弐拾陸

碇ユイサルベージ計画はエヴァ初号機と碇シンジをシンクロさせることによって、コアに取り込まれたとされる碇ユイの魂と呼ばれるものに自我を持たせ、その後肉体の再構築を促すものである。

それはシンジがユイを介して初号機とシンクロさせる事を意味する。

実験には完成したばかりのMAGIが投入された。これは碇ゲンドウの独断の判断である。MAGIの開発を進めていた赤木ナオコ博士は否定的な意見を述べたが、内心は格好の実稼動実験になるとも考えていた。





サルベージ実験は結果的には失敗した。

取り込まれた碇ユイの自我を持たせるには、パイロット側から媒体であるユイに強力な命令伝達 が必要なのだが、ただ単にシンクロしただけではそのような自体は起こらなかったのだ。

そしてもう一点。ユイの状態が予想していたよりも希薄であった事だ。パイロットたるシンジから来る命令に対してまったくの無関心で、今の彼女はパイロットの命令をエヴァに伝える翻訳機に成り下がっていた。これでは、シンジを感じるどころではない。

そして、実験を取り仕切った赤木ナオコにとって予想外の出来事が頻発してしまった。

「サルベージ促進プログラムスタートと同時にシンクロ率急上昇。99.89%で安定。ATフィールド発生確認。…まさかここまで不測の事態が続くとは思いませんでした。」

「…パイロットが無事であれば良い。」

「……ユイさんはもう帰ってきません。…碇所長。わたしと……」

「下がれ。」

「シンジ君だって母親が居た方が…」

ギロッ…!

赤木ナオコが言い終わらないうちに、目前の怒りゲンドウが物凄い睨みを利かせる。この圧力は並大抵の物ではない。

「下がれと言っている。」

「…はい。」

ナオコはグッと下唇を噛み退室し、ゲンドウの視界から消える。

それでも尚、ゲンドウは彼女の消えた先を恐ろしい顔で睨みつづけていた。

(シンジをダシに使うか…あの糞ババアめ。用済みは処分すべきか。)

実験失敗の当初はゲンドウも冬月も相当に焦っていた。今になってここまで落ち着いているのは、シンジの重要証言があったからだ。

「お母さんに会って来たよ。」

検査後に目を覚ましたシンジは回顧一番そう言った。

居合わせたゲンドウと冬月は「「何ぃっ!」」とシンクロして叫んだほどの重要証言だ。外にいた看護師に「病院ではお静かに」と白い目で注意されたが。

そして彼らはシンジから初号機の中の彼女からのメッセージを受け取る事になる。

データでは翻訳機に成り下がっていたはずのユイは、シンジの声によって目覚めていたのだ。





ボコボコボコボコ…

セントラルドグマの最深部であるターミナルドグマの一区画に人工進化研究所第三分室はある。

碇ゲンドウはサルベージ計画の頓挫を悲観していなかった。彼と冬月はそれに匹敵する材料を同実験後、極秘で回収していたのだ。シンジの証言からその存在を発見し、彼はそれがどういうものであるかも理解していた。

それは一見すると、ごく小さな肉槐である。彼らはその肉槐の遺伝子情報をコピーする事から始めた。非情に興味深い事にその遺伝子情報は人間のそれと酷似していた。そのパーセンテージは99.89%。人間と使徒との遺伝子情報の違いとまったく同様の数値であり、後にエヴァのシンクロ率の理論限界地と言われる数値でもある。

数週間後、必要十分な遺伝子情報のバックアップが終了した。そして、それらを元に特別な施設でのクローン生成が始まった。2人の男の手によって、肉槐のコピーが次々とLCL内に誕生する。後にこの施設は記憶のバックアップを可能とするシステムが追加され、ダミープラントと呼ばれる事になる。

そしてゲンドウにとって待ちに待った、肉槐の細胞分裂を促す実験が始まった。

直径数センチほどの肉槐が、ただの数週間で信じられないほど細胞分裂を繰り返し、その度に生命のスープを吸って急成長を遂げていった。

さらにその数週間後、肉槐が人間と同じ姿を模った事を確認し成長促進を止めた。それぞれの肉槐はちょうどシンジと同程度まで成長していた。

こうしてネルフは綾波レイの養殖に成功した。









NEON GENESIS EVANGELION side story
異端黙示禄
血の色のスティレット真章
話「道」








弐拾漆

第3ケイジで綾波レイがエヴァ零号機を見上げる。

本来自分がエントリーするはずであったプラグ内には碇シンジの姿がある。

この戦闘で予備パイロット扱いになった彼女は、この後ケイジ内のパイロット控え室で待機する命令が出ている。司令部は頭の隅にも置いていないが、シンジに何かあった場合レイが初号機で出撃する可能性も有る。

『綾波、零号機を借りるよ。』

「…はい。」

その事に関して彼女は何の疑問も抱かない。

(碇君の命令。)

彼女にとってはそれだけの事だ。

シンジは先程までプラグスーツ姿のまま零号機のシステム変更作業を行っていた。システムの変更はそれほど難しい作業ではなく時間もかからない。その理由は零号機と初号機には互換性があるから、と技術部は報告していてミサトあたりは間に受けて信じている。どちらかといえば、互換性があるのはシンジとレイの方である。

発令所ではリツコをはじめとした技術者達が、シンジの低シンクロにてんやわんやであるが、当の本人は涼しい顔だ。このカラクリは彼が作った物であるから、それは当然である。逆に芝居をしない事を疑問に思うぐらいだ。

レイにとって1つだけ不安な面があるとすれば、そのシンクロ率である。

(碇君なら零号機でも90%台は出る筈なのに…)

オペレータの指示に従って、ケイジ内部の作業員たちが零号機の発進準備を進める。

ガシャン! ガシャン!

ロックボルトが外れ拘束具が次々と外されて行き、先程まで固められていたエヴァ零号機が姿を表す。

ウィイイーン! ガシャ!

零号機は射出口へ固定された。あとは発進命令を待つだけとなった。





『進路クリア。オールグリーン。』

伊吹マヤ2尉によって、エヴァ零号機の発進準備が完了した事が報告された。その相手は作戦指揮権を手にした葛城ミサト1尉である。

クルリ

「構いませんね?」

ミサトは振り返って総司令を見上げ最後の確認した。今から出撃するのは彼の息子であり、特務機関ネルフの重要人物の一人である。普段の彼に対する手厚い待遇やらを考えると、親分に確認を入れたくなるのは当然だ。

ゲンドウは当たり前のように即答した。

「もちろんだ。使徒を倒さぬ限り我々に未来は無い。」

最上段で手を組んだポーズのまま動かない。横にいる冬月が彼の真意を探る。

「…碇。本当にこれでいいんだな?」

「今更何を言っている冬月。もう後戻りが出来ないのは我々も同じだ。」

「………。」

冬月は自分から進んで計画に参加しているとは自分では思っていない。そういう意欲が最もあったのは、セカンドインパクトの真実をゲンドウに突きつけたときのほうが寧ろ大きかった。あの時の彼はセカンドインパクトにゼーレが関与している事に気が付いていたが、それと同時に碇ユイの関与も示唆していた。

ユイ君が望む事であれば、私はその結果が見てみたい。

という感情が湧きあがった事を彼は認めている。彼女が消えた後もその対象は碇ゲンドウとその息子に置き換わった。それこそなんの違和感も無くだ。

(シンジ君か…)

今、唐突に冬月は気が付いた。自分の持っていた碇ユイに対する興味というものが、こんなにも薄れてしまっていた事を。そうさせたのは彼女の息子であることも。

(ユイ君。君の息子は何かとてつもない事をやりそうな予感がする。それは昔、君に感じた物を上回っていたようだ。だが、彼と君とでは方向性が違うような気がしてならない…。初号機の中で君はそれを見ているのだろうか?)





オペレータから、

「いつでもどうぞ」

と声を掛けられたミサトが大きく息を吸い込んだそのとき、零号機からの通信が割り込んできた。

『葛城1尉。このルートは使徒と真正面で位置も近すぎではないでしょうか?』

「…? …使徒に対してはATフィールドを中和した接近戦が最も効果的だからそれでいいの。」

『しかし…真正面は…。あの使徒は正面からの飛び道具があることは先程の映像から確認できているはずです。使徒に視覚があるかは判りませんが、まずは使徒の後方に位置すべきだと思います。』

「…あなたは私の指示に従う立場です。命令を聞きなさい。」

『…判りました。では、早く命令をお願いします。発進後での命令は意味を成しません。特に今回は射出先が至近距離です。射出されてから命令を聞く時間は1秒もありません。』

「……射出後ATフィールドを展開。プログナイフを装備し背後から一撃。その後、格闘戦に持ち込み目標の弱点と見られるコアを攻撃しなさい。」

顔を真っ赤にさせたミサト。彼女は一応大人であるので怒鳴り散らさないものの、かなりカチンときていることは間違いない。眉間にシワが寄り恐ろしい顔つきになっている。

『…了解。命令の適応範囲外の出来事に関しては近接戦闘のマニュアルに従い行動します。最後にもう一度。近距離に射出するのであれば背後の方が適していると思います。』

ギリッ!!

「使徒の背後に射出されるようにルート変更!」

シンジの進言を受け止めたミサトであったがその表情は歪みきっており、その命令は間違いなく怒鳴り声に聞こえた。









弐拾捌

カヲルはそのやりとりを見聞きして、呆れるのと同時に安堵した。

呆れたのはミサトのこれまでの対応である。

シンジが指摘したように目標の体の正面部分には強力な飛び道具が装備されている。エヴァが正対すればその飛び道具が使われる可能性があることは明らかだ。また当初から存在する両手部分から光の槍と形容できる攻撃も、骨格から推測すれば横から正面への攻撃用である。相手は使徒であるので視覚の類が体正面にあるとは限らないし、骨格も無視して腕が真後ろに伸びる可能性もあるが、だからといって正面から攻めるよりは背後から攻めた方が良いに決まっている。

また、パイロットに作戦命令も出さずにエヴァを射出しようとした事もそうだ。「まさか何もパイロットに情報を与えないまま戦闘地域に展開させないだろうな?」と内心思っていたカヲルだが、ミサトがオペレータの了解を得ていきなり発進命令を出そうとした流石に焦った。しかも射出場所は使徒の真正面で至近距離だ。そんな場所に出た後に作戦を伝えるなんて正気の沙汰ではない。下手をすれば一瞬で終わりだ。

いつまでたってもシンクロ率や発進準備の経過を聞くばかりで、一向に作戦を発案しない指揮官にカヲルは何度も進言しようとしたが思いとどまった。必要以上に波風を立てる事は任務に影響してしまう。とはいえ、零号機の射出ルートが使徒の真正面と表示された時と、そのまま発進命令を出そうとしたときは口を開きかけていた。

