第三章 三部隊による日帝中枢企業爆破攻撃


 (一) 三菱重工爆破攻撃=ダイヤモンド作戦

“狼”通信第一号
一九七四年八月三〇日、三菱爆破=ダイヤモンド作戦を決行したの
は、東アジア反日武装戦線“狼”である。三菱は、旧植民地主義時
代から現在に至るまで、一貫して日帝中枢として機能し、商売の仮
面の陰で死肉をくらう日帝の大黒柱である。今回のダイヤモンド作
戦は、三菱をボスとする日帝の侵略企業・植民者に対する攻撃であ
る。“狼”の爆弾に依り、爆死し、あるいは負傷した人間は、「同じ
労働者」でも「無関係の一般市民」でもない。彼らは、日帝中枢に
寄生し、植民地主義に参画し、植民地人民の血で肥え太る植民者で
ある。“狼”は、日帝中枢地区を間断なき戦場と化す。戦死を恐れ
ぬ日帝の寄生虫以外は速やかに同地区より撤退せよ。“狼”は、日
帝本国内、及び世界の反日帝闘争に起ち上っている人民に依拠し、
日帝の政治・経済の中枢部を徐々に侵食し、破壊する。また「新大
東亜共栄圏」に向って再び策動する帝国主義者=植民地主義者を処
刑する。最後に三菱をボスとする日帝の侵略企業・植民者に警告す
る。海外での活動を全て停止せよ。海外資産を整理し、「発展途上
国」に於ける資産は全て放棄せよ。この警告に従うことが、これ以
上に戦死者を増やさぬ唯一の道である。
        九月二三日東アジア反目武装戦線“狼”情報部

 三菱は過去一世紀強にわたり、常に日帝権力と一体となって東アジア人民を侵略し抑圧し収奪して
きた、東アジア人民の血と屍の上に現在の基礎を置く、憎むべき日帝侵略企業群の最右翼である。三
菱は一八七四年台湾を侵略する日帝反革命軍の送迎運搬を担うことで、その基礎的財を築いた。そし
て、明治天皇政府おかかえの政商として、朝鮮の植民地支配をめぐり清国と争い、朝鮮人民の革命闘
争を圧殺した対清・朝鮮侵略戦争、さらには対露・朝鮮侵略戦争における日帝反革命軍の送迎運搬な
どで、財閥へと成り上った血に呪われた戦争成金であり、吸血企業である。
 また、三菱は、日帝反革命軍の送迎運搬のみならず、東アジア人民を侵略し、殺し尽くし、焼き尽
くすための日帝反革命軍の兵器を生産する死のメーカーであり、死の商人であった。三菱重工は、三
菱企業群の中でもとくに凶悪で、第二次世界帝国主義植民地争奪戦の期間、日帝反革命軍の武力を背
景に、朝鮮人民を多数日帝本国内に強制運行し、広島、長崎の三菱造船所、三菱機械製作所、三菱製
鋼などで強制労働させ、一九四五年八月には約五〇〇〇人の朝鮮人を被爆させた(三菱重工はこの事
実を隠蔽し、未だに何らの責任をとってはいない)。
 日帝の敗北後、財閥としての三菱は、部分的一時的には解体されはしたが、実質的には延命し、一
九五〇年代の「朝鮮特需」、一九六〇年代の「ベトナム特需」を通して、日帝の中核的独占企業とし
て復活し、戦前を上回る規模に肥大化し、全世界へとその侵略・収奪の触手を拡大した。(三菱の侵略反
革命史の詳細は第U部第一章参照

