旧白雲楼ホテル   本館「万里荘」、貴賓館「長風閣」

昭和12年(1937) 設計・中村一秀(大林組)
「白雲楼ホテル」正面広場全景

本館と貴賓館の2つの異なる様式の建築が絶妙な調和を見せています。たびたびパンフレットの表紙を飾った定番のアングルです。
左:本館「万里荘」
右:貴賓館「長風閣」

「白雲楼ホテル」のシンボルともいえるスペイン瓦葺きの本館。

昭和初期の和風旅館建築の典型とも言える貴賓館。
昭和天皇が宿泊した歴史を持ち、格式の高い空間が広がります。
左:大宴会場「医王」 右:コーヒーラウンジ

贅を極めた宴会場。かつては絢爛豪華な襖絵がありました。柱は節が殆ど無い素晴らしい材を用いています。天井の模様は印刷だと思っていたらなんと手描きでした。照明器具は持ち去られたようです。
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北陸廃物紀行」のダイゾウさんに案内していただきました。

この物件はめちゃくちゃ有名だと思います。廃墟ファン、近代建築ファン、両方に知られる存在でしょう。


「白雲楼ホテル」は金沢のはずれ、湯涌温泉の最も奥まったところにあります。無数の旅館がある北陸のなかでも別格の豪華さを誇り、マッカーサー元帥婦人や昭和天皇も宿泊したことがある、日本を代表するクラシックホテルでした。本館と貴賓館は登録文化財にもなっています。

敷地は660,000uにも及び、350人収容可能、全館合わせて74の客室がありました。数種類のお風呂、プール、カラオケサロン、クラブを供え、テレビドラマのロケにもたびたび使われました。

しかしバブルの崩壊と共に経営は悪化。従業員の解雇や営業所の閉鎖などを行いましたが、倒産。

廃墟となってからは、若者による肝試し、落書き、破壊活動によって変わり果てた姿になってしまいました。また、もともと雪と雨の多い地域であるため、自然崩壊も進んでいきました。そして今年の大雪で屋根が抜けてしまい、もはや修復は不可能です。

無理な増築を繰り返したのと、斜面を利用しているため迷路のような構造になっており、かなり迷います(こーゆーつくりの建物は廃墟になりやすい)。というか暗くて怖い(爆)。廃墟探索に慣れていないとかなり厳しいです。床も腐りまくって壁も剥落しまくっていて、たった数年でここまで痛むのかと思いました。

とはいえ、この立地条件でここまで原型を留めているのも驚きです。当時の入念な施工を物語っているといえます。同時期の摩耶観光ホテルも、斜面に沿って建てられていながら、阪神大震災で殆ど被害を受けていません。戦前の建築って強いですね〜


かつて宿泊したことがある人は、これがどうして廃墟にならなくてはいけなかったのか?と驚かれたと思います。というか廃墟になるべき建物じゃなかったと思います。保存の声は閉鎖当初から起こっていましたが、管財人と温泉協会の対立が続いているうちに痛みは激しくなり、金沢市は解体を決定してしまいました。もっと早くから手をつけていれば違う結果になったのにと思うと悔しいです。


建物は外観だけでも必見です。館内は大宴会場「医王」やフロント周り、玄関の吹き抜け、貴賓館「孔雀の間」、特別室「玉渓」など・・・ 見所がたくさんあり、1日いても飽きません。

しかし館内散策は非常に危険です。もともと迷路のようなつくりである上、床が抜けていたり、雨漏りがあったり、懐中電灯無しでは歩けない場所もあります。

今回僕が全館踏破できたのは、廃墟になってからの建物を知り尽くしているダイゾウさんのおかげです。僕1人で入っていたら絶対迷っていました(汗)


注意:この建築は外観見学は可能ですが、内部はかなり危険な状態にあるため見学はおすすめできません。もし万が一のことがあっても、当サイトでは一切責任を負えません。









地下3、4階にある従業員のための部屋。

ここまで辿りつくには相当な気力を要します。それゆえか、悲しいことに、一番粗末な部屋が保存状態は良かった・・・(汗)

制服がハンガーにかかったままなのが怖い(汗)

地下4階の部屋は3畳しかない、まるで独房のような部屋です。
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