演習のテーマ
「戦後補償をめぐる法的諸問題」
いわゆる戦後補償裁判は全国で60件以上あるが、多くの裁判所はこれらの請求をなかなか認めようとしない。それは何故なのか?そこには法的に(国内法上、国際法上)どういう問題があるのか?
講義計画
具体的に、2年半にわたる演習は、次の順序で進めて行く。(但し、平成13年度は、私は専門演習T、U、V、は担当しない。12年度にU、Vを履修した諸君に、ひきつづきWと卒業研究を担当するのみである。)
(1)専門演習T(2回生秋学期)
著書・論文を輪読することによって、問題点を整理し、全ゼミ生が共通の知識と問題意識をもち得るようにする。
先ず最初に入門書ともいうべき『戦後補償とは何か』(下記参考文献1)を使って、この問題の全貌を理解した上で、次に日本軍隊の構成員による戦争法規違反によって被害を受けた個人が、日本国に損害賠償を請求する訴訟を日本の国内裁判所に提起し得るか否かの問題について、オランダのカルスホーベン教授の有名な論文(参考文献5に英文と邦訳あり)を輪読しながら考察する。
(2)専門演習U、V(3回生の春・秋学期)
日本の国内裁判所の代表的な判例を、担当を決めて順次報告してもらう。
平成12年度の場合は、次のケースを取り上げた。
(3)専門演習W(4回生春学期)
3回生のときの判例研究を基礎に、秋学期の卒業研究での論文執筆に向けて、各自がそれぞれのテーマを見つけて研究を進める。
(4)卒業研究(4回生秋学期)
卒業論文執筆の指導。
参考文献
13. 広瀬善男「戦争損害に関する国際法上の個人請求権」『明治学院論叢』646号(法学研究69号)、2000年
14. 池明観、五十嵐正博他『 日韓の相互理解と戦後補償』日本評論社、2002年
15.奥田安弘、川島真他『共同研究 中国戦後補償―歴史・法・裁判』赤石書店、2000年
16. 奥田安弘、山口二郎編『グローバル化する戦後補償裁判』信山社、2002年
17.山手治之「第二次大戦時の強制労働に対する米国における対日企業訴訟について」『京都学園法学』33・34号、2001年
18.山手治之「日本の戦後処理条約における賠償・請求権放棄条項―戦後補償問題との関連において―」(1)『京都学園法学』35号、2001年
19.山手治之「第二次大戦時の強制労働に対する米国における対日企業訴訟について(続編)」(1)『京都学園法学』36・37号、2002年
20.山手治之「同上(続編)」(2)『京都学園法学』38号、2002年
21.山手治之「同上(続編)」(3)『京都学園法学』39・40号、2003年
22.山手治之「アジア人元慰安婦の対日本政府訴訟に関する米国連邦地裁判決」、山手治之・香西茂編『現代国際法における人権と平和の保障』(東信堂、2003年)所収
23.山手治之「第二次大戦時の強制労働に対する米国における対日企業訴訟について(続編)」(4)『京都学園法学』41号、2003年
24.山手治之「日本の戦後処理条約における賠償・請求権放棄条項―戦後補償問題との関連において―」(2)『京都学園法学』43号、2004年
25.浅田正彦「日華平和条約と国際法」(1)〜(5) 法学論叢147巻4号(2000年7月)〜156巻2号(2004年11月)
26.山手治之「判例研究・アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件――日韓請求権協定2条の解釈を中心に――」『京都学園法学』45・46号、2005年
27.山手治之「判例研究・名古屋三菱挺身隊訴訟第一審判決(2005年2月24日)――日韓請求権協定第2条の解釈を中心に――」『京都学園法学』47号、2005年
28. 中国人戦争被害賠償請求事件弁護団編『砂上の障壁――中国人戦後補償裁判10年の軌跡――』日本評論社、2005年
29.申恵丰・高木喜孝・永野貫太郎編『戦後補償と国際人道法――個人の請求権をめぐって――』明石書店、2005年
30.山手治之「中国人『慰安婦』二次訴訟東京高裁判決について――個人請求権の放棄を中心に――」『立命館法学』300・301号、2006年
31.山手治之「ドイツ占領軍の違法行為に対するギリシャ国民の損害賠償請求訴訟――個人の戦争賠償請求権、主権免除、ユス・コーゲンス――」(1)『京都学園法学』48・49号、2006年
32. 山手治之「ヴェルサイユ条約の賠償・経済条項と混合仲裁裁判所」、松井芳郎・木棚照一・薬師寺公夫・山形英郎編『グローバル化する世界と法』(東信堂、2006年)所収
33.ライナー・ホフマン著、山手治之訳「戦争被害者に対する補償――1949年以降のドイツの実行と現在の展開――」『立命館法学』306号、2006年
34. 五十嵐正博「日本の『戦後補償裁判』と国際法」『国際法外交雑誌』105巻1号、2006年
35.浅田正彦「日本における戦後補償裁判と国際法」『ジュリスト』2006.10.15
36. 小幡郁「請求権放棄条項の解釈の変遷」『講座国際人権法T・国際人権法と憲法』(2006年)所収
37.小松一郎「国際法の履行確保と国内裁判所による国際法の適用――いわゆる『米国POW訴訟』をめぐって――」『栗山尚一先生・山田中正先生古希記念論集 国際紛争の多様化と法的処理』(2006年)所収
38. 山手治之「ドイツ占領軍の違法行為に対するギリシャ国民の損害賠償請求訴訟――個人の戦争賠償請求権、主権免除、ユス・コーゲンス――」(2)『京都学園法学』52号、2007年
39.山手治之「NATOユーゴ空爆被害者の対独損害賠償請求訴訟――ドイツ国内裁判所のヴァルヴァリン事件判決――」(1)『立命館法学』311号、2007年
40.山手治之「NATOユーゴ空爆被害者の対独損害賠償請求訴訟――ドイツ国内裁判所のヴァルヴァリン事件判決――」(2)『立命館法学』314号、2007年
41.山手治之「日韓請求権協定2条の解釈序論――韓国側の解釈について――」『転換期の法と文化(京都学園大学法学部二十周年記念論文集)』(2008年)所収
42. 山手治之「日韓請求権協定2条の解釈について(1)」『京都学園法学』54・55号、2008年
43. 『法律時報』80巻4号(2008年4月号)「小特集=中国人戦後補償裁判――国際人道法と個人請求権」
44. 浅田正彦「判例評論・日華平和条約および日中共同声明と日中戦争遂行中に生じた中華人民共和国国民の日本国および日本国民に対する請求権――西松建設事件・中国人慰安婦二次訴訟」『判例時報』1993号(『判例評論』590号)、2008年
45. 北村泰三「判例解説・中国人個人の戦後補償請求権――最高裁平成19年4月27日第二小法廷判決」『平成19年度重要判例解説』(ジュリスト1354号)(2008年)
編集方針
1.2000年5月1日以降の新聞報道より、裁判・判決を中心に掲載してあります。
2.上級審判決の場合、参考のため下級審の記事もさかのぼって収録しました。
3.専門家のために登載判例集(未登載の場合支援団体等のサイトにあればそれ)を示しました。
4.日本の判決が中心ですが、外国の判決も関連があるものは掲載しました。
5.若干の解説や参考文献を示した場合もあります。
【資料総目次】
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(第1巻) |
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| 1 | 2000.05.01 | 韓国人元徴用工、三菱重工を韓国釜山地裁に提訴 |
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1& |
2000.05.4 | ギリシャ最高裁判所、第二次大戦時のドイツ軍虐殺行為被害者の対独損害賠償請求を認め、ドイツに賠償支払いを命ず(ディストモ村事件判決) |
