(第5巻)   

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【第5巻目次】   

100a

2003.05.29

元シベリア抑留者、救済立法求め国会前で座り込み

101

2003.05.30

大阪高裁、浮島丸訴訟で原告全面敗訴の逆転判決

102

2003.06.12

韓国の元日本兵、シベリア強制労働未払い賃金補償を求め集団訴訟

102a

2003.06.23

米連邦最高裁、加州ホロコースト被害者保険救済法を違憲と判決

102b

2003.06.26

ドイツ最高裁判所、ディストモ村事件被害者の訴えを却下

103

2003.06.27

米連邦高裁、アジア人元慰安婦15人の控訴棄却

103a

2003.07.09

第二次不二越訴訟初弁論、国・会社全面的に争う姿勢

103b

2003.07.15

中国人強制連行西松建設訴訟、広島高裁が和解勧

103#

2003.07.17

米議会、、来年度国防予算案に、日本捕虜米兵へ1万ドル補償規定を修正追加(但し、後に削除)

103c

2003.07.18

外務省、中国人強制連行文書を公開

103d

2003.0718

中国人強制連行新潟訴訟結審、来年3月26日判決

104

2003.07.22

東京高裁、アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件控訴棄却

104a

2003.0909

広島高裁で、西松建設側和解に応じず 中国人強制連行訴訟

105

2003.09.18

札幌地裁、中国人強制連行北海道訴訟結審 判決は来年3月23日

105a

2003.09.19

上海で、、日本の過去清算求め国際団体結成

106

2003.09.24

中国残留孤児第二陣600人提訴 東京など4地裁へ

106a

2003.09.24

加州最高裁、Jeong事件と米兵捕虜事件を州高裁に差戻し

107

2003.0927

浮島丸事件、1950年に賠償拒否方針 政府内部文書明らかに

108

2003.09.29

東京地裁、旧日本軍遺棄毒ガス・砲弾一次訴訟で国に賠償命令

108a

2003.10.01

中国人強制連行群馬訴訟、前橋地裁で個人請求権放棄論争

109

2003.10.03

チチハル毒ガス事故遺族 日本弁護団に賠償交渉委任 

110

2003.10.06

米連邦最高裁、、第二次大戦期強制労働対日企業訴訟の上告却下

110a

2003.10.09

最高裁、旧日鉄大阪製鉄所訴訟の上告棄却

110b

2003.10.16

強制連行で被爆した者の遺族ら中国人11人、長崎地裁に提訴へ

111

2003.10.19

チチハル毒ガス事故、中国に3億円支払い合意

112

2003.11.05

米加州高裁、米兵捕虜事件の却下を再度決定

113

2003.11.06

北朝鮮で強制連行被害者の会結成

114

2003.11.11

北朝鮮、植民地時代の人権侵害問題で日朝協議提案

115

2003.11.18

重慶の住民、爆撃被害を東京地裁に提訴の動き

116

2003.11.18

旧三菱鉱業槙峰鉱山の強制労働中国人、国と企業を提訴の意向

116#

2003.12.02

在日戦傷病者弔慰金、申請者予想を大幅に下回る

116

2003.12.10

独ボン地裁、NATO空爆被害者の賠償請求却下

116a

2003.12.25

最高裁、フィリピン人元慰安婦訴訟上告棄却

117

2004.01.27

最高裁、シベリア抑留元日本兵の上告棄却(カマキリの会訴訟)

118

2004.02.02

チチハル遺棄毒ガス兵器事故の被害者、日本提訴の準備

119

2004.02.09

東京高裁、台湾人元慰安婦の控訴棄却

120

2004.02.13

ソウル行政裁判所、日韓会談外交文書一部公開を命じる

121

2004.02.24

米加州最高裁、米兵捕虜事件上告棄却

121a

2004.02.27

福岡高裁、出国中の被爆者手当時効により請求権認めず逆転判決

122

2004.03.23

札幌地裁、中国人強制連行訴訟棄却

123

2004.03.26

新潟地裁、中国人強制連行で国と企業に賠償を命じる

124

2004.03.30

最高裁、イギリス人等元捕虜・オランダ人元捕虜強制労働訴訟2件の上告棄却

125

2004.03.30

広島高裁、中国人強制連行西松建設訴訟結審 時効が争点 

126

2004.03.30

カリフォルニア州高裁、Jeong事件差戻し審で第一審裁判所に訴えを却下するよう命じる

127

2004.04.23

最高裁、台湾出身BC級戦犯補償訴訟上告棄却(林水木事件)

128

2004.05.24

福岡高裁、中国人強制連行訴訟で逆転判決

129

2004.06.07

米連邦最高裁、外国主権免除法の遡及的適用承認(Altmann事件)

130

2004.06.14

米連邦最高裁、アジア人元慰安婦訴訟など4件控訴審に差戻し

131

2004.07.09

広島高裁、中国人強制連行訴訟で西松建設に賠償命令

131a

2004.07.14

カリフォルニア州最高裁、Jeong事件差戻し審の上告棄却

132

2004.08.21

強制移住のドイツ人、ポーランドに財産返還訴訟の動き

132a

2004.09.28

長崎地裁、在外被爆者手当支給来日しなくても申請可能と判決

133

2004.09.29

中国人強制連行京都訴訟、大阪高裁で企業が和解、国は訴訟継続

133a

2004.10.14

広島地裁、在ブラジル被爆者訴訟で未払い手当に時効成立を認め請求棄却

134

2004.10.15

東京地裁、韓国人遺族の釜石製鉄所未払い賃金還付請求棄却

135

2004.11.29

最高裁、アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件の上告棄却
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(100a) 2003年5月29日 元シベリア抑留者、救済立法求め国会近くで座り込みー「シベリア立法推進会議」設立 

 第2次大戦後、旧ソ連のシベリアなどに抑留された人たち80人が29日、「救済の立法」を求めて国会近くで座り込みをした。平均年齢83歳。司法の場で敗訴を続けての、「乾坤一擲(けんこんいってき)の訴え」という。

 「金額の問題じゃない。国は私たちの存在を直視して、象徴的な支払いだけでもしてほしい。それだけなんです」

 座り込んだ東京都中野区の平塚光雄さん(76)は山形県の寒村から15歳で従軍。敗戦を迎え、旧ソ連軍の捕虜として18歳でシベリアへ。零下30度の凍土で4年にわたり、森林伐採などをさせられた。

 1食100グラムの黒パンに、岩塩を溶かしたスープだけの食事。切り倒したマツの実をこっそり分け合って食べるのが「最大の喜び」だった。200人の仲間は、帰国時には半減していた。国内では「共産主義に洗脳された」と中傷され、10年近くは就職もままならなかった。

 56年の日ソ共同宣言で両国は賠償請求権を相互に放棄。旧ソ連は「労働証明書」も出さず、平塚さんたちの「強制労働」はなかったものとされた。一方、南方で米英など連合軍の捕虜として働かされた旧軍人には証明書が出され、日本政府から労賃が支給された。不平等な対応に平塚さんら「全国抑留者補償協議会」(寺内良雄会長、約千人)は、81年から「労賃」の支払いを国に求めて司法に救済を求め続けたが、97年に最高裁で「補償のあり方は立法府の裁量だ」と退けられた。

 「裁判の終盤で旧ソ連が崩壊し、ロシアから労働証明書も出たが、国は姿勢を変えない。このままなら、私たちは労賃もない『奴隷』になってしまう。それでは死に切れない」と平塚さん。60万人とも言われたシベリア抑留者の多くは鬼籍に入り、生存者の運動も分裂してきた。

 しかしこの日、さまざまな抑留者団体の共闘が確認され、「シベリア立法推進会議」(東京都千代田区、電話03・3237・0217)の発足にこぎつけた。集会には自民、民主、共産の3党の議員が出て、救済のための議員立法に向けて動き出すことを約束した。(朝日新聞2003.05.30東京朝刊)

なお、(66)(72#)参照。

 

(101) 2003年5月30日 大阪高裁、浮島丸訴訟で原告全面敗訴の逆転判決  

 終戦直後、京都府の舞鶴湾で、旧海軍の輸送船「浮島丸」が爆発・沈没し、帰国途中の朝鮮人労働者ら約五百五十人が死亡したとされる事件の生存者や韓国在住の遺族八十人が、国を相手に計約二十八億円の損害賠償と謝罪を求めた訴訟の控訴審判決が三十日、大阪高裁であり、岡部崇明裁判長は、生存者十五人に計四千五百万円の支払いを命じた一審・京都地裁判決を変更し、原告のすべての請求を棄却した。原告側は上告する方針。

 岡部裁判長は判決理由で「運送行為は行政上(軍事上)の措置だった」として、爆発・沈没が明治憲法下での発生で国家賠償法施行前だったことを踏まえ、「国が被害者に対し、民法上の不法行為責任を負う余地はない」とした。また、一審の「私法上の契約関係」という国と被害者の関係を否定、「運航は権力的作用に該当する」と明言した。

 「明治憲法下では国は個人の賠償請求に応じる義務がない」とする「国家無答責の法理」を判断の主軸とした今回の判決は、他の戦後補償裁判にも影響を与えそうだ。

                  ◇

 浮島丸事件 昭和20年8月24日夕、戦時中に日本で働いていた朝鮮人労働者やその家族らを帰国させるため、青森県大湊港から朝鮮・釜山に向かっていた「浮島丸」(4、730トン)が航行中、舞鶴湾に立ち寄り、爆発、沈没した。政府の資料では、朝鮮人3735人と日本人乗組員255人が乗船、朝鮮人524人と日本人25人が死亡したとされる。沈没原因が判然としないため“戦後史のミステリー”といわれる。(産経新聞2003.05.31東京朝刊)

【登載判例集】

第一審(京都地裁2001.8.23)判例時報1772号

第二審(大阪高裁2003.5.30)判例タイムズ1141号、訟務月報50巻3号。また、最高裁のサイト( http: //courtdomino2.courts.go.jp/home.nsf )の「下級裁主要情報」にも判決文が掲載されている。

なお、第一審判決(36)、最高裁判決(136)および後述(107)参照。

(102) 2003年6月12日 韓国の元日本兵、シベリア賃金補償を求め提訴

 戦時中に日本兵として従軍した韓国人30人が12日、日本政府を相手に、シベリア抑留中の強制労働に対する未払い賃金の支払いを求めて東京地裁に提訴した。韓国人のシベリア抑留元日本兵による訴訟は初めてで、1人あたり約400万〜1000万円の補償を請求している。

 提訴したのは、韓国在住の元抑留者団体「韓国シベリア朔風(さくふう)会」会員ら。終戦の1945年に旧満州やサハリンからシベリアの収容所へ連行され、3〜4年にわたって過酷な労働を強いられたという。

 原告側は「捕虜の待遇に関するジュネーブ条約で、終戦時の所属国が未払い賃金を支払うと定めており、日本政府に支払い義務がある」と主張している。

 この訴えは、韓国人の元日本軍人・軍属と遺族が戦後補償や戦死者の靖国神社合祀(ごうし)取りやめなどを求めた訴訟の2次提訴にあわせて起こされた。今回の原告総数は164人で、請求総額は約17億円。(朝日新聞2003.6.12夕刊)

(102a) 2003年6月23日 米連邦最高裁、加州ホロコースト被害者保険救済法を違憲と判決

  連邦最高裁判所がヘイデン法(カリフォルニア州民事訴訟法 354.6節)を違憲と判断することは、今回2003623日の最高裁判決 (American Insurance Association v. Garamendi, 2003 U.S. LEXIS 4797) によって確実視されるにいたった。

第九巡回区連邦控訴裁判所は、かつてカリフォルニア州のホロコースト被

 害者保険救済法(HVIRA)を、Zschernig法理に照らして連邦政府の排他的外交問

 題権限を侵害せず合憲とした(Gerling Global Reinsurance Corp. of America v.

 Low, 240 F.3d 739 (9th Cir., Feb.7, 2001)およびGerling Global, 296 F.3d 832 (9th Cir.,

 July 15, 2002))が、Reinhardt判決(Deutsch v. Turner Corp., 317

 F.3d 1005 (9th Cir., Jan 21, 2003)(85)では、第354.6節を、HVIRAと一定の類似性

 を有するにもかかわらずそれとの違いを強調して、連邦政府の排他的外交問題権限

 を侵害するとして違憲とした。

  ところが、今回の623日の最高裁判決は、Gerling Global判決をくつがえし

 て、HVIRAは連邦政府の排他的外交問題権限を侵害し違憲であるとする判決を、

 54の小差で下した。Souter判事が多数意見を執筆し、Rehnquist長官、O’Connor

 判事、Kennedy判事、Breyer判事が賛成した。これに対し、Ginsburg判事が法廷で

 少数意見を陳述し、Stevens判事、Scalia判事、Thomas判事が賛成した。

  HVIRAさえ違憲とした最高裁が、それより外交問題へのかかわり方がはるかに強い

 第354.6節を違憲とすることは、メンバーに変更がないかぎり(あるいは変更があっても)間違いな いと思われる。

 2003825日、最高裁判所はrehearing(再弁論)の請求を退けた(Am. Ins. Ass’n v. Garamendi, 2003  U.S. LEXIS 5358 (Aug. 25, 2003))

  すでに、加州最高裁にこの判決の影響が出てきた。後述(106a)参照。さらに、2003106日の連邦最高裁の強制労働訴訟却下判決(110)も、理由が述べられていないが、サンフランシスコ平和条約による請求権放棄と、加州民訴第354.6節違憲論の二つが背後にあると考えられる。(山手)

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(102b)2003年6月26日 ドイツ最高裁判所、ディストモ村事件被害者の訴えを却下

 ドイツは、昨日、一つの裁判所が、虐殺で両親を失った4人の兄妹の訴えを退けたとき、ナチ犯罪に対する補償を求める何千ものギリシャ人の希望を打ち砕いた。

 ドイツ政府は、ギリシャ人の怒れる抗議を覚悟している。

 カールスルーエの連邦最高裁判所は、ナチス親衛隊部隊によるディストモ村の218人の男、女、子供の殺戮は、ドイツ占領軍とパルチザンとの間の継続した戦闘の一部として19446月に発生したと判示した。

 それは疑いもなく国際法に違反する犯罪であるが、しかし個人的訴訟ではなく、ギリシャ国家によりドイツ国家に対する請求しか認められないと、判事たちは述べた。戦後ドイツはギリシャに58百万ユーロ(4千万ポンド)以上を賠償として支払った。ドイツ当局は、集団訴訟をはじめて国際世論を動員した後ドイツ政府と私企業から補償金として50億ユーロを勝ち取った、ナチ期強制労働者が行ったような訴訟洪水を阻止しようとしている。

 6万人以上のギリシャ人が、昨日の判決を待ちつづけてきた。それはドイツとギリシャの裁判所の間でバウンドする、請求と反対請求の10年間にわたる闘争を終了させると思われる。

 訴訟の頂点は、ギリシャの一裁判所がギリシャ人戦争被害者に補償するために、アテネのゲーテ・インスティテュート――ブリティッシュ・インスティテュートのドイツ版――の差押さえとその競売を認めたときにやってきた。ドイツ政府は憤慨し、ギリシャ当局は判決の執行を阻止した。しかし、ギリシャにおける戦時の残虐行為の補償の承認は、いつでも燃え上がる論争点として残っている。

 たいていのギリシャ人は、ドイツを裁判所に訴えた家族の主張に同情している。家族の弁護士は、ディストモ村の虐殺は戦闘行為に分類することはできないと主張した。ドイツ親衛隊部隊に対するパルチザンの攻撃は、ディストモ村の外、デルフィ村近くで行なわれ、ナチス親衛隊戦車‐歩兵部隊第7連隊が住民を射殺し始めたときまでには終わっていた。最年長の犠牲者は86歳、最も幼い犠牲者は生後2ヶ月の男の子であった。

 事件の正確な状況が昨日の判決にとって決定的であった。そして、裁判所は、写真およびドイツ人将校による出来事についての矛盾する報告の研究に、数週間を費やした。むごたらしいエピソードが、無味乾燥のカールスルーエの法廷で再演された。

 1944610日の朝、ナチス親衛隊連隊の一隊がパルチザンを探してディストモ村を捜索した。一人も発見されなかった。村長は、約30人のパルチザンがその前日隣村スティリへの道を通過したと彼らに知らせた。 

 ドイツの縦隊がスティリに向かった。そして、その村に到着する少し前で待ち伏せに合い、三人のドイツ兵が死んだ。部隊はディストモ村に引き返し、直ちに12人の人質をマーケット・スクエアで射殺した。さらに70人が駆り集められて射殺された。

 赤十字が9日後にやってきたとき、218の遺体が発見された。残りの村人は山に逃げていなかった。遺体のあるものは玄関に倒れ、あるものはテーブルに座っていた。すべてが射殺されており、あるものは背後から射殺されていた。大部分の家屋が全焼していた。周囲の牧草地は腐った肉の匂いがした。親衛隊が村から逃げるとき家畜を射殺したのだ。

 親衛隊の指揮官は、参謀に事件について虚偽の報告をしているから、重大な犯罪を犯したことを知っていたのだ。しかし、ドイツ野戦秘密警察のメンバーから送られた報告書は、ナチス親衛隊の報告を否定し虐殺の正確な叙述を行っている。親衛隊の指揮官は、軽い譴責を受けただけである。(The Times(London), June 27, 2003, Roger Boyes in Berlin)(山手仮訳

なお、この判決の邦訳が、山手治之「ドイツ占領軍の違法行為に対するギリシャ国民の損害賠償請求訴訟ーー個人の戦争賠償請求権、主権免除、ユス・コーゲンスーー」『京都学園法学』2006年第3号(2007年)に掲載されている。

なお、連邦憲法裁判所の判決(165a)、および(40)(75a)(82#)参照。

 

(103) 2003年6月27日 米連邦高裁、アジア人元慰安婦15人の控訴棄却

 2000年9月18日アジア人元慰安婦15人が、日本政府を相手取って損害賠償を求める訴訟をワシントンD.C.連邦地裁に提起したが(5)(参照)、同地裁は2001年10月4日訴えを却下した((45)参照)。(注1) 原告たちはD.C.巡回区控訴裁判所に控訴したが、今回控訴審でも第一審の却下判決が支持された。(注2)

 ただし、その理由は第一審とは若干異なる。すなわち、控訴審判決は、(1)FSIAの「商業活動」例外は、テーと・レターの出された1952519日以前に発生した事実には遡及して適用されない(したがって、「慰安所」がFSIAの意味において「所業活動」か否かについては考察しない)、(2)いずれにしても、1951年条約は、第二次世界大戦中の行動に対して米国の裁判所に訴えられることはないという確たる期待を日本に与え、連邦議会もその期待をくつがえす意図を示すことは何もしていない、(3)ユス・コーゲンス規範違反はFSIAいう黙示的放棄を構成しない、と主張して訴えは却下されるべきであるとした。そして、FSIAに基づいて裁判所が管轄権を有しない以上、政治的問題の理論が本件の裁判を妨げるか否かの問題について考察する必要はないとした。

 第一審判決と比較すると、(1)第一審が、FSIAが仮に遡及して適用されるとしても、「商業活動」例外が適用されるから日本は主権免除を享有するとしたのに対して、控訴審はFSIAの「商業活動」例外の(そしてそれに限って考察)遡及的適用を明確に否定した。(2)1951年条約については、第一審は政治的問題の理論の適用を主張するところで、「戦後に調印された一連の諸条約は明らかに日本に対するすべての戦争請求権を解決することを目的とした」と述べているけれども、控訴審のように1951年条約が米国裁判所への訴訟による解決を妨げることを却下の独立の明示的理由とすることはなかった。(3)第一審はFSIAに基づく主権免除とともに政治的問題の理論の適用も認めたが、控訴審は後者の考察を不必要とした。以上三点が、大きな違いである。

