白瀬南極探検隊記念館
平成3年(1991) 設計:黒川紀章
にかほ市出身で、日本人で初めて南極探検に成功した白瀬矗の業績を称えるために建てられた記念館である。
黒川氏の作品に多く見られる円錐形が特徴的だが、この建物では氷山をイメージしているとのことだ(強引やな・・・)。
失恋をした後に館内の「オーロラホール」でオーロラの映像を見ると、心が癒され新しい恋人ができるそうである(笑)。
浄蓮寺書院
昭和7年(1932)
老朽化に伴い取り壊しが決まったため、白瀬記念館の敷地に移築された書院。外観は当時のものではない。
なぜ時代も新しい建物が保存されることになったのかというと、浄蓮寺が白瀬矗の生家であったためである。
白瀬が太平洋戦争中に埼玉の自宅から疎開した際にも、この書院で寝起きしていたという。
蚶満寺山門
江戸時代・中期
松尾芭蕉が訪れた最北の地、象潟に佇む古刹である。僕は幼い頃にも、家族とドライブで訪れた記憶がある。
かつて象潟には松島と双璧をなす景勝地「九十九島」があったが、江戸末期の震災で隆起し、陸地となってしまった。
山門は隆起後に再建されたものだろうか?閑院宮家の御祈願所となっているため、瓦には菊の御紋章が用いられている。
重要文化財
土田家住宅
江戸時代・中期
羽後町の「鈴木家住宅」と双璧をなす、17世紀後半まで遡るであろうと言われる県内屈指の古民家であり、
秋田を代表する形式である中門造りの典型。土田家の先祖は武士であったが、のちに帰農して定住したそうである。
金峰山龍源寺本堂
明治13年(1880)
矢島の中心街のはずれに建つ寺院である。茅葺屋根がすごい迫力である。破風を多用した玄関もこの地方では珍しい。
山門が近年再建されたものでかなり不釣合いな気がしたが、境内は整備されていて非常に美しかった。
西滝沢小学校校舎
昭和28年(1953)
由利の田園のなかに建つ小学校である。数年前に廃校となってしまったが、市では活用策を検討しているという。
正面に玄関を設け、翼を広げたように教室を配している。訪れた誰もが懐かしく感じるであろう木造校舎であり、
教室の机や黒板といった備品も全て残されていた。廊下が特に美しい。映画のセットに使えそうな雰囲気であった。
大倉沢報徳館
昭和5年(1930)
壁の板が張り替えられたためあまり古さを感じないが、車寄せの装飾は非常に凝っており、見るべきものがある。
由利高原鉄道薬師堂駅
大正11年(1922)
旧国鉄矢島線の駅である。第3セクターに運営が移った後も、駅舎は改築されずに当時の面影をとどめている。
無人駅なので駅車内はがらんとしており、時間が止まったような空間である。壁の落書きも古きよき時代を思い起こさせ、
ノスタルジックな世界に迷い込んだような気分になってくる。風景は北海道のローカル駅に似ているなと思ったた。
斎彌酒造店
明治35年(1902)
「由利正宗」などの酒の蔵元である。広大な敷地内に多数の建物が現存している。僕は両関酒造本舗のような、
伝統的な町家形式の建物を想像して行ったので驚いた。2階が洋館チックではないか!!これは面白い!!
庭木に隠れているので見逃してしまいそうになるが、道路に面した蔵も装飾が美しく一見の価値有りである。
加藤医院
大正10年(1921)
大曲警察署の正面にある病院。2階部分のデザインが東京駅の赤レンガ駅舎に似ている。参考にしたのではないか?
黒田医院
明治45年(1912)
車寄せが改造されているのが残念だが、ペディメントの装飾が細やかで美しい。
永泉寺山門
江戸時代・慶応元年(1865)
秋田県で最も優れた門の1つであろう。二層の楼門自体、県内では数が少ないので貴重である。
幕末の建築らしい豪華な装飾が見られる。江戸時代には本荘藩主の六郷家の菩提寺として隆盛したようであるが、
由緒の割にはその他の建物がどうも安っぽく、境内が閑散としているのは何とかしてほしいと思った(汗)。 
奥田邸
昭和32年(1957) 設計:白井晟一
安原盛彦先生から情報をいただいた、ネットではたぶん初公開となる超マニアックな白井晟一の住宅作品である。
秋田中央地域に白井氏が残した貴重な作品。ちなみに建設中、白井氏は一度しか現場を訪れていないそうである。
1階は店舗なのにファサードが閉鎖的だが、2階側面には窓がいっぱいあるのが面白いと思いながら見学した。
JR大曲駅
平成9年(1997) 設計:鈴木エドワード
秋田新幹線の開通に合わせて建設された新駅舎である。特徴的なファサードは、ポールを角度を変えて配置することで、
ウエーブ状に見せているのである。新駅らしい斬新なデザインだが、駅前の寂れっぷりはかなり悲しいものがある。
中央階段がちょっと狭苦しい感じを受ける。近年大曲市と仙北町が合併して、市の名前が「大仙市」になってしまった。
重要文化財
古四王神社本殿
室町時代・元亀元年(1570)
秋田県内では初めて国の特別保護建造物に指定された建物である。甚兵衛という飛騨地方の大工が棟梁を務め、
変形した蟇股やリズミカルな組み物など、独創的なデザインがなされている。その奇抜さはあの伊東忠太が、
「珍中の珍、奇中の奇」と評したほどだ。変形した蟇股は室町時代の他の建築には見られない奇抜なものである。
池田家住宅洋館
大正11年(1922) 設計:今村敬輔
国の名勝に指定された池田氏庭園の敷地内に佇む洋館。秋田県内では最古級の鉄筋コンクリート造りの建物で、
私設の公開図書館として建設されたものである。池田氏は東北地方でも指折りの大地主として有名であり、
敷地の広さがその繁栄を物語っているが、管理があまり行き届いていないようで、特に洋館はぼろぼろで悲しかった。
秋田県立農業科学館
平成3年(1991) 設計:佐藤総合計画
大仙市の郊外の丘の上に建つ科学館。広大な敷地に2つの展示室と温室が建ち、草地が広がっている。
メタリックな外観だが、ビニールハウスのようなまるみを帯びた屋根に三角の塔が付いているのが面白い。
僕が訪問したときは大曲花火大会の日であったが、訪問客が殆どおらず、閑散としまくっていた・・・\( ̄д ̄:)ノ 
旧伊藤家住宅
明治36年(1903)
農業科学館の入口にある曲家である。田沢湖町から移築されたとある。草g家のような豪華さないが、
素朴な味わいの住宅であった。 玄関部分に馬屋を設ける構成は、県内で見られる多くの萱葺き民家と共通している。
関善酒店
明治38年(1905)
鹿角市の中心部にある県内最大級の町屋遺構である。店内の吹き抜け架構が素晴らしく、一見の価値がある。
江戸時代の建物は、明治38年(1905)に起こった大火で焼失しましたが、同年に現在の建物が再建された。
道路拡張工事で解体の危機に晒されたが、曳家されて保存されたという。これだけの建築なら重文に指定すべきである。


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