だが、それもシンジの通信により事なきを得て、カヲルはホッと息を吐き出す事が出来た。

それにしても何故葛城ミサトなのだろう、とカヲルは思う。ネルフスタッフとしての視点から見てもミサトという人間は階級を無視しがちであったりと、命令を出す立場にしてはふさわしくない行動を取っていると感じる。それに、肝心の作戦立案能力と戦闘指揮能力も何度か行った作戦部でのブリーフィングで見る限りたいしたことは無い…というか素人レベルだと感じた。それはこの使徒が来てからの対応で確信に変わった。

MAGIにて葛城ミサトの情報を閲覧すると「評価に値する柔軟な作戦立案能力を持つ」と表記されていた。そこで彼女の過去の作戦実績も見ようとしたのだが、レベルが足りないのかあるいはデータが無いのか見つからなかった。

もしかしたら実戦でなにかとんでもなく効果的な作戦を提案するかもしれない…と考えていたカヲルはますます混乱する事になった。

こんなことを考えているのはカヲルだけである。まわりの人間たちは「葛城1尉だからしょうがない」で済ませてしまっている。彼らは作戦部の指揮官の役割が必ずしも重要でない事を知っているからだ。特に技術部の赤木リツコ博士や伊吹マヤ2尉などは作戦部…というより葛城ミサト個人を蔑ろにする傾向が強い。

対使徒戦はATフィールド中和圏内の格闘戦がメインで、相手の情報が直前までまるで判らない。結局はパイロットの腕次第であり、指揮官の影響力はボクシングのセコンド以下なのである。

『射出場所が使徒との距離に近いため、射出後の報告は省略し直ちに作戦行動に移ります。同様の理由により射出後のコントロールもこちらで行います。』

「了解。」

射出直前のシンジから最後の通信が入りマヤが答える。それを聞いたミサトはさらに顔を歪ませた。彼女は零号機のリフトオフを命令するつもりでいた。もう何も出来ない彼女は観客も同然であり、出来る事といったら文字通り観戦しかない。





「発進!」

ミサトの号令と同時に零号機が地表へ送られた。

ゴオォォォーーーー!!!

ガシャン!

場所は使徒の背後約300Mである。

今回の戦闘ではアンビリカルケーブルを接続せず、そのまま不意打ちを行い一気に殲滅を図る作戦だ。もし、最初の一連の攻撃で有効なダメージが与えられなかった場合は、距離を取った後電源接続を行う。そして作戦を継続する事になる。

一応、ミサトにはその作戦の切り替えの判断が任されることになった。

渚カヲルは異形の目標と、エヴァンゲリオン零号機なるものがこれから戦闘を開始するという現実を冷静に捉えようとしていた。そうでなければ指揮系統の1人として機能できないし情報も集められないからだ。そういう心の持ちようというのは意識的に行っているのではなく体に染み付いている。

(当初の作戦で殲滅できればいいが…。長期戦になった場合は飛び道具は無いし電源の接続もある。敵が直上にいる以上ケイジに戻す余裕は無いな…。)

「オートマチックゲイン開放! 内蔵電源残り62秒!」

『…はぁっ!』

ダン!!

オペレータの声と共にシンジと零号機が中を舞った。非常に低く、そして長いジャンプだ。走り幅跳びのそれに近い。その先は後ろ向きの使徒である。

「勝手に…っ!」

指揮官が思わず叫んだようだがもう遅い。

クルン! ジャキ!

空中で一回転を行うと共に、ウェポンラックからプログレッシブナイフをイジェクトさせ、右手で抜刀する。

その一連の動作にカヲルは目を見開いた。

(あの体勢からっ!?)

「プログレッシブナイフ装備!」

遅れて発令所の面々が驚愕する。マニュアルで装備を行う事自体は驚く事ではないが、彼は接近跳躍中にそれを行ったのだ。相当なイメージング能力がないとこれほどの高度な運動はできない。

逆にそうせざるを得ない状況だともいえる。背後から不意打ちをするというのなら、射出後一秒でもはやく攻撃する必要がある。電源や機体固定解除を省略したのはそのためだ。それに加え、接近しつつ装備ができれば考えられる限り最も速攻を重視した行動となる。

ズシャアァァァー!!

弾丸の如く突っ込む零号機からプログナイフが突き出され、使徒の左肩を直撃する。超振動により分子レベルでの切断を可能とするプログナイフの威力は相当な物がある。一瞬で使徒の左腕がズシャっと弾けた。

(速いっ!!)

そのナイフの使い方にカヲルは驚いた。エヴァの性能なのかシンジのイメージなのか定かではないが、恐ろしいまでのスピードと無駄のない動作によるナイフファイトだ。プロとまではいかないが、かなりの腕があるように思える。

「シンクロ率が92%…いえ、34%…そんな…! モニタできません!」

マヤが泣きそうな声で叫んだ。シンクロモニタの数字が目まぐるしく変化している。安定していないというレベルでなく、いわゆるバグった感じの動作だ。

「何故…!? くっ…シンクロモニタを止めて!」

「了解!」

パチパチパチ…!

リツコの命令でシンクロモニタが停止される。これを行わなければシンクロ率を元に計算される他のモニタに異常が発生してしまうからだ。たとえば内部電源の残り時間などは、シンクロ率から多少の影響を受ける為、あのようにシンクロモニタが暴走してしまうと完全に狂ってしまう。シンクロモニタを止めた場合それらは、異常前のシンクロ率によって再計算される。現在の物と誤差は出てしまうだろうが、狂った数値で誤作動するよりはマシだ。

シンクロモニタの暴走の原因を正確に把握できるのは、シンジ以外には最上部に陣取るこの2人以外ない。

「冬月…あれは性能不足からか? しかしな…」

「いや…おそらくは……。…モニタはMAGIとの双方向回線によって行われているからだろう。」

「数値を渡す側も人間的でなければならないというわけか?」

「断言は出来ないが確信はある。プログラムは正常に動作した筈だ。ハード面さえ整えば初号機に搭載できるとは思うが…。」

「…そうであれば問題無い。」





ゴォ!

モニタの異常など関係ないことはないシンジは休まない。使徒は振り向きかけたが、今度は右腕を外側から垂直に切りつける。

プシャァァァー!!

右腕は肘のあたりから切り飛ばされた。使徒の両腕から紫色の液体が噴出する。

使徒の比較的柔軟性のある武器である、光の槍はこれで使用できない。後は正面に構える飛び道具だけ気をつければいいだけだ。それは遠距離であるからこそ有効な武器であり、この時点で勝敗は決した。

『このまま…!』

最後の仕上げとばかりに使徒のコアにプログナイフを突きつけようとしたが、使徒は抵抗を試みた。

ガキン!!

突如、プログナイフを阻む、赤い壁が出現。ATフィールドだ。

「ATフィールド!」

「ATフィールドがある限り、使徒には攻撃が届かない!」

博士と司令官はなにやら言っているが、そんなことは出撃前から百も承知のはずだ。ATフィールド中和後の接近戦を指示したのは彼女達のどちらかであったはずだ。

『やるっ! だが…!』

「零号機からもATフィールド発生! 位相空間を中和して…」

「目標より高エネルギー反応!!」

マヤの声にかぶさる形で青葉が叫んだ。

『ちぃっ!』

飛び道具だ。一瞬の判断で斬撃を止め、サイドステップでかわしにかかる。UNとの戦闘ではあの飛び道具による掃射は確認されていない。

ピカッ! ドガガガガ!!

白いビームが零号機の脇をかすめた。

「左肘部に被弾! 損傷軽微!」

チリチリ…

後方では爆炎が巻き起こり、ビルや家屋を破壊し尽くしている。流石に直撃を食らったらただでは済まなかっただろう。

『かすった…? やってくれる…っ!』

シンジがそう言うが、それを見たカヲルはほとんど見切ったような物でありそっちのほうが凄いと内心ツッコミを入れた。

(とはいえ…。確かに目標の飛び道具は放出時間が短かった。横の動きに対して掃射は出来ないとあの一瞬で予測したのか? だとすれば信じられん判断能力だ…。)





間髪与えず零号機が接近する。

「再び零号機よりATフィールドを確認!」

『はあっ!』

ダン!

零号機が軽くジャンプし空中に浮いた後、強烈な回し蹴りが放たれた。その蹴りはATフィールドを引き裂き、使徒を後方に吹き飛ばした。

バキィ!!!

ガシャン!! ドゴゴゴゴゴゴゴ……

使徒は中型のマンションに激突し白煙に包まれる。

『おおぉ!』

ドン! ダダダダダダ!!!!

それを追う零号機。真正面から突っ込むのではなく、稲妻の如く超高速でジグザグに接近する。

ビュン!!! ビュン!!! ビュン!!!

零号機が切り返しを行うたびに風斬り音が鋭利に響き渡る。

「凄い…!」

何処からともかく感嘆の溜息が漏れた。それほどまでに零号機の動きは凄まじい。

「目標に高エネルギー反応!」

ピカ!!!

再び使徒から飛び道具が放たれたが、その場所は零号機の姿は無い。既に懐に飛び込んでいる。

ビュン!!

『…これで!』

ザシュ!!

逆手に持ち替えたプログレッシブナイフをコアを切りつけた。

キイィィィィィィィィィーーーー!!!!

超高速振動による独特の分断音が響く。

「やった!」

わあぁーと発令所から歓声が上がる。

ピキッ!

赤いコアに亀裂が入った。それと同時にコアから光が消えていき、だんだんどす黒い赤に変色してゆく。

ギュオォォォォォォォ!

しかし、悲鳴のような音が聞こえた瞬間、使徒は体を大きく伸ばし零号機を包み込もうとした。

『っ! させるかっ!』

バキィ!!

無防備に体の正面をさらけ出した使徒に、強烈なアッパーローリングソバットが炸裂した。使徒はほぼ斜め45度という綺麗な角度でバックスピンが掛かりながら吹き飛ばされた。

カッ!!!

ちょうど、放物線の頂点辺りで使徒の体が光る。

ドッガガガガァーーーーー!!!!

大爆発が第3新東京市の上空で起こった。まず凄まじいまでの閃光が地上に降り注ぎ、その直後大音響が響き渡る。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…





もう日も暮れて先程まで暗闇であった空が、赤茶けた禍禍しい雲で彩られる。地面はまだ揺れている。使徒が爆発した直下は赤と黒以外の何も無い。おそらく建物は一瞬で溶けたか墨になったかのどちらかなのだろう。

「自爆するつもりだったの…?」

「そのようですね。」

ミサトは呆然と呟いた。そんな事は想定していなかった。使徒というものは単体兵器であってそれ自身が本能によってアダムにたどり着こうとしている、と少なくともネルフ作戦部では思われてる。だが先程のあれは自爆しようとしていた。単体である彼らは自爆したらその場で終わりだ。何故…? ミサトに答えは見つからない。

カヲルも考える。

(使徒は複数存在するらしいが…。他の使徒に託したとでもいうのか? しかし…そんな事が…)

ゴゴゴゴゴゴゴ………

『…目標を殲滅しました。確認をお願いします。』

「あっ…。パ、パターンの消滅。エネルギー反応皆無。目標の殲滅を確認しました。」

あわてて青葉が処理を行う。本来、指揮官やオペレータ達は瞬時に反応をしなければならない。だが、勝ったという安心感からか、はたまた自爆という予想だにしない事態に我を忘れてしまったのか、シンジからの要請が来るまで誰もがモニターにくぎ付けであった。

それほどまでにシンジと零号機の戦いは圧倒的であったし、使徒の自爆による破壊力もとてつもないものであった。これからオペレータ達はお小言を言われる前に、戦闘の解析に睡眠時間を削られる事だろう。

『回収作業、お願いします。』

ガシャン!

