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旧秋ノ宮村役場 | |
| 昭和26年(1951) 設計・白井晟一 | ||
| 白井晟一の代表作の1つであり、戦後の地方建築に新風を巻き起こした名作です。稲住温泉の敷地に移築されました。 村の民家から発想したという急勾配な屋根と、バルコニーを設けた開放的なつくりは、雪国の建築概念を覆すもので、 当初は批判されましたが、過ごして見ると快適であることがわかり、やがて白井への賞賛に変わっていきました。 |
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稲住温泉浮雲 | |
| 昭和25年(1950) 設計・白井晟一 | ||
| 白井晟一は戦時中、稲住温泉に荷物を疎開させていたことから旅館の設計を引き受けることになります。 以後の作品も温泉オーナーの押切氏の紹介によるものなので、秋田での活動の出発点となった作品といえます。 戦前の「歓帰荘」の名残が見られる現存作品として唯一のものでしょうか。洋風を加味した独特の建築です。 |
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稲住温泉玄関 | |
| 昭和28年(1953) 設計・白井晟一 | ||
| 「浮雲」の玄関部分の増築です。楕円状の照明器具などに白井の特徴が見られます。 SDの作品集にもこの玄関の写真が載っているけど、個人的にはまだちょっと微妙なので、詳しい情報を教えてください。 |
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稲住温泉離れ山荘 | |
| 昭和38年(1963) 設計・白井晟一 | ||
| 「浮雲」完成後に増築された稲住温泉の離れです。廊下の黒塗りの柱は、「酒造会館」や「善照寺」に通じ、 また、和室の雰囲気はのちの「親和銀行本店」にも繋がるものです。稲住温泉の建物は初期の白井作品において、 ターニングポイントと言えるのではないでしょうか。それにしても高雅な空間です。時間が経つのを忘れてしまいそう。 |
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鷹ノ湯温泉半宵亭 | |
| 昭和28年(1953) 設計・白井晟一 | ||
| 超マイナーな白井作品であり、白井ウォッチングに秋ノ宮を訪れた人でも見落としている作品ではないでしょうか。 稲住温泉の向かいにある旅館の建物ですが、残念ながらごく僅かに原型を留めているにすぎません・・・(汗) 館内は大幅に改築されていますが、玄関周りは白井晟一のデザインが比較的よく残る部分かなと思いました。 |
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旧雄勝町役場 | |
| 昭和31年(1956) 設計・白井晟一 | ||
| 火災で焼失した前庁舎の建て替えであり、雄勝郡内で初めての鉄筋コンクリート庁舎として記念碑的作品です。 1階部分が改造されているのが残念ですが、螺旋階段やアーチなどのデザインは当時のままで、保存状態は良好です。 合併後も湯沢市役所雄勝支所として存続が決まっており、一時は解体の話もあったようですが、当分は安泰かなあ。 |
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雄勝町総合文化会館 | |
| 平成8年(1996) 設計・萩津郁夫、村田弘 | ||
| 旧雄勝町役場の向かいに建っています。側面ガラス張りのデザインはこれまで県南地方に無かった斬新なものですが、 これほどのホールをなぜ、商店が並ぶような街中に建てねばならなかったのかなあ。もっと広いところがいいよ。 欲を言えば、湯沢市には文化財関係の展示施設が無いので、館内にそういうコーナーもつくって欲しかったです。 |
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樺山発電所電機室 | |
| 明治33年(1900) | ||
| 院内銀山周辺の集落へ電気を供給するために建設された発電所です。 | ||
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旧院内尋常高等小学校校舎 | |
| 明治39年(1906) | ||
| 鉱山として賑わった院内地区に建設された小学校です。両翼の1階のロマネスク風アーチが特徴的です。 1階部分が児童施設として使われていますが、2階には卒業生が残していったランドセルや机の落書きがあって、 往時の面影が残っていました。僕は秋に訪問したため、カメムシがたくさんいて校舎内がとても臭かった・・・(汗) |
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院内銀山異人館 | |
| 平成元年(1989) | ||
| 昭和63年(1988)に焼失した院内駅を建て替え、資料館を併設したものです。院内は国内屈指の銀の採掘地であり、 外国人技師が多数招聘され、異人館が建設されました。この建物は往時の異人館を模したデザインになっています。 |