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1# |
2000.05.25 |
東京高裁、韓国人元軍属らBC級戦犯公式陳謝等請求訴訟棄却 |
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1a |
2000.05.31 |
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| 2 | 2000.07.11 | 不二越訴訟最高裁で和解成立 |
| 3 | 2000.07.17 | ナチス強制労働補償基金設立 |
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3a |
2000.08.31 |
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| 4 | 2000.09.21 | 米連邦地裁、日本企業に対する元連合国捕虜の訴え13件棄却(ウオーカーT判決) |
| 5 | 2000.09.18 | アジア諸国の元慰安婦15人、米連邦地裁に日本政府提訴 |
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5a |
2000.10.30 |
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| 6 | 2000.11.07 | 英政府、旧日本軍の自国民捕虜に補償金支給 |
(1) 2000年5月1日 韓国人元徴用工、三菱重工を韓国釜山の裁判所に提訴
日本の植民地支配下で強制連行され、三菱重工業で労働中に被爆した韓国人の元徴用工ら6人が1日、現在の三菱重工業(本社・東京)を相手取り、慰謝料と未払い賃金計約6050万円の支払いを求める訴えを韓国の釜山地方法院(地裁)に起こした。原告のうち朴昌煥(パクチャンファン)さん(77)ら5人は、ほかの41人とともに未払い賃金などの支払いを求めて広島地裁に提訴したが、同地裁は昨年3月、時効成立などを理由に請求を棄却。原告側が控訴している。
日本企業を相手取った戦後補償裁判が、韓国の裁判所に提訴されたのは初めてで、被害国での審理が注目される。
広島訴訟の原告の元徴用工は、国民徴用令で強制連行され、1944年〜45年8月、旧三菱重工業の広島市内の造船所などで働かされ、被爆した。1審判決後、崔鳳泰弁護士ら韓国の弁護士と日本の弁護団(在間秀和弁護団長)とが、韓国での提訴の準備を進めてきた。在間弁護士は「被害国である韓国の裁判所で、日本の戦後補償が問われる意義は大きい」と話している。
原告団は1日午後、日韓の支援者らと、釜山駅広場でのメーデー集会に参加。その後、三菱重工釜山連絡事務所までデモ行進する。【萱原健一】(毎日新聞2000年5月1日夕刊)
なお、(88a)参照。
なお、2007年2月2日、時効により請求を棄却する旨の判決が下された(178a)。
【参考】 三菱広島徴用工訴訟(広島地裁1999.3.25)
上の記事中広島地裁の判決とは、1999年3月25日の三菱広島徴用工訴訟の判決のことである。
日本の植民地支配下で強制連行され、財閥解体前の三菱重工業で労働中に被爆した韓国人46人が、国と現在の三菱重工業(本社・東京)などに対し、未払い賃金や慰謝料など計約5億1000万円の支払いを求めた「三菱広島徴用工訴訟」の判決が25日、広島地裁であった。加藤誠裁判長は、「旧憲法下で、国家の権力的作用で個人が被害を受けた場合でも、国家は損害賠償責任を負わない」などとして請求を棄却した。原告側は控訴する方針。
訴えによると、原告は国民徴用令で強制連行され、1944年〜45年8月、旧三菱重工業の広島市内の造船所などで働かされ、被爆した。(1)過酷な労働を強いたのは安全配慮義務違反(2)強制連行や被爆後の放置は民法上の不法行為にあたる(3)国は韓国人被爆者を援助するのを怠った――などとして、国と同社に1人1000万円の慰謝料を請求。さらに、同社が賃金の半分を家族に送金するという約束を守らなかったとして、1人当たり約6万〜約12万円の支払いを求めた。加藤裁判長は、三菱重工業などに対する請求についても「損害賠償請求権は、除斥期間(不法行為のあった時点から20年)が経過し、消滅している」などとして退けた。【萱原健一、岡村昌彦】(毎日新聞1999年3月25日夕刊)
【登載判例集】(三菱広島徴用工訴訟)
第一審(広島地裁1999.3.25)訟務月報47巻7号 (また、この訴訟の詳細な経過(訴状、論点、第一審判決[結論部分]、第二審の口頭弁論準備書面等)が、三菱広島・元徴用工被爆者裁判を支援する会のサ イト( http://ha2.seikyou.ne.jp/home/nkhp/index.htm )に紹介されている。)
なお、第二審(141)参照。
(1&) 2000年5月4日 ギリシャ最高裁判所、第二次大戦時のドイツ軍虐殺行為被害者の対独損害賠償請求を認め、ドイツに賠償支払いを命ず(ディストモ村事件判決)
1944年6月10日、ドイツ占領軍のナチス親衛隊部隊が、パルチザンによる待伏攻撃に対する報復として、中央ギリリシャのヴォイオチア県ディストモ村の村民218人(女性、子供、老人を含む)を殺戮した。1995年11月27日、ヴォイオチア県と被害者・遺族が、この被害に対してドイツ国家に9,448,105,000ドラクマ(約3000万ドル)の賠償を求める訴訟をレヴァディア地方裁判所に提起した。ギリシャ外務省はドイツ外務省に訴状等関連文書を送ったが、ドイツ外務省は受理することを拒否してギリシャ大使館に送り返した。ドイツは裁判に代表を出席させなかった。
レヴァディア地裁は欠席裁判を続けて、1997年10月30日、@1953年のロンドン債務協定5条2項により戦争賠償は平和条約が締結されるまで留保されたが、1990年のモスクワ条約は平和条約とみなすことができ、戦争賠償の留保は除去された。それゆえ、今やギリシャはドイツに第二次大戦中の戦争法規違反による損害の賠償を要求することができる。A主権免除については制限免除主義を採用すべきであるが、ハーグ陸戦規則46条違反はユス・コーゲンス違反を構成し、ユス・コーゲンス違反の場合は主権免除を黙示的に放棄したものとみなされるからドイツは主権免除を享有しないとして、上述の額の賠償の支払をドイツに命じた。
1998年7月24日、ドイツはギリシャ最高裁判所に上告した。ドイツはとくにギリシャの裁判所が国際法上本件を裁判する管轄権を有しないことを主張した。2000年5月4日、最高裁大法廷は、@ヨーロッパ国家免除条約(ギリシャ未批准)11条の法廷治国における不法行為訴訟の免除除外規定は国際慣習法を構成する、A同11条は武力紛争には適用されないが、本件の殺戮行為はその行為の特徴からして武力紛争のカテゴリ―に入らない、Bユス・コーゲンス違反を構成するからドイツは免除を黙示的に放棄したものとみなされるという理由で一審判決を支持し、ここに一審判決が確定した。しかし、Matthias長官を含む5人の判事が、制限免除主義はいまだ慣習国際法になっていないという反対意見を提出し、さらにそのうち長官を含む4人は、本件を武力紛争から除外する多数意見の主張に反対し、またユス・コーゲンス違反は主権免除の黙示的放棄があったものとみなされるという主張についても反対した。
なお、判決は、独訳がKritische Justiz 33, 472 (2000)に掲載されている。また、山手治之「ドイツ占領軍の違法行為に対するギリシャ国民の損害賠償請求訴訟(1)『京都学園法学』2005年第2・3号(2006年)にレヴァディア地裁判決も含めて紹介がある。