 三菱重工を中軸とする三菱企業群総体の侵略反革命史を確認した“狼”は、ダイヤモンド作戦の目
的を次のように設定した。
 それは第一に、日帝の中枢的独占企業であり、東アジア人民の怨念の的である三菱重工を中軸とす
る三菱企業群総体を爆破することによって、日帝本国における本格的な反日武装闘争の開始を宣言し、
新たな反日部隊の出現を促し、東アジア人民の反日武装革命史に結合し、合流していくことであった。
 それは第二に、三菱企業群総体、とりわけ三菱重工に対して機能的・物質的なダメージを与えるこ
とで、企業活動を一時的ではあれマヒさせ、新植民地主義侵略活動に打撃を与えることであった。そ
して本作戦を第一弾として、日帝侵略企業群に対して引き続き武装攻撃することを警告し、新植民地
主義侵略活動の停止を迫ることであった。
 それは第三に、日帝の中枢的独占企業を武装攻撃することで、日帝本国人としてのオノレらの歴史
的現在的反革命性を自己否定し、自らを世界革命主体として形成していくことであった。
 そして、これらの思想性、反日思想は、部分的な問題点を除けばダイヤモンド作戦以降の各爆破作
戦にも共通する大前提であり、さらに、この反日思想は、各爆破作戦を通して深化されていったとい
うことができる。したがって、ダイヤモンド作戦以降の各爆破作戦の目的に関しては、この反日思想
の基本には触れないが、大前提としておさえられているということを了解してもらいたい。
 一九七四年八月三〇日、日帝の中枢地区である三菱村の三菱重工本社前で炸裂した爆弾は、だが、
攻撃すべきではなく、また、“狼”も攻撃することを意図してはいなかった通行人を多数殺傷してし
まった。さらに、本項の冒頭に記してある声明文において、“狼”は通行人の殺傷を当初から目的と
していたかのように書き、ダイヤモンド作戦の戦術的失敗を合理化してしまった。戦術的失敗の自己
批判を公表することこそが、反日武装闘争のさらなる発展、反日思想の日帝本国人への浸透を保障す
るものであったにもかかわらず、“狼”は、戦術的失敗の自己批判公表が、あたかも反日武装闘争の
展開に水をさすかのごとくに判断し、戦術的失敗に居直ってしまったのである、この判断の誤りは、
“狼”内部に組織的矛盾を生ぜしめ、五・一九弾圧後の、日帝権力ヘの自白・屈服の一つの要因とも
なっていく。
 では、三菱重工爆破攻撃の絶対的な政治的正当性と戦術的失敗の矛盾はどこから生じたのか。現時
点で、われわれは次のようにその根拠を分析している。
“狼”が、当初、反日武装闘争の開始宣言として、天皇ヒロヒトの処刑を考え、虹作戦と名づけ、九
分通り準備を行ない、最後の詰めの段階で中止したことについてはすでに述べた。この天皇ヒロヒト
                              ムンセグアン   パクチョンヒ
の処刑を中止した翌日、韓国の光復節会場において、在日朝鮮人の文世光戦士が単身朴正煕を攻撃し
た。“狼”は、天皇爆殺が未貫徹に終わっただけに、文世光戦士の文字通りの決死的決起に衝撃を受
けた。
“狼”は、文世光戦士の戦いに早期に呼応し、天皇ヒロヒト爆殺の未貫徹を克服するべく、再度反日
武装闘争の本格的開始に向けての準備にただちにとりかかった。そして、“狼”は三菱重工を中軸と
する三菱企業群総体に攻撃対象を設定し、本作戦をダイヤモンド作戦と名づけた。
 だが、このダイヤモンド作戦は、次の点で誤りを犯している。第一に、虹作戦用の爆弾を、ダイヤモ
ンド作戦に流用するという技術上の、きわめて初歩的な原則違反である。作戦目的・攻撃対象に合わ
せて爆弾をつくらず、爆弾に合わせて作戦目的・攻撃対象を決定するという誤りを犯したのである。
 第二は、攻撃作戦遂行上のあせりである。先に記したように、“狼”は、文世光戦士の決死的決起
に促され、文戦士の決起に早期に呼応して、虹作戦の未貫徹を克服すべく、ダイヤモンド作戦の遂行
を急いだ。すなわち、一日も早く、日帝本国において、本格的反日武装闘争の開始宣言を発すべく、
十分な調査、準備期間を置かず、虹作戦用爆弾の流用を前提として、ダイヤモンド作戦を立案したと
いうことである。
 第三は、爆弾の設置場所(爆破地点)と爆破時間の設定の誤りであり、第四は、予告電話の効果を
過信した誤りとかけた時間の誤りである。これらのいくつもの誤りが、働き合って、予期せぬ多数の
通行人を死傷させてしまうという戦術的失敗を結果したのである。
 しかもこの戦術的失敗は、たんに作戦技術上の誤りの結果ではなく、戦術的失敗を回避し得なかっ
た“狼”の思想性にも問題があった。第一に、“狼”は即座に殲滅すべき敵と、当面は殲滅すべき対
象から除外する敵との区別を厳密に意識化していなかった。すなわち、“狼”は、まずもってオノレ
にこそ向けられるべき反日思想を真に主体化し得ていなかったが故に、日帝総体に対する全部否定の
思想性を観念的に実践面に反映させるアイマイさを持ち、敵の磁場に居る人間をいかにして反日の磁
場に、つまり革命主体へと転化させていくかという組織論・運動論を権立していなかったのである。
 第二に、作戦計画が中枢殲滅戦として立案されず、象徴主義的傾向を持っていたという問題であ
る。“狼”は、虹作戦では天皇ヒロヒトを爆殺するという中枢殲滅戦を準備していたが、虹作戦が未
貫徹に終わった後のダイヤモンド作戦では、三菱重工の具体的な中枢機能を殲滅しようとするのでは
なく、三菱重工を中軸とした三菱企業群総体を攻撃するという象徴主義的武闘に後退してしまった。
つまり、ダイヤモンド作戦においては、三菱重工中枢機能を具体的に攻撃することこそが日帝中枢に
対する明確な痛撃であったにもかかわらず、“狼”は、三菱村は日帝中枢地域であるというアイマイ
な分析によって、三菱重工に対する一般的な攻撃と三菱全体に対する攻撃が、日帝中枢に対して痛撃
を与えることができるという誤った象徴主義的考えのもとに攻撃を敢行してしまったのである。