 なお、この第二点の控訴審の判断は、強制労働事件においても日本企業の立場に有利に作用する。

(注1)Hwang Geum Joo v. Japan, 172 F. Supp. 2d 52 (D.C.D. 2001). この判決の詳細については、拙稿「アジア人元慰安婦の対日本政府訴訟に関する米国連邦地裁判決」山手治之・香西茂編集代表『現代国際法における人権と平和の保障』(東信堂、2003)165以下、参照。

(注2)Hwang Geum Joo v. Japan, 2003 U.S.App. LEXIS 13185 (D.C.Cir., 2003)

なお、(130)(154#)参照。

(103a)2003年7月9日 第二次不二越訴訟初弁論、国と会社全面的に争う姿勢

  第二次大戦中、富山市の機械メーカー「不二越」の軍需工場で勤労挺身(ていしん)隊員などとして働いていた韓国人の男女二十二人(遺族一人を含む)が、同社と国を相手取り、未払い賃金と慰謝料計一億一千万円余りの支払いと、日韓両国の新聞紙上での謝罪広告掲載を求めた訴訟の第一回口頭弁論が九日、富山地裁(永野圧彦裁判長)であった。韓国人三人が同様の訴えを起こし、最高裁で和解してから三年。国が新たに被告となった「第二次不二越訴訟」の審理は、同社と国が請求の棄却を求め、全面的に争う姿勢を示して始まった。

  訴えによると、原告らは一九四四年五月から四五年三月にかけて、「勉強ができる」「お金が稼げる」などと誘われて来日し、工場で過酷な労働を強いられたうえ、賃金を支払われないまま帰国した、としている。

  弁論の冒頭、原告の一人で、四五年三―八月に女子勤労挺身隊員として働いたとされる金啓順(キムケイスン)さん(74)が意見陳述を行い、「幼い私たちをだました不二越や日本政府に強い憤りを感じる。一日も早い謝罪と適切な補償を」と訴えた。

  第二次訴訟で新たに被告に名を連ねた国側は、〈1〉国家賠償法がなかった当時、ほかに国の賠償責任を認める規定がなかった〈2〉原告が問題としている行為から提訴まで二十年以上が経過しており、損害賠償請求権が消滅している――などと主張。不二越側も、「強制連行や強制労働、賃金未払いの事実や、韓国人の挺身隊員らに対する差別待遇などはなかった」などと反論した。

  九二年九月に提訴された第一次訴訟では、一審・富山地裁(九六年七月)、二審・名古屋高裁金沢支部(九八年十二月)とも、原告の損害賠償請求権が消滅していることを理由に訴えを棄却した。

  その後、九九年に米国・カリフォルニア州議会が第二次大戦中の被害に対する賠償請求の時効を二〇一〇年まで延長し、不二越訴訟の原告団が、同州での韓国人の集団訴訟に参加する動きを見せたことなどから、不二越側が和解を提案。〇〇年七月、原告三人を含む八人と遺族団体に、計三千数百万円の解決金を支払うことで和解が成立した。

 不二越側は「第一次訴訟の和解が、前提とは考えていない。事実関係を争いたい」(同社総務部)と話している。(読売新聞2003.07.10東京朝刊)

なお、第一次訴訟和解(2)、第二次訴訟提訴(96)参照。

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(103b)2003年7月15日 中国人強制連行・西松建設訴訟、 高裁が和解勧告  

  戦時中に加計町の発電所建設現場に強制連行され、過酷な労働を強いられたとして、中国・済南市の呂学文さん(82)ら中国人五人が西松建設(当時西松組、本社・東京都港区)に計二千七百五十万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審第三回口頭弁論が十五日、高裁であり、鈴木敏之裁判長は双方に和解勧告をした。九月九日に初の和解協議が開かれる。

  提訴前の補償交渉を含めて既に十年が過ぎたうえ、原告団長の呂さんが四月、がんのために中国の病院に入院し、この日の口頭弁論で呂さんらの代理人が「生存中に解決することが重要」と早期解決を要望。和解勧告に、西松建設側は「交渉のテーブルにつく用意はある」としたが、和解成立の見込みについては「難しい」と述べた。

  昨年七月の一審判決も「(西松建設の)道義的責任は残っている」と、被害者救済のための基金設立などでの早期解決を促していた。(読売新聞2003.07.16大阪朝刊)

なお、第一審判決(70)、および第一回和解協議(104a)参照。

 

(103#)2003年7月17日 米議会、来年度国防総省予算法案に、日本捕虜米兵に1万ドル支給規定追加(但し、後に削除)

 2003717日、米上院において、ハッチ上院議員(Orrin G. Hatch、上院司法委員会委員長)が、2004年度国防総省予算法案(H.R. 2658 / S. 1382)に修正提案(Resolution of Claims of American POWS of the Japanese Act of 2003)を提出し、これが可決された。(ハッチ議員の公式サイト(http://www.senate.gov/~hatch/ )fioor statementあり。)

 その結果、200378日下院通過、2003717日上院を通過し公表された同法案は、最後に第9編「第二次大戦中の日本会社のための奴隷労働に対する請求権の解決」が付加された。同編は、第901節「第二次大戦中の日本会社のための強制労働または奴隷労働に対する元捕虜への補償金の支払い」と第903節「定義」の2条からなっておりおり、第二次大戦中に日本の捕虜となりかつ日本会社によって強制労働または奴隷労働に従事することを要求された元捕虜で現在生存している者に、国防長官が国防総省の費用のなかから各1万ドルを支給するというものである。

 ところが、9月24日下院、9月25日上院に提出可決され、9月30日大統領が署名して成立した同法(法律108―87号)では、この第9編がそっくり削除されている。(米下院のサイト(http://www.house.gov/ )で、Find a Bill and lawH.R.2658と検索し、同法案6個のヴァージョンのうちその56を参照。)つまり、結果的に、ハッチ修正案は日の目を見なかったわけである。その経過の詳細は現在のところ私は不案内であるが、察するにイラクの占領に予想しなかった多額の費用の支出を迫られている現在、半世紀も以前の第二次大戦のベテランたちのために国防予算を使うことは好ましくないとして、委員会で削除されたものと思われる。(山手)

 

(103c) 2003年7月18日 外務省、中国人強制連行文書を公開 存在否定後、地下書庫で発見

 外務省は18日、第二次大戦中に強制連行した中国人労働者の氏名や強制労働の実態について終戦直後に各企業から提出させた「華人労務者事業場別就労調査報告書」を東京・麻布台の外交史料館で公開した。国は同報告書については中国人強制連行訴訟などで一貫して「存在を確認できない」と答弁してきたが、外務省地下書庫で存在を先月公式に確認したとして、公開した。

 同報告書は40冊、約2万ページ。強制連行労働者を就労させた鉱山など135事業所が46年3月ごろ、外務省の求めに応じて提出した。労働者3万8935人の氏名や、そのうち6830人が死亡するなど過酷な就労状況が詳述されている。

 外務省は同報告書を基に46年に「華人労務者就労事情調査報告書」(外務省報告書)を作成していたが、強制連行の事実を立証することになるため、両報告書とも存在を否定してきた。外務省は「今回公表した文書が地下書庫にあるのは分かっていたが事業場報告書と確認できなかった。調査が不徹底であり、深く反省している」(中国課)と話している。(毎日新聞2003.07.18夕刊)

 

(103d) 中国人強制連行新潟訴訟、弁論終結し来年3月26日判決    

 戦時中に連行され、新潟港で強制労働をさせられたとして中国人ら計12人が国などを相手取り1人あたり2500万円の損害賠償などを求めている訴訟で18日、最終となる12回目の弁論が新潟地裁であった。原告の一人、張連信さん(76)が証言し、「冬の港で十分食べられず、身を覆うものもなく麻袋の切れ端を巻きつけ、毎日休むことなく働かされ、絶えず棒で殴られた」などと訴えた。判決は来年3月26日に言い渡される。

 中国人強制連行をめぐってはほかに8件が各地の地裁、高裁で係争中。新潟地裁では最多の8人の原告の証言が認められたほか、全国で初めて現場検証をしている。国側は「時効が成立している」として全面的に争う姿勢を見せている。(朝日新聞2003.07.19新潟地方版)

 

(104) 2003年7月22日 東京高裁、韓国太平洋戦争犠牲者遺族会の控訴棄却

 戦時中に旧日本軍のために耐え難い苦痛を被ったとして、軍人、軍属や従軍慰安婦だった韓国人と遺族計三十五人が、国に一人二千万円の賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は二十二日、一部の軍人らに対する戦時中の国の安全配慮義務違反を初めて認めたが、請求自体は一審判決に続き退けた。元軍人らは上告する方針。
 国相手の戦後補償裁判では、終戦直後に起きた海軍輸送船の沈没事故をめぐる「浮島丸訴訟」で、京都地裁判決が安全配慮義務違反を認定したケースがある。元軍人らの弁護団は「戦時中での行為でも認められた意義は大きい」と話している。
 判決理由で鬼頭季郎裁判長は「国は戦争中、軍人、軍属に対して安全配慮義務がある」と指摘、捕虜虐待など戦争犯罪に当たる行為を命じられた軍人ら二人について「将来処罰される危険を生む違法な行為を命じた」と国の義務違反を認めた。
 慰安婦に関しても「国は慰安所経営者と共同事業者的立場にあり、慰安婦を危険から保護すべき安全配慮義務を負う場合があり得た」と述べたが、いずれも損害賠償請求権の消滅などを理由に請求は退けた。
 また国家賠償法施行前の公権力行使の責任は問えないとする「国家無答責」の法理について「現行法の下では正当性を見いだせない」と、高裁段階では初めて否定した。
 判決によると、元軍人、軍属らは一九四○年代前半、日本軍に入隊させられて中国などの戦場に駆り出され、身体に障害が残るなどの被害を受けた。元慰安婦は当時、上海の日本軍駐屯地などで日本兵の相手を強制された。(共同通信2003.07.22配信)

原告35人全員上告

旧日本軍に耐え難い苦痛を被ったとして軍人や軍属、従軍慰安婦だった韓国人と遺族が国に賠償を求めた訴訟で、三十五人全員が四日、請求を退けた東京高裁判決を不服として、上告と上告受理を申し立てた。
 七月二十二日の高裁判決は、一連の戦後補償裁判で初めて、一部の軍人らに対する戦時中の国の安全配慮義務違反を認定したが、損害賠償請求権の消滅などを理由に東京地裁判決に続いて請求は認めなかった。(2003.08.04 共同通信)

【登載判例集】 

第一審

第二審(東京高裁2003.7.22)判例時報1843号、訟務月報50巻10号

第三審

(最高裁2004.11.29)裁判所時報1376号

なお、第一審判決(15)、最高裁判決(135)参照。

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(104a) 2003年9月9日 広島高裁で、西松側は「和解応じず」 中国人強制連行賠償訴訟

 戦時中、強制連行された広島県加計町の発電所建設現場で働かされた中国人三人と遺族二人が、工事を請け負った西松建設(東京)に二千七百五十万円の損害賠償を求めた「西松訴訟」の控訴審で初の和解協議が九日、広島高裁であり、西松建設側は和解の意思がないことを強調した。

 前回の口頭弁論で和解を勧告した(前掲103b参照)鈴木敏之裁判長に、西松建設側は「和解には応じられない」と繰り返し、次回から弁論を再開するように要請。原告側は「職権による和解で解決してほしい」と求めた。鈴木裁判長は十月三日の次回も和解協議を続けることを決めた。

 昨年七月、広島地裁が言い渡した一審判決は、不法行為から二十年が経過すると賠償の請求権が消滅する「除斥期間」を適用し、請求を棄却。原告が控訴していた。(2003.09.10 中国新聞朝刊)

 

(105) 2003年9月18日 札幌地裁、中国人強制連行北海道訴訟結審 判決は来年3月23日

 第二次大戦中に日本へ強制連行され、道内の炭鉱などで過酷な労働を強いられたとして、中国人四十三人(うち七人は死亡し、遺族が原告)が国と企業を相手取り、謝罪と総額八億六千万円の損害賠償を求めた中国人強制連行北海道訴訟の第二十回口頭弁論が十八日、札幌地裁(奥田正昭裁判長)であった。原告の姚義さん(76)=北京市=と強制連行問題の研究者童増さん(47)=同=の尋問と原告側の最終意見陳述を行い、結審した。判決は来年三月二十三日。

 尋問で、釧路管内厚岸町の採石場などで働かされた姚義さんは「毎日重労働と飢えに耐える日々だった。(日本で)提訴できることを昨年、初めて知った」。童増さんは「日本が強制連行を認めず謝罪しないことに中国国民の反発は強い。今後、経済、文化などに影響が出るだろう」と述べた。

 弁護団長の三津橋彬弁護士は「命あるうちの贖罪(しょくざい)を求めた原告が、正義と人権の名のもとに救済されることを望む」と述べ、原告側陳述を締めくくった。

 北海道訴訟は、被告が国のほか、三井鉱山、住友石炭鉱業、三菱マテリアル、新日本製鉄、熊谷組(以上本社・東京)、地崎工業(同・札幌)の六社。

 訴えによると、原告ら四十三人は一九四三−四五年に強制連行され、終戦まで道内の炭鉱や工事現場でただ働きを強いられた。原告側はこれらを侵略戦争遂行目的の犯罪で違法と指摘。国の行為は占領地住民の私権尊重を明記したハーグ条約(日本は一九一一年=明治四十四年=に批准)などの国際法や中国の国内法などに違反し、企業は安全配慮義務に違反した−としている。

 これに対し、国と企業は請求棄却を求めている。国は強制連行の史実の認否を一切行わず「国際法違反や中国の民法に基づく請求は失当」などと法律論で請求棄却を要求した。企業側も時効などを主張した。

 争点は《1》不法行為があったとしても二十年で賠償請求権が消滅する民法の除斥期間《2》明治憲法下では国家権力の行使は責任が問われないとする国家無答責の法理《3》安全配慮義務違反が問えなくなる時効(十年)の壁−などをどう判断するかだ。

 強制連行訴訟は全国で十一件提訴され、十件が地高裁で係争中。過去の判決では争点をめぐる判断が揺れている。

◇中国人強制連行◇

 1939年(昭和14年)7月の北海道土木工業連合会の「願書」を皮切りに全国の企業、団体が国に労働力補充を要請し、東条英機内閣が42年11月、「華人労務者内地移入ニ関スル件」を閣議決定した。外務省が46年にまとめた報告書(華人労務者就労事情調査報告書)によると、強制連行されたのは11歳から78歳までの3万8935人。うち6830人が死亡した。道内には1万9631人が連行され、貧しい食事と過酷な肉体労働を強いられ、3047人が死亡した。(2003.09.19 北海道新聞朝刊)

なお、関連判決(7)(29)(61)(70)(83)(88)参照。

 

(105) 2003919日 上海で、日本の過去の清算求め国際連帯協議会結成  

 【北京19日共同】十九日の朝鮮中央通信によると、日本の植民地支配下の強制連行、従軍慰安婦問題の謝罪と補償を要求する北朝鮮や韓国、日本などの市民団体が十七日、上海で「日本の過去清算を要求する国際連帯協議会」を結成した。
 上海で開催された会議と結成式にはフィリピン、米国の市民団体も参加。北朝鮮の「日本軍慰安婦および強制連行被害者補償対策委員会」の洪善玉委員長が報告を行った。日本からは「戦後補償ネットワーク」や「従軍慰安婦問題研究会」など数団体が加わったという。(2003.09.19共同通信)

 

 (106) 2003年9月24日 中国残留孤児第二陣600人提訴 東京など4地裁へ

 日本への早期の帰還措置を取らず、帰国後も十分な支援がなかったとして、各地の中国残留日本人孤児約六百人が二十四日、国に一人当たり三千三百万円の損害賠償を求める訴訟に踏み切った。このうち愛知県などの原告は午前十時すぎ、名古屋地裁に提訴。ほかの原告も同日午後、東京地裁など三つの裁判所に起こす。請求総額は約二百億円。

 昨年十二月に続く、集団提訴の第二陣。東京と鹿児島で現在計六百五十人が係争中。新たな原告を加えると総数は約千二百五十人となり、永住帰国した孤児の半数を上回る。弁護団によると、最初の集団提訴から一年もたたずに、当事者の半数以上が訴訟に加わるのは異例という。

 二十四日以降も年内に北海道(七十人)、大阪(百三十人)、高知(四十五人)、徳島(四人)の各地で提訴の予定。さらに長野、兵庫、岡山、島根、鳥取、沖縄でも裁判に向けた準備が始まっている。最終的な原告総数は帰国孤児の八割に当たる二千人規模となる見通し。

 原告は東京、埼玉、神奈川、千葉の一都三県など関東が三百三十人(東京地裁)。愛知、岐阜、静岡の三県を中心とする百四十一人(名古屋地裁)。京都府と奈良県などの九十人(京都地裁)。広島県の五十六人(広島地裁)。

 訴状によると、国は敗戦時に満州(現中国東北部)に居住していた日本人の定住策を取り、在留邦人の帰国の道を閉ざした。日中国交回復後も速やかな帰還支援の施策を講じず、帰国後も十分な支援措置を行わず、原告らが普通の日本人として人間らしく生きる権利を侵害した。厚生労働省によると、八月末現在、永住帰国した孤児本人は全国で二千四百六十八人。

◇中国残留孤児◇

 主に戦前、戦時中に満州(現中国東北部)へ国策として送り出された開拓団の家族などのうち、1945年8月のソ連参戦による混乱の中で保護者と生き別れとなり、中国に残された人々。厚生労働省は当時、おおむね13歳以上だった人を「残留婦人等」、13歳未満を「残留孤児」と区別した。72年の日中国交回復以降、民間団体による肉親捜しが本格化。81年には国による集団訪日調査がスタートし、94年に帰国者支援法が制定。現在も中国で名乗り出る人が後を絶たず、調査は続いている。(2003.09.24 北海道新聞夕刊)

なお、(49aa)(82a)参照。

 

(106a) 2003年9月24日 加州最高裁、Jeong事件と米兵捕虜事件を州高裁に差戻し(移送)

 カリフォルニア州最高裁判所は、すでに2003年4月30日にJeongV判決(84)とSills判決(86)のreview申請を受理していたが、9月24日にいたって、それぞれの原審高裁(加州控訴裁判所第2裁判区第8支部と第4裁判区第3支部)に、原審を取り消し6月23日の連邦最高裁の判決(102a)に照らして再考(reconsider)するようにとの指示を付して、そのreviewを移送(transfer)した。(Taiheiyo Cement Corp. v. Superior Court, 77 P.3d 2; 2003 Cal. LEXIS 7254 ( Cal. S. Ct. Sep. 24, 2003); Mitsubishi Materials Corp. v. Superior Court, 77 P.3d 1; 2003 Cal. LEXIS 7253 ( Cal. S. Ct. Sep. 24, 2003)参照)