また、原告たちの判決の執行を求める動きについて(40)、特別最高裁による軌道修正について(75a)参照。
(1#) 2000年5月25日 東京高裁、韓国人元軍属らBC級戦犯公式陳謝等請求訴訟棄却
第二次世界大戦中に旧日本軍の軍属に徴用され、戦後BC級戦犯として処刑されたり拘禁されたりした韓国人とその遺族計六人が日本政府に補償や公式謝罪などを求めた訴訟の控訴審で、東京高裁は二十五日、請求を退けた一審東京地裁判決を支持し、韓国人元軍属らの控訴を棄却した。なお、最高裁判決(48a)参照。
(1a)2000年5月31日 日本在住旧植民地出身軍人・軍属への弔慰金支給法成立
旧日本軍の軍人・軍属として死亡したり重度の障害を負ったりした、旧植民地(韓国・朝鮮・台湾)出身者とその遺族のうち日本国内永住者に対して、弔慰金などを支給する法律が5月31日参院本会議で可決成立した(衆院本会議は5月18日可決)。
法律は第一条で「人道的精神に基づく」措置であることを明記。戦没者と重度戦傷病者の遺族に弔慰金260万円、重度戦傷病者本人に見舞金200万円と老後生活設計支援特別給付金200万円の計400万円を、それぞれ一時金として支給する.来年から給付申請を受付け(期間3年間)、政府が審査の上来年度から支給を始める。対象者は2千〜3千人になる見込み。
旧植民地出身の元軍人・軍属は、サンフランシスコ平和条約によって日本国籍を失ったことで恩給・年金の対象外とされた。このうち韓国在住の戦没者遺族約8千人には、韓国政府が日韓請求権協定に基づく韓国国内法(対日民間請求権補償法)によって74年に一律30万ウォン(当時のレートで約19万円)を支給、台湾在住の遺族・重度戦傷病者には日本政府が1987、88年の議員立法台湾戦没者遺族弔慰金支給法(「台湾住民である戦没者の遺族等に対する弔慰金等に関する法律」)によって、95年までに2万9千645人に総額592億9千万円(一律200万円)を支給した。
しかし、朝鮮民主主義人民共和国在住者と在日韓国・朝鮮・台湾人には、これまで一切保障措置がとられていなかった。このうち朝鮮民主主義人民共和国在住者については今後北朝鮮との国交回復交渉の中で処理されるが、日本国内に永住している旧植民地出身者についてはこれで一応決着を見たことになる。ただし、援護法による年金を受けている日本人に比べると金額ははるかに少ない。
法律の正式の名称は「平和条約国籍離脱者等である戦没者遺族等に対する弔慰金等の支給に関する法律」(平成12年6月7日法律第114号)(平成12年6月7日官報、号外第112号45頁)。総務省の「法令データ提供システム」で検索可能。
韓国在住の韓国人の女性2人(元女子勤労挺身隊員)と男性1人(元徴用工)が、戦時中軍需工場だった工作機械メーカー不二越(本社・富山)に、未払い賃金の支払い、劣悪な環境下での強制労働の損害賠償計2000万円、日韓両国の新聞への謝罪広告掲載の三点を求めた訴訟の和解が、7月11日最高裁第一小法廷で成立した。
和解内容は、不二越側の責任や謝罪には触れず、不二越が原告3人のほか、元同隊員ら5人と、原告らが所属する「太平洋戦争韓国人犠牲者遺族会」(金景錫会長,会員約800人)にも、総額三千数百万円の解決金を支払い、原告が訴えを取り下げるというもの。
96年7月24日の一審・富山地裁は、賃金債権の消滅時効について、外務省の約局長が参議院予算委員会において、日韓請求権協定は日韓両国が外交保護権を放棄したにすぎず、個人の請求権を放棄したものではない旨条答弁した平成3年(91年)8月27日が起算日になるとの判断を示し、同日から1年以上経過して訴えが提起されたとして消滅時効の成立を認めた。不法行為による損害賠償請求権については、除斥期間(不法行為のときから20年)は原告らが帰国した昭和20年から起算すべきであるとして除斥期間の経過を認め、原告らの請求をすべて棄却した。
控訴審・名古屋高裁金沢支部も、98年12月、原告側が原告の代理任が提訴の約3ヶ月前に未払い賃金を請求していて時効は中断しているなどと主張したのに対して、時効の起算日を65年の日韓国交回復時まで大幅にくり上げて時効の成立を認め、また損害賠償請求についても一審の判断をほぼ踏襲して原告側の請求を退けた。
【山手補足説明】【戦後保障をめぐる訴訟の和解】
上告審段階では今回が初めてであるが、下級審では二例ある。
@ 大戦中日本製鉄(現新日本製鉄)の釜石製鉄所に強制連行され、連合軍による艦砲射撃で死亡した韓国人徴用工11人の遺族が、新日鉄と国に総額約2億5000万円の損害賠償と遺骨返還などを東京地裁に求めた訴訟(1995年9月22日提訴)で、1997年9月18日当事者の間で裁判外の和解が成立した。新日鉄は、遺骨の所在が確認できず返還できない遺族に対して200万円づつの慰霊金計2000万円(遺骨の戻っていた遺族1人には旅費名目で五万円)と韓国での慰霊費用約140万円を支払うとともに、死亡した人を釜石製鉄所内の鎮魂社に合祀し、原告側は訴えを取り下げた。ただし、国に対する訴訟は継続。なお、和解内容と弁護団・支援する会の声明が、日本製鉄元徴用工裁判を支援する会のサイト( http://www5b.biglobe.ne.jp/~mujige/nittetu04.htm )に掲載されている。
A 日本鋼管強制労働訴訟の控訴審における裁判上の和解 本件の原告(韓国在住の韓国人金景錫)は、戦時中いわゆる官斡旋方式により日本鋼管川崎製鋼所に就労中、朝鮮人労働者約800人が作業を拒否した際に首謀者と疑われて私服警官や従業員らに暴行を加えられ障害を負った。原告は、1991年に日本鋼管に対し、強制連行、奴隷的待遇下の強制労働および暴行傷害を理由に、1000万円の損害賠償と日韓の新聞への謝罪広告の掲載を求める訴えを起こした。その主位的請求は、日本鋼管は国際人権法、具体的に言えば奴隷労働を禁止する国際慣習法、強制労働条約(ILO第29条約)、1945年のニュルンベルグ憲章に定める人道に対する罪、に違反したというものである。予備的請求は、その一は民法上の不法行為に基づき、そのニは安全配慮義務違反に基づくものである。
1997年5月26日の東京地裁判決(判例時報1614号41頁)は、来日のいきさつについて強制によるとまでは言えず、また居住状況・作業環境とも劣悪ではあったが奴隷的待遇であったとは言えないとしたが、暴行傷害については日本鋼管の従業員も関与したことを認めた。 そして、判決は、主位的請求について、強制労働条約および人道に対する罪は私企業である被告が民事責任を負う根拠とはならないし、違反者が被害者に損害賠償義務を負うとの一般的慣行および法的確信は1942(昭和17)年ないし1944(昭和19)年頃存在していたとは認められないとして排斥した。次いで、予備的請求その一の不法行為について、後遺障害が固定した昭和18年10月頃から起算して20年の除斥期間が経過したとし、その二の安全配慮義務について、仮に被告に同義務違反があったとしても、右症状固定の日から10年を経過することにより消滅時効が完成したとして、各請求を棄却した。(債務不履行[安全配慮義務違反]による損害賠償請求権の消滅時効の起算日を損害発生時とした点は、前記不二越訴訟における富山地裁の外務省条約局長の答弁時とする見解とも、名古屋高裁金沢支部の日韓国交回復時とする見解とも異なっている。もっとも、不二越訴訟は賃金請求に関するものであり、かつ棄却の結論は同じ。)