「アンビリカルケーブル接続。外部電源に切り替わります。」

電源ビルからケーブルを接続する零号機。回収班が居るとはいえ第3新東京市内で機体が健在であれば自力で戻る事になる。オペレータからのジオフロントへの直下レールのルート指示に従って移動する。後は整備班にケージへの搬入作業を任せるだけだ。









弐拾玖

人類補完委員会。

人類補完計画を推し進めるゼーレ、実行機関であるネルフの会合の場である。

漆黒に包まれた六角形の空間に、白赤青緑黄と様々な光を放つ机にメンバーが座り論議を行う。暗闇の中これだけの色相が生まれれば鮮やかに感じるはずなのだがそうは見えない。この委員会の存在、そして議題の内容、漆黒空間の独特の空気、これらによって鮮やかさなど相殺されてしまっているのだ。これはネルフ司令室も同じ事である。

委員会へ参加はリモートで行っている。この空間も人の科学が作り出したデジタルなものであり、参加している彼らもシステムのクライアントに座っているに過ぎない。

この委員会のメンバーの特質すべきは、ゼーレの長であるキール・ローレンツとネルフからの代表である碇ゲンドウである。本来今回の委員会は碇シンジが召喚される予定であったが、彼は第3使徒戦に出撃した事もあり表向きには大事をとって休養中である。

「使徒再来か。あまりに唐突だな。」

「15年前と同じだよ。災いは何の前触れもなく訪れるものだ。」

「幸いとも言える。我々の先行投資が無駄にならなかった点においてはな。」

「そいつはまだ判らんよ。役に立たなければ無駄と同じだ。」

「左様。いまや周知の事実となってしまった使徒の処置。情報操作。ネルフの運用は全て適切且つ迅速に処理してもらわねば困るよ。」

様々な色の光を暗闇で下から受け、顔の明暗が普段の逆になり怖い感じになっている委員達の言葉に答えるのは、同じく怖い顔のゲンドウである。彼の場合白い光なのでまだましだが、元がアレなので周りの雰囲気に遜色ない顔の出来をしている。

「その件に関しては既に対処済みです。ご安心を。」

使徒の爆発の影響のあった地域は戦闘後封鎖を行っている。直下は瓦礫の山であるが、集光ビルやネルフ関連施設は戦闘態勢により地下に収納されていたため実質的な被害はそれほどは無い。

その地域においてネルフ技術部は使徒のサンプルの回収を躍起になって行ったが、一片たりとも見つからなかった。まるで、コアだけでなく使徒の細胞全てが自爆のエネルギーとして完全消費されたかのように消えうせてしまったのである。技術部はコアによって自爆が成されたと推測されていたので、コアの採取は無理としても、その他の生態部分であればすぐに見つかると思っていた。それだけに、サンプル回収不能の報はリツコを落胆させるのに十分であった。

もうひとつ、使徒のコアに刺さったままであったプログレッシブナイフの行方も調査したものの、これも発見は出来なかった。爆発によって消滅したという線が濃厚であり、技術部ならびに作戦部もそれで納得した。ナイフ自体は確かに最先端技術の結晶であるので、どこかの組織に回収されたりすればマイナスなのだが、それほど痛手を食うわけでもない。ネルフが流出を恐れるのはMAGIやエヴァといった次元の違うテクノロジーなのである。

ネルフによる情報操作も既に行われている。今回の出来事は政府による発表、そしてメディアによってシナリオB22に改変させられた。ミサト曰く「またも事実は闇の中」である。これはネルフの広報部と日本政府が練りに練って練りまくった様々な情報隠蔽方法の一つを採用しただけに過ぎず、B22という連番が付けられているだけあって実に様々なシナリオが用意されている。これから有事の際はその場に最も適した別のシナリオを適応してゆく事になる。自分たちの考えた脚本で世界を騙せるのだから、これは相当楽しそうだ。ネルフ広報部がやっと仕事ができたと喜んでいる、というリツコの言葉はあながち間違いではないだろう。

「ま、確かにそのとおりだな。」

「しかし碇君。ネルフとエヴァ。もう少しうまく使えんのかね?」

「以前の実験失敗による零号機の大破。その緊急修復に稼動したばかりのMAGIクローン各機まで駆り出すとは。この経費、国が一つ傾くよ。」

「聞けばあのオモチャは君の息子に与えたそうではないか。」

「人、時間、そして金。親子揃って幾ら使ったら気が済むのかね。」

「それに君の仕事はこれだけではあるまい。人類補完計画。これこそが君の急務だ。」

「左様。その計画こそがこの絶望的状況下における唯一の希望なのだ。我々のね。」

「いずれにせよ、使徒再来における計画スケジュールの遅延は認められん。予算については一考しよう。」

「では、後は委員会の仕事だ。」

「碇君。ご苦労だったな。」

委員達の光が次々と消え、退席してゆく。

スッ…スッ…

残った二つの光のうち、キールがもう一つのゲンドウに対して言った。

「碇。後戻りは出来んぞ。」

それだけ言って、彼の光も消えうせた。

スッ…

暗闇にゲンドウだげが残された。

「判っている。人間には時間が無いのだ。」









参拾

翌日。ここ作戦部管轄の一室では、作戦部部長葛城ミサト1尉と同じく日向マコト2尉と渚カヲル2尉、以上3名による第3使徒戦における作戦立案の検討・考察が行なわれている。

この協議の意義は、これより先似た能力を持った使徒が来襲した際のテストである。もう1つ言うならば、彼ら作戦部自身の訓練でもある。先日は1対1の戦闘であったとはいえ、あまりにも無策すぎたのではないか? という声がネルフ内(特に技術部)から湧き上がっている。数時間後には技術部と合同で第3使徒戦の考察が行われる。それまでには、作戦部の作戦に非が有るにしろ無いにしろ、何らかの答えを理論と共に用意しなければならないのだ。

いくら技術部の連中が戦闘の素人とはいえ、向こうには赤木リツコが居る。付け焼刃のごまかし等通用しない。

カタカタカタカタカタカタカタ……カタカタカタカタ……パチッ!

使徒は複数存在する。尚、ネルフの職員には数体、と教えられている。事実はすべて髭…もとい闇の中という訳だ。

「どう?」

「…ええと………、MAGIの回答は賛成2です。しかし勝率は45.3%と言っています。」

「やはり、武器の攻撃力不足?」

「はい。最も大きな点はそこです。使徒のものとは…10倍以上の仕事率の差が生じていますし……、あとは不確定要素……ATフィールドですね。」

うーん、とミサトは考える。チルドレンの危険を回避するのなら重火器による遠距離戦が良い、と構想していたが唯一使用可能なパレットガンでは歯が立たなさそうだ。まずATフィールドを中和するほど接近する必要があるし、その状態でも使徒の構成素材に致命的なダメージを与えるには至らないという結果が前の戦闘のデータとMAGIによって判った。試作型のポジトロンライフルは実用化に至っていない。

この現実は作戦部にとってはかなりのマイナス要素に働いている。パレットライフルはエヴァ用の重火器だが、その威力はエヴァ専用と言うだけあってただの機関銃ではない。弾は劣化ウラン弾が使用されているし、衝突エネルギーを飛躍的に高める為、最高で初速が秒速1700M、マッハ5にまで到達する。これはエヴァだからこそ扱えるものなのだ。例えばJAなんかがこんなバケモノを扱えば、撃ったとたん反動で腕が肩から後方へ吹き飛んでしまうし、第一音速をここまで大幅に超えてしまえば、弾の軌道上に真空が発生してそこに空気と音が流れ込み、衝撃波が発生してしまう。撃った次の瞬間JAはズタボロだろう。13000枚の特殊装甲に加え反動に耐えられるだけの質量をもつエヴァだからこその武器なのだ。

ところが、だ。使徒のATフィールドの強度はそれ程のものをいとも簡単に跳ね除けてしまうようだし、ATフィールドが無くてもコアに直撃させなければ効果は無い。そのコアへの攻撃も実際は効かない可能性がある、というMAGIの回答も出た。

威力自体、剣より銃の方が強いと考えがちであるが、プログナイフには超振動処理が施されている。運動エネルギーをぶつける銃とは与えるダメージの性質が違い、それは対使徒においては非常に有効な手段なのである。

「…となるとATフィールド中和圏内での接近戦しかないか……。」

「MAGIもそう言っています。前戦我々が採った戦略には全会一致で賛成。勝率は63.3%…最も高い数値です。……まあ今だから言えるんでしょうけど。」

日向は「我々が採った作戦」と言うが、作戦部は何の提案もしていない。考えたのは末端兵士であったシンジであり、参謀本部の役割であったはずの作戦部は何も行っていない。あの時のミサトの言動を見る限り、シンジの発言に渋々従ったと言う印象だろう。

流石に作戦部不要説はまだ唱えられていないが、もうちょっと何とかならないか? という意見は技術部だけでなく作戦に関わった多くの人間が思っているだろう。これが繰り返されるようであれば、その不満は増大し作戦部の存在意義が問われる時が来るかもしれない。ミサトはそれを恐れている。

作戦部の意義を見出すのであれば、使徒戦における接近戦重視の傾向は非常に厄介な問題である。遠距離戦であれば戦略の価値も上がるのだろうが、チャンバラをされては戦略の価値は下がらざるを得ない。逆に決め手になるのはチルドレンの技量だ。そしてその最もたるサードチルドレンの技量は計り知れない物がある。

「けど…これから先プログナイフだけじゃね……。ソニックグレイヴにスマッシュホークはまだドイツで調整中。使えても…ナイフに比べて扱いが難しいし、取り回しがきなかい。ソード2つはお蔵入りだし……」

ミサトは接近戦主体への移行に危機感を持ちながらも、その方向に作戦部を進める事にした。射撃戦に打って出て敗戦にでもなれば一気に辞職に追い込まれる可能性もある。

「ああ、メスならシンジ君が再設計してましたよ。十手は草案段階みたいです。もっともすぐって訳にはいかないと思いますけど…忙しいみたいですからね、彼も赤木博士も。」

このメスとはマゴロク・エクスターミネート・ソードの頭文字(MES)を文字った愛称である。医師がオペで使用するメスに引っ掛けているようだ。ソードというだけあって長剣であり、医師のメスとは長さが合わない感じがするが、いつも白衣を着ているシンジが企画開発しているところから、技術部やオペレータの間ではメスの名前で定着している。

