興福寺                                                          もどる

重要文化財
大雄宝殿
明治16年(1883)
中国風建築の代表例として、重要文化財に指定されている建物である。
明治時代の社寺建築のなかでも、かなり早い時期に指定されたものです。

中国から工匠を招いて工事に当たらせたそうなので、さすがに細部まで純中国式でした。
こういうことができるのは、さすが、江戸時代から唯一の大陸との玄関だった長崎ですね。
特に扉の透かし彫りの彫刻なんかは、まんまチャイナで、昔観たなんかの映画で出ていた
清王朝の宮殿を思い出させてくれました。境内に植えられたソテツの木からも、
異国にいるかのような気持ちになりました。
山門  三江会所門 大学門 ・・・堂 鐘鼓楼
江戸時代
元禄4年(1691)
明治16年(1883) 江戸時代・末期 江戸時代
宝永3年(1706)
江戸時代
享保15年(1730)
重要文化財
旧唐人屋敷門
江戸時代・中期
昭和35年に、長崎の唐人屋敷地にあった門を興福寺の境内に移築したものである。
規模は小さく、1人がくぐれるくらいの広さと高さしかなかったです。
懸魚の彫刻などは、まさに中国式のデザインである。

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