 (二) 三井物産爆破攻撃

日帝ブルジョア報道新聞に告ぐ。東アジア反日武装戦線に志願し、
その一翼を担うわが部隊は本日植民地主義侵略企業三井物産に対
し、本杜爆破攻撃を決行した。
  一九七四年一〇月一四日 東アジア反日武装戦線“夫地の牙”

 一九七四年八月三〇日、日本帝国の中枢地区のど真中で、白昼突如として燃え上がった反日武装闘
争は、戦術的失敗という否定面をもってはいたが、いずれにしても、日帝の資本家的頭目とその番犬
どもを、恐怖のどん底へ叩き落した。植民地解放革命戦争の世界的高揚とは無縁であるはずの、この
「平和日本」のど真中に白昼堂々と反日の狼煙が打ち上げられたのである。
 日帝の植民地主義侵略活動の防衛を至上目的とする日帝権力は、ただちに、戦後空前の反革命弾圧
を開始した。革命の前進は、より一層密集した反革命を生み出すという弁証法のとおり、八・三〇以
降開始された警視庁秘密公安部隊を中核とした反ゲリラ作戦は、数億の金と延べ一〇数万人以上の捜
査員を投入し、なりふりかまわぬ強引な非合法・違法捜査をもって、いわば日帝市民社会総体を戒厳
令化せんとするものであった。
 アパート。ローラーと称する個別訪問。情報提供の強要、そして住民相互のスパイ監視体制の構
築、「過激派人脈」なるものの洗い出し、フレームアップ・デッチ上げ別件逮捕、書店・印刷所への
弾圧等々、非公然の本格的都市ゲリラの出現に対応した違法捜査が公然とまかり通り、体制自らがオ
ノレの設定した法を破るという破綻を露呈させつつ、ゲリラあぶり出しのための一般市民の反革命的
組織化を計ったのである。
 八・三〇ダイヤモンド作戦は、一方で密集した反革命弾圧を生み出すと同時に、他方、新たな反日
部隊の誕生を促した。八・三〇ダイヤモンド作戦以前から反日武装闘争の開始のために、組織形成と
技術的準備に着手しはじめていた“大地の牙”と“さそり”は、ダイヤモンド作戦の戦術的失敗によ
って意気消沈するどころか、逆にダイヤモンド作戦をつきつけられることによって、はっきりと戦闘
開始への第一歩を踏み出す意志を打ち固めたのであった。
 ダイヤモンド作戦によって切り拓かれた本格的反日武装闘争の地平を断乎堅持し、かつダイヤモン
ド作戦の否定面を克服する方向でその地平を攻撃的に発展させること、そのためには、息つくひまの
ない連続的集中的攻撃によって、「日帝中枢地区を間断なき戦場と化」し、ダイヤモンド作戦がつく
り出した日帝の資本家的頭目どものパニックをより深化させつつ、攻撃の矛先をより中枢の中枢へと
向けていくこと――われわれ三部隊は、それぞれこのことを確認した。
 “大地の牙”は、この確認に基づき、攻撃目標に三井物産を選んだ。三井物産は、いうまでもなく、
三菱グループと一、二を争う三井グループの中核的商社であり、戦前は、日帝反革命軍のアジア侵略
の後になり先になりして、東アジア人民の血と汗を奪いとって肥え太ってきた吸血企業であり、戦後
もいち早く韓国への新植民地主義侵略の先べんをつけ、日帝の全世界に対する新植民地主義侵略を、
三菱とともにけん引している侵略企業である。(三井物産の侵略反革命史の詳細は第U部第二章参照
“大地の牙”は、“狼”が切り拓いた戦闘地平と技術的成果を主体化することによって、“狼”がたど
った前史的過程をたどることなく、緒戦において三井物産の中枢に迫り、三井物産の頭脳たる電算機
室を爆破せんとした。作戦は成功したが、残念ながら電算機室を破壊するまでには至らなかった。