一方、十手と愛称を戴いているのはカウンターソードの事である。これは形からしてそのようにしか見えないのでそう呼ばれている。刀身はプログナイフの2倍程と、ソードと名乗る割には短い。こちらはプログレッシブナイフの改良版をコンセプトとして開発されていた。

シンジが仮に武器開発だけに集中すれば…とも思うがそうはいかない。これまでの彼は、零号機や初号機の数々の実験を取り仕切りる身でありながら被験者としてもテストに参加する多忙さだ。それに加え極秘計画にも数多く携わっている。作戦部から要請があったマゴロク・エクスターミネート・ソードの開発は当然の様に後回しになっている。大体武器開発自体がドイツで開発するという方針が組織としてある。もともとマゴロク・エクスターミネート・ソードやカウンターソードといった武器は、弐号機合流後に受領する計算だったのだ。

で、もう一人頼りになりそうなリツコはというとチルドレンの戦闘シミュレーション訓練に駆り出されたり、プラグスーツの最適化、シンジと同じく使徒のデータ解析、チルドレンの身体検査等、こちらも超多忙である。

忙しいから作る暇は無い、という理由は技術部も述べていない。作戦部に対する説明は、長範囲における超振動処理技術の不足としていてそれを立証する技術報告書を提出している。実際、その技術は難しい事なので間違っていないが、その真意は”技術用語を並べて置けばどうせ彼らには理解できないだろう”というもので、開発自体が止まってしまうほどの技術格差があるわけではない。その意味では作戦部はすっかり騙されてしまっている。

「ソード開発の遅延については、必要以上にナーバスになる必要は無いと思いますが。」

カヲルがミサトに向かって発言した。

「…どうしてそう思うの?」

「碇3佐…サードチルドレンのナイフによる戦闘は評価できるという事です。私も多少心得があるので分かるのですが、彼のそれはかなりのものがあります。もちろんソードがあればリーチの面で良いのでしょうが、それでもそれ以外はマイナスにならないほどの腕があると思われます。」

それは抜刀から斬撃の瞬間の動きを見たときに確信した。あの動きを見る限り、かなり手馴れている感じがするのだ。

ナイフのメリットはミサトも言うように使いまわしの良さである。まず、ウェポンラックに収納できるほどの携帯性があげられる。そして、攻撃時は狙った部位一点にダメージが与えられる。コアが弱点とされる使徒との戦闘では非常に重要な事で、それ以外にもシンジがやったように腕を切り落として武器を使用不能にしたりするのにも向いている。

ただしその分絶対的にリーチに問題がある。しかしシンジはそれをどうにかしてしまう程のものを見せたのだ。それを考えると、もしかしたら彼に関してはナイフのままのほうが戦闘力が高いかもしれない、とカヲルは思う。

「カヲルちゃんって…もしかして強いの?」

「そういう訓練を受けていただけです。」

ふーん、と納得するミサト。カヲルの格闘能力に関しては、日本政府からの推薦状と共に参考資料として記載されており、直属の上司であるミサトの目が通らないはずが無いのだが、あいにく彼女の記憶に心当たりがない…というかそう言う仕事は全部日向に任せてしまっていて、文字どおり見ていないのである。対する日向は分かっていたものの上官に気を使って意見する事はしない。この二人、案外良いコンビかもしれない。

「超振動刃を射出するような兵器が有効かもしれない。」

ふと、ミサトが呟いたそれは、あまりにも大胆な発想だ。

横の日向も驚いたような表情を見せたが、ふと考えると問題があることに気が付く。

「それが実現できれば強力な武器になりそうですね。ただ、面である刃を飛ばすのは難しいと思います。そのままじゃ加速時にエネルギーで木っ端微塵ですし…。」

その意見を聞いてミサトはがっかりした表情をした。この案が、数刻後のリツコに対する最高の答えとなるかも…と思ったからだ。

「無理に機械で飛ばそうと思わずに、投擲したら良いのではないでしょうか?」

これまたぶっ飛んだアイデアだ。発案者のカヲルもそんなに期待はしていない。が、エヴァを用いる事を考えると原始的な手段の方がこれまで有効とされていることを踏まえると、もしかしたら…と思う。

「投げ槍ですか…、なんとも原始的ですね。」

日向が暗に皮肉を言う。まったく関係ないが、日向は先程ミサトの発案にはきちんとフォローを入れていたにもかかわらず、カヲルに対してはなんとも冷たい対応である。

「いや、いけるかも知れない…、もしかしたら。日向君、MAGIにソニックグレイブの投擲の有効性を計算させて。」

「…了解。過去に事例に無いので入力に30程かかります。」

「それで結構。ミーティングに間に合えばね。」





一方、技術部首脳陣はエヴァ零号機および初号機の整備に追われていた。

零号機はサキエル戦でシンジ用にパーソナルデータを書き換えたが、現在は綾波レイのものに戻す作業をしている。これ自体はそれほど時間がかかる事ではないが、稼動時のデータを取る為にはシンジ用のパーソナルのままである必要があった為、先程まではデータの吸出しをしており、時間がかかってしまっていた。

もう一つの初号機は元々整備は万全であり、あとはテストさえこなせばいつでも出撃できる状態にある。だがこれもサキエル戦で試した例のシステムを組み込む為に、多少ドグマに降りていた。現在はケイジである。

「午後までに目処をつけないとミサトがうるさいから急がないと。」

リツコがそう言う。

一応技術部はサキエル戦での非は無いのだが、リツコとしては初号機を準備できなかった事を気にしている。

シンジを技術者として欲したのはミサトであり作戦部の総意なので気にする事ではないのだが、できるだけ作戦部に対して優位にたって置きたい。

午後に行われるサキエル戦のディスカッションは、特務機関ネルフ発足以来始めての事後報告の場であり、最重要ランクの会議である。当然その報告は司令部へ伝達され、技術部や作戦部の評価に繋がる。

先程も言ったとおり、技術部に非があるわけではない。が、なにか有効な活動を行えたかと言うとこれも疑問である。

一番大きいのは、初号機を参戦させられなかった事だ。これは仕方が無いことではあるが。

そして技術部の一番の突かれると痛いのは、武器を提供できなかった事である。流石にプログナイフ1本では評価に値しない。シンジが勝ってくれたから良かったものの、格闘が苦手な綾波レイが出撃していたらどうなっただろう。

「…そうですね。」

リツコの隣で作業を見るマヤは顔色が悪い。これでも昨日よりはかなりマシである。

使徒に勝利し沸きかえったネルフの中、彼女だけは恐怖に引きつった顔を勝利後もしていた。

(まさかシンジ君が戦うなんて…)

彼女はシンジがチルドレンとして登録された事は知っていたが、シンジのプラグスーツ姿はまったく想像できなかった。マヤの中ではシンジはあくまで技術者なのだ。

尊敬し、密かに思いを募らせている年下の相手がいきなり出撃してしまった。

そこまでは良かったかもしれないが、彼の戦いがマヤには衝撃的だった。

見る物が見れば華麗な戦いだったが、マヤにしてみれば残忍な戦いでもあった。ナイフを振りかざした後にはおびただしい赤い液体が噴出すのだから。それが敵であり我々人間や一般の生物ではないということは理解していても、拒絶反応を示してしまったのだ。

幸いにも、その戦闘行為そのものを恐ろしく感じただけで、シンジに恐怖したわけではなかった。が 、そんな恐ろしい事をシンジにやらせてしまった、という事に強烈な罪悪感が蓄積された。

元々彼女自身も、彼女と近しい人達も、彼女の性格でネルフでやっていけるのか? という疑問は多かった。それを跳ね除けるだけのスキルでそれらを黙らせていたのだが、それもこの先は分からない。

ネルフというのは考え方によっては戦う集団である。先日の戦闘は勝利も勝利、大勝利である。にもかかわらず青い顔をされてはチームメイトはたまらない。モチベーションを下げる行為をする人間は、集団から隔離されがちになる。まあ彼女の場合その容姿のおかげで男性職員からはそこまで露骨にされる事は無いかもしれないが。

「マヤさん。元気出してください。昨日話したとおり僕が決めたことですから。」

さらに横に立つシンジがマヤに声をかける。

シンジは昨日の戦闘後、委員会を欠席し初号機に新システムを組み込む作業を極秘で行っていた。このシステムは以前彼が提案した有機コンピュータ「マリー」の亜種とも呼べる存在で、先日の零号機でのシンクロ率をアレコレしたアレである。ソフト的には既に完成しており、サキエル戦での零号機で短時間ではあるが稼動実績がある。あとはハード面でMAGIと同等な人間的部分が必要になる。それをドグマで調達し初号機に搭載するという事を先日のうちにやってのけてしまった。









参拾壱

発令所で先に陣取っていたのは技術部だった。それに遅れて作戦部の面々が着席する。

メインモニタには、”第一回使徒戦事後考察”と映されている。

「では、ミーティングを開始します。」

仕切るのは伊吹マヤである。こういった類の進行役は彼女か、より中立的な立場である青葉が行う事が多い。今回彼は司令部の冬月の代理人として出席し同部に報告をする必要があるため、マヤが選ばれている。

出席者は技術部より赤木リツコ、碇シンジ。作戦部より葛城ミサト、日向マコト、渚カヲル。そして先程述べた形で伊吹マヤ、青葉シゲルも参加する。

「まずは、この戦闘の一部始終を映像で振り返ります。メインモニタを見てください。」

マヤがそういうと下部のオペレータの手が動き、それによって大画面のメインモニタにこれまで作成されたアクション映画のどれよりも迫力ある映像が再生された。





そうやって始まったミーティングは、映像で振り返った後部長同士で沸騰していた。

「MAGIはATフィールド中和圏内の接近戦を支持しました。」

「だから作戦部の採った行動は最善だったと言いたい訳ですか?」

「いいえ、武器の選択肢がそれしかなかったという事です。加えて機体についてもです。我々は零号機とプログナイフという手段しかもっていませんでした。それ以外の可用性を提供するのは技術部です。」

「視点を変えましょう。我々は100%以上の仕事をもって昨日を迎えました。作戦部はどうだったのですか? 作戦らしい作戦も立てずに戦闘は完全にパイロット任せではありませんか。それに加え射出位置に関してパイロットから修正される始末です。」

「遠距離用の武器があり、エヴァが複数体揃っていれば作戦を立てられたでしょう。」

「我々は100%以上の仕事したといったでしょう。あの時点で飛び道具や初号機を準備するのは不可能だったのです。戦闘における作戦部の役割は与えられた駒を以下に有効活用するか、という点です。作戦部は与えられた駒を有効活用できたのか、と聞いてきます。まさか、今回のような状況を想定をしていなかった…なんて言い訳は無いでしょうけど。」

「我々はそれまでに数多くの戦闘シミュレーションをこなして…」

「だが、使徒と接近戦で1対1という状況は考えてもいなかった?」

「それは…」

「不思議ですね。そんな事は十分考えられる事態ではありませんか。事前からパレットガンの受領は遅れると報告してあった筈ですが。」

「……。」

「これは明らかに作戦部の怠慢ではないでしょうか。内務監査が動かないのが不思議なくらいです。」

ワイワイ…ガヤガヤ…ワイワイ…ガヤガヤ…

このやり取りはMAGIに記録され、レベルさえある人間であれば後日DBでの閲覧が可能になる会議であるので、ミサトの口調は普段のそれとは雲泥の差である。とはいえ顔を真っ赤にして湯気を出し、額に血管が浮き出ている事が確認できる。なんとか抑えている、という表現が正しいだろう。