控訴審(東京高裁)では、和解交渉が98年9月原告の要請を日本鋼管が受け入れて始まり、99年4月6日会社側が「50年以上経過し、加害者を特定することは困難だが、永きにわたり苦労したことに真摯な気持ちを表する」理由から、410万円の解決金を支払うとする和解が成立した。この日の和解は、裁判長が法廷で和解条項を読み上げる異例の方式がとられた。日本鋼管は「日韓の歴史を真摯に受け止め、誠意をもって和解の道を模索してきた。裁判が長期化していることに加え、金氏(原告)がご高齢であることにも考慮し、和解することにした」とのコメントを出した。なお、三菱広島・元徴用工被爆者裁判を支援する会のサイトの戦後補償裁判いろいろ紹介欄「金景錫(NKK)裁判が和解成立」のページ( http://ha2.seikyou.ne.jp/home/nkhp/kimwakai.htm )に、和解条項、本人および支援する会の各声明、金景錫さんの日本鋼管訴訟を支える会代表谷川透氏の解説的論評が掲載されている。
さて、もとにかえって今回の不二越訴訟の和解は、最高裁の勧告もあったとみられるが、企業イメージを重んじた不二越側と、高齢で早期解決を望んだ原告側の利害が一致して両者が歩み寄ったことが大きい。判決に固執すれば、わが国の裁判所では時効や除斥期間の法の壁に阻まれて、原告側敗訴の可能性が高い。今回の例は、原告側が高齢化している戦後保障訴訟に一つの解決方法を示
した意義があるといえよう。(参照: 朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、判例タイムズNo.941、判例時報1614号)なお、三菱広島・元徴用工被爆者裁判を支援する会のサイトの戦後補償裁判いろいろ紹介欄「不二越訴訟が最高裁で和解」のページ( http://ha2.seikyou.ne.jp/home/nkhp/fujiwaka.htm )に、和解条項、強制連行・企業責任追求裁判全国ネットワークの声明、毎日新聞・共同通信のニュース速報記事が掲載されている。
【登載判例集】
【不二越訴訟】
第一審(富山地裁1996.7.24)判例タイムズ941号、労働判例699号
第二審(名古屋高裁金沢支部1998.12.21)判例タイムズ1046号
最高裁(2000.7.11)和解成立
【日本鋼管強制労働訴訟】(金景錫事件)
第一審(東京地裁1997.5.26)判例時報1614号
【追記】 9月16日の朝日新聞(夕刊)によると、不二越で強制労働に従事した別の元女子勤労挺身隊員ら約30人が、不二越を相手取って、9月末にも損害賠償と未払い賃金の支払いを求める訴訟を、米国カリフォルニア州のオレンジ郡上級裁判所に起こすという。(4)で後述するように、カリフォルニア州では昨年の夏から、現地法人があればドイツ、日本、イタリアなどの企業に対して、第二次大戦中の強制労働について2010年まで提訴することが可能になった。
上記の和解した元隊員たちは、太平洋戦争韓国人犠牲者遺族会(金景錫会長、会員約800人)のメンバーであるのに対し、米国で訴訟を起こすのは太平洋戦争犠牲者遺族会中央会(金鐘大会長、会員約2000人)に所属するメンバーである。遺族会と遺族会中央会とはもと同一団体であったが、1995年に発足した「女性のためのアジア平和国民基金」への対応をめぐって分裂したとのことである。
なお、不二越に対して、第二次提訴も行われた。(96)および(103a)参照。
ナチス・ドイツ時代にドイツの企業で強制労働させられた人々に補償するために、ドイツ政府と企業が50億マルクづつ計100億マルク(約5300億円)拠出して基金(財団)を設立する合意に関する共同声明が、2年近い交渉の末、2000年7月17日ベルリンで、ドイツ、米国、ロシア、ポーランド、チェコ、ベラルーシ、ウクライナ、イスラエルの諸政府、ドイツ企業、対独請求ユダヤ人協会の代表および米国人弁護士グループの間で調印された。また同時に、米独両政府の間の協定も締結された。ドイツの関連国内法は、先週すでに成立している。
ナチス・ドイツは、労働者が兵隊に取られた後の不足を埋めるために、占領下の各地(とくにロシアと東欧諸国)から人々を強制的に徴用してドイツの工場で働かせた。その数は800万人にものぼり、当時の工場労働者の約4分の1に当たるといわれている。そのうち生存者は100万人以上いるが、多くは80歳代の老齢者になっている。強制収容所に入れられて「奴隷労働」に従事した者には1人最高1万5000マルク(約80万円)、普通の企業での「強制労働」の場合は最高5000マルク(約27万円)が支払われる。
ドイツの戦後補償は、平和条約が東西両ドイツの分裂に伴なって不可能となったため国家間の賠償の形では行なわれず、その代わりドイツが自ら「連邦補償法」(1956年)を制定して「ナチスによる不正」の犠牲者個人に対して今日までに約1040億マルク(現在のレートで約5兆5000億円以上)を補償してきているが、強制労働に対する補償はこれまでなされてこなかった。それは、一般の強制労働は「ナチスによる不正」ではなく、「戦争に伴なう一般的な随伴現象」で、国家間の賠償問題の対象とはなりえても、連邦補償法の対象事項ではないとして政府は補償を拒否し、企業の多くも政府の政策に従っただけだと自己の責任を認めなかったからである。
転機は二つのことから生じた。一つは、ホロコーストの犠牲になったユダヤ人の預金を隠しているとして、複数のスイス銀行を米国の裁判所に訴えた集団訴訟の成功である。訴訟は判決までいかず、銀行側が12億5000万ドル支払うことで裁判外で解決した。この事件の成功を見て、米国の弁護士はすぐさま強制労働問題でドイツ企業に標的を定めた。まだ勝訴まで至ったものは一つもなく、二件は連邦裁判所で却下されているが、裁判の長期化と世論に与える悪影響に対する懸念が、米国で大規模な経済活動をしているダイムラークライスラーやドイッチェ銀行などの企業を恐れさせた。
第二の転機は、1998年におけるシュレーダー内閣の誕生である。彼は、強制労働の被害者に補償するための財団を設置し、それに政府資金を一部拠出する考えを明らかにした。
交渉は昨年の12月にほとんどまとまったが、企業側が集団訴訟を起こされないことのより強い保証を求めたために調印が延期された。そのために締結された今回の米独両政府間協定も、企業に完全な免責を与えるものではないが、米国政府に、すべての集団訴訟を棄却するよう裁判所に促し、財団から救済を求めるよう原告にアドバイスすることを、要求している。米国の交渉責任者であったアイゼンスタット米財務長官は、約60件の訴訟が米国の裁判所で係争中であり、支払いが始まるまでに棄却されなければならないと述べた。
協定の締結は、財団の資金のうちから幾ら米国の弁護士に支払われるべきかをめぐる争いのためにも遅れた。彼等は集団訴訟でいつも手に入れるような多額の報酬を要求し、できるだけ多くの額が被害者に渡ることを希望するドイツ人を憤慨させた。 結局、5000万ドル(約53億円)に落ち着いたが、アイゼンスタット米財務副長官は、これは財団の全資金のちょうど1パーセントに当たると述べた。
企業が負担する50億マルクのうち、現在32億マルクしか集まっていない。ドイツ商工会議所は強制労働者を使用したか否かにかかわらず、傘下の企業約20万社(戦後設立された企業を含む)に拠出を呼びかけているが、これまでに応じた企業は3127社に過ぎない。ドイツ側の交渉責任者であったラムスドルフ元経済相は、企業の対応を批判している。(参照: 朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、NYT Archives,Washingtonpost.com,Cnn.com,FindLaw )
(なお、声明・協定の原文は、 http://www.state.gov/www/regions/eur/holocaust/germanfound.html 、および補償基金のホームページ( http://www.stiftungsinitiative.de )(英文もあり)で見ることができる。)
(文献追記:矢野久「ドイツ『記憶・責任・未来』基金の歴史的意義」世界2000年12月号139頁、参照)