 California Rules of Courtによると、加州最高裁が上訴を認めた後で、decision(決定)はしないが指示を付して訴えを控訴審につき返すことを、remand(差戻し、この場合はdecision)と区別してtransfer(移送)というらしいが(rule 29.3(d))、当事者はremandまたはtransferが行われた後15日以内にsupplemental opening briefを提出することができ、それが提出された後15日以内に相手当事者はsupplemental responding briefを提出することができる(rule13(b))。そして、米兵捕虜事件の場合、加州高裁第4控訴裁判区第3支部に、2003109日原告=被控訴人、被告=控訴人双方から、さらに24日双方からsupplemental briefが提出された(加州裁判所の公式サイトのCalifornia Appellate Courts, Case Information( http://appellatecases.courtinfo.ca.gov/ )でCase Number G030056のDocket Entries参照。)後、115日同高裁は26日の判決(命令)と同じ判決(命令)を下した(後掲(112)参照)。Jeong事件の場合は、すこし手続の進行が遅れているらしく、1027日合衆国と太平洋セメントが、1028Jeong側が、それぞれsupplemental briefを加州高裁第2裁判区第8支部に提出したところである。(山手)

なお、(121)(126)参照。

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(107) 2003年9月27日 浮島丸事件、1950年に賠償拒否方針 政府内部文書明らかに


 終戦直後の1945年8月24日、強制連行先の日本から祖国に帰る朝鮮人らを乗せた旧海軍の輸送船が京都府の舞鶴湾で爆発、沈没し、500人以上が死亡したとされる「浮島丸事件」で、日本政府は5年後に作成した内部文書で賠償拒否の方針を既に決めていたことが27日、外務省の情報公開で明らかになった。報告は引揚援護庁=当時=が50年に作成。「旧海軍の絶大な好意に基づく便乗被許可者の(中略)まったくの不可抗力に起因する災難」として「旧海軍の責任を追及するがごとき賠償要求等はこれを容認することができない」と決め付けている。

 事件に関しては53年につくられた同趣旨の政府文書が明らかになっているが、それ以前から日本側が被害者への賠償に応じない方針を固めていたことになる。浮島丸事件の被害者らは国に計約28億円の損害賠償を求めて訴訟を起こしており、2001年の京都地裁判決((36)(参照))は生存者15人について国に計4500万円の支払いを命じた。しかし今年5月の大阪高裁判決((101)参照)は「国は安全運送義務を負っていたとは言えない」として請求を棄却。現在、最高裁で争われている。〔共同〕 (日本経済新聞2003.09.28朝刊)

(108) 2003年9月29日 東京地裁、中国の旧日本軍毒ガス訴訟で国に賠償命令

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 旧日本軍が中国に遺棄した毒ガスや砲弾で戦後に被害を受けたとして、中国人13人が日本政府に約2億円の賠償を求めた訴訟で、東京地裁は29日、原告側の請求をほぼ認め、国に約1億9000万円の支払いを命じた。片山良広裁判長は「可能な限り情報を集めて中国側に提供し、被害を防ぐよう依頼する義務があった」としたうえで、「日中の国交が回復した72年以降、その義務を果たさなかったのは違法」と述べ、海外の遺棄兵器被害をめぐり、初めて国の責任を認めた。

 中国の被害者は2000人以上(中国側発表)とされ、今年8月にも毒ガス弾で43人の死傷者が出たことから、中国との外交問題に発展しており、判決は重大な影響を与える可能性がある。

 判決は終戦前後の遺棄行為の違法性や、被害と遺棄兵器との因果関係を認め、「関係者に事情を聴いたり、軍関係の資料を調査すれば、遺棄兵器を把握できたから、それが及ぼす危険も予見できた」と認定した。そのうえで「中国で日本が直接回収を行うのは不可能だが、可能な限り情報を集めて中国側に伝えれば、安全に処理された可能性がある」と結論づけた。

 不法行為から20年で損害賠償請求権が消滅する民法の「除斥期間」の適用も検討。22年が経過したケースもあったが「国の行為にはまったく正当性がないのに、除斥期間を適用すれば、原告のうち3人への賠償が認められず、著しく正義、公平の原則に反する」と指摘し、国に対する戦後補償裁判では「劉連仁さん強制連行訴訟」の東京地裁判決(01年7月)に続き、除斥期間の適用を制限した。

 原告は74年と82年に黒竜江省で発生した毒ガス事故や、95年に同省で起きた砲弾爆発事故で死亡した3人の遺族6人と負傷者7人の計13人。戦後補償裁判で全員の救済を命じた判決としても初めてで、賠償額について片山裁判長は、左足に障害が残った1人には1000万円、残る被害者9人分は請求通り約2000万円と算定した。

 遺棄兵器被害を巡っては今年5月、東京地裁が「主権が及ばない中国で国が被害を回避することはできなかった」と原告敗訴の判決を言い渡しており(原告側が控訴)、国側は今回も「事故を予見することはできなかった」などと主張していた。【小林直】(毎日新聞9月30日朝刊)

回避可能性を踏み込んで認定

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 「兵器を発見・回収して、被害を防げたか」。遺棄兵器の放置をめぐり、国の責任を初認定した東京地裁判決と、逆に否定した今年5月の東京地裁判決(100)を分けたのは、この点の評価に尽きる。前回の判決が「回収は困難だった」としたのに対し、今回は「中国に情報提供すれば、被害を防止できた可能性がある」と踏み込んだ見解を示し、兵器遺棄という行為の違法性の高さを重視して、重い撤去責任を課した。

 国の責任が認められるためには、(1)違法な先行行為の存在(兵器の遺棄)(2)その行為による危険性が、被害時点まで続いた(3)被害当時、国が危険性を認識できた(予見可能性)(4)国の対策により被害を防げた(結果回避可能性)――のすべてをクリアする必要があった。前回の判決は(1)〜(3)を認定したものの、結果回避可能性を否定して原告敗訴の結論を導いた。

 (4)について今回は「軍関係者らから可能な限り情報収集し、兵器が存在する可能性が高い場所、兵器の形状や処理方法などを伝えれば、結果を回避できる可能性があった」と判断し、「最後の壁」(原告側弁護士)を突破した。

 一方、原告側が、終戦前後の兵器遺棄に加え、「戦後も遺棄兵器を放置した」という二段構えで国の責任を追及した点が訴訟の特徴だった。戦後補償裁判では、1947年の国家賠償法施行前は国への賠償請求は認められないとする「国家無答責の法理」が立ちはだかってきたが、戦後の責任を主張したことで実質審理への道が開けた。

 前回敗訴した原告は既に控訴し、今回は国が控訴するとみられる。二つの訴訟の控訴審では引き続き、「被害は回避できたか」という点を軸にした攻防が展開される見通しだ。【小林直】(毎日新聞9月30日朝刊)

戦後補償、勝訴は5件目 主張に理解示す判断も増加    

 国や企業相手の戦後補償裁判の原告勝訴は一審段階に限られ、今回で五件目。上級審で覆され敗訴が確定したケースもあるが、請求を退ける場合でも原告の主張に理解を示す判断が増えている。
 最初の勝訴は一九九八年、山口地裁下関支部の「関釜裁判」判決。国会が賠償立法を怠ったと認め、元韓国人従軍慰安婦三人に計九十万円を支払うよう国に命じた(最高裁で敗訴確定)。
 二○○一年には東京地裁が強制連行された中国人の劉連仁さん(故人)に対する戦後の保護義務違反を認め、請求通り二千万円の賠償を国に命令(東京高裁で審理中)。
 京都地裁は同じ年、朝鮮人らの輸送船が沈没した終戦直後の「浮島丸事件」で国の安全配慮義務違反を認め、四千五百万円支払いを命じた(逆転敗訴で上告中)。
 昨年四月「時の壁」も破れた。中国人強制連行訴訟で福岡地裁は、二十年たつと損害賠償請求権が消滅する「除斥期間」を「正義の理念に著しく反する」と、三井鉱山に計一億六千五百万円を支払うよう言い渡した(福岡高裁で審理中)。
 請求は認めなかったものの、国家賠償法施行前の不法行為は賠償責任を負わないとする「国家無答責」の法理に否定的な判断も三件続いた。そのうち今年七月の東京高裁判決は、捕虜虐待など戦争犯罪行為を命じられた韓国人軍人ら二人に「国は将来処罰の危険がある違法な行為を命じた」と初めて戦時中の安全配慮義務違反も認定。
 旧日本軍による性暴力訴訟では、東京地裁が四月、司法的救済を否定しながら「立法的、行政的解決を図ることは十分に可能」と異例の付言をして国に解決を促した。(2003.09.29共同通信)

補償拒む日本、中国は反発   

 旧日本軍が中国に放置した大量の毒ガス弾は、化学兵器禁止条約に基づいて日本が廃棄処理を進めることで両国が合意している。ところが処理は遅々として進まず、先月にも新たな死者が出るなど現地の被害は後を絶たない。
 補償を拒む日本政府の姿勢に中国側は反発を強めており、既に外交上の大きな問題に発展しているが、日本側の「非」を全面的に認めた二十九日の東京地裁判決で、さらに中国側の要求が強まりそうだ。
 補償を拒む日本側の根拠は、中国が戦争の賠償請求権を放棄した一九七二年の日中共同声明。
 八月に黒竜江省チチハル市で死者一人を含む四十人以上が被害を受けた毒ガス漏出事故でも、補償などを求める中国側に対し、日本側は「調査費」など賠償的性格のない名目での支出で解決を目指す姿勢を示している。
 しかし戦後半世紀以上たって、なお死者を出した事態に中国世論の反発は強く、北京の日本大使館には九月に補償を求める約百万人の署名が出された。中国政府も遺棄化学兵器を他の戦後補償とは切り離して「解決を急ぐべき現実の問題」ととらえ、一貫して補償を求めている。
 内閣府遺棄化学兵器処理担当室によると、中国に眠る化学兵器は推定約七十万発。条約上の廃棄完了期限は二○○七年だが、腐食が進んだ毒ガス弾の回収は難航し、無毒化施設も建設候補地が決まっただけ。今後見込まれる数千億円の費用はすべて日本が負担する。
 日本が補償を拒む背景には、強制連行など他の戦後補償問題に波及することへの懸念があるとみられるが、茨城県神栖町で表面化した住民の健康被害には二カ月余りで過去の医療費まで国が負担する支援策を決めており、国内外で対応に大きな食い違いが生じている。(2003.09.29共同通信)

【登載判例集】 

  第一審(東京地裁2003.9.29)判例時報1843号、 判例タイムズ1140号、訟務月報50巻11号。

  また、最高裁のサイト( http://courtdomino2.courts.go.jp/home.nsf )の「下級裁主要情報」にも判決文が掲載されている。さらに、判決全文が中国人被害者の要求を支える会のサイト<http://www.suopei.org/index-j.html >に掲載されており、また同会発行の冊子「遺棄毒ガス第1次訴訟判決全文」にも判決全文が掲載されている。  

なお、控訴審判決(207)、最高裁決定(245)参照。

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(108) 2003101日 中国人強制連行群馬訴訟 前橋地裁で、日中共同声明により個人請求権も放棄されているか論争 

 戦時中に強制連行され、県内で働かされた中国人と遺族計31人が、国と大手ゼネコン2社に損害賠償などを求めた国賠訴訟の第7回口頭弁論が1日、前橋地裁(中野智明裁判長)であり、前回提出された被告側の答弁書に対し、原告側が反論した。

 原告は、答弁書で国が「日中共同宣言で個人の賠償請求権も放棄された」と主張したのに対し、「『国民の請求権』との文言はなく、国家間での賠償を放棄しただけだ」と反論。さらに、戦中の日本政府が行った国家権力の行使の責任を現政府は問わないとする「国家無答責」の国の主張について、「統治権の及ばない中国国民を武力の威嚇で拉致する行為は、国家無答責の適用外だ」とした。【杉本修作】(毎日新聞2003.10.02群馬地方版) 

 

(109) 2003年10月3日 チチハルの旧日本軍毒ガス事故遺族 日本弁護団に賠償交渉委任 

 中国黒竜江省チチハル市で8月、旧日本軍が遺棄した毒ガス缶によって起きた死傷事故をめぐって、死亡した李貴珍さん(当時31)の遺族は3日、毒ガス兵器遺棄国家賠償訴訟の弁護団に日本政府との賠償交渉を委任した。交渉が不調に終われば、提訴に踏み切る予定だという。(社会面参照)

 委任を受けた弁護団はこの日、謝罪や賠償などを求める小泉純一郎首相あての申入書を内閣府に提出。代表の小野寺利孝弁護士は記者会見で「チチハル市の被害者らは経済的、精神的に苦しんでいる」などと述べた。(朝日新聞2003.10.04東京朝刊)

「中国政府にも責任がある」 福田官房長官 

 福田官房長官は3日の記者会見で、中国・チチハル市で旧日本軍が遺棄した毒ガスによる事故の被害者の遺族が日本政府に損害賠償を求めていることに関して「(72年の日中共同声明で賠償の)請求権を放棄しているわけだから、中国政府にも責任がある。しかし、もとをただせばわが国の毒物となれば、全然知りませんと言えるかどうか」と述べた。政府の対応については「これまで専門の医師や毒物の専門家を派遣するなど、できることはすべてやっている」と強調した。(朝日新聞2003.10.04東京朝刊)

李肇星・中国外相が不満表明 日本側の対応に

 【北京=五十川倫義】中国の李肇星(リーチャオシン)外相は3日、阿南惟茂大使を中国外務省に呼び、黒竜江省チチハル市で起きた旧日本軍の遺棄化学兵器による毒ガス事故に関し、「日本側の対応が遅い」と不満を表明した。(朝日新聞2003.10.04東京朝刊)

 

 

(110) 2003年10月6日 米連邦最高裁、第二次大戦時強制労働対日企業訴訟の上告却下

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 【ワシントン河野俊史】第2次世界大戦中の元米兵捕虜らが日本企業を相手に強制労働に対する賠償を求めた4件の訴訟で、米連邦最高裁は6日、元捕虜らの上告をいずれも棄却した。個別企業への賠償請求を認めるカリフォルニア州法を違憲としたサンフランシスコの連邦高裁判決(今年1月)を支持したもので、対日賠償請求権は認められないまま元捕虜らの敗訴が確定する。

 訴えていたのは元米兵捕虜のほか中国人、韓国人、フィリピン人で、被告は三井物産、鹿島、新日本製鉄、石原産業の各社。元捕虜らは1999年に成立したカリフォルニア州法が「日本やドイツの企業による戦時中の強制労働の被害者や遺族は2010年までに賠償請求を起こせば時効を適用されない」と定めていることを根拠に、相次いで提訴していた。

 米政府は第2次世界大戦の賠償問題について「サンフランシスコ講和条約(1951年調印)で決着済み」との立場を取っており、連邦高裁判決は「外交権は連邦政府だけに認められ、州法によって訴訟の根拠を作り出すことはできない」と判断、州法を違憲とした。このため、一部の原告が上告していた。

 最高裁は上告棄却の理由を示さないまま、高裁判決を追認した。 (毎日新聞2003.10.07夕刊)

 【ワシントン=気仙英郎】第二次大戦中に強制労働させられたとして、元米兵捕虜らが日本企業などを相手に損害賠償を求めていた裁判で、米連邦最高裁判所は六日、「賠償請求を認めたカリフォルニア州法は違憲」としたサンフランシスコ連邦高裁の判断を支持、三井物産や新日本製鉄などに対して州法に基づいて起こされた四件すべての上告を棄却した。

 この訴訟は、一九九九年七月に成立した「(第二次大戦中に)ナチス・ドイツとその同盟国やその占領地で事業を行った企業によって強制労働をさせられた人々が損害賠償を請求できる期限を、二〇一〇年まで延長する」とのカリフォルニア州法に基づき、元米兵捕虜らが三井、三菱など旧財閥系企業計約三十社を相手取り相次いで提訴していたもの。

 最初、訴訟は同州各地の裁判所に起こされたが、被告の日本企業側が、訴えの内容は「連合国は日本およびその国民がとった行為に対する賠償請求権を放棄する」と規定したサンフランシスコ講和条約に深くかかわるとして連邦裁判所への移行を請求。連邦高裁は今年一月、「カリフォルニア州法は、連邦政府の外交権限を侵害している」として二十八件の裁判で違憲とする判断を下し、不服とした四件の原告が上告していた。

 被告となった日本企業の米現地法人代表の一人は「州レベルでの訴訟が残っているが、今回の判決が大きな重しになるので、日本企業にとって有利になる。この判決は企業だけでなく、日本全体にとっても大きな意味をもっている」と強調。駐米日本大使館も「日本の主張が認められ一つの区切りになった」(広報担当)としている。(産経新聞2003.10.08東京朝刊)

 

AP  Filed at 11:20 a.m. ET Oct. 6, 2003

最高裁判所 WWU POW 労働訴訟を拒否

 ワシントン(AP)――連邦最高裁判所は、第二次大戦中奴隷労働者として日本の私的会社のために働くことを強制されたと主張する、元アメリカ兵捕虜その他からの上告を退けた。

 月曜日にコメントを付さないで下されたこの最高裁の決定は、50年以上前に捕虜に炭坑で働き、道路を掘り、その他の仕事をすることを強制した日本企業とその承継者に対するカリフォルニア州における訴訟を終了させる。

 今日三井、三菱、新日鉄等として知られる日本のコングロマリットは、一部分奴隷労働を使用することによって戦争を生き残り、そして戦後の産業景気のなかで繁栄したと、元捕虜の弁護士は主張した。

 「これらの人間の虐待のあくどさは――それはすべての文明国が守るべき義務があったしまた現在もある戦争についての法律、慣習、条約の外にあった――、いつまでも20世紀の歴史に暗い影をとどめるであろう」と、元アメリカ人捕虜レスター・I・テニーの弁護士は法廷で述べた。

 連邦控訴裁判所が、今年の初めにこれらの請求を却下した。第9巡回区連邦控訴裁判所は、合衆国によって署名された条約は捕虜が救済を求めることを禁止していると述べた。

 その判決は、外交政策を遂行する連邦の権限は、元捕虜生存者に訴訟を起こす権限を付与した1999年のカリフォルニア州の法律に優位すると述べた。

 日本会社の弁護士は、太平洋における戦争を終了させたその条約は、日本は戦争中のすべての損害と苦痛に対して賠償を支払うことは不可能であると定めていると述べた。この条約の下で、日本は賠償として連合国に約40億ドル支払うことに同意した。

 日本企業の弁護士はまた、連邦最高裁はすでに類似のカリフォルニア州法――ホロコースト生存者が保険給付金を回復するのを助けるることを意図した――を無効と判決したのであるから、本件訴訟は実際上もはや実用的価値を有しないと述べた。

 老齢化した退役軍人の弁護士は、彼らの請求権を復活させるための最後の望みを表現した感情的な訴えを最高裁に行った。

 「19421945年に言語に絶する虐待を受けたこれら生存者のうち、最も若い者でも80歳に近い」と、訴えは述べる。「これらの人々は、第二次世界大戦を戦って勝利し、そして差し迫った深刻な脅威に対してわれわれの生活を守るために甚大な個人的損失を被った世代の最良の人々である。」

 最高裁はまた、第二次大戦中日本会社のために労働を強制されたフィリピン、韓国、中国国民の同様の主張を退けた。

 事件は、Tenny v. Mitsi Co. Ltd., 02-1776; Saldajeno v. Ishihara Sangyo Kaisha Ltd., 02-1784; Oh v. Nippon Steel Co. Ltd., 02-1773; Ma v. Kajima Corp., 02-1778である。(山手仮訳)

 

【サンフランシスコ・クロニクル Oct. 7, 2003

第二次大戦期奴隷労働賠償請求の企て終了へ;最高裁判事日本企業に対する請求を審理せず

Bob Egelko

 第二次大戦中日本の会社のために奴隷として働くことを強制されたと訴える何千もの年老いた退役軍人と民間人は、月曜日に合衆国最高裁判所が彼らの上告を退けたとき、損害賠償の最後のチャンスを失った。