一方のリツコは涼しい顔だ。彼女は元々事務的な口調であるし、こういった会議などの場数は大学時代から踏んできている。

シンジは先程から一言も発していない。というか発言の機会が無い。それほど上記2人の話し合いは間を置かず、第三者に振る事も無く、ひたすら言い合っているのである。まるでマシンガンの様だ。

カヲルはやり取りを自身の灰色の携帯端末にひたすら記録している。

この携帯端末はゼーレから支給された物であり、市販品と同型の形状であるが中身はカスタマイズされている。まず特筆すべきはその形態性である。ギリギリタッチタイプができるキーボードを備えながら約500gのボディで、サイズもギリギリポケットに入るサイズだ。ディスプレイは枠ギリギリまで設置され、高解像度を誇り文書や画像の閲覧に十分使用できる。またキーボードの中央にはスティック型ポインタも備え、GUIプログラムに対するオペレートも直感的に行える。

彼女自身の希望でカスタムされているのは高性能カメラ・マイクの搭載である。これらは彼女の活動を補助する機能となる。例えば今現在も彼女はマイクからミーティングをリアルタイムで録音している。また、カメラはソフトウェア制御によって赤外線や熱源といったモニタにも対応させる事ができる。ドアの向こう側に誰がいるか…といった用途にも使える。

ゼーレには独自の研究機関もあり、情報員専用の端末も開発されているが今回はネルフに彼女の出処を知られるわけにはいかない為、このような端末を使用している。もっともカヲルは以前からこの機種を使用しているので違和感は無い。

「…作戦部の行動が的確でなかった事は明確ですが、それに対するペナルティは司令部の判断です。技術部は揚げ足取りばかりせず新しい案を提案してください。作戦部もムキにならずに認めるところは認めるべきです。建設的に進む事を望みます。」

暫くヒートアップしていたミーティングだが青葉の言葉に一堂は落ち着きを取り戻す。この言葉は実は事前に彼が冬月に相談した際に貰った回答でもある。

曰く、”どうせ技術部と作戦部のケンカになるんですから。そんなところに代理とはいえ司令部として出席するなんて…身が細りますよ”と。

それに対し冬月はこう言えば収まる…と教えたのが先程の青葉の発言だ。冬月もミサトがムキになって自分の非を認めようとしないだろうと予測していたのである。また、中でも建設的という言葉が重要だと冬月は言った。この言葉を話し合いで使えば、大抵の大人はそれまでの自分の言動を今一度振り返るのだという。





青葉の仲裁で落ち着いたミーティングは、改善案の検討に入った

「初号機は今週末には使用できると考えてよろしいのですね。」

「はい。MAGIの予測を含めてそれ以上の遅延の可能性は薄いといえます。」

まず最初の課題となったのはエヴァの複数同時運用である。これに関しては明日繰り上げで行われる初号機とサードチルドレンの起動実験を終えれば実戦配備が可能となる。パイロットは先日零号機で出撃した実績があり、初号機も本来彼の専属機であるために楽観的観測が述べられた。遅くとも今週末までには受領が可能だろう。

「零号機の修理状況は?」

「先日報告したはずですが…。損傷軽微のため修復自体は終了しています。パーソナルデータの書き換えも、データを収集した後先程終えました。」

相変わらずズボラなミサトにリツコは白目で回答する。

「ではドイツの弐号機引渡しの目処は?」

「それは現時点では何ともいえません。組織同士の話ですから司令部次第です。技術部の分野では無いと思います。」

ミサトの質問にマヤが答えた。弐号機の所属はドイツ支部であり、彼らが保有している固有財産である。それは生産・開発された土壌がドイツであるのだから仕方が無い。

「その件に関しては司令に進言しておきます。早急な弐号機の召集を望むと。」

司令部の一員でもあるシンジがそう言う。ミサトはそれに僅かな希望を見出したが、リツコは反対に召集が早くなるとは思わなかった。これはシンジのリップサービスだろうと。

シンジとリツコは仕事でもプライベートでも共に行動することが多いが、ことネルフ司令部関連に関しては話題に上る事は無い。その大きな理由として、守秘義務が伴う事もあるがリツコが気を使って話題に出さないことが上げられる。プライベートまで彼に組織の事を考えさせたくないのだ。

「パイロット…チルドレンの確保については?」

現行のチルドレンで主力となりえるのはレイである。エヴァの運用に関してシンジの技術者としてのスキルが必要不可欠なところにきている。組織としてはチルドレンとしての彼より技術者としての彼を選択している。

レイは先日出撃する事は無かったが怪我も順調に回復しており戦力として数える事ができる。もともと彼女はセカンドチルドレン同様幼少期より訓練をつんできているので、エヴァの操縦技能自体はシンジに負ける事は無い。

「セカンドは弐号機と同様です。フォース以降に関してはまだ見つかっていません。諜報部によればマルドゥック機関での調査は芳しくはないようです。もし選出されるのであれば候補者からでしょうが、今すぐというのはなさそうです。」

「例の学校の事ね。」

「ええ。」

「あとは…武器ですね。」

マヤが次の議題へ移行させる。

「現在運用可能な武器は実質プログナイフのみ。これでは作戦行動に支障が出ることは明確です。」

「パレットガンは実弾テストを残すのみです。しかし、使用するにはエヴァの起動実験と共にインダクションモードのテストが事前に必要です。これは数週間後には開始できます。」

「ただし使徒に対して有効かどうか…といいますと疑問が残ります。」

「どのような根拠で?」

「先日我々は人類ではじめてATフィールドを観測しました。それまではATフィールドの強度を予想してシミュレーションしてきました。しかしそれには誤差が生じます。」

「つまり、使徒のATフィールドは予想よりより強固であったと…?」

「そう言うことです。」

シンジはいとも簡単に使徒のATフィールドを突破したが、それは初号機のATフィールドで中和した結果である。ATフィールド中和圏内という距離はもはやパレットガンの距離ではなく近接戦闘武器の距離となる。その場合パレットガンの出番は無い。

もう一点、破壊力の質の違いがある。プログナイフは長振動刃という特殊な攻撃方法をとるが、パレットガンは衝突と爆発による破壊となる。こういった攻撃は使徒の構成素材に通用しにくい。それは先日のN2地雷の結果からも明らかだ。あの爆発は確実にATフィールドを突破したが、結果は表面を焦がしただけにすぎなかった。それに対してプログナイフはコアに突き刺さり火花を散らして使徒に致命傷を与える事が出来た。

ここでリツコより正式にパレットガンは牽制用途ぐらいにしか使用できないという技術部の見解を示した。

ドイツで開発中のソニックグレイブ、スマッシュホークに関しては、弐号機と同様、近日中にこちらに提供される可能性は低い。暫くの間はプログナイフとパレットガンの組み合わせで戦うしかない。

ここでミサトから例の案が飛び出した。長振動処理刃の投擲である。

「それは…面白いかもしれませんね。」

「…確かに…それであれば中間距離を埋められるかも…。」

シンジそしてリツコが唸る。

マヤや青葉はビックリした様子だ。聞いた瞬間”バカじゃねーの”と思ってしまった2人だが、よく見たらシンジとリツコが真剣に悩んでいるではないか。

「その件に関しては技術部で検討させていただきます。回答は…スケジュールが埋まってますから…来週ですね。」

「了解。」





この後、議題になったのはシンジと零号機のシンクロ率についてだ。

予想外の低シンクロ率で始まり、シンクロモニタの暴走が起き、それでも零号機は恐ろしいほどのポテンシャルを見せた。

この件は昨日の今日であるので、調査中である、という締めくくりが成された。司令部の要請により調査を行うのはシンジである。まったくもってシナリオどおりだ。リツコやマヤは、零号機に急遽搭載されたシステムの存在を知らない。

この後、調査などする筈もない。「シンクロモニタのプログラムにバグがあり、シンクロ開始時からその影響があったと思われる」と報告すれば事足りる。リツコはともかくミサトなど適当に言葉を並ばせれば何も言う事は出来ない。

尚、ミサトはこの場でシンジに対して命令違反を追及するつもりでいたが、序盤で作戦部の失態を突かれてしまったため、結局言い出す事は出来なかった。





ツカツカツカ

プシュー

リツコ、ミサト、シンジは遅めの昼食へと退席していった。残っているのはオペレータの3人とカヲルである。

「あの渚2尉…、前にも言ったけど俺達にはもっと普通に話してもいいよ。こっちも堅苦しいのは…」

「そうそう…階級も同じなんだし。」

「うんうん。私もそのほうがやりやすいし。」

日向の発言に青葉とマヤが便乗する。

彼らは渚カヲルという人間に対して壁を感じていてそれを取り除きたいと思っている典型的な平和主義者である。

(日本の組織は伝統的に和を大切にすると聞く。任務のためには修正すべきか。)

無表情に思考を進めるカヲル。

「わかった。日向、青葉、伊吹。」

「「「……。」」」

「日向、私はこれよりスケジュール通り訓練施設に向かう。後を頼む。」

「…あ、…ああ。気をつけて。」

(…? 妙に間が空いたが…何だ…? )

クルリ…スタスタスタスタ…

プシュー

「い、いきなり呼び捨てか…。」

「変な子ですね…ほんと。」

「お前らはいいだろうよ。俺は同じ部なんだぞ…。」

「ま…まあがんばってくれ。」

日本では常識外の行動に出る新入りに、古参の3人は人間関係の構築に悲観的になりつつあった。









参拾弐

シンジはゆっくりと歩いていた。昼食を終えた彼は白衣姿で司令室に向かっている。

灰色の廊下だ。ネルフの通路というのは何処もかしこも機械の冷たさで閉ざされている。近未来的といってしまえばそれまでかもしれないが、真に未来的であれば通る者に対して温かみを持たせる工夫があってよさそうなものだ。

そんなひんやりとした場所に女の子が座っていた。公園のベンチのような無機質な青い椅子に。

シンジは歩みを止め、顔を彼女に向けた。

女の子はネルフの制服を着ている。

「はじめまして、碇シンジ君。」

「はじめまして…かな? 監査部の霧島マナさん。」

「ど…どうして私の事を…」

「今年に入ってからの新しい人の人選に関しては僕も関わってるからね。」

「そ、そうなんだ…。あはは…ビックリした。」

「クスッ…そんなにビックリする事じゃないと思うけど?」

「は、ははは…。」

ショートカットの霧島マナの顔は強張っている。笑みも無理矢理作っている感じがする。

既にシンジの周りには多数の保安部の人間が集まり、2人の様子をうかがっている。何かあった場合彼らはシンジの盾となり、彼女を捕らえる必要がある。

彼らが迅速な行動を取れる理由は、既にこの事態を予想していたからである。つまり、霧島マナという人物が碇シンジとの接触を伺っているという情報が、彼らの元にあったということだ。

