大阪市立美術館
昭和11年(1936) 設計:大阪市建築課
コンペによって案を募集しましたが、結局は大阪市が設計を担当したという美術館です。お役所の設計ながら、
抑制のきいたデザインはなかなか良いです。美術館の正面の通りは、ホームレスや意味不明な屋台が並び、
文化的な景観があるとは言いにくいですが・・・ というか、この界隈はちょっと雑然としすぎ!もっと整備してよ〜
都ホテル大阪
昭和60年(1985) 設計:村野藤吾
大阪のホテル建築の中でも特に美しい建物です。館内を見たことがありませんが、宴会場は見てみたい!!
客室の窓が整然と並ぶファサード。この一帯の高層建築のなかでも最高の美しさですが、写真が・・・(汗)。
1階部分の柱は村野デザインが最も感じられる部分です・むっくりした造形は腐海の木々のようでした(笑)。
一心寺仁王門
平成9年(1997) 設計:高口恭行
戦災で焼失した門の建て替えです。仁王なのか・・・?!現代的なブロンズ像が1対立っていました・・・
その頃の関係者は、まさか後の時代にこんな建物ができるとは夢にも見なかったでしょうねえ(笑)。たはは。
小学校の算数で、こーゆー形を良く造りましたね(笑)。押したらゴロゴロ転がっていきそうな門だなあ。
聖バルナバ病院
大正12年(1923) 設計:ヴォーリズ、ウィルソン
通天閣
昭和31年(1956) 設計:内藤多仲
東京に観光に行っても東京タワーに敢えて行かないように、僕は大阪に何度も行っているのに、
通天閣に行ったことがなかったです。今回ようやくでかけました。天気が悪くて気が滅入りましたが・・・(汗)

トリビアの泉でも紹介された、戦前の姿はもっと面白い!凱旋門とエッフェル塔を合体させた奇妙な外観で、
戦争中に鉄材供出のため解体されてしまった憐れなシンボルでした(爆)。大阪の人って昔から、
面白いことを考えるのが本当に好きなんですね〜 現在の通天閣も、各地に建つ内藤さんの作品とは、
一風変わったスタイルです。やはり土地柄、ワンパターンなデザインはやめたんでしょうかねえ。
フェスティバルゲート
平成9年(1997) 設計:安井建築事務所
なんでこんな駅前に遊園地があるんだあ〜?!駅を出るとジェットコースターが突っ込んできそうな迫力です。
しかし、案の定ネタ的建築でしかなくて、現在遊戯施設の殆どが稼動していないという状態でした(爆)。
飲食店などのテナントは全く営業していませんでした・・・ 大阪中心部にある最大規模の廃墟となっています。
アポロビル
昭和47年(1972) 設計:村野藤吾
阿倍野橋にある商業ビルです。あれ、これが村野さんなのか〜?と思ったけど、写真の窓を見つけて納得!
ゲーム屋やブティックが入っているビルに、日本的とゆーか村野的とゆーのかよくわからんデザインが見れるとは!
でも内部はテナントにお任せという感じで改装されちゃっているみたいです。この手のビルの宿命でしょうが。
近鉄阿部野橋ターミナルビル
昭和63年(1988) 設計:村野藤吾
阿部野橋は近鉄南大阪線の発着駅で、JR西の天王寺駅と比べると、とにかく規模が違います。でかい。
村野さんの死後にスタッフによって完成された作品です。華麗な装飾が施されていますが、近寄ってみると・・・
なんだか軽いデザインだなあと思いました(爆)。なのに、エントランス周りは石材を使って重い印象であった。
村野・森建築事務所
昭和45年(1970) 設計:村野藤吾
日本基督教団南大阪教会
昭和3年(1928) 設計:村野藤吾
大阪市立工芸高等学校本館
大正13年(1924) 設計:大阪市建築課
美章園温泉
昭和8年(1933)
旧阿部野橋ホテル本館
昭和6年(1931) 設計:鈴木太吉

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