 (三) 帝人中央研究所爆破攻撃

“狼”通信第二号
一九七四年一一月二五日、東アジア反日武装戦線“狼”は、帝人中
央研究所を爆破した。帝人は韓国ウルサンにおける、伊藤忠及びジャ
パンラインとの共同に依る石油精製基地建設を速やかに中止せよ。

 三菱重工、三井物産と日帝の中核的独占企業が連続して爆破されたことに対して、日帝の資本家的
頭目どもは、より一層の恐怖感をつのらせ、番犬どもの尻をたたき、企業防衛のガードを固めるよう
になった。とくに、三井物産爆破は、三菱重工がやられて警戒していたやさきであり、また、本館奥深
く侵入されたということで、日帝の資本家的頭目どもの恐怖感はなみたいていのものではなかった。
ダイヤモンド作戦の戦術的失敗によって、総括間題・声明文間題で足ぶみしていた“狼”は、“大
地の牙”の三井物産爆破攻撃の成功に元気づけられ、“狼”としての第二回目の作戦に取組むことを
確認し、攻撃目標を対韓侵略企業である帝人に設定した。帝人本社の爆破攻撃も検討したが、テキが
各企業の本社を重点的に警戒している体側をカク乱し、テキの警備力を分散させ、そのスキをついて
再度本社中枢に迫るという戦略上の配慮から、研究所を爆破することを決定し、一一月二五日決行し
た。(帝人の侵略反革命史については第U部第三章参照

 (四) 大成建設爆破攻撃

第二号通告 東アジア反日武装職線の一翼を担い、わが“大地の
牙”は、本日(十日)大成建設(大倉土木)を筆頭とする旧大倉財
閥系企業の本拠地を爆破攻撃した。大倉組は明治維新以来、政商
「死の商人」として日本反革命軍と共にあり、台湾・朝鮮・アイヌ
モシリ・沖縄・中国大陸・東南アジア侵略の尖兵をつとめ、本国下
層プロレタリアからの搾取と韓国・インドネシア・アラブ・ブラジ
ルヘの侵略を推進している新旧日本帝国主義の代表的企業であり、
大成建設の今日は一九二二年新潟県の信濃電力信濃川水力発電所工
事現場で大量虐殺された朝鮮人労働者等、植民地人民の血と屍のう
えに築かれている。わが部隊は植民地主義企業、帝国主義者を地上
から掃滅する戦いの一環として今回の作戦を決行した。
一九七四年一二月一〇日
           東アジア反日武装戦線”夫地の牙”情報部

 大成建設爆破攻撃は、三井物産爆破攻撃に続く“大地の牙”の二度目の作戦であった。この作戦
は、声明文にも明らかなように、一貫して日帝反革命軍とともにあり、東アジア人民に対する植民地
主義侵略の尖兵の役割を果たし、資本蓄積を行なってきた大成建設を筆頭とする大倉財閥を武装攻撃
することによって、東アジア人民の怨念を晴らし、大倉―大成の侵略反革命史にオトシマエをつけ、
新植民地主義を粉砕することにあった。(大倉―大成の侵略反革命史の詳細については第U部第四章参照
三菱重工。三井物産。帝人中央研究所と連続してやられた日帝権力は、「今度こそ事前に検挙する」
と宣言し、年末警戒ということもあり、全力投球してガードを固めていた。身におぼえのある侵略企
業もまた、「次はうちか」と戦戦兢兢として、日帝権力と連携し、警戒体制を強化しつつあった。し
かし、またも、奴らの警戒体制を突破し、銀座のど真中で、白昼、反日武装闘争は爆発し、反日の狼
煙が打ち上げられたのである。