 判事たちは、コメントなしに、サンフランシスコの第9巡回区連邦控訴裁判所が1月に下した判決を審査することを拒否した。控訴裁判所は、強制労働者とその相続人が会社を訴えることを認めた1999年のカリフォルニア州の法律は、戦争に関連する請求権を解決する連邦政府の排他的権限を犯すと判決した。

 6月には、州の保険会社に対してホロコースト期の未払い保険証券に関する情報の開示を要求するカリフォルニア州の法律が、最高裁判所によって外交問題に対する州の不当な介入と決め付けられた。

 1999年の法律は、日本軍につかまり、そして野外、道路、炭鉱で長時間つらい労働を強制されて、最小限の食事しか与えられず、しばしば殴打され、賃金を支払われなかった米国および戦時中の同盟国の居住者に、カリフォルニア州の裁判所を開放しようとした。

 原告の中には、1942年のバターン死の行進の生き残り――彼らは主に炭鉱での奴隷労働者として日本に輸送された――が含まれている。彼らのうちの約2000人が今なお生存している。

 被告の中には、巨大企業の三菱、三井、住友、新日鉄が含まれている。彼らのすべてが、戦後清算された日本の会社との関連を否定した。

 原告の一人は、Daly市の83歳のフィリピン系アメリカ人Alberto Saldajeno である。彼は、1942年に日本軍がフィリピンのAntique州を占領したあと、2年以上の間彼が働いた銅山を所有していた会社の継承者である石原産業に、損害賠償を求めた。

 「彼らはわれわれに労働を強制して何の補償もしていない。」Saldajenoは月曜日、彼の妻と一緒に小さなペンションに住んでいるアパートから言った。彼らはフィリピン人戦争退役軍人のための法律に基づいて、1992年に移民として米国に来た。「マラリヤ蚊が刺しても、彼らは薬をくれなかった。」

 しかし、石原産業と他の被告は、戦争賠償請求権は、合衆国およびその47の同盟国と日本との間にサンフランシスコ戦争記念オペラ・ハウスで署名された、1951年の平和条約によって解決されたと主張した。合衆国政府は、下級審において日本の会社の側に立った。

 連邦控訴裁判所は、121日の判決において、合衆国は平和条約に署名することによって、私的賠償訴訟を認めることなしに戦争関連の諸懸案を解決したと述べた。

 奴隷労働訴訟を認める法律を可決したことによって、「カリフォルニア州は戦争から生じる重要な問題に自分自身の解決を創設しようとした」と、Stephen Reinhardt判事は3-0の判決で述べた。

 控訴裁判所は、連邦地方裁判所のVaughn Walker判事が、数千もの元民間人強制労働者と戦争捕虜並びに彼らの相続人のために提訴された、28の事件の統合訴訟を却下したことを支持した。

 被告会社はまた、訴えに反論して、若干の原告は1951年条約によって日本が連合国に支払った40億ドルから補償を受ける資格があったと述べた。しかし、元米国軍隊および商船隊員のグループの弁護士Steven Schneebaumは、米国民しかその限られた支払いにあずかれなかったし、また、その支払いは働いた労働全体の補償を含まず、会社にその利益の責任を取らせるものではなかった、と述べた。

 平和条約は政府間の戦争関連紛争を解決したけれども、「われわれは行政(部門)は人々の私的外国人に対する私的請求権を放棄する権限を有しないと主張した」と、Schneebaumは言った。

 彼は、まだ韓国人と米国人を原告とする日本の会社に対する二つの奴隷労働訴訟が、州控訴裁判所に系属していると語った。

 月曜日に判決が下された事件は、Tenney v. Mitsi Co.,02-1776;Ssaldajeno v. Ishihara Sangyo Kaisha, 02-1784; Oh v. Nippon Steel, 02-1773; Ma v. Kajima Corp., 02-1778である。(山手仮訳)

―――――――――――――――――――――――――

【山手補足説明】

 2003121日の第九巡回区控訴裁判所のReinhardt判決(85)(317 F.3d 1005; 2003 U.S. App. LEXIS 850)以後の訴訟経過を、以下に略述しておく。

(1) 36日 上記判決(正確には命令Order)を修正する命令(324 F.3d 692; 2003 U.S. App.LEXIS 3942)を出して、修正個所を箇条書きにて指示。なお、同命令には、パネルがこの修正の決定とともに、判決のrehearing(再弁論、同一審級での再審理)およびrehearing en banc(全員法廷での再弁論)の請求を全会一致で否決し全員法廷によっても了承されたことが記されている。修正した後の判決全文は、324 F.3d 692; 2003 U.S. App. LEXIS 3937である。

(2)最高裁判所のサイト( http://www.supremecourtus.gov/ )Docketを調べてみると、Reinhardt判事が判決した29件のうち

(@)021773(最高裁の判決番号) Suk Yoon Kim, et al v.Ishikawajima Harima Industries, Ltd., et al.

  韓国人の事件4件(すべて上告)

  62日 上告(Petion for writ of certiorari filed.)

        106日 却下(Petition DENIED.)

(A)02-1776 Lester I. Tenney, et al. v. Mitsi & Co., Ltd., et al.

  元捕虜の事件11件(17件のうち6件は上告せず)

  64日 上告

  106日 却下

(B)02-1778 Zhenhuan Ma, et al. v. Kajima Corporation, et al.

    中国人の事件3件(すべて上告)

  64日 上告

  106日 却下

(C)02-1784 Alberto Saldajeno, et al. v. Ishihara Sangyo Kaisha, Ltd., et al.

  フィリピン人の事件3件(4件のうち1件上告せず)

  64日 上告

  106日 却下

 (なお、ドイツの会社を被告とする唯一の事件Deutsch v. Turner Corporation(9 th Cir. No. 00-56673; D.C. No. CV-00-04405-SVW)は,見当たらないので上告されなかっと思われる。)

(3)106日の上記4件の最高裁判決は、いずれも9人の判事全員一致による「上告を認めず」(The petition for a writ of certiorari is denied.)という理由抜きの簡単なopinionである。

   Kim v. Ishikawajima,  2003 U.S. LEXIS 5626;72 U.S.L.W. 3236

  Tenney v. Mitsi, 2003 U.S. LEXIS 5627; 72 U.S.L.W. 3236

   Ma v. Kajima, 2003 U.S. LEXIS 5628; 72 U.S.L.W. 3236

   Saldajeno v. Ishihara, 2003 U.S. LEXIS 5629; 72 U.S.L.W. 3236 参照。

(以上)

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 (110a) 2003年10月9日 最高裁、旧日鉄大阪製鉄所訴訟の上告棄却  

 戦時中に日本製鉄(現新日本製鉄)大阪製鉄所などで強制労働をさせられたとして、ソウル在住の申千洙さん(76)と呂運沢さん(80)が、新日鉄と国に損害賠償などを求めた訴訟で、最高裁第一小法廷(横尾和子裁判長)は九日、請求を認めなかった一(16)、二審(81a)判決を不服とする二人の上告を退ける決定をした。
 一、二審判決は「過酷で危険極まりない作業に、半ば自由を奪われた状態で従事させられた」と強制労働を認定。しかし、国に対しては「旧憲法下では個人の損害について賠償責任を負わない」と判断。新日鉄についても「未払い賃金はあったが、一九六五年に署名された日韓請求権協定などで請求権は消滅した」としていた。
 一、二審判決によると、二人は一九四三年、大阪製鉄所の労働者募集に応募し、炉に石炭を投入してかき混ぜたり、熱気の残ったパイプを掃除する業務に従事した。(2003.10.09共同通信)

 

(110b) 2003年10月16日 強制連行で被爆死の遺族ら中国人11人、長崎地裁に提訴へ  

 第2次大戦中に三菱鉱業(現三菱マテリアル、本社・東京)が経営した長崎県内の炭鉱に強制連行され、賃金の支払いもなく過酷な労働を強いられたなどとして、中国人の生存者6人と遺族5人=中国河北省在住=が、同社と国を相手取り、損害賠償を求める訴えを長崎地裁に起こす。連行後に移送された長崎市内の刑務所で原爆の犠牲になった中国人3人の遺族も含まれており、長崎での中国人被爆者の問題が初めて法廷の場で取り上げられる。

 提訴は11月下旬の予定で、請求総額は2億2千万円(1人あたり2千万円)になる見込み。連行されたのは崎戸砿(崎戸町)、高島砿(高島町)、端島砿(同)の3炭鉱。県内の炭鉱での中国人の強制連行の実態は大学教授ら長崎の市民が98年から調査をしてきた。

 中国では00年に生存者や遺族が被害者団体を結成。昨年7月に今回提訴する3人が来日し、謝罪と補償を求めて会社側と直接交渉したが、会社側は「国家間の政治的な手段によって救済されるべきで、一企業として損害を補償する責任はない」と回答した。

 長崎刑務所浦上刑務支所(長崎市)に収監され、原爆の犠牲になった中国人3人の遺族も原告になる。

 父親が被爆死した賈同申さん(66)は「日本政府と三菱は死んだことを遺族に知らせるという最低限の義務すら果たさなかった。父を失い、一家は離散し、遺族としてずっと耐え難い苦痛を受けてきた」と話す。

 三菱マテリアル九州支店(福岡市)は「訴状を見た上で法的な対応を検討したい」としている。(朝日新聞2003.10.16西部朝刊)


(111)2003年10月19日 チチハル毒ガス事故、中国へ3億円支払い合意

 【北京・上村幸治】北京の日本大使館は19日、中国黒竜江省チチハルで起きた旧日本軍の遺棄化学兵器による中毒事故について、日本政府が中国政府に3億円を支払うことで両国政府が正式に合意したと発表した。

 合意文書では、3億円は「遺棄化学兵器処理事業にかかる費用」という名目で、賠償金の形はとっていない。中国政府が過去に戦争賠償の請求権を放棄しているため、こういう名目になった。

 中国政府は「この費用を関係諸方面に適切に配分する」ことになっており、一部が毒ガス中毒の被害者や遺族に送られる見通しだ。従って、被害者への実質的な賠償も行われることになる。

 文書はまた、日中両国政府がこれをもって「問題の最終的な解決を確認した」とし、遺族や被害者による賠償請求が将来において行われないことも確認された。

 旧日本軍の遺棄化学兵器による被害については、東京地裁が先月、別の毒ガス事故や砲弾爆発事故で被害者への賠償を認める判決を出している。この判決が確定しない段階で、単独の事故について政府間交渉による実質的な補償が行われることになり、遺棄化学兵器による被害補償で裁判と政府間交渉の2通りの解決方法が併存する形になった。東京地裁の判決が確定した段階で、同種の被害補償をめぐり、日中両国政府が改めて調整を迫られることになりそうだ。

 チチハルの事故は今年8月4日に発生、旧日本軍の遺棄したドラム缶五つから流出した毒ガスにより、現地の中国人住民1人が死亡、43人が負傷した。日本政府は調査チームを現地に派遣し、ドラム缶を仮こん包した。(毎日新聞2003.10.20東京朝刊)

3億円、補償ではない  毒ガス事故で竹内次官

 外務省の竹内行夫事務次官は二十日夕の記者会見で、中国・チチハル市で起きた旧日本軍遺棄化学兵器による毒ガス流出事故への日本側の三億円支払いについて「中国側と『遺棄化学兵器処理事業にかかる費用』として合意している。被害者個人への補償や代替措置ではない」と述べ、戦後補償には当たらないとの考えを重ねて強調した。
 竹内氏は「一九七二年の日中共同声明以降(中国側に賠償請求権が)存在していないことを両国間で明らかにしている」と指摘した。三億円の使途に関する中国側の報告については「これから(中国側から)そういう報告があるかもしれない」と述べた。(2003.10.20共同通信)

 なお、実際には、一部被害者により損害賠償請求が東京地裁に提起され、2010年5月24日地裁判決が出された。(118)(262)参照。

(112)2003115日 米加州高裁、米兵捕虜事件の却下を再度決定

 第二次大戦中日本軍の捕虜となり、私企業で強制労働させられたFrank H. Dillman他の米兵元捕虜が 三菱マテリアルや三井物産などを訴えていた事件(第一審(46a)、第二審(86)、加州最高裁による移送決定(106a)参照)で、サンタ・アナの加州控訴裁判所第4控訴裁判区第8支部は、11月5日、前の決(86)をとり消して、加州最高裁により参照を指示された連邦最高裁の6月23日のAmerican Ins. Ass’n v. Garamendi判決102a、ならびに1月21日の第9巡回区連邦控訴裁判所のDeutsch v. Turner Corp判決(85)10月6日の連邦最高裁の上告棄却決定(110)により確定)および移送後に提出された原告・被告双方のsupplemental briefに照らして、新しい決定を下した(Mitsubishi Materials Corp. v. Superior Court of Orange County, 2003 Cal. App. LEXIS 1660 (Cal. Ct. App. Nov. 5, 2003))

 しかし、実際にはその内容は前と同様である。すなわちその結論の部分は次のとおりである。

「合衆国憲法は、条約が関係する場合、州裁判所の裁判官を直接拘束する。1951年条約は、明示的に原告の請求権を認めていない。そのことはこれら原告たちの英雄的行為の価値をいささかも減ずるものではない。しかし、それはカリフォルニア州の裁判所において彼らの請求権に救済を与えることができないことを意味する。

 それゆえわれわれは、上位裁判所にこれら諸事件において法律上敗訴当然の旨の抗弁(demurrers)を却下したり訴答に基づく判決の申立て(motions for judgement on the pleadings)を拒否した命令を取り消して、訴えを却下する新たな別の命令を発することを命じる、無条件令状(peremptory writ)を出すことを要求される。」(山手)

なお、(121)参照。

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(113) 2003年11月6日 北朝鮮で強制連行被害者・遺家族の会結成 

 【北京6日共同】朝鮮中央通信は六日、日本の植民地支配時代に強制連行された北朝鮮の被害者と家族らが同日平壌で、日本の公式謝罪と補償を求めて「朝鮮人強制連行被害者・遺家族協会」を結成したと伝えた。
 北朝鮮には、日本の過去清算問題に関連し「日本軍慰安婦及び強制連行被害者補償対策委員会」などの団体があるとされる。この日発足した新団体も今後、日本に対し補償などの働き掛けを行っていくとみられる。
 同日の結成総会では、日本に強制連行の真相究明、国家的謝罪と補償を求める声明や、日本政府と国連人権委員会に送る手紙が採択された。(2003.11.06共同通信)


(114) 2003年11月11日 北朝鮮、植民地時代の人権被害補償で日朝協議提案―― 拉致問題牽制か

 【北京=植村隆】北朝鮮の外務省報道官は11日、声明を発表し、日本植民地時代の人権被害に対する補償問題を討議するための日朝政府間協議を可能な限り早い時期に開催することを提案した。朝鮮通信(東京)が国営朝鮮中央通信の報道として伝えた。北朝鮮の核開発問題をめぐる6者協議を前に日本からの被害を強調することで、拉致問題の解決を求める日本政府を牽制(けんせい)する狙いもあると見られる。

 声明は「日本が朝鮮占領統治期間、わが人民に行った弾圧と虐殺、強制連行、性奴隷犯罪、『創氏改名』の強要など、すべての重大人権じゅうりんについて被害者とその遺族に謝罪し、補償することを強く求める」と主張。「こうした犯罪に対する人権被害補償が解決されない限り、朝日国交正常化は絶対にありえない」と強調した。

 北朝鮮は戦後、植民地支配による被害の補償を繰り返し求めてきた。しかし平壌宣言で国交正常化後の経済協力を約束するのと引き換えに、「1945年8月15日以前に生じた事由に基づく両国及び国民のすべての財産及び請求権を放棄する」と明記した。

 一方、声明の中では、日本人拉致問題については言及していない。

 北朝鮮では最近、朝鮮人強制連行などについて、日本に謝罪・補償を求めるキャンペーンが行われている。先月末には、強制連行された朝鮮人被害者約42万人の名簿を入手したと発表、今月6日には「朝鮮人強制連行被害者遺族協会」が結成された。

 北朝鮮は外務省報道官談話(9月16日)で、「日本は過去の犯罪について真相究明と補償すらせずにおきながら、何人にもならない拉致問題をうるさく騒いでいる」と日本を非難していた。

 

 ○「解決済み」真意見極め 外務省

 北朝鮮が強制連行などの補償問題で日朝協議を提案したことについて、外務省は「北朝鮮の言う『補償問題』は02年9月の日朝平壌宣言で解決済みで、それだけを目的にした協議には応じられない」(幹部)としている。ただ、北朝鮮が政府間交渉を提案してきたことについては今後、慎重に真意を見極めていく構えだ。小泉首相は11日、記者団に「むしろ拉致問題解決に誠実に対応してもらいたい」と話した。

 日本政府は拉致問題に関する日朝協議を北朝鮮に求めており、国交正常化交渉も、拉致被害者の家族の帰国実現が前提との立場だ。北朝鮮が政府間交渉に言及したのは8月末の北京での6者協議以来となる。

 北朝鮮が今後、補償問題だけでなく、拉致問題も含めて話し合う姿勢を示すようなら、日本としても対応を検討する。今回の提案について日本には事前の打診はなかったといい、外務省は「これだけでは北朝鮮側の意図がわからない」としている。(朝日新聞2003.11.12東京朝刊)

(115) 2003年11月18日 重慶の住民、旧日本軍爆撃の被害を東京地裁に提訴の動き     

 【香港=三木一哉】香港の中国系紙文匯報(マンウイポウ)は17日、第2次大戦中、旧日本軍の爆撃で被害を受けたとして、中国内陸の重慶(チョンチン)の住民ら10人が日本政府を相手取り、東京地裁で個人補償を求めて訴訟を起こす意向と報じた。

 すでに日本側の弁護団と連絡を取り、資料を送付、関係者の証言を日本語に翻訳するなど準備を進めている。しかし、訪日や訴訟に必要な費用がまだ十分集まっておらず、実現にはまだ時間がかかりそうだという。

 華僑向け通信社の中国新聞社によると、隣接する四川省などから309人が訴訟に参加する意思を示している。まず10人が先行、最高で1240万元(約1億6千万円)、計3150万元(約4億1千万円)の補償を求める意向という。

 重慶は日中戦争時の38年、国民政府が臨時首都にした。中国側によれば、38年10月〜43年8月、旧日本軍機延べ9500機が2万1500個の爆弾を投下、2万6千人を死傷させたとしている。

 大戦中の旧日本軍の行為に伴う被害に関し日本政府を相手取った中国人原告による訴訟としては、今年9月、遺棄された弾薬などから毒ガスが漏出したり、爆発したりして死傷した中国黒竜江(ヘイロンチアン)省の被害者と遺族13人に対し、東京地裁が日本政府に約1億9千万円の支払いを命じる判決を言い渡したが、政府は控訴した。(朝日新聞2003.11.18東京朝刊)

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(116) 2003年11月18日 旧三菱槇峰鉱山の強制連行中国人、国と三菱マテリアルを提訴の意向(宮崎) 

  太平洋戦争末期、旧三菱槇峰(まきみね)鉱山(日之影町、北方町)に強制連行された中国人の被害を調べている「槇峰鉱山中国人強制連行被害者を支える会」(児玉武夫代表)は十八日、同会が調査した生存者五人と五遺族が、国と三菱鉱業(現・三菱マテリアル)を相手取り、損害賠償を求める訴訟を起こす意向を示していることを明らかにした。原告の数や賠償額などは未確定で、来年夏ごろをめどに提訴を準備している。

