ。変わりに物凄い形相でミサトを睨む。石化させそうな勢いだ。まわりのオペレータ達はたまったものではない。

「発信準備!」

ミサトがリツコの目線を無視して、指示を出した。





「始まったな。」

冬月の言葉に、ゲンドウは口元をゆがめた。

「ああ、すべてはこれからだ。」