【追記】毎日新聞2000年11月15日朝刊によれば、ニューアーク連邦地裁(ニュージャージー州)は11月13日、同地裁で併合審理していた約50件の訴訟を年末までに棄却することを発表した。AP通信によると、地裁はドイツ政府と企業側が被害者に補償する基金を設立したことを評価し、「被害者が高齢で補償を遅らせることができない」ことを棄却の理由にしている。ドイツ側と米政府、裁判所、原告団代表らが交渉、今月にも棄却することで合意していた。
なお、(13)、(22)、(24)、(26)、(57)参照。
【参考】第一審判決
日本軍に徴兵され、戦後シベリアに抑留された中国人呉雄根さん(73)と、東京在住の元日本兵小熊謙二さん(74)の二人が、日本政府に謝罪と計八百五十万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は九日、請求を棄却した。【登載判例集】
第一審(東京地裁2000.02.09)訟務月報48巻6号 (高裁判決の後に)
第二審(東京高裁2000.08.31)訟務月報48巻6号
なお、最高裁判決(55)参照。
(4) 2000年9月21日 米連邦地裁、日本企業に対する元連合国捕虜の訴え13件棄却(ウオーカーT判決)
サンフランシスコの連邦地裁は9月21日、第二次世界大戦中に強制労働を課せられた米国など連合国の元捕虜が日本企業に謝罪と損害賠償を求めて起こした一連の訴訟を、サンフランシスコ平和条約(対日平和条約)により請求権は決着済みとして棄却する決定を下した。棄却されたのは、元米軍人を原告とする11件と英国、オランダなど元連合国軍人を原告とする2件の合計13件で、大半が集団訴訟。一方、中国や韓国やフィリピンなどの市民が起こした他の14件については、「元連合国捕虜の訴訟で提示されていない多くの争点が含まれている」として審理の継続が決定された。一部の元米兵捕虜の弁護団が再弁論の申し立てを行い、裁判所はこれを認めて次回の審理を今年12月13日に指定した。ただし、裁判官が自らの決定を覆すことはまれである。
これらの訴訟は、第二次大戦中にナチ・ドイツとその同盟国の企業によって強制労働させられた人々が損害賠償を請求できる期限を2010年末まで延長するカリフォルニア州法(昨年7月成立)に基づいて、三井物産、三菱商事、新日鉄などを相手取って同州各地の州地裁(上位裁判所)に提訴されたものである(計31件が係争中)。
しかし、訴えの内容が対日平和条約に密接に関係することから裁判管轄権が問題となり、計27件についてはサンフランシスコにあるカリフォルニア州北部地域連邦地裁のボーン・ウォーカー判事(Judge Vaughn Walker)が一括して審理することになった。
ウォーカー判事はまず、「米国の連邦法や条約にかかわる訴訟は、元来連邦裁判所が管轄権を有する」とした上で、連合国軍人が原告となっている13件について、「原告の主張から、訴訟が連合国およびその国民の日本国およびその国民に対する請求権の放棄を規定した平和条約第14条にかかわることは明白」と述べた。
また、平和条約第26条の「日本がこの条約で定めるよりも大きな利益を与える協定を他の国と結んだときは、同一の利益をこの条約の当事国にも与えなければならない」という規定を根拠に、原告側が「日本はその後、他の6カ国と結んだ協定で賠償請求権を認める好条件を与えたから、連合国国民も請求できる」と主張する論点については、「第26条の適用請求を決定するのは条約の当事者である米政府であって、原告個人ではない」と指摘した。
ウォーカー判事は、最後に「平和条約は、今回の訴訟の原告たちが主張したような将来の請求を封じたことで、原告たちの完全な補償を将来の平和と交換した。歴史はこの取り決めの賢明さを立証した。そして、原告たちの苦難に対する完全な補償は純粋に経済的な意味では否定されたけれども、これらの戦争捕虜およびその他の無数の生存者たちは、彼等およびその子孫が自由社会とより平和な世界に生きることができる計り知れない贈り物によって償いを享けている」と述べて、決定文を結んだ。
一方、継続審理が決まった中国、韓国、フィリピンなどの原告による訴訟では、今後日中共同声明、日韓請求権協定、日比賠償協定などの解釈が争点となると思われる。(参照: 9月22日の読売新聞、朝日新聞;9月22,23日の産経新聞;September 21-AP,Reuters)(判決の原文は、In re World WarU Era Japanese Forced Labor Litigation, 114 F. Supp. 2d 939 (N.D.Cal. 2000). なお、< http://www.cand.uscourts.gov/ >でも入手可能。)
(中国人、韓国人、フィリピン人原告に関しては、2001年9月17日に判決が下された。後記(43)参照。なお、本件は原告が上訴した。2002年10月7日の第9巡回区控訴裁判所の第1回ヒヤリングについて、後述(78)参照。また、2003年1月21日の控訴審判決(85)参照)
【山手補足説明】 このウオーカーT判決の邦訳、およびその背景や本判決が日本の戦後補償裁判に与えた影響等について、山手治之「第二次大戦時の強制労働に対する米国における対日企業訴訟について」『京都学園法学』2000年第2・3号(2001年)を参照されたい。なお、その一部を、以下に掲載しておく。
【背景・経緯】
(1)カリフォルニア州戦時強制労働補償請求の時効延長法(ヘイデン法)
1999年7月米国カリフォルニア州において、第二次大戦中ナチス・ドイツ、日本、イタリアなどの企業で奴隷労働・強制労働に従事させられた民間人・捕虜およびその相続人が州上位裁判所に補償請求訴訟を提起できること、その補償請求訴訟には2010年12月31日までは消滅時効の規定を適用しないことなどを定めた州法が制定された。
この法律(法案番号SB1245「補償:第二次世界大戦奴隷・強制労働」、法律第216号「補償に関して民事訴訟法に第354条第6項を追加し、即時に発効さすべき緊急性を宣言する法律」)は、99年2月26日にトム・ヘイデン州上院議員(2人の上院議員の共同提案者あり)とロッド・パチェコ州下院議員(8人の下院議員の共同提案者あり)によって提案され、7月15日に両院でそれぞれ全会一致で可決された。そして同月27日州知事承認、28日州務長官登録。
民事訴訟法に加えられる第354条第6項の要点は、次のとおりである。
@本法の対象になるのは、「第二次世界大戦奴隷労働被害者」(Second World War slave labor victim)と「第二次世界大戦強制労働被害者」(Second World War forced labor victim)である。
「第二次世界大戦奴隷労働被害者は、ナチ政権、その同盟国および同調国によって、またはナチ政権もしくはその同盟国および同調国の占領もしくは支配下にあった地域で事業を行っていた企業によって、1929年から1945年の期間の間に、賃金の支払いなしに労働するために、強制収容所もしくはゲットーから連行されたか、または強制収容所への輸送の途中からもしくはゲットーから移送された者を意味する。」
「第二次世界大戦強制労働被害者は、ナチ政権、その同盟国もしくは同調国に征服された一般住民の一人であって、またはナチ政権、その同盟国もしくは同調国による戦争捕虜であって、ナチ政権、その同盟国および同調国によって、またはナチ政権もしくはその同盟国および同調国の占領もしくは支配下にあった地域で事業を行っていた企業によって、1929年から1945年の期間の間に、賃金の支払いなしに労働することを強制された者を意味する。」
前者はホロコースト生き残りのユダヤ人などヨーロッパにおける被害者に限られると思われるが、後者は日本国内または日本軍の占領地域において日本の企業で強制労働に従事させられた民間人および捕虜にも適用されることは明らかである。