(五) 鹿島建設PH工場爆破攻撃=花岡作戦

コミュニケ一号
本日、鹿島爆破=花岡作戦を決行したのは、東アジア反日武装戦線
に参画する抗日パルチザン義勇軍“さそり”である。鹿島建設は、
植民地人民の生血をすすり死肉をくらい獲得したすべての資産を放
棄せよ。
                   一九七四年一二月二三日

 鹿島建設は、その創業当時から、日帝の侵略反革命とともにあり、その一端を具体的に担い、日帝
の膨張とともに膨張し今日に至っている。鹿島建設は、まず、日帝本国における、鉄道土木工事を中
心とした日本人下層労働者に対する使い殺しのタコ部屋的奴隷労働によって、土建資本としての土台
を築き、対清・朝鮮侵略戦争以後、日帝の台湾侵略の一環として台湾における鉄道建設を行ない、台
湾原住民に敵対した。
 対露・朝鮮侵略戦争以後は、日帝の朝鮮・中国大陸侵略にともなって朝鮮・中国大陸へ進出し、朝
鮮人・中国人労働者に対する使い殺しのタコ部屋的奴隷労働によって巨額の資本を蓄積し、日帝の植
民地建設に全面的に協力した。一九四一年以降、日帝反革命軍の侵略拡大にともない、台湾、朝鮮、
中国大陸のみならず、シンガポール、マラヤ半島、スマトラ、タイ、ビルマ等に進出し、日帝反革命
軍に対する全面的な軍事協力を行なうとともに、本国内においても朝鮮人・中国人を強制連行し、使
い殺しのタコ部屋的労働によって軍関係工事を行ない、多数の朝鮮人・中国人を虐殺し、巨額の資本
を蓄積した。
 一九四五年八月一五日以降、鹿島建設は、侵略戦争中の朝鮮人・中国人強制連行・虐待・虐殺にほ
おかむりし、証拠堙滅を計り、逆に多額の国家補償を強奪した。USA帝反革命軍の工事を請負うこ
とで、戦後の発展の土台を築いた鹿島建設は、本国内においては、日本人下層労働者を強搾取・虐殺
しつつ、日帝の新植民地主義の一環として、ビルマ、韓国、南ベトナム、シンガポール、マラヤ、イ
ンドネシア、台湾、インド、タイ等に進出し、現地反革命政権と結託し、革命勢力に敵対している。
鹿島建設の侵略反革命史の詳細は第U部第五章参照
“さそり”は、“狼”“大地の牙”の戦いに促され、年内に第一回目の作戦を行なうべく確認し、準備
を進行させていた。下層(無産)プロレタリアートの現場闘争、寄せ場叛乱のなかで自己形成=組織
形成してきた“さそり”は、被植民地人民を収奪していると同時に、日帝本国人下層(無産)プロレ
タリアートを搾取している土建企業をまず叩くことを考えていた。そうすることで、下層(無産)プ
ロレタリアートのなかからの反日兵士の出現を促そうとしたのである。
 鹿島建設に攻撃目標を設定した理由は、鹿島建設が土建企業のなかでも一、二を争う日帝の中核的
独占企業であることと、一九四五年六月三〇日の、鹿島組花岡作業所の中国人捕虜戦士たちの反日武
装蜂起の革命的精神を復権・継承し、花岡で殺された中国人捕虜戦士たちの無念を晴らし、鹿島建設
の反革命犯罪にオトシマエをつけることにあった。“さそり”は、そのような意味から、自らを抗日パ
ルチザン義勇軍“さそり”と名づけ、鹿島建設PH工場爆破攻撃を花岡作戦と名づけた。
 花岡作戦の目的は、PH工場を爆破炎上させることにあったが、結果としては、技術的未熟さから
所期の目的を果たすことはできなかった。“さそり”は、この不十分性を、再度鹿島建設を爆破攻撃
することによって克服することを確認した。

(六)間組爆破攻撃=キソダニ・テメンゴール作戦

わが部隊はキソダニ・テメンゴール作戦の一端を担い、間組本部(六
階)に対し爆破攻撃を行なった。
           二月二八目東アジア反目武装戦線“さそり”

