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岩手教育会館 | |
| 昭和40年(1965) 設計:菊竹清訓 | ||
| 細長の土地に計画された建物。盛岡の建築でも屈指の名作。優美なカーブを描き、盛岡城跡からの眺めは格別です。 しかし竣工当時は岩手山や城跡が見えなくなるというので、景観論争にまで発展したそうです。この位の高さで、 問題になるんかなあ〜 まあ議論になったということは、それだけ斬新な建築として注目を集めたということか。 突き出た4階以上(この頃からの菊竹さんの十八番やな)に目がいきがちですが、3階以下も注目です。 コンクリの梁の美しさと、玄関ホール周りの構成が素晴らしい。上が落ちてきそうで怖かったけどね。 |
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岩手県立図書館 | |
| 昭和42年(1967) 設計:菊竹清訓 | ||
| 盛岡城の史跡内にある図書館であり、近くには教育会館もあります。なだらかな屋根が日本家屋をイメージさせます。 低層になってしまったのは、盛岡城の景観に配慮したのと、教育会館の高さが問題になった背景があるんでしょう。 40年近く経っているので全体的に痛みが目立ちます。図書館の移転が決まりましたが、建物は保存されるようです。 |
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岩手県公会堂 | |
| 昭和2年(1927) 設計:佐藤功一 | ||
| 早稲田の大隈講堂を設計した佐藤さんによる公会堂です。同様のスクラッチタイル貼りの鉄筋コンクリ造りです。 中央にシンボリックな塔を設けるスタイルは、昭和初期の公会堂ではお馴染みのスタイルですが、 今ではこれより高いビルに周りを囲まれ、すっかり目立たなくなってしまいました。ひっそり建っている感じです。 |
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岩手県民会館 | |
| 昭和48年(1973) 設計:佐藤武夫 | ||
| この頃にしてはやけに昔臭いタイルの色は、近くにある岩手県公会堂を意識したのかもしれません。 2つを並べてみると、塔が無い以外はそっくり?!スリットと窓の開け方がとても上手いです。 エントランスの天井が高いため、コンサートの時なんかは階段を上っていくときに気持ちが高鳴りそうですな。 |
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岩手医科大学1号館 | |
| 大正15年(1926) 設計:葛西万司 | ||
| 郷土の建築家・葛西さんの作品です。交差点角に向けて入口を設けているのは、医科大学のキャンパスが、 街の中心部にあって敷地内を一般道が通っているためです。岩手大学には医学部が設置されていません。 過去には宮沢賢治も入院したらしく、それを紹介する看板までありました。そんなんまで観光に取り入れんなよ(笑)! |
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岩手公園新渡戸稲造碑 | |
| 昭和37年(1962) 設計:谷口吉郎 | ||
| 岩手公園のなかにある、新渡戸稲造生誕100周年を記念した碑です。新渡戸さんは旧5,000円札の人です。 実はこれに腰掛けて休んでいたんですが(爆)ふと裏側を見たら、「設計谷口吉郎」と書かれていてびっくり!! なんちゅー恐れ多いことをしているんだ俺は!調べてみると谷口さんは文学碑などの類を手がけているんですね〜 |
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紺屋町番屋 | |
| 大正2年(1913) | ||
| かつての消防署の建物で、塔屋は火の見櫓として使われていたんでしょうか? どうやってこれに上るのか謎だから、遠くからも消防施設だと解るよう、ランドマークとする狙いがあったんでしょう。 盛岡市には塔屋を設ける建物がたくさんあるので、市内散策で迷わなくってとても楽です(笑)。 |
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IBC岩手放送局 | |
| 昭和39年(1964) 設計:坂倉準三 | ||
| 坂倉さんが設計した、評判の悪い岐阜県民会館のホールもこんな形状なので、 テレビ局の建物としてはちょっと不安。こちらもたぶんホールですよね?・・・デザインは凄く好きなんですが・・・ |
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あいおい損保盛岡ビル | |
| 平成11年(1999) 設計:丹下健三 | ||
| 丹下さんの設計だと、言われなければ正直気づきません(汗) でも、萩美術館のエントランスに似ているかな? まあ、憲孝さんが設計したんだと思いますけどね〜(笑) 「あいおい損保」は安田海上と千代田海上が合併して生まれた保険会社で、本店も丹下事務所が手がけています。 |