A上記の奴隷労働被害者および強制労働被害者ならびにそれらの相続人は、当該労働が行われた企業またはその利益承継者から、その労働に対する補償を直接にまたは子会社を通じて求める訴訟を提起することができる。(被害者およびその相続人について、米国またはカリフォルニア州の市民または住民であることの要件が付されていない点に注意。)
Bその訴訟は、本カリフォルニア州の上位裁判所(superior court)に提起することができる。同裁判所はこの訴訟の終了または解決まで管轄権を有する。(山手注―上位裁判所は第一審の一般的管轄裁判所。地裁に当たる。)
C本項に基づく訴訟は、2010年12月31までに提起された場合、適用可能な時効規定に触れる理由で棄却されてはならない。
D本法は、憲法第W条の意味において、公の安寧、健康または安全の緊急な保全のために必要な緊急立法であり、直ちに効力を発生する。
(この法律の解説と邦訳について、戸塚悦郎「戦後補償問題に踏み込む米国―カリフォルニア州で戦時奴隷・強制労働補償請求の民事消滅時効延長立法」(法学セミナー、1999年10月号、73頁)参照。なお、原文および州議会での立法過程の詳細を見るには、 http://www.leginfo.ca.gov/bilinfo.html でBill numberにSB1245、AuthorにHaydenを入れて検索すること。)
なお、カリフォルニア州議会は、ヘイデン法成立の約1ヶ月後、これと別に第二次大戦中に日本軍が行った戦争犯罪について、「日本政府はより明確な謝罪をし、犠牲者に賠償を行うべきである」とする決議を採択した。(以下、産経新聞1999年8月27日朝刊による)
決議は日系三世の州下院議員マイク・ホンダ氏(民主党)(山手注―ヘイデン法の下院の共同提案者の一人のホンダ氏と同一人物と思われる)が提案した。日本の「戦争犯罪」として、強制労働と五万人近くにのぼる捕虜・民間抑留者の死、1937年の日本軍による南京進行に伴う中国人30万人の死、従軍慰安婦の強要などを列挙している。決議は日本政府に「謝罪と賠償」を要求する一方、「米国内の反アジア(反日)感情と人種差別を助長するためにこの決議を利用してはならない」と歯止めをかけている。また、連邦議会とクリントン大統領にも日本側へ働きかけるよう求めている。なお、決議には法的拘束力はない。
決議は23日、まず下院で採択されたが、激しい議論が展開された。もう一人の日系下院議員で大戦中日系人の強制収容を体験したジョージ・ナカノ氏(民主党)は「今ここで日本に対する古い敵意をあおることは、日系人に対する反発を駆り立てることにつながりかねない」と強い懸念を表明し、投票を棄権した。また、緑の党の議員は「米軍の広島、長崎への原爆投下は残虐行為ではないのか」との議論を展開。これに対し、「原爆投下は戦争終結を早め、結果的に多くの生命が救われた」と反論する民主党議員もいたという。
決議は上院では翌24日、全会一致で採択された。
(2)相次ぐ訴訟
上述の州法の成立直後から、訴訟ラッシュが起こった。若干の例をあげると、
@最初の提訴者は、同州在住の元アリゾナ州立大学教授のレスター・テニー氏(79)。氏は1942年フィリピン戦線で捕虜になり、「バターン死の行進」で生き残り、九州に移送されて43年から終戦まで三池炭坑で危険な労働を強いられたという。1999年8月11日、三井鉱山、三井物産、米国子会社4社をロサンゼルス郡上位裁判所に提訴。(8月12日朝日新聞ニュース速報)
A9月14日、日本軍の捕虜となった同州在住の元軍人3人(79、79、86)が、三菱経営の銅山や精錬所で強制労働させられたとして、同州オレンジ郡上位裁判所に三菱マテリアル、三菱商事、両者の米子会社を提訴した。(産経新聞9月16日朝刊)
B10月8日までに、同州在住の韓国系米国人(77)がロサンゼルス郡上位裁判所に集団訴訟を提起。原告は当時法政大学の学生であったが徴兵を拒否したため朝鮮半島に送られ、1994年1月から終戦まで小野田セメント(現太平洋セメント)で強制労働させられたという。(10月8日共同通信ニュース速報)
C10月22日、同州在住の韓国人(79)がサンフランシスコの上位裁判所に集団訴訟を提起。原告は44年10月日本人の役人に日本で働くよう命令されて来日、旧石川島造船所(現石川島播磨重工業)で働いたが、45年3月の空襲で負傷した後旧浦賀造船所(現住友重機械工業)で終戦まで強制労働させられたという。訴状は日本が朝鮮半島を統治した時期の強制労働の背景や歴史を詳述。強制労働に従事した韓国・朝鮮人の総数は約600万人で、うち約150万人が日本に連行されたと述べている。(10月23日共同通信ニュース速報)
D2000年2月24日、元英国兵捕虜のアーサー・ティザリントン(78)ら3人が、1942年から45年にかけて、日本鉱業が経営していた台湾の鉱山で苛酷な坑内労働を強いられるとともに度重なる暴行を受けたとして、ジャパンエナジー(旧日本鉱業)と在米関係法人をオレンジ郡上位裁判所に提訴。(朝日新聞2月25日夕刊)(山手注―原告の一人のティザリントンは、イギリス等元捕虜・民間抑留者損害賠償請求訴訟(東京地裁10.11.26判決)の原告ティザリントンと同人と思われる。)
E5月16日、旧日本軍占領下のフィリピンや満州などで苛酷な労働を強いられたとするフィリピン人と韓国人の二つのグループが、集団訴訟をオレンジ郡上位裁判所に提訴。訴訟代理人の弁護士によると、フィリピン人グループの代表原告は2人で、日米開戦時から45年2月までフィリピンの綿花農場や鉱山などで強制労働させられた者である。被告企業には、一連の戦後補償請求訴訟でみられる三井物産、三菱商事、三菱重工などのほか、住友商事、東洋紡績、太平洋セメントなど現地の事業にかかわったとされる企業計27社が挙げられている。韓国人グループの代表原告は3人で、北海道や満州などで働かされたという。遺族らを含めた原告適格者は2件で数十万人にのぼる。(産経新聞5月17日夕刊)
F8月22日、第二次世界大戦中に日本企業に苛酷な強制労働を強いられ、非人間的な扱いをされたとする中国人9人が、三井、三菱グループとその米現地法人など計20数社を、ロサンゼルス郡上位裁判所に提訴。「1929年から45年の間に、三井、三菱の賃金未払いの労働を強いられたすべての中国人のための集団訴訟」という形をとっており、原告適格者は数万人にのぼるという。
代表原告の構成は、カリフォルニア州に在住する中国人4人(朝日新聞は中国系米国市民とするが、産経新聞では4年ほど前に渡米したがまだ米国籍を取得していないという)と、中国に在住する中国人5人(うち1人は遺族)で、5月に中国在住の中国人2人が日本の鉱山に強制連行されたとして提訴したのに続き、中国国民からの訴えが目立ってきた。
朝日の記事によると、原告側の弁護士たちは、ドイツ企業の強制労働を追及する訴訟に携わった経験があり、また今春上海で開かれた旧日本軍による慰安婦問題を話し合う国際学術会議に参加する一方、中国各地で提訴のための調査を進めてきたという。そして、原告側を、米国を拠点に第二次大戦中の戦争犯罪などを追及する国際的なNGOネットワーク「アジアでの第二次世界大戦の歴史を保存するための地球同盟」(本部サンフランシスコ)が支援している。
このNGOとの関係は分からないが、産経新聞は次ぎのように報じている。今回の訴訟で注目されるのは、サンフランシスコの中国系市民団体「抗日戦争史実維護会」が全面的にバックアップしている点。同団体は、不正確な記述やニセの写真が多数指摘された中国系米国人ジャーナリスト、アイリス・チャン氏の『レイプ・オブ・南京』を紹介したり、旧日本軍の「戦争犯罪」を告発する日米のシンポジウムに参加するなど、積極的な運動を展開。世界各地に計41の支部を有し、集団訴訟への参加呼びかけでも影響力を持つとみられる。(朝日新聞、産経新聞8月23日夕刊)