 間組は、その創業当時から東アジア人民に対する日帝の侵略反革命とともにあり、その一端を具体
的に担い、日帝の膨張とともに膨張し今日に至っている。間組は、まず、日帝本国における鉄道土木
工事を中心とした、日本人下層労働者に対する使い殺しのタコ部屋的奴隷労働によって土建資本とし
ての土台を築き、日帝の朝鮮侵略の開始とともに朝鮮へ進出し、以降朝鮮人労働者に対する使い殺し
のタコ部屋的労働によって多数の朝鮮人労働者の命を奪い、巨額の資本を蓄積した。また間組が朝鮮
で請負った工事の多くは日帝の侵略・植民地支配の根幹ともいうべき軍事鉄道網であった。
 さらに、日帝の中国大陸への侵略拡大にともない、間組は、日帝反革命軍にぴったりとよりそっ
て、中国大陸へ進出し、抗日反日パルチザンの武装攻撃から日帝反革命軍に防衛されつつ、中国人労働
者に対する使い殺しのタコ部屋的奴隷労働によって、多数の中国人労働者の命を奪い、巨額の資本を
蓄積した。一九四一年以降は、日帝の侵略戦争拡大にともない、朝鮮・中国大陸のみならず、台湾、
タイ、フィリピン、ビルマヘも進出し、日帝反革命軍に対する全面的な軍事協力を行なうとともに、
日帝本国内においても、朝鮮人・中国人を強制連行し、使い殺しのタコ部屋的奴隷労働によって軍関
係工事を行ない、多数の朝鮮人・中国人を虐殺し、巨額の資本を蓄積した。
 一九四五年八月一五日以降、間組は他の土建資本と共謀して、侵略戦争中の朝鮮人・中国人強制連
行・虐待・虐殺の責任追及から逃れるため、組織的に証拠湮滅を計り、逆に多額の国家補償を強奪し
た。USA帝反革命軍の工事を請負うことで、戦後の発展の土台を築いた間組は、日帝本国内におい
ては日本人下層労働者を強搾取・虐殺しつつ、日帝の新植民地主義侵略の一環として、内戦状態の南
ベトナム、ラオス、マラヤ、エルサルバドル等に進出し、現地反革命政権と結託し、革命勢力と敵対
した。間組の今日は、まさに、東アジア人民と日帝本国人下層(無産)プロレタリアートの血と屍の
上に築き上げられている。(間組の侵略反革命史の詳細については第U部第六章参照)
 花岡作戦以降、七五年に入って、“狼”“大地の牙”“さそり”の三部隊は、三部隊間の連携関係
をより強化し、日帝権力に対して共同して対応していくために、三部隊間の定期的な連絡会議を設定
し、将来的には組織合体していく方向性を確認した。そして、三部隊の初の共同作戦として、間組を
爆破攻撃することを決定した。
 七四年一二月九日、マラヤ共産党武装勢力は、テメンゴール・ダム建設を、マラヤ人民の利益に反
する反革命工事であると糾弾し、テメンゴール・ダム建設の工事をやっていた間組を武力攻撃した。
この攻撃によって、日本人一名が死亡した。われわれ三部隊は、この戦いを、なによりも、間組のマ
ラヤ「辺境」侵略を許容しているわれわれ日帝本国人に対する戦闘指令(つきつけ)として受けと
め、なにがなんでも間組に対して具体的打撃を与え、間組のマラヤ「辺境」侵略を粉砕しなければな
らないことを確認した。
 われわれ三部隊は、間組本社等に対する調査を行ない、最終的には、本社六階海外事業本部を“さ
そり”、九階電算機コンピューター室を“狼”、大宮工場を“大地の牙”が、同時爆破することを決定
した。決行日は、二月二八日とし、爆破時間は午後八時とした。われわれは、木曽谷の中国人捕虜戦
士たちの反日武装蜂起の革命的精神を復権・継承し、テメンゴールにおけるマラヤ共産党武装勢力の