本来ならば霧島マナとシンジを接触させる前の段階で彼女を捕らえることも出来たが、それはシンジの命令で取り消されている。

「あのシンジくん、いえ碇3佐…」

「いいよ。普通に話してくれた方が僕もうれしいし。確か僕と同い年だったよね。それにしては背が大きいね。うらやましいよ。」

「えっ…碇くんは別に普通くらいだと思うけど。私…自分の背が高いのはあんまり好きじゃないの。」

「でも背が高いと服とか何でも着れるから、いいんじゃないの?」

「あ…うん。それはいいところなんだけどね。」

シンジから見ると霧島マナは頭半分弱ほど背が高く姉と弟と言う雰囲気すら漂うが、彼女の顔は童顔だ。なので同級生と聞けばそうとも見える組み合わせとも言える。

「霧島さんは…」

「マナ。」

間髪与えず修正を促すマナ。シンジはそれに苦笑気味だ。

「マナ…でいいの?」

「よろしい。」

「マナは僕に何か用かな? 悪いんだけど今からは空きが無いんだ。何も無いんだったらもう行くけど。」

「え…。その…今日はシンジくんとお話したいなあとおもって…。」

「そうなんだ。本当に悪いんだけど急いでるんだ。また今度ね。」

「あ…」

スタスタスタ…

マナの呟きを無視して身を翻し、シンジが歩き出す。

2人の距離が開くと、保安部員もシンジに合わせて物陰を移動する。当然霧島マナに彼らの動きは見えない。

「あっ…あの! よかったら今度お昼でも…!」

マナがシンジの背中に問い掛けると、シンジがクルリと顔だけマナに向けた。

「判ったよ。今は忙しいからまた今度ね。」

スタスタスタスタ…

シンジはしつこい女性の誘いを断る典型的な言葉を言って去っていた。

その返答を聞いたマナは無言でシンジの背中を見つめ、ふぅーっと大きな溜息を吐いた。









参拾参

数日後。深夜。

渚カヲルはネルフでの業務を終え、コンフォート17の自宅に戻っていた。葛城ミサトの隣部屋である。

内装も間取りもまったく同じ部屋だ。

カヲルは寝室で定期報告書を携帯端末で作成したあと、睡眠に入ろうとしたが思いとどまり、また新しいファイルを作成していた。

ファイル名の先頭に”Diary”とある。

彼女はネルフに来てから日記をつけるようになった。

ある日、ミサトと共に食材を求めコンビニエンスストアに行った際に発見したペーパーデバイスに興味を引かれた。

日記帳と書かれたそれは、自分の一日の行動を振り返りそれを記録する為のノートであるらしい。どういう育ち方をしたのか、彼女は日記を付けるという事を知らなかったのである。

自分のその日の行動やその日に合った様々な出来事、そしてその考察を残す、という行為に興味を示した。何故か判らないが、自分自身が存在した事を別の形で残すという事に非情に惹かれたのである。

そして、日記という物を付ける手段として彼女は携帯端末を選択し、就寝前に新しいテキストを作成する事が彼女の日課となりつつあった。

これまで彼女の日記は任務に関する事ばかりで、報告書と何ら変わらない文章が出来上がってしまった。これでは報告書作成と何ら変わらないとカヲルは思った。

しかし、中にはミサトの殺人ドライブや、オペレータとの日常の会話などもまれに紛れ込んでいる。日記だからこそ記述される事柄もある。

最近カヲルは自分の日記を読み返してそれに気が付いた。これが日記という物なのだと。

パチパチパチパチ…

ミサトと一緒に車で出勤の事、作戦部での様々な事、発令所のオペレータ達の事。今日あった事を次々と入力してゆく。

本人はまったく気が付いていないが、なんだかんだ言いつつもカヲルは周りに溶け込みつつあった。

それはネルフという組織に、碇シンジや綾波レイといったカヲルと似た前例があったからである。レイに比べればカヲルの方がよっぽど愛想が良い。

また、オペレータ達とは仕事以外でも接する機会が増えた。あの呼び捨て事件によって、逆に彼らも開き直ったのか、よく話し掛けてくる。

組織に溶け込むのは任務を円滑に進めることに繋がると考え、カヲルはこれを受け入れていった。





某日 快晴

朝出勤途中に、葛城1尉と共にファーストフード店に入り朝食。最近はこのパターンが多い。修正の必要性有り。

私は朝昼の食物摂取を多く採る習慣が付いている為、彼女に比べてかなり多く注文する。彼女は未だに眠そうにポテトとコーヒーを啜る。低血圧なのだろうか? それにしてもそんな状態であの走行をするのはある意味凄い。

今日は初号機、零号機の各種実験は行われなかった。来週から行われる武器のデータ採取実験の準備らしい。

それにしてもサードチルドレン碇シンジのシンクロ率はどういうことだったのだろう? これまでの模擬実験では例外なく90%以上で安定していたというのに…零号機では40%台。そして初号機ではまた90%台…。使徒戦の時はシンクロモニタのバグという報告が上がっているが…、それにしては安定して起動していたようにも見える。伊吹も同じように思っている事から、何か裏がありそうだが…。

シンクロモニタにバグが無かったと仮定してみたとして…、ファーストチルドレンと零号機は模擬実験とそれほど誤差は無い。サードと零号機で前回出撃したがその時はシンクロ率が安定しなかった。ということは零号機や初号機の問題ではなく、サードの問題という事か。この件に関しては引き続き情報収集を行う必要がありそうだ。

最近になってオペレータ連中が頻繁に話し掛けてくるようになってきた。潜入調査をする身にとっては、内部に溶け込む事は大事な要素だ。これはこれで構いはしないだろう。しかし、何故よりによって私に話し掛けてくるのだ? 大して社交的になったわけではない筈であるから、私と会話をしても面白くも何とも無いはずなのだが…。









参拾肆

第3使徒を撃滅してから3週間。

零号機のパーソナルを元に戻しての起動実験は週の半ばに成功した。一方の初号機もサードチルドレンを迎えた単独の起動実験を行い、これも成功を収めた。しかもシンクロ率は90%台である。シミュレーションによる数値と誤差は無い。

現在は射撃攻撃がメインとなるであろう零号機とファーストチルドレンによる、インダクションモードの訓練が行われている。

インダクションモードとはエヴァの操作モードの1つである。エヴァの標準入力は思考伝達とコントローラ操作の2つがあり、通常モードでは神経接続が優先される。インダクションモードでは逆にコントローラ操作が優先される。これは正確な目標攻撃の為コンピュータによる誘導をメインに置く考えから採用されている。

管制室にはリツコ、マヤ、ミサト、カヲルの女性4人がプラグのモニターに映るこれまた女性のレイを見ている。

「おはようレイ。調子はどう?」

『問題ありません。』

「それは結構。エヴァの出現位置、非常用電源、兵装ビルの配置、回収スポット。全部頭に入っているわね?」

『はい。』

リツコの長ったらしい確認に即答するレイ。確かに彼女ならそれくらいは丸暗記していそうな気がする。

補足ではあるが、カヲルも任務に必要だと丸暗記している。ある意味似た物同士なのだろうか。

「では昨日の続き。インダクションモード始めるわよ。」

ピピッ!

プラグ内の電源モニタが外部電源表示となり、インダクションモードによる訓練が始まった。

ガシャン!

擬似空間内で零号機がパレットガンを構えると、それにトレースするように現実の零号機も動き出す。

モニターには第3新東京市が正確に再現され、これまた正確に第3使徒も再現された。MAGIであればこれぐらいの事は朝飯前である。

『…攻撃します。』

こういう報告はできるだけその都度入れるように作戦部が教育している。

パパパパパパパ!!

ドガァァァ!!!

正確に使徒のコアに直撃させるレイ。

「次。」

パパパパ!!!

ドガッ!

次々と現れる使徒を消し去ってゆく。流石に射撃が得意というだけの事はある。

(やはり射撃は素晴らしいな。経験は少ない感じだが…才能でカバーしている。)





次々に成績をあらわす数値やらグラフやらが管制塔のモニタに表示される。

「…いい数値ですね。」

平均を大きく超える反射速度が次々と記録されるのを見てマヤが感嘆する。

「伊吹、やはり平均値を大きく超えているのか?」

自分が感じたものがどの程度なのか気になったカヲルがマヤに聞いた。

「うん、射撃成績は世代平均と比べても180%の数値が出てるし…。反応速度だけならシンジ君に匹敵する数値が出ているから。」

溶け込んだ証なのか、随分と砕けた口調でマヤは話す。彼女は年下に呼び捨てにされても気にするような性格ではない。

「…随分と親しくなったのね。あなた達。」

「別に普通ですよ。ね、渚2尉。」

「ええ。」

リツコやミサトがいる手前なので「ああ」というフレーズは言わない。レイと違ってカヲルは一応そう言う常識は分かっている。

「ダメダメェ。本当に親しくなったなら私みたいに”カヲルちゃん♪”って呼ばないと。」

ニターといやらしい笑顔を作り喋りだすミサト。カヲルが大勢の前でちゃん付けで呼ばれる度に、バツが悪そうな顔をする事を知っている。ミサトはそれを照れていると勘違いしており、そういう事をオモチャにするのが彼女の趣味の1つである。

(勘弁してくれ…)

階級の手前、表立って反抗は出来ないが、全身で負のオーラをミサトにぶつけるカヲル。ミサトは一瞬ビクッとしたが、気づいてないフリを通しているようだ。たいした根性である。

「…その…渚2尉、そう呼んでもいい?」

「却下。」

「…ちょっと残念かも。」

即答するカヲルにマヤは恨めしい顔をする。少女趣味の彼女なら、14歳の銀髪少女にちゃん付けで呼びたくなるのは当然の事だ。綾波レイが難攻不落であることを考えると、せめてカヲルぐらいには夢を託したいものである。結局、そんな特殊な趣味がわかるわけが無いカヲルは当然の如く切り捨てるのだが。

「マヤ…私語はそのくらいにして。…ミサト、例の飛び道具の件だけどシンジ君から聞いた?」

「え? …いえ、何にも聞いてないけど。」

頬杖をついて自分が招いた事態を見ていたミサトが、ややシリアスな顔になった。

「そう…。投擲武器じゃなくて、弓状の武器として設計に入るらしいって。後でシンジ君に聞いてみなさい。」

「弓ぃ? ふーん、りょーかい。」

ミサトは弓という言葉に意外なものを感じたが、シンジのやっている事なので大丈夫なのだろうと考えた。彼に対して文句を言うものの、その技量は認めざるを得ない。





(弓…いやボウガンか? …どういう…?)

一方カヲルはそれをきいてシンジの考えを推測したが、数秒後、彼女の体に衝撃が走った。

キーーーーーーーン!!

ガシャン! ガシャン! ガシャン!