  同会によると、同鉱山に連行されたのは、山東省出身の中国人二百五十人。終戦後に帰国するまで、七十七人が死亡したとされる。

  同会は九八年から三回にわたって中国に調査団を派遣した。今年七月、外務省が中国人の労働者実態についての報告書を公表。その中に、三菱槇峰鉱業所が作成した「華人労務者報告」があり、これまで不明だった住所、氏名などが判明した。これを受け、第三次の訪中調査(十月)で、新たに生存者三人から被害の聞き取り調査をした。

  これまで調査をした中国人は、生存者六人(うち一人が死亡)と五遺族で、いずれも訴訟の意思があるという。

  同会は、来年夏の提訴までに再度、調査団を派遣し、訴訟の準備を進める方針。児玉代表は「今回聞き取りをした三人は、いずれも法廷での証言が可能と見られる。『労務者報告』を含め、国は関係書類を隠していたのだから、国への免責は許されない」と話している。(読売新聞2003.11.19西部朝刊)

(116#) 2003年12月2日 在日戦傷病者弔慰金、申請者予想を大幅に下回る  

  旧日本軍の軍人・軍属として戦死したり、戦傷を負ったりした在日韓国・朝鮮人に対する弔慰金などの申請が、受け付け開始から2年半が経過しているにもかかわらず、政府が予想した約8分の1の300件足らずにとどまっていることが、分かった。この制度は01年4月、戦後補償や援護行政のはざまにおかれた在日の人たちを救済しようと始まり、締め切りは来年3月末。対象遺族の高齢化や死亡、申請のため当時の書類を集める困難さなどが原因とみられ、「遅すぎた補償だった」との指摘もある。

 00年に成立した特別法(1a)では、朝鮮半島など旧植民地出身の特別永住者(日本国籍取得者を含む)で、戦死した軍人・軍属や重度の戦傷病を負って戦後に死んだ人の遺族には、弔慰金260万円、戦傷病者本人には見舞金400万円を支給する、とされた。対象遺族にはおい、めいなど3親等まで含まれるとされた。

 朝鮮半島出身の戦没者2万2千人分の名簿があることから、政府は1割程度の遺族が日本にいるとみて、対象者を2400人と推計。予算60億円を準備し、受け付けを始めた。ところが今年10月末までの支給件数は弔慰金268件、見舞金15件の計283件、7億5680万円。今年度に入ってからは46件だけだ。

 総務省弔慰金等支給業務室(03・3539・7830)は「対象遺族が亡くなったほか、まだ制度を知らない、本国に帰った人が多いなどの要素が考えられる」としている。来春の期限まで、新聞広告やポスターなどで該当者の申し出や情報提供を呼びかけるという。(朝日新聞2003.12.02東京朝刊)

 

(116&) 2003年12月10日 独ボン地裁、NATO空爆被害者の賠償請求却下

 【ベルリン=井上喜博】コソボ紛争時の北大西洋条約機構(NATO)軍による空爆で死傷した旧ユーゴスラビア人犠牲者の遺族らが、ドイツ政府に百万ユーロ(約一億三千万円)の損害賠償を求めた訴訟で、ボン地裁は十日、「個人が戦争で受けた被害について自国以外の国に賠償を求めることはできない」として請求を却下した。(中日新聞2003.12.11朝刊)

なお、第二審・ケルン高裁判決(156a)、および上告審・連邦最高裁判決(175a)参照。

 

(116a) 2003年12月25日  最高裁、フィリピン人元慰安婦訴訟上告棄却  

 第二次世界大戦中に旧日本軍の慰安婦にされたとして、フィリピン人女性46人(12人は遺族が継承)が国に計9億2000万円の補償を求めた訴訟で、最高裁第1小法廷(島田仁郎裁判長)は25日、原告の上告を棄却する決定を出した。

 女性側敗訴の1、2審判決が確定した。1、2審は事実認定に踏み込まないまま「被害を受けた個人が加害国に賠償を求める権利は認められていない」と訴えを退けていた。(朝日新聞2003.12.26朝刊)

なお、高裁判決(9)参照。

 

(117) 2004年1月27日 最高裁、シベリア抑留元日本兵の上告棄却(カマキリの会訴訟)

 第2次大戦後、旧ソ連に抑留され過酷な労働を強いられた元日本兵5人が、日本政府に謝罪と抑留中の強制労働への補償を求めた訴訟で、最高裁第三小法廷(浜田邦夫裁判長)は27日、「被った犠牲や損害が深刻で甚大だったことを考慮しても他の戦争損害と区別して補償を認めることはできない」と述べ、一、二審に続いて請求を退ける判決を言い渡した。

シベリアに抑留された元日本兵や韓国人らは81年以降、東京、大阪、京都の各地裁に計5件の戦後補償を求める裁判を起こしたが、これで4件の敗訴が最高裁で確定した。

 この日上告を棄却されたのは、大阪府豊中市の池田幸一さん(83)ら。いずれも1945年8月の敗戦前後に旧ソ連軍に投降・収容され、捕虜として炭坑や河川、鉄道工事などで働かされたあと、48〜49年に復員した。

 5人は国際法などを根拠に「強制労働の賃金を受け取っていない。支払い義務は56年10月の日ソ共同宣言調印で日本に移った。南方での抑留者には政府が賃金を払っている」などと主張した。

 しかし、先行してシベリア抑留経験者らが起こした別の訴訟で最高裁は97年3月、「憲法は、第2次大戦とその敗戦で生じた戦争損害の補償まで予想していない。政府が抑留中の労働賃金を支払う法律を制定していないからといって、立法府の裁量権の範囲を逸脱しているとまではいえない」と判断。この日の判決もこの判例を踏襲した。

 ○補償立法化、原告ら望み

 「不本意だ。死ぬまでたたかう」。シベリア抑留をめぐる戦後補償裁判で請求を退けられた原告らは27日の判決後に記者会見して無念さを表すと共に、今後の立法化の動きに期待をつないだ。

 「この判決で敗れたのは私たち老兵ではなく、むしろ日本の司法ではないか」。原告側は会見で抗議声明を読み上げた。

 原告のうち最高齢の木谷丈老(きたにたけとし)さん(85)=奈良県斑鳩町=は「こんなに理不尽なことはない」。池田幸一さん(83)=大阪府豊中市=も「なぜ我々がシベリアに抑留されたのかを明らかにしたかった。最後の力を振り絞って、(補償法案の)立法化に望みをつなぎたい」と語った。

 提訴は99年4月。先行した訴訟で最高裁が97年、「補償は立法府の裁量」と上告を退ける判決を出したことに憤りを感じ、「残された時間は長くない」と決意。「役務賠償」として60万人近い将兵が使われたのではないかなどと疑問を投げかけたが、その思いは通じなかった。(朝日新聞2004.01.28大阪朝刊)

 

(118) 2004年2月2日 チチハル遺棄化学兵器事故被害者、日本を提訴へ 

 【北京2日共同】中国黒竜江省チチハル市で昨年八月に起きた旧日本軍遺棄化学兵器による毒ガス流出事故で、中国の蘇向祥弁護士は二日、日本国内で謝罪や補償を求める訴訟を起こすことを念頭に、被害者三十五人から訴訟委任状を受け取ったことを明らかにした。
 蘇弁護士は「日本の弁護士と協力して日本政府に対し謝罪や具体的な再発防止策を求め、誠意ある回答が得られない場合は東京地裁に提訴する」と述べ、補償金が目的ではないことを強調した。
 事故では一人が死亡し、四十三人が負傷。日本側は三億円を「遺棄化学兵器処理事業にかかる費用」名目で中国側に支払ったが、「補償」ではないとしている(111)。三億円は昨年末、被害者らに分配された。(共同通信2004.02.02)

 なお、東京地裁判決(262)参照。

(119) 2004年2月9日 東京高裁、台湾人元慰安婦の控訴棄却

 旧日本軍の従軍慰安婦にさせられたとして、台湾人女性七人が国に計七千万円の賠償と謝罪を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は九日、訴えを退けた一審東京地裁判決を支持、女性側の控訴を棄却した。
 判決理由で石川善則裁判長は「個人は条約などで特別に認められない限り、加害国に直接賠償請求する資格を持たない」と一審同様の判断を示し、実際の被害の有無など事実関係には触れなかった。
 七人は七十二―八十二歳。訴状によると、一九三八―四四年に、台湾で旧日本軍から「看護婦の仕事がある」などと誘われ、南方の戦線などで慰安婦にさせられた。当初は九人が訴えていたが、一審判決前に二人が死亡し、訴えを取り下げた。 二○○二年十月の一審判決は、被害の有無など事実関係には触れず「国際法は、被害者個人が加害国に直接賠償請求する権利を認めていない」として訴えを退けていた。
 女性らは「日本軍による組織的な性暴力を受け、戦後も精神的、肉体的苦痛を強いられた」と主張、門前払いにした一審判決は不当として控訴した。(共同通信2004.02.09)

【登載判例集】

第一審 (東京地裁2002.10.15)判例タイムズ1162号

第二審 未登載  ただし、台湾の元「慰安婦」裁判を支援する会の会報Fifty Years of Silence, No.17( 2004.04.10)に掲載されている。

なお、一審東京地裁判決(80)、最高裁判決(143)参照。

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(120) 2004213日 ソウル行政裁判所、日韓会談外交文書公開を命じる

 日本の植民地支配時代に、慰安婦や強制徴用などで動員された被害者らが、外交通商部(外交部)を相手どった日韓協定外交文書公開請求訴訟で一部勝訴した。日韓協定関連文件を公開せよという判決が下されたのは今回が初めて。

 被害者らは日本に対して損害賠償を請求できるかどうかを知るために文書公開が必要だと主張してきたが、外交部は「両国の信頼関係が悪化する恐れがある」などの理由で公開を拒否してきた。

 ソウル行政裁判所行政3部(姜永虎部長判事)は13日、植民地支配時代の被害者99名が、「日韓協定と関連した57の文件を公開せよ」と外交部を相手に出した訴訟で、「日本に対して訴訟中の原告53名に、損害賠償請求権と関連した5つの文件を公開せよ」との判決をくだした。

 今回の判決で公開される文書は1952年の第1次韓日会談から1965年第7次韓日会談までの13年間、両国が論議した内容の中で請求権と関連のあるすべての資料である。

 裁判所は判決文で、「原告らが日本政府を相手に損害賠償請求訴訟を申し立てたが、日本側は韓日協定を根拠に請求権消滅を主張している。原告が日本側の主張が正しいかどうかを判断するためには請求権協定の合意過程と内容を検討する必要性がある」と明らかにした。

 裁判所はまた、「原告らが高齢であることから請求権を認められるかどうかを判断する時間もあまり残ってないうえ、協定が締結されてからも長く、秘密として維持しなければならない必要性は大いに減少した」と付け加えた。

 しかし裁判所は、「残りの資料は外交的秘密が含まれており、日本との信頼関係を維持するために公開しないことにする」と付け加えた。

 これに対して外交部関係者は、「公開される資料は外交的に特別に鋭敏なものではないので、公開されても大した影響はないだろう。文書を見直した後、抗訴するかどうか決める」と述べた。(東亜日報2004214)

【補遺】3月4日、外交通商部は命令を拒否し、ソウル高裁に控訴した。原告側も全文書の公開を求めて控訴した。

 

(121) 2004年2月24日 米加州最高裁、米兵捕虜事件上告棄却  

 米兵捕虜事件(F.H.Dillman他が三菱マテリアルや三井物産などを訴えた事件)で、カリフォルニア州最高裁判所の差戻し(正確には移送)決定(106a)をうけて、同州控訴裁判所(4控訴裁判区第3支部)が、2003115日第一審裁判所(上位裁判所)に、原審を覆して訴えを却下するように求める趣旨の判決を下したことはすでに紹介した通りである(112)

 これに対して、原告(ディルマン等)側の訴訟代理人が、20031215日再び同州最高裁判所に上訴した。同最高裁判所は、200415日控訴人(三菱等)側代理人による答弁書や米連邦司法省からのアメリカ合衆国のamicus curiae letterを受理した後、2004224日上訴を却下する判決(正確には意見)を下した(判決の内容は、理由はなくてただ一言Petition for review Denied.という結論のみ)(2004 Cal. LEXIS 1785)

 これで、米国裁判所で争われてきた第2次世界大戦期の日本の強制労働に対する訴訟は、あと韓国系米国人Jeongの事(84)(106a)とダマト教授が代理人になってシカゴ連邦地裁に日本政府を訴えた事(37)の二つのみとなった。

 

(121a) 2004年2月27日 福岡高裁、出国中の被爆者手当時効により請求権認めず逆転判決

 在外被爆者の健康管理手当をめぐり、長崎市の被爆者広瀬方人さん(73)が求めた中国滞在中の未支給分約三十三万円の支払い請求を棄却した二十七日の福岡高裁判決は、広瀬さんに受給資格があることを認めながら、法律上の時効を厳密に解釈して行政側の支払い義務を免責、原告側の訴えを全面的に退ける厳しい内容となった。原告側は上告する方針。
 一審長崎地裁は「在外被爆者に支給せず権利を妨げてきた行政側が時効を主張するのは権利の乱用だ」と支給手続きなどをめぐる在外被爆者の事情を重視したが(88#)、簑田孝行裁判長は「確かに原告が提訴までするのは非常に困難だったかもしれないが、行政側の主張が信義にもとると言えるほど特別の事情はない」と一転して否定。
 その上で簑田裁判長は「広瀬さんには受給資格があったが、遅くとも申請する権利を行使できた一九九五年八月から五年間を経過した時点で、時効により権利が消滅した」と述べた。
 また簑田裁判長は「本来の支払い義務は国ではなく長崎市にあった」として国に支給責任を求めた一審の判断も退けた。(2004.02.27共同通信)

なお、最高裁判決(172)参照。

 

(122) 2004年3月23日 札幌地裁、中国人強制連行北海道訴訟棄却

 第二次世界大戦中、中国から日本国内に強制連行され、道内の炭鉱などで過酷な重労働を強いられたとして、中国人四十三人(うち七人は死亡し、遺族が原告)が国と企業六社に謝罪と総額八億六千万円(一人当たり二千万円)の損害賠償を求めた中国人強制連行北海道訴訟の判決が二十三日、札幌地裁であった。奥田正昭裁判長は「(強制連行、強制労働という)国及び被告企業の加害行為から二十年(以上)が経過し、損害賠償等の債務は消滅した」と民法の除斥期間の規定を適用し原告の請求をいずれも棄却した。原告側は控訴する方針。

 国の加害行為に対し国は賠償責任を負わないとする明治憲法下の国家無答責の法理についても「国の賠償責任は国家賠償法施行後規定された」とし、同法施行前(戦時中)の国の責任は問えないとの判断を示した。除斥期間と国家無答責の両方を適用し、原告の請求を退けたのは、中国人強制連行訴訟では初めて。

 判決で奥田裁判長は、戦時中の、中国人強制連行強制労働について「国が企画立案し、国及び被告企業が実施し、多くの中国人が日本に威嚇等の方法で強制連行され、終戦まで重労働を強いられた」と述べ、強制連行が国と企業の共同不法行為だったと認定した。

 争点の安全配慮義務については「義務の前提となる関係はなかった」として否定したうえで、「労働の強制を止める義務はあった」と付け加えた。除斥期間適用の理由について「原告らの提訴が困難だった事情はあるが、適用を排除する特段の事情ではない」と述べた。

 中国人強制連行訴訟では、除斥期間をめぐって、二○○一年七月に東京地裁が「適用を認めると正義、公平に反する」として適用を認めず、○二年四月の福岡地裁判決がこれに続いた。しかし同年七月の広島地裁判決以降、今回を含め四回連続で請求棄却の根拠とされた。

 一方、国家無答責については、昨年一月の京都地裁判決、同三月の東京地裁判決と連続して適用を否定したが、札幌地裁判決はこれを覆した。

 この裁判は一九九九年九月に提訴。被告は国のほか、三井鉱山、住友石炭鉱業、三菱マテリアル、新日本製鉄、熊谷組(以上東京)、地崎工業(札幌)。被告側は請求棄却を求めていた。中国人強制連行訴訟は全国で十二件提訴され、判決が出るのは今回で七件目。また、一件は和解が成立している。(2004.03.23 北海道新聞夕刊)

なお、控訴審判決(202)、最高裁決定(226)参照。

【登載判例集】

第一審(札幌地裁2004.3.23)訟務月報50巻12号

第二審(札幌高裁2007.6.28)訟務月報54巻6号

 

 

(123) 2004年3月26日 新潟地裁、中国人強制連行で国と企業に賠償を命じる  

 第2次大戦中に中国から強制連行され、新潟港で強制労働をさせられたとして、中国人男性10人と、死亡した男性1人の遺族が、国と港湾輸送会社「リンコーコーポレーション」(新潟市)に計2億7500万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が26日、新潟地裁であった。片野悟好(のりよし)裁判長は企業の労働管理が不十分だったうえ、国も十分な管理を怠ったとして、企業と国の双方が労働者に対する安全配慮義務に違反したと認定。労働者1人あたり800万円、総額8800万円を支払うよう命じた。

 中国人強制連行訴訟は、東京、福岡など全国で12件提訴され、現在11件が係争中。これまでに、戦後の国の行為について賠償を命じた判決や、戦中の不法行為を認めて企業に賠償を命じた判決は一審段階で出ているが、強制連行後の過酷な労働について国の賠償責任を認めた司法判断は初めてだ。国、リ社とも控訴を検討している。

 訴えていたのは、中国・山東省などに住む76歳〜83歳の元労働者ら。

 判決は強制労働の実態を考慮し、リ社の前身の「新潟港運」と労働者の間に「労働契約と類似する関係があった」と、安全配慮義務の存在を認定。食事や衣料、労働管理などの面で同社がこの義務に違反したと指摘した。国と労働者の関係についても、国が強制連行・労働を政策決定していたことなどから、同様に契約に類似した関係があり、国にも安全配慮義務があったと判断、「何ら監督、是正せず、原告らを人として生きていくことすら困難な状態に置いた」と述べて、国もこの義務に違反したと認めた。

 民法上の消滅時効により、こうした義務違反に基づく損害賠償請求権は10年で消える。だが、判決はリ社が時効を主張することについて「甚だ不誠実だ」と指摘。72年の共同声明まで日中間の国交が存在しなかったことなども考慮し、「消滅時効を認めることは社会的に許容された限界を著しく逸脱する」と判断した。

 国は消滅時効を主張しなかったが、判決は主張していた場合の判断についても言及。「終戦直後に強制連行・労働について詳細な調査をして報告書を作成し、全貌(ぜんぼう)を把握していたにもかかわらず、官民関係者の戦争責任追及を免れるために焼却した。しかもその後、一貫して強制連行・労働の事実はなかったなどと繰り返し答弁した」と厳しく批判し、「甚だ不誠実であるばかりか、実質的に原告側の提訴を妨害した」として、同様に時効は認められないと断じた。

 ◇「正面解決」政府に迫る<解説>

 戦争責任の追及を逃れるために強制労働の実態報告書を終戦翌年に焼却したうえ、「強制連行の事実はない」と居直ってきた日本政府の対応を、判決は「はなはだ不誠実」と断じた。そのうえで、こうした証拠隠滅行為は、原告の訴訟提起を妨害するもので、「時効を適用することは許されない」と述べ、救済の道を開いた。

 「戦後補償問題を考える弁護士連絡協議会」によると、戦時中の行為について時効の適用を認めなかった初の判決という。中国人の強制連行訴訟は全国で11件が係争中で、いずれも今回と同様、過酷な労働が問題になっている。判決がこれらの審理に影響を与えることも予想される。