間組攻撃に呼応する意味から、間組爆破攻撃をキソダニ・テメンゴール作戦と名づけた。
 二月二八日夕刻、三部隊は、計画どおりに出撃し、テキの事前弾圧的警戒網を巧みにぬってそれぞ
れ攻撃目標に接近し、爆破攻撃を貫徹した。爆弾はそれぞれ完爆し、東京港区青山の間組本社ビル
は、もうもうたる黒煙に包まれた。九階は爆発と同時に火災が起こり、電算機コンピューターは破壊
され、データは燃焼した。六階の壁やドアは吹き飛び、天井は落ち、鉄骨はアメのように曲り、スチ
ールの机などはあとかたもなく粉砕された。われわれは、この爆破攻撃の成功を、警察無線の傍受に
よって確認した。翌日のブル新は書き立てた。「外壁飛び火の海」「“中枢”深く爆弾魔」「“中枢
機能”完全マヒ」「電算室メチャメチャ」と。
 このキソダニ・テメンゴール作戦は、間組に、物的損害だけでも数億円以上のダメージを与え、日
帝の資本家どもを再度再再度恐怖のどん底に叩き落とした。警視庁の面目は丸つぶれだった。この間
組爆破に対して、日帝支配者どもは、内部で責任の転嫁をしあい、いがみ合うしまつであった。この
年夏期の『会社四季報』の間組の項では、「本社ビル爆破事件の後遺症も当分残る」と分析されてい
るが、このことは間組の経済的損害の大きさを示して余りある。
 このキソダニ・テメンゴール作戦の戦術的意義を、われわれは次のように把握している。第一に、
三部隊の初めての共同作戦として、相互の戦士的な信頼関係の上に立って、三部隊の総力を結集し、
技術性の粋を尽して克ちとられたという点である。第二に、七五年に入り、一段と強化されたテキ
の事前弾圧的警戒体制を巧みにぬって、緻密に計画され、周到に準備され、大胆に実行され、ほぼ作
戦計画どおりに成功したという点である。第三に、中枢殲滅戦への質的飛躍を実理したという点であ
る。
 キソダニ。テメンゴール作戦は、七四年八月三〇目の三菱重工爆破作戦の限界を乗り越えた。ダイ
ヤモンド作戦は、日帝の中枢的侵略企業である三菱重工に対する爆破攻撃という絶対的な政治的正当
性をもっていたにもかかわらず、新左翼的なカンパニア主義・象徴主義から自らを明確に区別し得て
いなかったために、爆破対象を厳密に絞りきれず、中枢殲滅戦として作戦を立てられず、殲滅すべき
でない通行人を多数殺傷してしまうという戦術的限界を露呈してしまった。
 キソダニ・テメンゴール作戦は、中枢殲滅戦の方向で立案されながら、中枢殲滅戦としては未貫徹
であった三井物産爆破攻撃の方向性を継承し、さらに発展させ、ダイヤモンド作戦の象徴主義的限界
を明確に乗り越えた。この質的飛躍は、なによりも、マラヤ共産党武装勢力の一二・九戦闘というつ
きつけと、それになんとしてでも具体的に応え、肉薄せんとした、三部隊の思想的内圧が結実させた
ものであった。(その戦略的思想的意義については第U部第六章参照)
 この間組爆破の直後の記者会見で、間組の副社長(当時)竹内某は、「海外に活路を見出すしかな
い。こんなことで海外の建設工事を中止したりする気持は絶対にない」とホザいた。すなわち、間組
は、マラヤ「辺境」侵略から手をひかず、あくまでも侵略活動を継続することを宣言したのである。
 われわれは、この間組の反革命的居直りに対して、再度、間組に爆破攻撃を加えることを決定し、
“さそり”が主体となって、間組の江戸川作業所を、四月二七日と五月四日に爆破した。