(米国人や外国人が日本企業に戦後補償を求める訴訟は、米国各地の連邦地裁にも提訴されている。しかし、圧倒的にカリフォルニア州の州地裁(上位裁判所)に集中しているのは、もちろん1999年7月のヘイデン法が2010年まで時効を延期したからである。なお、産経新聞2000年5月17日朝刊によると、東部のロードアイランド州上院が4月下旬カリフォルニア州と同様の法案を可決、下院が近く採決する見込みという。また、ネブラスカ、カンザス、ウエストバージニアの3州の議会が同様の法案を審議中であり、テキサス、フロリダ、ジョージア、ミズリーの4州でも、法案提出の動きがあるという。)
(3)対日本企業強制労働賠償請求訴訟、連邦地裁へ移管の動き
2000年9月12日の産経新聞朝刊は、ロサンゼルス=鳥海美朗発の次ぎのような重要な報道を載せた。
カリフォルニア州法に基づき、第二次大戦中に旧日本軍の捕虜となった米軍など連合軍の元軍人らが強制労働の被害を訴えて起こした30件以上の対日本企業・損害賠償請求訴訟の大半が、提訴地の同州各地裁から連邦裁判所に移管・審理される可能性が出てきた。
一連の訴訟で中心的な原告代理人の一人であるデービット・ケーシー弁護士の集計によれば、現在係争中の訴訟は計31件にのぼる。被告・日本企業側は、これらの訴訟が「連合国とその国民は日本およびその国民がとった行為に対する賠償請求権を放棄する」としたサンフランシスコ平和条約に深くかかわるため、裁判管轄権は連邦裁判所に属すると申し立て、いったんは31件すべてが連邦地裁に移管された。これに対し、「州法に基づく訴え」を主張する原告側は差し戻しを請求。結局4件が元の州地裁に差し戻され、残り27件は連邦地裁にとどまった。
訴えの趣旨が同じであるため、サンフランシスコ連邦地裁のボーン・ウォーカー判事が27件すべてを担当することになり、現在同判事のもとで裁判管轄件について一括審理が行われている。ウォーカー判事の裁断の時期は明らかでないが、次回の法廷は今月21日の予定である。(山手注―実際21日に上述のごとく、連邦地裁の管轄権が確定され、さらに本案についても平和条約によって請求権が放棄されているとして訴ええが棄却された。)
対日本企業訴訟について米司法省は今年5月、担当判事に対し「条約の解釈が論点となる訴訟の管轄権は連邦裁判所に属する」との意見書を提出。さらに6月、米上院司法委員会が開いた公聴会で見解を求められた司法・国務両省とも、訴訟は無効との立場を示した。(産経新聞9月12日朝刊)
(4)日米両国政府の見解
米上院司法委員会は2000年6月28日、第二次大戦中に日本軍の捕虜となり強制労働させられた米軍兵士が日本企業を相手取って損害賠償を求める訴訟を起こしている問題で公聴会を開き、元捕虜から当時の状況や訴訟について詳しい事情聴取を行った。また、国務・司法両省の担当者から、この問題に対する政権の対応を聞いたが、司法省のオグデン民事局長代行は「サンフランシスコ平和条約で日本政府・国民に対する米国および米国民の請求権は完全に放棄しており、日本企業への損害賠償請求に適法性はない」と日本政府と同様の米政府見解を確認した。(産経新聞6月29日朝刊)
同じく国務省も、「対日賠償請求はサンフランシスコ平和条約で解決済み」との見解を示し、(かつ、この見解を)連邦地裁に提出した。(岩下慶一「戦争の悪夢に悩む日本企業―強制労働の補償を求める人々」 AERA 2000年9月25日29頁)
日本政府の意見としては、柳井俊二駐米大使が1999年11月9日、「日本国・国民の行為と、連合国・国民の行為にかかる請求権の問題は、サンフランシスコ平和条約第14条,19条で相互に放棄することが明確にされている。これを基に新しい国際関係が築かれたのだから、いまさらそいうことを言われても困る」と米国内の訴訟には法的根拠がないことを強調した。 同大使はこうした訴訟について、ナチス・ドイツのユダヤ人に対する戦争犯罪追及の動きが高まっていることえの便乗との見方を示し、「日本人はそのような犯罪に関与していない。杉原千畝氏のような人もいる。ナチスと一緒にされてはたまらない」と強く反論した。(産経新聞1999年11月10日夕刊)
柳井大使は2000年6月27日にも記者会見して、請求権問題はサンフランシスコ平和条約で決着済みとの政府見解を改めて強調し、「50年前の話を蒸し返せば、せっかく発展してきた日米関係に影をさしかねない」と懸念を表明した。その上で、「いろいろな機会にわれわれの考えを説明している」「必要な情報は日本企業に提供する」と、日本企業の法廷闘争を側面から支援する考えを明らかにした。(朝日新聞、産経新聞6月28日夕刊)
(5)米国議会の動き
議会は政府と異なった態度をとっている。とくに上述の公聴会を主催したハッチ司法委員長(共和党)は、日本企業の責任の追求に積極的である。
以下、日付を追って議会の動きをまとめておく。
@第二次世界大戦中にドイツや「同盟国」の占領・支配地域で強制労働や生体実験などの対象となったすべての国籍の人々や遺族が、米国の裁判所で企業などを対象に損害賠償請求訴訟を起こせるという法案が米上院に提出されたことが、9日(1999年11月9日)分かった。
提案者はシューマー議員(民主党、ニューヨーク州)らで、ユダヤ人の訴えを支援することを主目的として今月4日に出された。法案は、カリフォルニア州で今年夏に公布された強制労働の被害者に2010年までの提訴を認めた州法を下敷きにしている。下院でも同様の法案が近く提出されるという。
法案は「日本」と明記していないが、日本の戦争責任を追及する在米の団体はそろって、「日本企業による強制労働や旧日本軍731部隊の人体実験は対象になる」とし、法案成立の場合は全米で賠償請求訴訟を起こすと予告している。(佐賀新聞1999年11月10日共同)
A2000年6月28日、上述のごとく上院司法委員会が開いた公聴会で、昨年カリフォルニア州で訴訟を起こしたレスター・テニー元アリゾナ大教授など五人の元捕虜が証言した。(佐賀新聞6月29日共同)
冒頭、ハッチ委員長は「法的問題にかかわらず、倫理的にはドイツ企業と日本企業の行為は同じである。われわれが何ができるか考えねばならない」と述べて、先に補償することで合意したドイツ企業のケースと同様に日本企業に賠償を求めることは妥当との考えを示した。(産経新聞6月29日朝刊)
ハッチ委員長は、平和条約26条が「日本国が条約で定めるところよりも大きな利益を与えるときは、これと同一の利益はこの条約の当事国にも及ぼさなければならない」としていることを指摘。「日本はビルマ(ミャンマー)などに賠償を行っており、米国民も(日本企業に)賠償を請求する権利がある」と主張した。
これに対し、国務省のベタウアー副法律顧問は「26条はソ連(当時)など共産主義国との講和交渉で、日本に領土問題などで不当な要求を受け入れさせないための措置だった」と述べ、企業に対する民事訴訟は想定していないとの解釈を示したが、ハッチ委員長はこれを不満とし、「条文解釈を再検討すべきだ」と指示した。両省も了承したが、条約解釈を変更することは考えにくい状況だ。
この公聴会に出席した委員は18人中4人にとどまり、欠席した民主党筆頭委員のレーヒー議員は、「訴えには同情するが、外交的に複雑な問題が絡んでおり、判断を下すのは適切でない」と距離を置く声明を発表するなど、議会が積極的に動くかどうか不透明な部分が残されている。(産経新聞6月29日夕刊)
B米上院は2000年10月31日深夜、「正義と公正さのために、米政府は被害を受けた元捕虜と強制労働で利益を得た日本企業との間の問題を解決する話し合いの促進に最善の努力をすべきだ」とする決議案を、全会一致で可決した。決議は大統領の署名を必要としない拘束力のない形で行われ、下院に送られた。