 国の不当な行為を理由に賠償請求権が消滅していないと判断した先例としては、「旧日本軍毒ガス遺棄訴訟」の東京地裁判決(03年9月)がある。このときは、旧日本軍が毒ガス兵器を遺棄した実態を中国側に伝えなかった日本政府の不当性を指摘して、原告の賠償請求権が消えていないと結論づけた。

 この日の判決は、強制連行した人たちの安全を確保する責務を日本政府は負っていたとして、政府と原告の間には契約に似た法律関係があり、その契約に反したことを理由に賠償責任を導いた。

 さらに、この日の判決は、戦後補償訴訟で原告側にとって最大の壁となってきた「国家無答責」の法理も適用しなかった。旧憲法下では、国は公権力の行使による損害賠償責任を負わない、というのが「国家無答責」だが、この日の判決は、「この法理には合理性がない」と否定し、強制連行の責任に政府が正面から向き合うよう迫った。(2004.03.27朝日新聞朝刊)

なお、控訴審判決(184)、最高裁決定(225)参照。

【登載判例集】

第一審(新潟地裁2004.3.26)訟務月報50巻12号

第二審(東京高裁2007.3.14)訟務月報54巻6号

 

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(124) 2004年3月30日 最高裁、英国人等元捕虜・オランダ人元捕虜強制労働訴訟2件の上告棄却  

 戦時中に旧日本軍の捕虜収容所などで受けた虐待は国際法違反として、英国など四カ国の七人とオランダ人六人が国に賠償を求めた二訴訟で、最高裁第三小法廷(上田豊三裁判長)は三十日、上告を退ける決定をした。元捕虜らの敗訴が確定した。
 旧連合国側の元捕虜らが原告となり、国に賠償を求めた戦後補償裁判で、最高裁での敗訴確定は今回が初めて。
 元捕虜らは、インドネシアなどの捕虜収容所や民間人抑留所で暴力を振るわれたり、強制労働に従事させられたと訴えていたが、一、二審判決は「国際法に基づいて個人が国に賠償を求める権利はない」などと判断していた。(2004.03.30 共同通信)

なお、控訴審判決(46)(58)参照。

 

 

(125) 2004年3月30日 広島高裁、中国人強制連行西松建設訴訟結審 時効が争点 

 戦時中、中国から強制連行され、広島県内の発電所建設現場で過酷な労働を強いられたとして、中国人元労働者と遺族計五人が、西松建設に計二千七百五十万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審最終弁論が三十日、広島高裁(鈴木敏之裁判長)で行われ、結審した。判決は七月九日。
 原告側は、時効期間の経過を理由に原告側の訴えを退けた一審広島地裁判決(70)に反論。元原告団長の呂学文さん(昨年八月に死亡、遺族が承継)が、戦後初めて来日して西松建設と交渉することができるようになった一九九三年八月を消滅時効の起算点とするべきだと主張した。
 さらに、強制連行訴訟で国と企業の責任を認めた二十六日の新潟地裁判決を証拠として提出。「後世に残る判決を切望する」と訴えた。
 西松建設側は「元労働者らが西松建設の処遇下から離れた時点を起算点とすべきだ」と反論した。
 鈴木裁判長の勧告で、昨年九月から四回にわたり和解協議が行われ、原告側は和解による解決を望んだが、西松建設側が応じず決裂した。(2004.03.30 共同通信)

(126) 2004330日 カリフォルニア州高裁、Jeong事件差戻し審で第一審裁判所に訴えを却下するよう命じる

 カリフォルニア州最高裁判所が、2003924日、Jeong事件で、太平洋セメント(旧小野田セメント)の上告に対して、カリフォルニア州控訴裁判所第2裁判区第8支部に、原審を取り消して623日の連邦最高裁判所のAmerican Ins. Ass’n v. Garamendi判決(102a)に照らして再考するようにという指示を付して差し戻した(正確には移送した)こと、その後1027日に太平洋セメントからsupplemental briefが、合衆国からsupplemental amicus curiae briefが提出され、28日にJeong側からsupplemental briefが提出されたことは、2003924日のカリフォルニア州最高裁判決(106a)のところですでに紹介した。

 その後、1114日太平洋セメントからsupplemental responding brieが、1117Jeong側から合衆国のBriefに対するsupplemental reply briefが、121日カリフォルニア州司法長官からsupplemental briefが提出された(http://appellatecases.courtinfo.ca.gov/Case Number B155736Docket Entries参照)。

 そして、2004330日、カリフォルニア州控訴裁判所第2裁判区第8支部は26頁にのぼる判決(意見)を下した。それは第一審裁判所(ロサンゼルス郡上位裁判所、Peter D. Lichtman判事)に対して、訴答に基づく判決の申立てを拒否した前の判決を取り消し、申し立てを認めて訴えを却下する新しい判決を下すよう命じたものである(Taiheiyo Cement Corporation v. Superior Court of Los Angels County, Cal. App. 2 Dist., Case No. B155736)。判決は、前回と同様、Boland判事が執筆し、Cooper裁判長とRubin判事が賛成した。なお、Rubin判事は補足意見を書いている(判決はhttp://www.courtinfo.ca.gov/ のサイトで見ることができる。また、LEXISおよびWestlawCitationは、2004 Cal.App. LEXIS 426および2004 WL 627082である)。

 同控訴裁判所としては自己の前判決と正反対の判決を下さざるをえない羽目に陥ったわけであるが、その割には連邦最高裁のGaramendi判決の法理を素直に受け入れて、明快な結論を下している。

Garamendi判決の外交問題専占の「矛盾」(conflict)理論によれば、州法はそれが外国指導者との大統領の協定に具現化された対外問題政策に矛盾する場合には専占される。19951年条約は、韓国のような非署名国およびその国民の請求権は政府対政府の外交交渉によって日本と解決されるべきであるという、合衆国の決意を具現化している。それに対して、カリフォルニア州議会は、354.6節を制定して、彼らの請求権がカリフォルニア州の裁判所に提起されることを認めた。Garamendi判決は、第2次世界大戦の奴隷労働または強制労働の被害者に裁判所で解決されることを認めることによって、カリフォルニア州法は1951年条約に具現化された対外政策に矛盾する、という結論を強制する。その結果、われわれはその条約は354.6節を専占すると判示する。」(22)

 今後の見とおしとしては、手続的には米兵捕虜事件のケースのようにJeong側がさらにカリフォルニア州最高裁に上告することもできるが、その場合最高裁が上告を棄却することは100パーセント明白だから121、上告をあきらめることも考えられる。いずれにしても、実質的には本件はこの控訴審判決をもって決着したものとみることができる。

 なお、カリフォルニア州最高裁に上告されたが、棄却された(131a)。 

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(127) 2004年4月23日 最高裁、台湾出身BC級戦犯補償訴訟上告棄却(林水木事件)

 第二次大戦中、旧日本陸軍の捕虜監視員(軍属)などとして勤務し、戦後はBC級戦犯として服役した台湾出身の林水木(みき)さん(78)=宮崎県佐土原町=が補償や謝罪を国に求めた訴訟で、最高裁第2小法廷(北川弘治裁判長)は23日、林さん側の上告を棄却した。林さん側敗訴の福岡高裁宮崎支部判決(02年5月)(64a)が確定した。

 第2小法廷は過去の最高裁判例を踏襲して「戦争の犠牲や損害への補償は、憲法が想定しない」と国の責任を否定し、「(司法救済ではなく)政策的見地から配慮するかどうか考えられるに過ぎない」と述べた。

 林さんは1942年から軍人や軍属として勤務し、捕虜を虐待したとして46年、ラブワン島(現マレーシア)の軍事法廷で禁固15年の判決を受け、10年余り服役した。56年に仮釈放された後、日本国籍を取得し、軍人恩給の支給を求めたが棄却され98年、台湾出身の元BC級戦犯では初めて補償などを求め提訴した。

 福岡高裁宮崎支部は「戦争被害者が謝罪や補償を国に請求する権利は認められない」と1審(11b)同様、請求を棄却していた。【小林直】(毎日新聞4月24日朝刊

(128) 2004年5月24日 福岡高裁、中国人強制連行訴訟で逆転判決

 第2次大戦中に中国から強制連行され、福岡県で炭鉱労働を強いられたとして、中国人男性の元労働者15人(うち1人死亡)が国と三井鉱山(本社・東京)に総額3億4500万円の損害賠償と謝罪などを求めた訴訟の控訴審判決が24日、福岡高裁であった。簑田孝行裁判長は、三井鉱山に計1億6500万円の支払いを命じた一審・福岡地裁判決(61)を取り消し、元労働者側の請求を棄却する逆転敗訴を言い渡した。

 高裁判決は、強制連行及び労働を、国と企業の共同不法行為と認定したが、時効などで損害賠償の請求権が失われたと判断した。元労働者側は上告する方針。

 中国人強制連行を巡る訴訟は全国で他に10件あり、初めての二審判決となった。

 簑田裁判長は、戦前の不法行為に国は賠償責任を負わないとする「国家無答責」の法理については「特段の事情がある場合は国は責任を負わなければならない」として採用しなかった。さらに、強制連行及び労働について「強制連行は42年の閣議決定を受け、国策で行われ、産業界も熱望した。家族と平穏に暮らしていた中国人を意に反して他国に強制連行した」と認定した。

 国の責任については、「強制連行及び労働は人間的価値を否定する。甚だしく人倫にもとる」と批判。「著しく正義、公平に反する」として、国家無答責の法理を適用して国に責任がないというのは不当だと判断した。

 そのうえで、不法行為から20年で賠償請求権が消滅するという民法の除斥期間や民法上の時効について、適用を制限する特段の事情があるかを検討。国が戦後、強制連行の詳細をまとめた外務省報告書を焼却したことにして隠蔽(いんぺい)を図っていたことなど控訴審で明らかになった事実を認定し、「国が戦後も証拠隠滅活動をした」と述べた。

 ただ、元労働者らが帰国してから00年5月の提訴まで約55年かかっており、中国人の自由な出国が認められた86年からでも約14年過ぎているなどとして、一審判決とは反対に除斥期間や時効を適用し、請求権を失ったと判断した。

 この裁判は、中国人15人が00年5月から01年10月まで三次にわたり福岡地裁に提訴。一審判決は強制連行及び労働を国と企業の共同不法行為と認定し、一連の戦後補償裁判で初めて企業の賠償責任を認め、三井鉱山に賠償を命じた。国に対する請求は、国家無答責の法理を採用して棄却していた。(朝日新聞2004.05.24夕刊)

【登載判例集】

第二審(東京高裁平16.5.24) 判例時報1875号、訟務月報50巻12号 

なぉ 、最高裁のサイト( http://courtdomino2.courts.go.jp/home.nsf )の「下級裁主要情報」に判決文が掲載されている。

なお、最高裁判決(194)参照。また、福岡訴訟第2陣福岡地裁判決(169)参照。

(129) 2004年6月7日 米連邦最高裁、外国主権免除法(FSIA)の遡及的適用承認―ナチス略奪絵画のオーストリア国家に対する返還請求訴訟(Altmann訴訟)

 連邦最高裁判所は、2004年6月7日、Maria V. Altmann (オーストリア系米国人、88歳)がオーストリア政府とオーストリア国立美術館を相手取って起した、ナチスに押収されるまでは彼女のファミリーが所有していたグスタフ・クリムトの絵画6点の返還請求訴訟の続行を認めた。(Republic of Austria, et al. v. Maria V. Altmann, 124 S.Ct. 2240; 2004 U.S. LEXIS 4030. また、連邦最高裁のサイト http://www.supremecourtus.gov/  でも入手可能。No. 03-13.)

 最高裁の判決は、訴えの本案については判決せず、ただ管轄権の問題――外国政府を相手とする訴訟のうち一定の種類のものについて連邦裁判所で裁判しうることを定めた1976年の外国主権免除法(Foreign Sovereign Immunities Act)が、その制定より以前になされた行為にも遡及して適用することができるか否か――についてのみ判決を下した。判決は6対3で、FSIAの遡及的適用を認めたサンフランシスコの連邦控訴裁判所(第9巡回区控訴裁判所)の2002年の判決を肯定した。

 判決は、John Paul Stevens判事が多数意見を執筆し(最高裁のサイトで24頁であるが、小さい活字なのでかなりの量である)、Sandra Day O’Connor, Antonio Scalia, David H. Souter, Ruth Bader GinsburgおよびStephen G. Breyer5人の判事がそれに賛成した。そのうち、Scalia判事とBreyer判事がそれぞれ補足意見を執筆し(2頁と12頁)、後者にSouter判事が賛成した。これに対し、Anthony M. Kennedy判事が25頁にのぼる反対意見を執筆し、William H. Rehnquist長官とClarence Thomas判事がそれに賛成した。

 全ヨーロッパでナチスによって略奪されたおびただしい美術品は今なお行方不明のものが多く、訴訟が提起されたものも事実的・法律的関係が十分に明確でなかったりして、解決が遅れている。その点、本件の場合はむしろ事情がはっきりしている方かもしれない。

 オーストリア政府は、ユダヤ人の美術品収集家Ferdinand Bloch-Bauer100万ドル相当の美術品(クリムトの作品を含む)を返還したが、係争の6点の絵画(今や1億ドル以上の価値がある)については、Bloch-Bauer家が国立美術館に遺贈する意図であったと主張している。したがって、それらの絵画は、ファミリーが1938年にウイーンを脱出した後ナチスによって違法に接収されたにもかかわらず、オーストリア国家の正当な財産であるというのがオーストリア政府の主張である。

 これらの絵画のうち2点は、Ferdinandの妻でまたMaria V. Altmannの伯母(または叔母)にあたるAdele Bloch-Bauerの肖像画である。彼女は1925年に死亡しが、その際夫に対して夫が死んだらそれらの絵をオーストリア美術館に寄贈するようにという遺言書を残した。しかし、それらの作品は彼女の所有ではなく、彼女の夫の所有であった。彼が1938年にウイーンから逃亡するときまでに、彼はそれらの絵画をオーストリアの政府または美術館に贈与する法的手続をとっていなかった。彼が1945年にスイスで死亡した際、絵画はもはや彼の手にはなかったが、彼の遺産のなかに留まっていた。Maria V. Altmannは、彼女もオーストリアから亡命して、1942年以後カリフォルニア州に住んでいるが、Ferdinand Bloch-Bauerの生存するただ一人の法定相続人である。

 戦後、ファミリーは絵画を取り戻すために努力した。最近の努力は、1998年に、美術館の記録に基づいた新聞報道が、Bloch-Bauer家が絵画を寄贈していないことをオーストリア政府が気づいていることを示唆したことから始まった。Maria V. Altmannは、オーストリアの裁判所規則では、彼女の訴訟を提起するには手数料として35万ドル支払わなければならないことを知って、1999年米国連邦裁判所に訴訟を提起した。

 オーストリア政府は、米国の外国主権免除法は本件係争の事実には遡及して適用されず、当時米国が採用していた絶対免除主義が適用されるべきであるし、また仮にFISAが適用さるとしても、原告が援用する例外条項「国際法に違反して接収された財産に関する権利」(28U.S.C.§1605(a)(3))は本件には該当しない、と主張した。

 200154日のロサンゼルス(カリフォルニア中部地区)連邦地裁の判決(Maria V. Altmann v. Republic of Ausrtria, et al., 142 F. Supp. 2d 1187; 2001 U.S. Dist. LEXIS 6011)、および20021212日の第9巡回区控訴裁判所の判決(Maria V. Altmann v. Republic of Austria, et al., 317 F.3d 954; 2002 U.S. App. LEXIS 25517)(2003428日の判決[327 F.3d 1246; 2003 U.S. App. LEXIS 8068]によって文章の1部が訂正され、かつ同控訴審におけるrehearingの請求が拒否された)は、FSIAの遡及適用の問題についても、また国際法に違反する財産の収容に関する訴訟を認める例外条項の適用性の問題についても、原告に有利な判決を下した。

 連邦最高裁は、2003930日の判決(Republic of Austria, et al., v. Maria V. Altmann, 539 U.S. 987; 124 S. Ct. 1128; 2004 U.S. LEXIS 21)によって、オーストリア側の上告を遡及的適用の問題に限って認めた上で、冒頭に述べたように200467日の判決(Republic of Austria, et al. v. Maria V. Altmann, 124 S. Ct. 2240; 2004 U.S. LEXIS 4030)によって、この遡及的適用を承認した控訴審判決を支持した。ただし、それは純粋に管轄権問題の範囲に限定され、本案事項――国際法に違反する財産収容の例外条項の本件への適用可能性の問題その他――については、最高裁は判断を下していない。

 かくして、本件訴訟は、ロサンゼルスの連邦地裁に差し戻されて審理が再開されることになるわけであるが、Stevens判事は、その多数意見のなかで本判決の範囲が狭いものであることをことわり、オーストリアがなお種々の根拠に基づいて自己を防御しうることをわざわざ指摘している。

 判決の理由については私が要約するより、判決の前にシラバスが付されているのでその拙訳を掲載する。

           シラバス

 彼女の伯父[または叔父]の高価な美術品のあるものはナチスによって押収されたか、または第2次世界大戦後にオーストリアによって収容されたものであるという証言に基づいて、被上告人[Maria V. Altmann] 6点の絵画を上告人のオーストリアおよびその機関であるオーストリア美術館から取り戻すために、本件訴訟を連邦地方裁判所に提訴した。彼女は1976年外国主権免除法(FSIA)2条、28 U.S.C.§1330(a)に基く管轄権を主張する。同条は、FSIAの他の条文または「なんらかの適用可能な国際協定」に基づいて「外国が免除の権利を有しない、対人救済のための一切の請求権について」外国国家に対する連邦民事訴訟を認める。さらに彼女は、上告人はFSIAの「収容例外」、§1605(a)(3)に基づいて、免除の権利を有しないと主張する。同条は、「国際法に違反して接収された財産に関する権利」にかかわる一定の場合を、明示的に免除から除外している。上告人は、種々の主張のなかでもとくに、(1)主張されている違法行為の多くが行なわれた1948年当時、それらは合衆国裁判所における訴訟から絶対的主権免除を享有していた、そして(2)FSIAのなかの何ものも遡及してその免除を奪うものはないという、二段構えの主張に基づいて却下を申し立てた。この主張を退けて、地方裁判所は、なかんずく、FSIA1976年以前の行為に遡及して適用されると結論した。第9巡回区控訴裁判所もこれを支持した。

 本裁判所の判示: FSIAは、上告人の違法行為(と主張されている)のように、主権免除法の1976年の制定以前に起こった行為、および、主権免除のいわゆる「制限的理論」の合衆国による1952年の採用以前に起こった行為にさえ、適用される。Pp.9-24.

 (a) 本裁判所は、長い間主権免除の決定を行政部門に任せてきた。1952年まで、友好関係にある主権国に対するすべての訴訟において免除を要請するのが行政府の政策であった。この年、国務省は、免除は外国国家の主権的行為または公的行為に関して認められ、私的行為にはには認められないという「制限的理論」を適用し始めた。この変化は国務省の免除の提案に従い続けた連邦裁判所にはあまり影響を与えなかったが、Verlinden B.V. v. Central Bank of Nigeria, 461 U.S. 480, 487(1983)、それは免除の決定に混乱をもたらした。すなわち、外国の外交的圧力が、ときどき国務省をして制限的理論の下では免除が与えられない場合に免除の提案をさせた。また、外国が国務省に免除を要請しそこねた場合は、裁判所が免除が存在するか否か決定しなければならなかった。こうして、免除決定の責任が二つの異なる部門にかかった、ibid.. これらの問題を改善するために、FSIAは制限的原則を制定し、免除決定の主要な責任を司法部門に移した。FISAは連邦裁判所に外国に対する民事訴訟に関する管轄権を付与し、そしてその一般的免除付与に対して収容例外その他の例外を定める。外国に対する一切の民事訴訟において、地方裁判所の事物管轄権はこれらの例外の一つが適用されうるか否かにかかる。Id., at 493-494. Pp. 9-13.