(七) 韓産研・オリエンタルメタル爆破攻撃

韓国産業経済研究所は日帝企業の韓国・台湾・マラヤ侵略に奉仕す
る活動を停止せよ。オリエンタルメタル製造などによる「韓国工業
団地視察団」の派遣を中止せよ。オリエンタルメタル製造は韓国か
ら撤退し、在韓資産を放棄せよ。
          一九七五年四月一九目東アジア反目武装戦線

 二・二八キソダニ・テメソゴール作戦にショックを受けた警視庁は、「非常事態宣言」なるものを
行ない、軽視総監土田某が記者会見し「犯人グループは通常の市民生活を装い、しかも巧妙に犯行を
くわだてており、都民の積極的な協力を求めて一日も早く犯人を検挙、不安を取り除き平穏な都民生
活の維持に万全をつくす」との談話を発表(七五年三月一日付『毎日』夕刊)し、住民への相互スパ
イ体制、ゲリラあぶり出しへの積極的協力を訴え、また自民党の政調会長松野は、間組爆破に対して
泣き事を言い「こうした計画的な犯罪防止のため今国会で“計画的集団凶悪犯罪防止法案”を提案、
成立させたい」と記者会見でぶち上げた(同上)。
 このようにして、日帝権力は、日帝小市民層のファッショ的組織化を行ないつつ、事前弾圧体制の
強化にも乗り出した。七五年三月四日付『読売』朝刊には次のような記事が出ている。

  爆破防げ――八十八社を重点警備
        “声明”分析してリスト警視庁連日、警官を大動員
   「東アジア反日武装戦線」と名乗るグループによる一連の企業爆破事件で、警視庁特捜本部は、
  間組爆破事件に続いて犯人グループが今後、首都を舞台に同様の“同時多発作戦”に出る恐れが
  あるとして、三日、これまでの警備の対象となっていた東京都内の主要企業約千百社を再点検、
  このうち八十八社を「重点防備対象」に指定、さらに厳重な警戒体制をとることを決めた。これ
  ら八十八社は、いずれも、戦前戦後を通じアジアを中心に海外経済進出に関連した企業。同本部
  が、これまでに出された犯人グループによる声明、アングラ出版されている文書類などを詳細に
  分析、リストアップしたもので、本部では、連日、これら企業を中心に機動隊員五百人を含む千
  五百人を配置、再発防止に全力をあげる。
   重点防護対象として、さらに警戒を厳重にすることになったのは、鉱工業十三、建設、化学・
  製紙、造船・機械各八、金属、食品各七、商社、繊維、金融各四、電機三、そのほか土地・不動
  産関係企業二十二の計八十八社。
   同庁では、三菱重工ビル爆破事件以後、「東アジア反日武装戦線」が“声明”でふれている韓
  国進出企業を中心に四十数社をチェック、警戒体制を取ってきた。ところが、今回の間組爆破事
  件でも、名乗りをあげた「東アジア反日武装戦線“さそり”」グループが、一連の爆弾事件同
  様、企業の海外進出などを直接理由に上げていることから、これまでの資料を再検討、改めて八
  十八社を重要防護に指定した。
   これらの重要防護対象企業について、同本部は、これまでの警戒体制をさらに強化、常時、一
  企業五十―十人の機動隊員、警察官を配置、昼夜を問わず巡視の目を光らせることにしている。
  また重要防護対象企業以外の残り千十数社(事務所、支店などを含む)は、各警察署による警戒
  対象とし、これらについても十―五人の警察官を派遣、警戒に当たらせる。

 だが、このような事前弾圧的警戒体制も、奴らにとって、しょせん気やすめにしかすぎなかった。
 二・二八キソダニ・テメンゴール作戦の前後、韓国産業経済研究所の主催する韓国工業視察団の訪
韓計画を知ったわれわれは、これを阻止すべく、“大地の牙”を主体にして、調査活動を開始し、作
戦計画を練った。訪韓団を直接攻撃することも検討したが、最終的には、銀座の韓産研と兵庫県尼崎
                                        イスマン
のオリエソタルメタルの同時爆破を行なうこと、また決行日は、一九六〇年に朝鮮人民が李承晩独裁
政権を打倒した四・一九革命記念日に決定した。
 七五年四月一九日、東京銀座の韓国産業経済研究所と兵庫県尼時のオリエンタルメタル製造株式会
社本社ビルで二つの爆弾が同時に炸裂した。この戦いに恐怖した韓産研は、五日後に予定していた「韓
国工業団地視察団」派遣を急拠中止せざるを得なくなり、韓国であくどい金もうけをしている対韓侵
略企業は「次はわが身か」と恐怖にふるえあがった。オリエンタルメタル製造株式会社の常務立神某
は「韓国で合弁会社をつくっている会社はほかにもあるのになぜうちの社だけねらわれたのか……」
(七五年四月一九日付『朝日』夕刊)と居直り、兵庫県警警備部は「韓国に輸出しているだけでねら
われるなら、神戸市内のゴム工場なども対象となり、攻撃目標はざっと数千にのぼる」(七五年四月
一九日付『読売』夕刊)と音を上げた。


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