突如カヲルの頭の中に甲高い音が響き渡り、ガラスが割れるような衝撃が脳を襲った。

(こ…これは…発作かっ…!? くっ…薬は…)

特異体質である彼女は、定期的に原因不明の発作が起こる。

事前にゼーレが用意した薬品を処方すれば苦しみはほとんど無い。しかし環境の変化からか発作の間隔にずれが生じてきており、前回の発作のときもミサトの家で苦しむ事となった。

カヲル自身もそろそろ発作が起こるかもしれないと予想はしていたが、事前に処方する事はしなかった。というのは、その薬品が効力を発揮するのは発作の直前か、もしくは発作中であるからだ。であるならば、数の限りもあるので発作してから処方すればよいと考えた。

一見、建設的な思考だと思われる。だが、その発作というのはカヲルにとって地獄の苦しみを味わう事なのだ。これは本人にしか分からない。その地獄の苦しみを受け入れてから処方しようと考えられるところが彼女の凄いところであり、人間味が無いところでもある。

グラッ…

「カヲルちゃん!」

急にフラフラしだしたカヲルをミサトが慌てて抱きとめる。

「う…だ、大丈夫です。す、少しトイレにいってきます。」

「それはいいけど、1人でいける?」

「ええ、問題ありません。では…」

プシュー

フラフラと退室していったカヲルをみてミサトは不安そうな表情だ。

「………。」

無言でリツコが鋭い目線をカヲルの背中に送る。

「どうしたのリツコ?」

「いえ、少し気になっただけ。」

フッと目線を落とすリツコ。まだ彼女の雰囲気は重い。

「ま、心配ないんじゃない? あたしの勘ではたぶんアノ日ね。」

「………。」

そのあんまりな対応の仕方にマヤは閉口すると同時に赤面した。





昼過ぎ。

ウゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーー!!!

『只今、東海地方を中心とした関東・中部の全域に特別非常事態宣言がを発令されました。速やかに指定のシェルターに非難してください。繰り返しお伝えします…』

第3新東京市に甲高いサイレンとひどく落ち着いたアナウンスが響き渡った。

ネルフ本部発令所では、既に要員が指定に位置につき作戦を開始しようとしていた。

「目標を光学で補足。領海内に進入しました。」

「総員、第一種戦闘配置。」

青葉の報告で副司令の冬月が第一種戦闘配置を宣言した。

「了解! 対空迎撃戦用意!」

「第3新東京市、戦闘形態に移行します。」

「中央ブロック、収容開始。」

ウィィィィィィーン…ガタン! ガタン!

「中央ブロック及び第1から第7管区までの収容完了。」

「政府及び関係各省への通達終了。」

「現在、対空迎撃システム稼働率48%。」

「非戦闘員及び民間人は?」

「既に退避完了との報告が入っています。」

ジオフロントのシェルターにはすでに小中学生のチビッコ達が溢れ返っている。

「第4の使徒襲来…。意外と早かったわね。」

「前は15年のブランク。今回はたったの3週間ですからね。」

あの世界ではゲンドウは中東に飛び立っており、ネルフには居なかった。しかし今回は、予算に特別問題があるわけでもないので、どっかりと司令塔でポーズを決めている。

「こっちの都合はお構いなしか。女性に嫌われるタイプね。」

(こっちの都合にお構いなしの奴は男だって嫌なもんだが。)

青葉は心に思ったものの声には出さない。賢明な判断だ。

パパパパパパパパパパ!!!!

上陸した使徒に対して丘からミサイルランチャーが発射されたり道路に設置された重火器が乱射されたりし、使徒の周りで凄まじい爆発が連続して起こるが、使徒本体にはかすり傷すら付けられない。まったく苦にしない様子で攻撃を無視し使徒は侵攻を続ける。

「税金の無駄遣いだな。」

「委員会から再びエヴァンゲリオンの出動要請が来ています。」

「うるさいヤツらね。言われなくても出撃させるわよ。」

青葉の報告に対してうっとおしそうにミサトが言う。しかしこの返しは青葉が可哀想な気がする。とばっちりをうけた彼は階級の事もあるので何も言わなかったが、”何で俺が”といった理不尽な表情をしている。それは無能な上司を持つ確率の高い日本のサラリーマンであれば共有できる感情だ。





洗面所についたカヲルは、サイレンを聞いて事態を知り、一刻も早く発令所に戻る必要があると判断した。

ポケットから小型の瓶を取り出す。例のLCLとラベルの貼られた瓶だ。中身はドロドロの血のような赤い固形に近い液体が満たされている。

「はぁはぁ…はぁ…」

ゴクン! ゴクン!

いっきに液体を飲み干す。すると、青白かった彼女の顔が次第に赤みが増し、頭に直接響いていた耳障りな音も徐々に消えていった。

この時の感覚は何ともいえない快感が伴う。自分の体が溶けて他人の境界が無くなってしまったような…、その世界で脳のぼやけていた記憶が一気に鮮明になるような…、そういう快感だ。彼女はそれに溺れる事は無いが、一般人がこれを知ったらポン中どころではすまないかもしれない。それほどの強烈なものなのである。

「はぁ…はぁ…。ふぅ……、発令所へ急がないと…。」





ブシュウウゥーー!!! ガシャン!!

ケイジに格納されている初号機、零号機にエントリープラグが回転しながら挿入された。

『エントリー、スタートしました。』

『LCL、電荷。』

『圧着ロック、解除。』

パァァァァァァーーー…

プラグ内の黄色の液体が一瞬で透明に変わる。

「シンジ君、レイ。出撃、いいわね?」

『『はい。』』

「2人とも…作戦どおり。よくって?」

今回はネルフ初のエヴァ複数体によるオペレーションである。1対1であった前回に比べれば作戦という面でははるかに融通が利く。

武装は2機ともパレットライフルを装備している。ウェポンラックには申し訳程度にプログレッシブナイフが収納されているが使用するのは専ら初号機で、零号機はひたすら後方援護に徹するだろう。

今回もUNによる攻撃が行われたものの、サキエルと違いシャムシエルは彼らを無視してやってきた。ネルフには今回の使徒がどういう攻撃能力を持っているのか未だに判っていない。

本来であれば先の戦闘のように初号機による奇襲で一気にカタを付けたいところだが、相手の能力がわからない以上そういうわけにもいかない。使徒は複数体存在しているから、ここで終わりではないのだ。零号機先行で索敵を行う事も検討されたが、零号機を失う危険性を拭えず結局初号機もはじめから出撃させ最大戦力をもって迎え撃つ事となった。

まずは遠距離からパレットライフルで攻撃、これで様子を見る。できればここで使徒の攻撃方法を確認し、MAGIで分析し対策を講じ、反撃にでる。

とはいえ、パレットライフルがATフィールドに阻まれるのは目に見えているうえ、ATフィールドを中和した状態で打ち込んだとしてもその効果は非情に薄いと思われる。また接近戦に耐えれるだけのスピードを零号機…というよりレイは引き出す事が出来ない。必然的に前衛が初号機、援護が零号機という組み合わせになる。

零号機はひたすら敵の注意をひきつける事に徹する。また、初号機が接近戦に入ったらむやみに援護をしないことが重要だ。その段階まできたら彼女の役割はもう終わっているし、下手に打ち込んでもダメージを与えられないばかりか、爆炎で視界がさえぎられ初号機の邪魔になりかねない。使徒が光の反射で周り見ているとは思えないので、こちらにのみ不利な状況を作ってしまう事になる。









参拾伍

「遅れました。」

カヲルが発令所についたのは発進直前の段階であった。

チラ、と目でミサトから所定の位置に着けと合図を送られる。

(また妙な形の使徒だな…。)

「発進!」

ガシャン! ガシャン! バシュゥゥーーーーー!!!

ガシャ! ガシャ!

エヴァ2機は一気に上昇し、地上へ踊り出た。

『目標を確認しました。作戦を開始します。』

パパパパパパパパパパパパ!!!

両機のライフルから凄まじい轟音と共に、劣化ウラン弾が連続して発射されと、シャムシエルを爆炎で包み込んだ

ドガガガガガーーーーァァァ!!

(ATフィールドか?)

カヲルがそう判断する間もなく、オペレータから報告が入る。

「目標よりATフィールド発生! 出力が上昇していきます!」

「駄目です。エネルギーが目標に到達していません!」

「ちぃっ! シンジ君、レイ! 射撃を止めて様子を見て!」

『了解。』

今回は爆炎が上がるほどは打ち込んでいない。射撃が止むと直ぐにATフィールドを確認できた。

次の瞬間、シャムシエルの触手がとてつもない速度で襲い掛かってきた。

発令所で見ていたカヲルと初号機のシンジの声がシンクロして響き渡った。

「『下がれ!』」

『っ!?』

ビュン!!! シュバ!!!

2人の言葉で咄嗟にバックステップを行った零号機。先程まで居たそこに光の鞭が電撃の如く踊りまわり、その空間を切り刻んだ。

(使徒にも若干の殺気はあるようだな…。だからサードにも私にも攻撃が来る事が分かった。しかし…あの武器は厄介だ。接近してのプログナイフは危険すぎるか…。リーチも破壊力も違いすぎる。かといって中間距離ではATフィールドに阻まれる…中和したところでパレットガンではダメージが与えられるかどうか…。さて…ネルフはどう動く?)

一瞬でそこまで考えるカヲル。それに対して発令所のメンバーは目の前のことで手一杯だ。

「は、速い! マヤ!」

「はい!」

敵の強力な攻撃に驚愕しつつマヤに指示を出すリツコ。マヤの手がキーボードの上を凄まじい速さ踊りその指示をMAGIに命令する。

パチパチパチパチ…!

「触手の先端が音速を超えて…! ATフィールド中和圏内では…装甲を貫通されます!」

マヤが叫ぶように報告する。

「ミサト! どうするの!?」

リツコがミサトに振りかぶる。遠距離戦はまったく通用しない。接近戦は装甲を貫通する光の鞭がある。この時点で当初の思惑だった作戦は頓挫している。

流石のミサトもそこまでは分かっていた。が、その対処方法は短絡的といわざるを得ないものを披露してしまった。

「くっ…接近戦は厳しいか……。作戦を練り直すわ! ここは一時撤退! 回収ルートは34番、山の東側に後退して…」

「駄目です、それは…」

カヲルが直ぐに命令の欠陥に気付き、異議をとなえかけたがそれより先にシンジが叫んだ。

『正気ですか!? 敵は直上に居るんですよ!』

「あんた…また私の言う事に…!」

いきなり顔を真っ赤にさせて初号機のモニタを睨みつけるミサト。いま彼女の頭は使徒を倒す事から、自分の作戦を14歳のガキに揚げ足を取られた事に切り替わってしまった。

(貴女の相手はサードチルドレンではないだろう?)

カヲルもそう思ったが声に出す事はしない。

『今はそんな事を言っている場合じゃないって何で分からないんですか!?』

戦場の現場からの悲痛な声に、最高権力者が答えた。

「…葛城1尉の命令を撤回する。」

「な…司令! しかし…!」

「状況を考え給え。君はジオフロントを目の前にして使徒が侵攻してこないとでも思っているのか?」

「…う……。」

そんなあまりに無駄なやり取りをしている間に、シャムシエルの鞭は初号機に襲い掛かってゆく。

シュババ!!