 (b) 本件は、Landgraf v. USI Film Products, 511 U.S. 244 (1994)に照らしても解決されない。その判決で、最高裁判所は、制定法の非遡及的適用の一般的推定について説明して、とくに、もし争われている出来事の発生後に制定されたある連邦の法律が、それ自身の本来の範囲を明示的に規定していなくて、しかも遡及的に機能する――つまり当事者が行為したときにもっていた権利を侵害したり、過去の行為に対する賠償責任を増大させたり、あるいはすでに履行された取引行為について新たな義務を課したりする――ならば、その法律はこの結果に賛成する明白な議会の意思がなければ遡って適用されない、と判示した。Id., at 280. この吟味は、一見包括的に見えるけれども、本件には明確な解答を与えない。上に述べられている遡及的効果の三つの例のいずれも、主権免除法のFSIAの明確化には当てはまらない。しかし、FISALandgraf判決のデフォールト・ルールの意味で「遡及的に機能する」と思われないと結論を下すと、FSIAは単なる管轄権立法ではなく、「実体的連邦法の側面として外国の主権免除を規律する基準」の法典化であるというVerlinden判決における最高裁の判示、461 U.S., at 496-497(傍点追加)、との間に矛盾が生じる。また、FISAの前文はそれが制定前の行為に適用されることを示唆するけれども、この文章はそれだけでは必要な明示規定として十分ではない。かくして、Landgraf判決のデフォールト・ルールは本件の決定的解決にはならない。Landgraf判決の非遡及推定には私的当事者が最初の行為をなすにあたって依拠した法的規則への不必要なpost hoc(後の)変更を避けるねらいがあるが、しかし外国主権免除の主要な目的は外国の国家とその機関に訴訟の不都合に対して現在の保護を与えることである。Dole Food Co. v. Patrickson, 538 U.S. 468, 479 (2003).このsui generis(特殊な)文脈においては、逆の示唆がない限り、管轄権を行使すべきか否かに関する最も最近の政治部門の決定であるFISAに従う方が、それが係争の行為より後に制定さたという理由のみで不適用と推定するより適当である。Pp. 13-18.         

 (c) FISAまたはその制定をめぐる状況には、上告人の1948年の行動にそれが適用されてはならぬことを示唆するものは何もない。実際、議会がそれを制定前の行為に適用するつもりであった明確な証拠がその前文の叙述にある。それは、外国の免除の「請求は、今後は、この章に定める原則に従い、……[米国の]裁判所によって決定されなければならない」と書かれている。§1602(傍点付加)Landgraf判決の「明白な命令」の要件を満足させるには恐らく十分ではないであろうが、この言葉はあいまいではない。すなわち、免除の「請求」――免除によって保護される行動ではなくて、それらの行動から発生した訴訟に対する免除の主張――が、FISAによって規律される関連行為であり、それが「今後」裁判所によって決定されなければならないのである。かくして、議会は、裁判所に、その基礎にある行動がいつ行なわれたかにかかわらず、かかる請求のすべてを「[FISA]原則に従って」解決させるつもりであった。FISAの全構造がこの結論を強く支持する。すなわち、その規定の多くが疑いもなく1976年以前に行なわれた行為から生じた事件に適用され、たとえばDole Food Co., supra参照、その手続規定は明かにすべての係争中の事件に適用される。このような状況において、ある特定の規定(本件で被上告人が依拠する収容例外規定のような)が法律にその旨の文言がないかぎり完全に今後の適用にとどまると推定するのは異常であろう。最後に、FISAを、原因になっている行為が何時行なわれたかにかかわらずすべての係争中の事件に適用することは、FISAの主要な目的の二つ、すなわち裁判官が主権免除の請求を解決する際に適用しなければならない規則の明確化と、かかる請求の解決に対する政治的関与の排除とに最も合致する。Pp. 18-22.

(d) この判示事項はきわめて狭い。本裁判所は、§1605(a)(3)が本件に適用されるとする下級審の判決について審査しないし、いわゆる「国家行為」(act of state) 理論の上告人の行為への適用性についてコメントしないし、国務省が外国主権免除に関係のある特定の事件において裁判所に管轄権の行使を断るよう提案する意見書(statement of interest)を提出することを妨げないし、あるいはFISAによってカヴァーされる事件においてかかる提出に敬意が払われるべきか否かについても意見を表明しない。ここでの係争点は、ただFISAの範囲の解釈――「司法府の領域内での……純粋な法律解釈の問題」、INS v. Cardoza-Fonseca, 480 U.S. 421, 446, 448 (1987)――に過ぎない。Pp. 22-24.

控訴裁判所の判決、327 F.3d 1246 は支持される。

Stevens判事が多数意見を執筆し、それにO’Connor, Scalia, Souter, GinsburgおよびBreyer判事が賛成した。Scalia判事が補足意見を執筆した。Breyer判事が補足意見を執筆し、それにSouter判事が賛成した。Kennedy判事が反対意見を執筆し、それにRehnquist長官およびThomas判事が賛成した。(以上、山手仮訳)

 

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(130)2004年6月14日 米連邦最高裁、アジア人元慰安婦訴訟など4件を、Altmann判決に照らしてさらに考慮するよう控訴審に差し戻す

 1週間前の67日に下されたAustria v. Altmann判決が、米国で争われている(あるいは今後争われる)2次世界大戦中の行為に関連する訴訟にどのような、そしてどの程度の影響を与えるか、現在のところ必ずしも明確ではない。しかし、今日、早速一定の効果がほかならぬ最高裁自身からもたらされた。すなわち、4つの事件について、上告を認めて、原審判決を取り消し、Altmann判決に照らしてさらに考慮するようそれぞれ原審の控訴裁判所に事件を差し戻した。(判決はいずれも全会一致。4件とも同文で、上記の内容を述べただけのわずか数行の簡潔なもの。)

 4つの判決は、(1) Societe Nationale des Chemins de Fer Francais v. Raymond Abrams, et al., No. 03-284, (2) Hwang Geum Joo, et al. v. Japan, No. 03-741, (3) Austria v. Dorit Whiteman, et al., No. 03-500, (4) Poland v. Theo Garb, et al., No. 03-517. である。

  (1),(3),(4) はニューヨークの第2巡回区控訴裁判所へ、(2) はワシントンのDC巡回区控訴裁判所へ差し戻された。

 これらのうち、(2)Joo v. Japan, No. 03-741, 2004 U.S. LEXIS 4182 (U.S., June 14, 2004)は、アジア人元慰安婦15人が日本政府を訴えた事件の控訴審判決が、FSIAの「商業活動」例外規定、§1605(a)(2)の遡及的適用の否定を一つの理由に、第一審の却下判決を支持したのに対して、原告=控訴人が上告していたものである。最高裁の判決は、その上告を受理し、FSIAの遡及的適用を認めた1週間前の自己のAltmann判決に照らしてさらに考慮しろというのであるから、一見すると事態は原告側に有利に展開し、一審・二審の却下判決が覆るのではないかという印象を与えるかもしれない。しかし、少なくとも本件に関してはその可能性はないと思われる。何故ならば、次のように考えられるからである。

 DC巡回区控訴審判決(Hwang Geum Joo, et al. v. Japan, 332 F.3d 679; 2003 U.S. App. LEXIS 13185)(D.C. Cir., 2003) (103) は、米国は1952519日のTate Letterによって絶対的免除から制限的免除に政策転換したのであリ、19301940年代には日本はその商業活動に米国裁判所で訴訟を免除されることに確定的な期待を有していたから、当時の行為にFSIAの「商業活動」例外を適用することは明かに効果において遡及的であるとする。そして、議会がFSIAを遡及的効果を有するものとして制定する明確な意図をもっていたことを示すものはないから、本件で争われている行為のように1952519日以前に行なわれた行為には、FSIAの「商業活動」例外は適用されないと結論する。

 この点の判決理由は67日の連邦最高裁のAltmann判決と真っ向から対立するから、裁判所は自説を改め最高裁に従って「商業活動」例外を遡って適用せざるをえないであろう。しかし、適用した結果は、第一審判決 (Hwang Geum Joo, et al. v. Japan, 172 F. Supp. 2d 52; 2001 U.S. Dist. LEXIS 15970 (D.D.C., 2001)(45) と同様に、従来のFSIAの判例に照らして日本軍の「慰安所」の設立・運営は「商業活動」には該当しないから日本は本件訴訟から免除される、という結論に達する確率が高いと考えられる。 

 それに、控訴審判決が却下の第二の理由とした、サンフランシスコ条約およびそれを基礎に二国間で締結された日本の戦争処理条約は、第二次大戦の遂行中の行為から生じた賠償・請求権の問題は国家間の外交交渉よって解決するべきであるという原則を定めているという解釈は、第9巡回区控訴裁判所の2003121日の第二次大戦期強制労働事件判決 (Deutsch v. Turner Corp., 317 F.3d 1005; 2003 U.S. App. LEXIS 850)(85)でも採用され、連邦最高裁もそれに対する上告を退けて (Kim v. Ishikawajima, 124 S.Ct. 105; 2003 U.S. LEXIS 5626.3) (110) 基本的に支持しているから、この理由によっても訴えが却下されることは間違いないであろう。

 すなわち、アジア人元慰安婦訴訟の控訴審判決は、上述のとおり「商業活動」例外規定を第二次大戦中の行為に適用することは真正な意味で遡及的効果をもつと結論した後で、第9巡回区控訴裁判所のAltmann判決が「国際法に違反する収容」例外について逆の解釈をとったことに言及して、次のように論じている。

 「われわれは、第9巡回区控訴裁判所が最近、FSIAの収容例外、28 U.S.C. §1605(a)(3)1930年代および1940年代のドイツおよびオーストリア政府の活動に遡及して適用されうると判示したことを知っている。Altmann v. Republic of Austria, 317 F.3d 954 (2002)参照。第9巡回区控訴裁判所は、『オーストリア人は、国務省がユダヤ人財産の違法な収容に‘好意と礼譲’として免除を勧告するいかなる期待も、まして確定的な期待をもちえなかった』と理由を説明した。Id. at 965.

 第9巡回区控訴裁判所の決定は、もちろん本裁判所を拘束しない。Altmann判決に従うか否かにかかわらず、われわれは日本と連合国が署名した1951年の日本国との平和条約、3 U.S.T. 3169の故に、その理由は本件には当てはまらないと考える。合衆国政府がamicus curiaeとしての意見書で述べているように、対日平和条約は『日本の第二次世界大戦遂行から生じたすべての対日請求権は政府間の決定によって解決されるべきであるという外交政策上の決意を表現している。』われわれは、平和条約が第二次世界大戦から生じた問題を合衆国(またはすべての署名国)の裁判所を巻き込まないで解決する当事国の意図を表明している、ということに同意見である。いずれにしても、合衆国政府によって提出された条約の解釈は合理的な解釈である。Sumitomo Shoji Am., Inc. v. Avagliano, 457 U.S. 176, 184-85 (1982)(「決定的ではないにしても、交渉と履行に責任のある政府機関が条約規定に付与した意味には大きなウエイトを与えられる資格がある」)参照。

 平和条約第14条は、日本による請求権の相互放棄および連合国のそれぞれの管轄下にある日本資産を押収する連合国の権利の見返りに、『戦争の遂行中に日本国およびその国民がとった行動から生じた連合国およびその国民の……すべての請求権』を明示的に放棄している。平和条約はさらに、日本は他の連合国およびその国民の戦争に関連する請求権を、『同一のまたは実質的に同一の条件で』、すなわち政府間の協定を通じて、解決することを定めている。第26条参照。そして、実際にそうした。中華民国と日本国との間の平和条約、1952428日、1138 U.N.T.S. 3. 参照。また、財産および請求権に関する問題の解決ならびに経済協力に関する大韓民国と日本国との間の協定、1965622日、583 U.N.T.S. 173.参照。 その結果、日本は、第二次世界大戦から生じた請求権について、連合国の国民または中国もしくは韓国の国民によって、合衆国の裁判所に訴えられることを予期しえなかった。何故ならば、連合国はそれぞれ自国の国民の請求権を放棄し、かつ、他の国の国民の請求権を政府対政府の交渉を通じて解決する明確な政策を表明したのであるから。外交政策として、実際、合衆国が一方におい自国の国民の日本に対するすべての請求権を放棄し、他方において他の国の国民に合衆国の裁判所において日本に対する訴えをおこすことを認めることは奇妙である。ドイツまたはオーストリアとの間には類似の条約は存在せず、したがって類似の確定的な期待は存在しないから、Altmann判決の意見は本件には関係がない。」(Joo v. Japan, 332 F.3d 679, 684-685) (山手仮訳)

なお、控訴裁判所の差戻し審の判決は(154#)参照。

 以下、他の判決についても簡単に説明しておく。 

SNCF(フランス国鉄)v. Abrams, No. 03-284, 159 L. Ed. 2d 264; 2004 U.S. LEXIS 4179 (U.S., June 14, 2004)

 ホロコーストの生存者および遺族10数名が、第二次世界大戦中72千人のフランス市民をナチスの強制収容所に輸送したことに対して、ニューヨーク東部地区連邦地裁にフランス鉄道会社を訴えた。原告は、鉄道会社は上記の行為によって慣習国際法上の戦争犯罪および人道に対する罪を犯した、そして慣習国際法は連邦コモン・ローとして連邦地方裁判所において執行されると主張した。これに対して、被告の鉄道会社は、事物管轄権の欠如を理由に訴えを却下するよう申し立てた。

 地方裁判所は、鉄道会社はFISAの定義上「外国の機関」に当たり、そしてFISAはその制定後に提起された訴訟に、行為が行なわれた時期にかかわらず適用される、と判示した。しかし、裁判所は、FISAの管轄権の認定は原告の訴訟原因の認定まで含むものではないとして、法律問題の決定はde novo に(改めて初めから)審理された。そして、原告の請求はFISAの例外のいずれにも該当しないために、被告は主権免除を享有し、裁判所は管轄権を有しないと結論した。その結果、地方裁判所は被告側の申立てを認めて訴えを却下した。Abrams v. Societe National des Chemins de Fer Francais, 175 F. Supp. 2d 423; 2001 U.S. Dist. LEXIS 17935 (E.D.N.Y., 2001)

そこで、原告たちは控訴した。

 控訴審において、原告側は、第一審と同様に、本件訴訟がFISAの制定以前の事件から生じたものであることを理由に、訴訟原因にはFISAは適用されないと主張した。控訴裁判所は、鉄道会社がFISAの下でフランス国家の機関であることを認めたが、既存の記録は原告の訴訟原因へのFISAの適用が許しがたく遡及的であるか否かを決定するには不十分であると判断した。裁判所は、第一審の却下決定を取り消し、さらに審理を続けるよう事件を地裁に差し戻す決定を下した。そして、諸情報、とくに外国主権免除の決定において会社形態のもつ意味に関する第二次世界大戦中の国務省の立場についての情報の提出を求めた。Abrams v. Societe National des Chmins de Fer Francas, 332 F.3d 173; 2003 U.S. App. LEXIS 11713 (2nd Cir. N.Y., 2003)

 そして、今度は被告側の鉄道会社が上告し、それに対して今回の最高裁の判決が下されたわけである。

 

  Republic of Poland v. Garb, No.03-517, 03-517, 2004 U.S. LEXIS 4181 (U.S., June 14, 2004)

 これら二つの判決によって取り消されて差し戻された第二巡回区控訴裁判所の判決は、同一の判決Gab v. Republic of Poland, 72 Fed. Appx. 850; 2003 U.S. App. LEXIS 16112 (2nd Cir. N.Y., August 6, 2003) である。そして、この控訴審判決は、次の三つの事件を併合して行なわれたものである。(1Garb v. Poland, No. 02-7844。原告の請求を却下した2002624日のニューヨーク東部地区連邦地裁判決Garb v. Poland, 207 F. Supp. 2d 16; 2002 U.S. Dist. LEXIS 11176に対し原告が控訴したもの。(2Whiteman v. Austria, No. 02-9361。開示命令の再考慮を求める被告の申立てを一部認め一部拒否した2002109日のニューヨーク南部地区連邦地裁判決Whiteman v. Austria, 2002 U.S. Dist. LEXIS 19984の控訴審。(3No. 02-3087Whiteman v. Austria 事件の被告の一部によってニューヨーク南部地区連邦地裁に却下申立ての裁決を強いるために提出された職務執行令状の申立て。

 第2巡回区控訴裁判所の決定は、第一審の却下判決を取り消す、開示命令を取り消す、職務執行令状の申立てを拒否する、そして訴訟を地裁に差し戻すというものであるが、法律論としては、連邦裁判所が、FISA, 28 U.S.C.§§1330, 1602-1611に基づいて、FISAの制定以前の行為に対する外国政府の賠償責任について裁判する管轄権を有するか、そして有するとすればいかなる条件で有するか、が重要な係争点であった。

 事件そのものは、対ポーランド訴訟では、ポーランドから逃げたユダヤ人家族から第二次大戦後土地を取り上げたことが追求され、オーストリア美術品事件は、オーストリアの協力によってナチスに略奪された(と原告が主張する)財産の返還を求めるクラス・アクションである。

(131) 2004年7月9日 広島高裁、中国人強制連行訴訟で西松建設に賠償命令

 太平洋戦争中に強制連行され、広島県加計町の水力発電所建設現場で過酷な労働を強いられたとして、中国人の元労働者2人と遺族3人が工事を請け負った西松建設(本社・東京都、当時西松組)に対し、総額2750万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が9日、広島高裁であった。鈴木敏之(さとし)裁判長は強制連行・強制労働を認めた上で、「時効の適用は著しく正義に反する」と述べ、一審判決を取り消し、西松建設に請求全額の支払いを命じる逆転判決を言い渡した。西松建設は同日、判決を不服として上告した。

 中国人強制連行を巡る訴訟は全国で計11件が係争中で、控訴審判決は、今年5月、原告の請求を棄却した福岡高裁(128)に次いで2件目。提訴に時間がかかり損害賠償請求の権利が失われる、「時の壁」と呼ばれる民法上の規定を超えて損害賠償を命じた初めての控訴審判決になった。

 判決は、意思に反して連行された中国人労働者が、工事現場で24時間の監視の下、不衛生な状態で食事も十分に与えられないまま、長時間にわたる危険な重労働を強いられたと指摘。西松建設の不法行為と安全配慮義務違反を認定した。

 次いで、原告らの損害賠償請求権を検討。不法行為があった時から、除斥(じょせき)期間の20年以上が過ぎているため、不法行為に基づく損害賠償請求権は消滅しているとした。

 一方、安全配慮義務違反の損害賠償請求権については、提訴前の96年には時効により消滅したとしつつ、「正義・公平・条理などに反する特段の事情がある場合は、時効の適用は許されない」との判断を示した。

 そのうえで、判決は、(1)原告は人権侵害を受け、重大な被害を受けた(2)西松建設は強制連行・強制労働に関する資料に虚偽の記載をした――などの点を踏まえ、西松建設に対し、「損害賠償義務を免れさせることは著しく正義に反し、時効の適用は権利の濫用(らんよう)にあたり許されない」と結論づけた。

