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伊勢神宮内宮神楽殿 | |
| 昭和53年(1978) 設計・大江宏 | ||
| 大江さんは戦後建築家のなかで最も伝統的建築を得意とした人物ですが、伊勢神宮の境内の建物を設計するとは、 相当なプレッシャーがあったんじゃないかな〜 附属建物は、式年遷宮で建て替えられるものじゃないからな。 神楽殿は、正面に唐破風が2個ついているのが珍しいなあと思いました。初めて見たデザインです。 |
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神宮司庁舎 | |
| 昭和48年(1973) 設計・設計事務所ゲンプラン | ||
| 参拝客は誰も見に来ないと思いますが(爆)、絶対見ておいたほうがいい!僕は本殿よりも感動したよ(笑)! 景観に配慮して建物は極力低く抑えられ、コンクリ打ち放しの柱が並ぶ外観は、神宮の森と見事に調和しています。 僕が訪問した時は修復工事中で、パネルで覆われていましたが、この建築が残されることは嬉しいです。 |
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旧神宮司庁舎 | |
| 明治36年(1903) 設計・伊東忠太 | ||
| もともとの司庁舎で、新館が完成してからは神宮道場として使用されています。神宮の境内から外れているので、 見逃している人も多いと思います。忠太は神社だとまともな建築を造るのですが(笑)、伝統的なデザインのなかに、 洋風の意匠もうまく折衷させているのでチェキ!道場(なにそれ?)の関係者以外は立入厳禁なのが残念です。 |
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重要文化財 | |
| 神宮祭主職舎本館 | ||
| 江戸時代・前期 | ||
| もとは慶光院の客殿として建てられましたが、廃寺になってからは神宮祭主の宿泊所として利用されています。 正面に立派な門を備える主殿の様式を伝える建物です。見学を申し込みましたが丁重に断られてしまいました(爆)。 内部は見ていないのですが、巨大な破風と屋根を臨むことができ、きっと素晴らしい客殿なんだろうな〜 |
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神宮農業館 | |
| 明治38年(1905) 設計・片山東熊 | ||
| 実家が神社なのに神道について何にも知らない僕は、伊勢神宮と農業に何の関係があるの?と思っていましたが、 神道には豊受大御神という産業の神がいて、その神徳を広めることを目的として開設されたんだそうです。 片山東熊には珍しい木造洋風建築で、館内には日本古来からのモノづくりの歴史が展示されています。 |
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神宮徴古館 | |
| 昭和42年(1909) 設計・片山東熊 | ||
| 片山東熊の十八番、ルネサンス式の壮麗な建築で、正面の庭園もベルサイユ宮殿もモチーフに作庭されています。 ファサードの装飾の完成度の割には屋根がへぼいなと思いましたが、戦災で焼失しているんですね・・・残念。 できれば元の姿に戻して欲しい。でも、神宮に洋風建築って、イメージとして違和感ありすぎですよ・・・ |
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神宮文庫 | |
| 大正14年(1925) | ||
| これは和洋折衷のデザインで、片山の建築よりは神宮らしいですね。神宮に関する歴史書を収蔵する図書館です。 帝冠様式みたいな頭でっかちな建物にならず、屋根窓の千鳥破風もバランス良く配されていて良かったです。 でも壁が朱塗りなのはダサい!神社を意識したんだろうが、余計なことすんなよ〜(汗)!!白く塗りなおしてくれ。 |
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旧福島家表門 | |
| 江戸時代・安永9年(1780) | ||
| 神宮文庫と皇學館大學の正門として使用されており、別名・神宮黒門です(そのまんまやないか!)。 昭和初期に保存のため、御所の福島家から譲り受けて移築したものです。 |
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神宮美術館 | |
| 平成5年(1993) 設計・大江宏 | ||
| 主に文化勲章や芸術院賞を受賞した国内芸術家の作品を蒐集し、公開している美術館です。 神宮の施設としては歴史は意外と新しく、平成5年(1993)の第61回式年遷宮に合わせて計画されました。 洋風の農業館や徴古館とは違って、神宮の美術館として相応しい伝統的なデザインが追求されています。 |
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旧山田郵便局電話分室 | |
| 大正12年(1923) 設計・吉田鉄郎 | ||
| 伊勢神宮外宮の正面にあります。写真を見てわかりますが、戦前の逓信省関係の建築には良いものが多いです。 吉田さんといえば東京中央郵便局など、モダニズム建築のイメージがありますが、こんなのも設計していたのか! 最近までNTTの施設としても使われていましたが、現在はレストラン。デザイン的にも一番合っています(笑)。 |
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近鉄宇治山田駅 | |
| 昭和6年(1931) 設計・久野節 | ||
| 神宮に参拝する天皇を迎えるために建造され、国内でも屈指の美しい駅舎です。参宮急行が運営していまたが、 現在は近鉄の路線になっています。せっかくの美しいコンコースに、ヤンキーがたむろしていてむかつきました(爆)。 プラットホームに合わせているのか、異様なほど横に長いですが、駅舎全体を破綻無く纏め上げています。 |
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寂照寺経蔵 | |
| 江戸時代・享和3年(1803) | ||