明眼院
延暦21年(802)に最澄の弟子聖円によって開創されたと伝えられています。永正15年(1518)に後柏原天皇の眼病を、ついで寛永9年(1632)には後水尾天皇の皇子の眼病を治癒させたということで、明眼院の寺号を賜るとともに勅願所に列せられました。
明治維新後に神仏分離令や医事法などの制定によって、古代以来の僧医(僧侶が医師としての医療行為を行う者)が禁じられたこともあって衰退しましたが、戦後になってその歴史的価値が見直されて再興されました。
江戸中期、明眼院内に建てられた書院・応挙館は現在東京国立博物館庭園内に移築され茶室として展示されており、茶室内の水墨画は江戸期の画家・円山応挙が眼病治療で滞在していたときに描いたものです。
所在地:海部郡大治町馬島北割114