 原告側は98年1月に提訴。02年7月の一審・広島地裁判決(70)は、企業の不法行為や安全配慮義務違反を認めたが、除斥期間や消滅時効を適用して、提訴時には損害賠償請求権がないとして原告の訴えを退けた。

 広島高裁は早期解決を求める原告側の要望に応じ、鈴木裁判長が03年7月に和解を勧告したが(103b)、西松建設は「強制連行、強制労働は国の政策だった」と主張して協議は決裂した(104a)

   ◇

 西松建設の話 中国人の強制連行、強制労働はなかったものと確信している。食料は穀類を1人1カ月あたり約30キロ配給し、賃金は現在価格で総額約20億円を支払っている。今回の判決は全く納得のいかないものであり、上級審の判断をあおぎたい。(朝日新聞2004.07.10朝刊)

【登載判例集】 第一審(広島地裁、平14.7.9) 判例タイムズ第1110号(2003.3.15)

                        第ニ審(広島高裁、平16.7.9) 判例時報第1865号(2004.10.11)

なお、最高裁の上告一部受理(請求権放棄問題に限り)決定(176#)、最高裁判決(190)(原審判決破棄、控訴棄却)参照。

 

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(131a) 2004年7月14日 カリフォルニア州最高裁、Jeong事件差戻し審の上告棄却

 Jeong事件差戻し審で、2004330日カリフォルニア州控訴裁判所第2裁判区第8支部は、第一審裁判所(ロサンゼルス郡上位裁判所、Peter D. Lichtman判事)に対して、訴答に基づく判決の申立てを拒否した前の判決を取り消し、申し立てを認めて訴えを却下する新しい判決を下すよう命じた(126)

 これに対し、2004年5月7日Jeong弁護士はカリフォルニア州最高裁に上告した。その後双方より準備書面のやりとりがあり(http://appellatecases.courtinfo.ca.gov/Case Number S124698Docket Entries参照)、2004年7月14日カリフォルニア州最高裁は上告を棄却した。判決は、理由はなくただPetition for review denied.という簡潔なものである。(Taiheiyo Cement Corporation v. S.C. (Jeong),2004 Cal. LEXIS 6435)

 

 (132) 2004年8月21日 強制移住のドイツ人、ポーランドに財産返還訴訟の動き

 【ベルリン=古山順一】第2次大戦の戦後処理でポーランド領が西に大きく移動したのに伴い、強制移住させられたドイツ人やその子孫が財産の返還を求めて、今秋にもポーランドや欧州人権裁判所に提訴する方針を固めた。ポーランド側は強く反発している。シュレーダー独首相は今月、ワルシャワを訪問して和解と友好を訴えたばかり。両国関係は再び戦争の影に揺れている。

 シュレーダー首相は1日、ポーランド人がナチス・ドイツへの抵抗運動として誇りにする「ワルシャワ蜂起」60周年の式典に、独首相として初めて出席した。式典の演説で述べた一言が、ドイツ人強制移住者の反発をあおるきっかけになった。

 それまで独政府は移住者団体への配慮から、この問題にあまり踏み込んでこなかった。しかし、首相は演説で「ナチスの犯罪は恥」と謝罪した上で、ドイツ人強制移住者のポーランド側に対する補償要求は「政府として支持しない」と述べた。

 波紋は大きく、ドイツの強制移住者の団体「追放者連盟」のシュタインバッハ会長は「強制移住の被害者の気持ちを傷つける」と批判。ポーランドにある旧財産の返還を求める人々でつくるプロイセン信託会社は「元の財産の返還を求め、ポーランドの裁判所や欧州人権裁判所に今秋提訴する」と明らかにした。

 同社は昨年設立。米国のユダヤ人団体が戦後、独政府に対してホロコースト被害の個人補償を求めた手法にならい、自分たちを追放した国々に財産の返還を求める道を探ってきた。裁判ではポーランド側に、強制移住者がかつて住んでいた土地の所有権を返せ、などと求める方針だ。

 ドイツでは戦後、強制移住者に、補償や年金として計740億ユーロ(約10兆円)が支払われてきた。しかし、プロイセン信託会社のパベルカ社長はこれを不十分とし、「両国間で財産問題は何も解決されていない。請求は当然」としている。

 ポーランドのシモシェビッチ外相はこうした動きを懸念し、「ドイツ側で法的に解決してほしい」とメディアに語った。国際問題とせず、独の国内問題として処理してほしいという立場だ。

 ポーランドにも、戦後にソ連領になった地域から追い立てられてきたポーランド人移住者への補償問題がある。

 同国政府の対応が十分だったわけではない。祖母が旧ソ連ウクライナからポーランド南部に強制移住させられた観光ガイドのブロニョフスキさん(60)はこのほど、政府に十分な補償をするよう求めて欧州人権裁判所に提訴、勝訴した。

 判決はポーランド政府に十分な補償を義務づけており、ほかの移住者にも適用されれば巨額の補償費が必要になる。

 とはいえ、ドイツ側の今回の要求は、ナチス・ドイツに侵略されたポーランドの国民には理解しがたいようだ。ブロニョフスキさんは「財産の返還を求めるのは個人の自由だが、一体だれが戦争を始め、大きな被害を与えたのか。十分考えて欲しい」と話している。

 ◆キーワード

 <ドイツ・ポーランドの強制移住者問題> 第2次大戦の戦後処理でポーランド領が西に移動したため、西ウクライナなど戦前のポーランド領の約3分の1がソ連領に、独領だった東プロイセンやシレジア地方などがポーランド領になった。

 これに伴い、ドイツ人は計約1500万人(戦中の移動も含む)が独やオーストリアに強制的に移住させられた。また、ソ連領となった地域に住んでいたポーランド人約150万人もポーランド領内に移された。(朝日新聞2004.08.21朝刊)

(132a) 2004.09.28 長崎地裁、在外被爆者手当支給来日しなくても申請可能と判決 

 長崎で被爆したあと韓国・釜山に住んでいた故・崔季テツ^(チェゲチョル)さんが生前、被爆者援護法に基づく健康管理手当支給の代理申請をしたのに対し、長崎市が却下した処分は違法だとして処分取り消しを求めた訴訟で、長崎地裁(田川直之裁判長)は28日、市の処分を取り消す判決を言い渡した。国外に住む被爆者が来日しなくても同手当を申請できると認めた初の司法判断。寝たきりなどで来日できない在外被爆者は少なくとも400人以上はいるとされ、こうした人々に支給の道を開いた。

 崔さんは80年に足の病気の治療で来日し、健康管理手当を受けられる11疾病のうち運動機能障害と認められ、手当を支給された。だが、その年に帰国した後は打ち切られた。

 同手当は昨年3月から在外被爆者にも支給されるようになり、寝たきりだった崔さんは今年1月、日本の支援者を通じて復活支給を長崎市に申請したが、却下された。このため、被爆者援護法施行規則が国内に住む被爆者だけに代理申請を認めている点も指摘し、「在外被爆者の権利行使を不可能にし、不合理な差別を生んでいる」として、2月に提訴した。

 これに対し長崎市側は、同規則が「申請時には被爆者が日本に居住するか、日本にいることが必要」と定めていると指摘。「国外からの支給代理申請を認めると、医師の事情聴取などの実質的審査が難しくなり、受給資格のない申請者に支給される恐れがある」と主張した。

 崔さんは7月25日、釜山で78歳で亡くなった。死亡が結審の9日後だったため、民事訴訟法に基づいて予定通り判決が言い渡された。(朝日新聞2004.09.28東京夕刊)

 【登載判例集】 未登載。ただし、「在外被爆者にも被爆者援護法の適用を!」のサイト( http://www.hiroshima-cdas.or.jp/home/yuu/index.html )に判決全文が掲載されている。

 なお、関連判決(144a)、控訴審判決(158a)参照。 

(133) 2004年9月29日 中国人強制連行京都訴訟、大阪高裁で企業が和解、国は訴訟継続

 第二次大戦中、京都府加悦町の大江山ニッケル鉱山に強制連行され過酷な労働を強いられたとして、劉宗根(りゅう・そうこん)さん(74)ら中国人元労働者四人と死亡した二人の遺族が、国と日本冶金工業(東京)に計約一億三千万円の損害賠償と謝罪を求めた訴訟は二十九日、同社が解決金として計二千百万円を支払い、大阪高裁(下方元子(しもかた・もとこ)裁判長)で一部和解が成立した。国との訴訟は継続する。
 中国人強制労働をめぐる和解は二〇〇〇年十一月の花岡事件訴訟(東京高裁)に続き二件目。元労働者側の弁護団は「国やほかの企業が戦後補償問題を解決しようとしない中で、和解が実現した意義は極めて大きい」と評価している。
 和解条項の前文で元労働者側は「会社の誠意を評価し和解を受け入れることとした」とし、日本冶金工業は「和解が存在したとされる強制労働問題の全面的解決になると期待する」としたが、元労働者側への謝罪は盛り込まれなかった。
 一審判決などによると、劉さんらは一九四四年、中国の農村などから貨物船や列車に詰め込まれ強制連行された。一日十四時間働き、粗末な食事しか与えられず、帰国までに約二百人の労働者のうち十二人が死亡したという。
 劉さんらは九八年八月に提訴。昨年一月の一審京都地裁判決(83)は、強制労働などについて国と同社の共同不法行為を認定。企業側に対しては不当利得の返還義務も認めたが、二十年で賠償請求権が消滅する除斥期間など「時の壁」を理由に請求をいずれも棄却した。
 控訴審で下方裁判長は昨年十二月、三者に和解勧告。国側が拒否したため、元労働者側と企業との間で和解協議が進められていた。(2004.09.29 共同通信)

なお、国に関する第二審判決(175)、および最高裁判決(199参照。
 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 中国人元労働者側と日本冶金工業との和解が二十九日、大阪高裁で成立した大江山強制労働訴訟。戦後約六十年が経過し元労働者の高齢化は進む。早期解決の重要性が高まる中、かたくなに和解を拒み続ける国に対し、和解を選択する企業の数も増えつつある。
 一連の戦後補償訴訟では、既に企業との間で四件の和解が成立しており、中国人が当事者となった和解も今回で二件目。
 花岡鉱山(秋田県)に強制連行された中国人が過酷な労働に抵抗して蜂起、多数の死者が出た「花岡事件」をめぐり、元労働者が鹿島組(現鹿島)を相手に起こした訴訟は二〇〇〇年十一月、東京高裁で鹿島が五億円を拠出し被害者救済の基金を設立することで和解により解決した。
 韓国人の起こした訴訟では、一九九七年から二〇〇〇年にかけて、日本製鉄(現新日本製鉄)と日本鋼管(現JFEエンジニアリング)、不二越が慰霊金の支払いなどで和解に応じている。
 大江山訴訟の弁護団は「花岡事件以来、国が責任を直視せず、解決に向けこう着状態が続いた戦後補償訴訟に今回の和解は一石を投じた」と評価している。(2004.09.29 共同通信)

 

(133a)  2004年10月14日 広島地裁、在ブラジル被爆者訴訟で未払い手当時効成立を認め請求棄却

 ブラジル在住の日本人被爆者3人が、時効を理由に被爆者援護法に基づく健康管理手当を支払わないのは不当として、広島県に計約290万円の支払いを求めた訴訟の判決が14日、広島地裁であった。橋本良成裁判長は「地方自治法に定めた消滅時効が完成し、手当の支給を請求する権利は消滅している」と述べ、請求を棄却した。原告側は控訴する方針。

 被爆者への健康管理手当をめぐっては、在韓被爆者が勝訴した02年12月の大阪高裁判決(82)を受けて運用が見直され、国は03年3月から在外被爆者にも支給を始めた。

 しかし、さかのぼって支給する期間を時効を理由に提訴から5年に限っており、今回の裁判ではそれ以前の時期について、時効が適用されるかどうかが争点となった。

 判決は「原告らが遠いブラジルに居住し、厳しい生活が提訴を困難にした事情は察せられる」としたものの、「そのような事情を考慮すれば、時効制度の趣旨に反し、著しく法的安定性を欠くことになる」と認定。時効の適用を認めた。

 訴えていたのは、広島市内で被爆し、55年にブラジルに移住した向井昭治さん(77)ら男性3人。

 向井さんらは94〜95年に来日し、健康管理手当の受給資格を取得。だが、帰国後に手当が打ち切られたため、02年7〜12月にかけて広島地裁に提訴。03年3月の運用変更で、提訴から5年前までさかのぼって支払われたが、原告側は受給資格を得て以降の未払い分全額の支払いを求めていた。

 同種の訴訟では、長崎地裁が昨年3月、「時効の主張は権利の乱用」として時効分の支払いを命じたが(88#)、福岡高裁は今年2月、原告逆転敗訴の判決を言い渡している(121a)。(朝日新聞2004.10.14大阪夕刊

 なお、控訴審判決(164)参照。、最高裁判決(180)

 

(134) 2004年10月15日 東京地裁、旧日本製鉄釜石製鉄所未払い賃金還付請求棄却

 戦時中、朝鮮半島から旧日本製鉄(現・新日本製鉄)釜石製鉄所に強制連行され死亡した4人の遺族が、戦後に供託された未払い賃金の還付請求を盛岡地方法務局が却下したのは違法として、1人2000万円の慰謝料を国に求めた訴訟で、東京地裁(市村陽典裁判長)は15日、請求を棄却した。韓国の対日請求権放棄を定めた「日韓請求権協定」(65年)の妥当性が争われた。判決は「原告が供託金に単なる経済的利益を超えた格別の思いがあるのは推察できるが、同協定がある以上、還付は認められない」と述べた。

 原告は韓国在住の洪湧善(ホンヨンソン)さん(60)ら4人。93年、駒沢大図書館にある旧日鉄の内部文書などで、父親の未払い賃金や弔慰金など当時の金で計約9500円を、同社が戦後間もない46年末、同法務局へ供託したことを知り、還付を求めたが、協定を理由に却下された。【坂本高志】(毎日新聞2004.10.16東京朝刊)


………… 
 釜石製鉄所に強制連行された元徴用工をめぐっては、今回の原告を含む韓国人遺族十一人が九五年、新日鉄と国に損害賠償や遺骨返還を求め提訴。新日鉄が「慰霊金」約二千万円を支払い和解したが、国への請求は二〇〇三年の東京地裁判決で棄却(90)され、控訴している。(2004.10.15 共同通信)

なお、本件控訴審(162)最高裁判決(173#)、ならびに釜石製鉄所の賃金供託をめぐる同様の訴訟の判決(139)参照。 

【登載判例集】

第一審(東京地裁2004.10.15)訟月52巻2号


(135) 2004年11月29日 最高裁、アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件の上告棄却

 旧日本軍の軍人・軍属や従軍慰安婦だった韓国人とその遺族計35人が総額7億円の戦後補償を国に求めた訴訟で、最高裁第2小法廷(津野修裁判長)は29日、原告側の上告を棄却する判決を言い渡した。原告敗訴の1(15)、2審(104)判決が確定した。

 判決は、過去の判例を踏襲し、65年の日韓協定に伴う措置法により原告の請求権が消滅したと認定した東京高裁判決(昨年7月)を支持。戦争被害を補償する恩給法が韓国人を対象外としていることについても「法の下の平等などを定めた憲法に反するとは言えない」と指摘した。

 東京高裁は、のちに戦犯に問われるなどした2人の元軍人・軍属と6人の元慰安婦について、国の安全配慮義務違反を初めて認めたが、請求権の消滅などを理由に訴えを棄却していた。

 閉廷後、傍聴席の原告らが「不当」などと叫び、裁判所職員に詰め寄る一幕もあり、一時騒然とした。【小林直】(毎日新聞2004.11.29夕刊)

――――――――――

【最高裁のサイト( http://courtdomino2.courts.go.jp/home.nsf )より】

判例 平成16年11月29日 第二小法廷判決 平成15年(オ)第1895号 アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件
要旨:
 1 日韓請求権協定の締結後,旧日本軍の軍人軍属等であったが日本国との平和条約により日本国籍を喪失した大韓民国に在住する韓国人に対して何らかの措置を講ずることなく
戦傷病者戦没者遺族等援護法附則2項,恩給法9条1項3号を存置したことは憲法14条1項に違反しない
2 日韓請求権協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置法は憲法17条,29条2項,3項に違反しない


内容:
 件名 アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件 (最高裁判所 平成15年(オ)第1895号 平成16年11月29日 第二小法廷判決 棄却)
 原審 東京高等裁判所 (平成13年(ネ)第2631号)
主    文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
         
理    由

 
 1 上告代理人高木健一ほかの上告理由第1の2のうち憲法29条3項に基づく補償請求に係る部分について
 (1) 軍人軍属関係の上告人らが被った損失は,第二次世界大戦及びその敗戦によって生じた戦争犠牲ないし戦争損害に属するものであって,これに対する補償は,憲法の全く予想しないところというべきであり,このような戦争犠牲ないし戦争損害に対しては,単に政策的見地からの配慮をするかどうかが考えられるにすぎないとするのが,当裁判所の判例の趣旨とするところである(最高裁昭和40年(オ)第417号同43年11月27日大法廷判決・民集22巻12号2808頁)。したがって,軍人軍属関係の上告人らの論旨は採用することができない(最高裁平成12年(行ツ)第106号同13年11月16日第二小法廷判決・裁判集民事203号479頁参照)。
 (2) いわゆる軍隊慰安婦関係の上告人らが被った損失は,憲法の施行前の行為によって生じたものであるから,憲法29条3項が適用されないことは明らかである。したがって,軍隊慰安婦関係の上告人らの論旨は,その前提を欠き,採用することができない。
 2 同第1の2のうち憲法の平等原則に基づく補償請求に係る部分について
 財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和40年条約第27号)の締結後,旧日本軍の軍人軍属又はその遺族であったが日本国との平和条約により日本国籍を喪失した大韓民国に在住する韓国人に対して何らかの措置を講ずることなく戦傷病者戦没者遺族等援護法附則2項,恩給法9条1項3号の各規定を存置したことが憲法14条1項に違反するということができないことは,当裁判所の大法廷判決(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁,最高裁昭和37年(あ)第927号同39年11月18日大法廷判決・刑集18巻9号579頁等)の趣旨に徴して明らかである(最高裁平成10年(行ツ)第313号同13年4月5日第一小法廷判決・裁判集民事202号1頁,前掲平成13年11月16日第二小法廷判決,最高裁平成12年(行ツ)第191号同14年7月18日第一小法廷判決・裁判集民事206号833頁参照)。したがって,論旨は採用することができない。
 3 同第1の2のうち,財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律(昭和40年法律第144号)の憲法17条,29条2項,3項違反をいう部分について
 第二次世界大戦の敗戦に伴う国家間の財産処理といった事項は,本来憲法の予定しないところであり,そのための処理に関して損害が生じたとしても,その損害に対する補償は,戦争損害と同様に憲法の予想しないものというべきであるとするのが,当裁判所の判例の趣旨とするところである(前掲昭和43年11月27日大法廷判決)。したがって,上記法律が憲法の上記各条項に違反するということはできず,論旨は採用することができない(最高裁平成12年(オ)第1434号平成13年11月22日第一小法廷判決・裁判集民事203号613頁参照)。
 4 その余の上告理由について
 その余の上告理由は,違憲及び理由の不備・食違いをいうが,その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって,民訴法312条1項又は2項に規定する事由に該当しない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 津野 修 裁判官 北川弘治 裁判官 滝井繁男)

【登載判例集】

第二審(東京高裁平15.7.22)判例時報1843号

第三審(最高裁平16.11.29)判例時報1879号、判例タイムズ1170号

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