決議は前文で、「元捕虜たちは米国内の多くの裁判所に日本企業の補償を求める訴訟を起こしているが、政府は今日までこれらのアメリカ人の努力を妨害し、当事者間の討議を促進する何らの努力もしていない。これと反対に、国務省はドイツ企業に対する請求の解決を促進したではないか」と訴えている。(産経新聞11月2日夕刊、November1-AP)(なお、決議の原文は http://thomas.loc.gov でCongressional RecordのMost Recent Issue→October 31,Senate→Senate Concurrent Resolution 158 を選んで 見ることができる。
(6)ウォールストリート・ジャーナルの社説
産経新聞2000年8月31日の夕刊は、30日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルは社説で、第二次世界大戦中に強制労働をさせられたとして日本企業に損害賠償を求めている原告側を厳しく批判する論調を展開したといって簡単に報道したが、さらに翌9月1日の朝刊で同社説の要旨をかなり詳しく紹介した。
「先週、9人の中国人や中国系米国人が、第二次世界大戦中に強制労働させられたとしてカリフォルニア州で三井、三菱グループを相手取って訴訟を起こした。(この提訴を可能にした州の)法律はとうの昔に終わった国家間の敵対感情を蘇らせようとしている。
1930年代,40年代の日本による虐殺行為を忘れないことは大切である。しかし、今の日本企業を半世紀以上も前に起こった犯罪行為ゆえに非難することなど軽々しくすべきではない。戦時中、三井と三菱にいた従業員や株主は今はもうわずかだ。日本政府も訴訟のターゲットとして適当ではない。日本は1951年のサンフランシスコ講和条約に基づき在外資産を賠償として連合国側に引き渡しているからだ。
戦後、戦略的重要性をもつようになったアジアの同盟国(日本)と良好な関係を築こうとした米国は対日賠償を放棄した。米国は「戦争の遂行中に日本国およびその国民がとった行動から生じた請求権を放棄する」とした講和条約に調印した。日本側の調査によれば、日本政府はこれまでに270億ドルの賠償を支払っている。これに加えて日本は多額の対外経済協力を行うことで罪をつぐなってきた。それは中国について特にそういえる。
訴訟はアジアで動揺を巻き起こすかもしれない。米国は自分こそ公平で信頼できる法を制定すると世界に向かって説教しがちだが、こうした(金銭目当ての訴訟という)行動は米国の態度が真摯(しんし)かどうかについて疑念を生んでいる。日本が起こしたかつての不正から学ぶことは意味のあることだ。しかしそれを利用することで新たな金もうけをするならば(日本の)民族主義者の怒りを買うだけで、その怒りが新たな不正を招くことにもなりかねない。」(産経新聞9月1日朝刊)
このウォールストリート・ジャーナル紙の社説の論調は、冷静かつ客観的で米国民の間にある一つの良識的立場を代表しているとみられ、9月21日のカリフォルニア北部(サンフランシスコ)連邦地裁の判決を支える社会的基盤をなしていよう。日本に対して好意的でもある。しかし、この社説は基本的には、これらの訴訟が日本の過去を暴き立てることによって日本人の民族感情を傷つけて逆効果を生じさせかねないこと、また日米の外交関係に不必要な摩擦を生じさせる恐れがあることを警戒する、その意味で米国の国益の維持を基本においた立場であることも見逃してはなるまい。冷戦の進行に伴い米国の同盟国として復興するために、十分な補償を行うことを免除されてきたいわば歴史的なつけが回ってきたのが現状であるとすれば、そのつけをどのように支払うかは日本国民自らが考えなければならないことである。
戦後半世紀以上経た今なぜカリフォルニア州法や議会決議や訴訟が続くのか。米国の識者やジャーナリストには、97年に発売され全米に衝撃を巻き起こしたアイリス・チャン氏の『南京虐殺』の影響を指摘する人が多い。例えば、サンディエゴ州立大学名誉教授(日本史)でサンディエゴ日米センター所長のアルビン・コークス氏とクレアモント・マッケンナ大学のアルフレッド・バリッツァー助教授(国際政治学)もそうである。しかし、二人はその評価については見方が対立する。
同書は史実として確認されていない叙述も多く,米国内の研究者からも批判を浴びたが、コークス名誉教授はチャン氏が使った「南京虐殺=第二次大戦の忘れられたホローコースト」との文言が米国社会では強いインパクトをもち、独り歩きを始めたという。氏は「南京事件の犠牲者や捕虜になった人たちには深い同情をおぼえる。しかし、半世紀前の出来事の責任を現在の日本人に問うのは適当ではないし、米国にとって何の利益にもならない。訴訟や決議は、日米関係を損なう。いたずらに古い傷口をこじあけるに過ぎない」という意見である。(産経新聞1999年8月27日)
これに対して、バリッツァー助教授は「日本人が今回の動きをジャパン・バッシングととらえると、全体の流れを見誤る。草の根運動が時代の流れを背景に、燎原の火のように広がってきたに過ぎない」という。(岩下慶一、AERA2000.9.25、前掲)
なお、後記(11)および(43)参照。また、正反対の州上位裁判所の判決(46a)参照。
(5) 2000年9月18日 アジア諸国の元慰安婦15人、米連邦地裁に日本政府提訴
1930〜1940年代に日本軍の従軍慰安婦として働かされたとするアジア4カ国の女性15人が、満州事変から69周年に当たる18日、ワシントンの米連邦地裁(コロンビア特別区連邦地方裁判所)に日本政府を相手取り損害賠償請求訴訟を起こした。 提訴した女性の国籍は韓国6人、中国、フィリピン各4人、台湾1人で、いずれも70〜80歳代。集団訴訟の形を取っており、今後も原告が増える可能性があり、訴状には請求金額が明記されていない。
戦時中の強制労働をめぐり、元米兵らが日本企業に賠償を求める訴訟がカリフォルニア州で相次いでいるが、元慰安婦が米国で訴訟を起こすのはこれが初めてであり、かつ日本政府が被告とされたのも米国での訴訟では初めてである。原告らは提訴後に開いた記者会見で「日本政府の明確な謝罪と政府としての損害賠償」を強く要求。原告らを支援する民間団体(the Washington Coalition for Comfort Women Issues)も、この日ワシントンの日本大使館周辺で抗議のデモを行ったほか、慰安婦問題での日本政府の姿勢を批判するさまざまな催しを計画しており、今後対日批判を強める構えだ。
今回の訴訟は、慣習国際法に違反してなされた不法行為について外国人に米国の裁判所に訴える権利を与えたた、211年前の「外国人不法行為請求権法」(the Alien Tort Claims Act)に基づいて起こされたもので、訴状の中で「日本政府は1932年から1945年の間、約20万人の外国人女性を慰安婦として働かせることで、戦争犯罪と人道に対する罪を犯した」としている。
今回の訴訟について、ワシントンの日本大使館では「当事国との条約で請求権は放棄されており、賠償問題は法的には解決済みである。しかし、日本政府は道義的な観点から、慰安婦だった方々に償い金を支給するアジア女性基金の活動を支援しており、今年8月までに、170人の元慰安婦の方々に一人200万円ずつが支払われている」と話している。(参照:読売新聞2000年9月19日;毎日新聞9月16日、19日;朝日新聞9月17日、19日;Washington Post ,September 19;The NewYork Times,September 16)
なお、第一審判決(45)、控訴審判決(103)、最高裁判決(130)、控訴審差戻し判決(154#)、最高裁判決(166a)参照。