それをギリギリで横に避ける。斜め正面にあったはずの兵装ビルは木っ端微塵に爆散してゆく。恐ろしいまでの切れ味だ。

『クッ! 命令が無いんなら勝手にやりますよ! 綾波! 中和圏内に接近する! 援護を!』

「また! 勝手な行動は…!!」

ミサトはまた顔を真っ赤にさせ、激昂しながらシンジを睨みつけた。彼女は最高権力者たる司令には腰が低いが、内心14歳のガキと思っているシンジに対しては指図や抵抗をされる事に安っぽいプライドが許さないのだ。

当然のことながら、彼女の言葉にチルドレンの2人はまったく反応しなかった。当事者の彼らはそんな事を耳を貸している場合ではない。

(…あの状況では命令を待つのは無理だな。また作戦部の過失か。まあ私には関係ないが。)

カヲルは作戦部を完全に他人扱いした。自分が作戦指揮をとっていればもっとうまく展開させる自信がある。彼女はそれほど自信家というわけではないが、プライドなどまるで無い彼女もこんな無能と一緒にされたくはない。

『援護します。』

レイが簡潔にシンジの問いに答え、零号機がライフルを再び構える。

バッ! バッ!

初号機はサイドに流れ、零号機はバックステップを行って距離をとる。

零号機は断続的にバックステップを繰り返し、距離を保ちながらパレットガンを点射する。

パパパパパパパ!! パパパパパパ!! パパパパパパ!!

劣化ウラン弾の爆風は周辺を放射能汚染する事はあっても、シャムシエルにダメージを与える事は無い。すべてATフィールドに阻まれている。

ATフィールドが無かったとしても、直接的な爆発エネルギーは使徒の構成要素に通用しない事はMAGIの予測でも明らかである。また、放射能の類も使徒に通用するのかどうかかなり怪しい。

レイもそれをわかっているので連射などせず、5、6発セットで撃ってはステップをし、また5、6発づつ打ち込むと言った様子で牽制に徹している。彼女の射撃成績は大変優秀であり、その行動にまったく無駄は無い。

ガキン!!

シャムシエルは攻撃を止め、前方にATフィールドを展開した。防御に集中しているようにも見える。

(うまい…良い注意の引き付け方だ。これならば…)

レイの射撃を見て改めてカヲルは感嘆した。惜しいのはパレットガンでは牽制程度にしか使えない事だ。あの才能を眠らせておくのは非常にもったいない。

零号機が牽制している間に、サイドに流れた初号機がビルの間を駆け抜け一気に接近してゆく。

「初号機よりATフィールド検出! 目標のフィールドを中和してゆきます!」

「すごい! もう完全に中和して…。」

青葉の言葉を示すようにリツコの目の前のサブモニタでは凄まじいATフィールドの侵食を映し出した。

『綾波! 打て!』

『……!』

レイはシンジの命令で、点射とバックステップを止めオートでコア目掛けて全弾発射をした。

パパパパパパパパパパパパ!

大量の弾丸がシャムシエルに吸い込まれる。

シャ!!

信じられない事に、シャムシエルは高速で横に移動し攻撃をかわした。

ようやく冷静さを取り戻したミサトが指示を出す。

「レイ! ライフルで追って!」

『了解。』

パパパパパパッパパ!

今度は、オートのまま掃射を行うレイ。しかしシャムシエルその軌跡とクロスするようにまた横に移動する。

シャ!!

ドガガ!!!

シャムシエルと弾丸の軌跡が重なった地点で数発ヒットする。しかしそれはコアに直撃するような正確性は見込めない。その他の部分に当たったところで使徒の構成素材にかすり傷すら付いていない。

『こちらからも攻撃する!』

パパパパパパパパ!

こんどは零号機よりも近い中間距離で初号機のシンジがライフルによる攻撃を開始した。

その斜線上は正確にコアを捉えているが、接触する直前に使徒は身を翻す。

シャ!

ドドドガガガガガガガガ!!!!





シンジの放った劣化ウラン弾は使徒が直前までいた空間をとおり、その後方に位置していた神社付近に着弾した。

ドォォォォォーーーーーーン!!

シャムシエルの後方から爆発による光が周りを包み込む。初号機から見るとシャムシエルのシルエットが光の中で黒く切り抜かれたかのようだ。その光の中で小さな2つの人影がまるでゴミ虫のように吹き飛んだ。

ニヤリ

初号機の中のシンジが笑みを浮かべた。いつも見せる透明な笑みではない。口の端を吊り上げ、雲の上から地上を見下すような、そんな表情だ。初号機のエントリープラグの空間だけ非情に冷たく感じる。

ゾクッ!!!

発令所のメンバーは皆メインモニタに集中していたが、唯一カヲルはモニタに映るシンジの姿を凝視し、その笑みに戦慄した。とてつもない寒気はモニタを通して彼女を殺気立たせた。身の危険を感じた彼女は、上着の内側に忍ばせた装飾刃「スティレット」に手を伸ばす。

(恐ろしく冷たい気配だ…! この私が手に汗をかいている…!?)

シンジは爆発の余韻を楽しんでいるかのように、陰険な笑みを浮かべつづけている。カヲルはその表情から目が離せない。

(碇シンジ…彼は一体!?)





「なんて反応速度なの…!? あの距離でかわすなんて!」

「ミサト、どうするの!?」

「くっ…こうなったら接近戦しか…!」

「正気!? あの武器を相手に…!」

「じゃあどうしろっての?! ライフルは効かないのよ!」

発令所の面々は喧騒を増すばかりで、シンジの笑みは誰も見ていない。

『…任務了解、作戦を遂行します。』

低く静かにシンジが答えた。

パパパパパパパ!!

零号機がまた遠距離から射撃を繰り返す。

バキン!

今は中和圏内ではない。シャムシエルは前方にATフィールドを展開し、パレットライフルの爆風から身を守る。

その隙に初号機は先程とは逆の方角から一気に接近する。

「初号機の様子が変です! シンクロ率は安定しているのに出力がまるで…」

グルゥオオォォ………

マヤの言葉が発令所の面々を初号機に注目させる。そこには不気味に口から白い息を吐きながら、高速で旋回し獲物を狙う紫の鬼の姿があった。

(は…速い! 先程までとはまるで比べ物にならない!?)

目を見開き、シンジと初号機を交互に見やるカヲル。

ダン!

比較的大きな集光ビルの上に飛び乗る。そしてガシャンという音と共に、掃除機の電源コードを引っこ抜いた。

「初号機が外部電源パージしました!」

『はぁぁっーーーー!!!』

ルヲヲヲヲォォォォォォオオオォヲヲォォォオオオーーーー!!!!!!!!

ドンッ!!!!

青葉の報告をさえぎって、初号機とシンジは凄まじい雄たけびと共にとてつもない速度でシャムシエルに飛び掛った。一瞬でその場から消え去った初号機は、次の瞬間シャムシエルの胴体に強烈な体当たりをぶちかましていた。

「目標のATフィールド消失!」

「初号機はゲインに切り替わっています! 残り50…いえ40秒! エネルギー消費が異常です!」

ゴゴゴゴゴゴゴ……!!

初号機とシャムシエルは絡み合ったまま2,3棟ビルをなぎ倒し、凄まじい砂煙を数百メートルにわたって立ち上らせてようやく止まった。煙の中ではシャムシエルの上に初号機が覆い被さるような格好だ。

「シンジ君のシンクロ率は!?」

「きゅ、91.6%で安定しています! し、しかしそれにしては…!」

「どうなってるのリツコ!?」

「こ、これが初号機の力なの…?」





ピー、ピー、ピー!!!

初号機のエントリープラグ内は赤いライトが点滅し、残り電源容量を刻々と刻んでいる。

『ふははははははっ!!』

普段のシンジからは想像も付かない、陰を帯びた笑い声が響き渡る。

「シ、シンジ君…?」

マヤがモニタリングを放棄してシンジに問い掛けるが、シンジから返答は無い。

スバ!! ズバ!!

プログレッシブナイフが弧を描き、2本の触手が根元から鮮やかに分断された。その技量の高さと攻撃の凄まじい速度にさらに目を広げるカヲル。

(何と!?)

ドシュ!! ドシュ!!

金色の触手は上空に吹き飛ばされ、その輝きを失いつつ遠くへ落下する。それはシャムシエルに武器が無くなった事を意味した。

『死ねよ!』

ガシュ!!!

剥き出しになっているコアにプログレッシブナイフが吸い込まれた。

ガシュウウウウゥゥゥゥゥゥー!!!!!!

長振動でコアの内部から火花が周辺に飛び散ってゆく。

キーーーーィィ!!!!

時間の経過と共にコアの輝きは急速に失われる。

『ふっ…ははははははっ!!!!」』

バキィ!! バキィ!!

シンジと初号機はそれだけでは飽き足らず、空いている腕で強烈なフックを横からコアに浴びせる。

バキィ!! バキィ!! ドゴォ!! バキィ!!

初号機の攻撃は蹴りも加わりさらに激しさを増す。数十秒後、シャムシエルは断末魔の叫びを上げる事もなく活動を停止した。

『ははははははっ! ざまあみろぉ! ふはははははっっ!』

パターン青が消えた後も、シンジの笑い声だけは暫く響きつづけた。

発令所のメンバーが恐ろしい物を見る目でシンジを見ているのに対して、司令塔のゲンドウは笑みと共にシンジの様子を頼もしげに見やっていた。









参拾伍

ミーンミーンミーンミーン…

病室というのは固定観念があるのかやたらと白い。それはネルフの息がかかったこの病院にもいえる。

第3新東京市の中心部に建つこの病院は、この地方最大級の規模を誇る。ジオフロントのネルフ直轄の施設には及ばないものの、それ相応の機材もスタッフも揃っている。

ただしこの病院に通院できるのはネルフ関係者かその家族だけである。第3新東京市に住む人間の殆どは何らかの形でネルフと関わっているので、あまり影響は無いのかもしれない。だが、セカンドインパクト後のこの世界でそんな傲慢がまかり通っているのは、ネルフの力の強大さが伺える。

この病室に担ぎ込まれた2人の少年も、親がネルフに勤めている。

「…うへへへぇ…。」

「痛いぃぃ……、痛ぃいよおぉぉ…。」

全身真っ黒のジャージの少年はだらしなく開いた口から涎を垂れ流しつつけ、目の焦点がまるであっていなく、首が据わっていない。そして顔を見れば呼吸を促すための管が鼻の穴に突っ込まれている。

もう一人のそばかすの少年は痛み止めが効かないのか、汗を拭き立たせ痛みに声を震わせている。

鈴原トウジは体に傷は負わなかったが、脳にダメージを受け重度の脳障害を負っていた。

相田ケンスケは頭部は無事であったが、両手両足を根元から切断されていた。