ペット「ミュー」
「吾輩、いえわたしはは猫です。名前は美卯(みう)といいます。」漱石先生とこの猫とちがって、メスの三毛です。飼い主の奥さんは、美卯と漢字の名前をつけたのですが、すぐにみんなミューちゃん、ミューちゃんと、なまって呼ぶようになりました。わたしもその方が好きです。
わたしが山手家に飼われるようになったそもそものいきさつは、奥さんが主人のお母さんの看護のために、主人の故郷の広島に行ったことに始まります。それから5年もの長いあいだ、奥さんは広島でひとりで姑の世話をしたのですが、それは後の話にして、ちょうど奥さんが広島に行ったその少し前に、隣家のメス猫が三匹の仔猫を生みました。隣家の人が、よかったら一匹もらってくれませんか、と奥さんに頼みました。じつは、奥さんは、主人ともども、それまで猫がきらいでした。猫を飼っている親戚の家へ行くと、家中に猫の毛が落ちていて、不衛生で気持ちがわるく、猫を飼う人の気がしれないと思っていました。しかし、これからの付きあいを考えて、ここはむげに断ってはまずいと思い、内心いやいやながら「そうお、じゃあこの一番小さい三毛をもらうわ」と、笑顔でわたしをもらってくれました。わたしを選んだのは、三匹のなかでは一番わたしが可愛かったこともあるけど、当時わたしは発育不良でよわよわしかったから、同情心も働いたのかもしれません。
あれほど嫌いだったはずの猫なのに、飼いはじめてみると、奥さんはすぐにわたしを、それこそ猫可愛がりにかわいがりだしました。主人も、じつは事情があって猫を飼いはじめたのよと奥さんが言ったときに、ちょっと驚いた様子でしたが、予想したほど拒否反応はみせず、これまた程なくしたら、まるで人間の赤ん坊のように---そうです主人夫婦にはまだ孫がいないので、孫のようにと言ったらいいかもしれません---わたしを可愛がってくれだしました。
主人のお母さんは、とうとう昨年の二月に亡くなりました。それで、奥さんも京都に帰り、山手家はまたそろって京都で暮らすことになったわけですが、私にとって大変困ったことがおきました。それは京都の山手家の隣人たちが、みな大の猫嫌いなことです。なかでも右どなりの家の主人は、屋敷内に猫が入ってこないように、家のまわりに大きな網を張り、塀の上には釘の出ている板を敷きつめていて、猫を見つけようものなら竹の棒をもって追いまわします。それでもわたしは、身軽にひょいと隣家の庭に入って、植木鉢をひっくり返すほど走りまわりました。隣家の主人は、わたしの主人に言いつけに来て、今後ぜったいに猫をそとに出すなと、げんじゅうに抗議してかえりました。
広島の家はすこし郊外にあるので、近所のどの家の屋敷も広く、周囲には大小の畑があり、みんな人がよくて牧歌的で、猫を飼っていない家の人まで、みんな猫に親切です。環境が人の心に余裕を与えているのでしょう。それにくらべて、京都はぎゅうぎゅう家が押しあって建っていて、住んでる人もやれ隣のピアノの音がうるさいだの、猫が庭に入ってきてウンコをするだのと、いがみあって住んでいます。数年前でしたか、主人と同じ法律学者たちが「ペット法学会」なるものをつくったという話を聞きましたが、とにかく法律というものは、せせこましい都会で、角突きあわせて生きているところから生まれるものだと、わたしは思います。 そこへいくと、同じ法律でも主人の専門は国際法ですから
、気宇壮大でペット法みたいな小さな人間のいがみあいとは無縁かと思ったら、こちらはコソボやチェチェンや中東で大規模な憎しみ合いと殺し合いです。人間は個人であろうと、民族や国家であろうと、あらわれ方が違うだけで本質は変わらないということでしょうか。話がそれましたが、それでわたしは広島にいたときには、昼であろうと夜であろうと出入国自由で、家のなかで寝たりそとで飛びまわって遊んだりしていたのですが、京都ではいっさいそとに出してもらえません。もっとも猫のなかには、村松友視さんとこのアブサンのように、家のなかだけで飼われているものも少なくありませんが、わたしはじゅうらい自由の身でしたから、外出禁止はこたえます。それにほんらい猫は夜行性動物ですから、夜外出したくなります。わたしは昼間はたいてい寝ていて、夜午前一時ごろから六時ごろまで、しきりとそとに出たくなります。それでも我慢して、階段の窓からうらの家の庭をながめて気をまぎらしていますが、どうしても我慢しきれなくなると、主人夫婦の寝室に入って、あまえた声で「ニャー、ニャー」となきます。奥さんは家事で疲れていてなかなか起きてくれませんが、主人はすぐに目を覚まします。わたしは尻尾をふりふり主人を玄関に誘導して行きます。主人はわたしを抱き上げ、庭をぐるぐる回ったり、真夜中なのに近所を散歩してくれたりします。毎晩少なくとも二回はこれをくり返しますから、主人は完全に寝不足におちいっています。それでも主人はわたしに付きあってくれます。だから主人は一見こわそうに見えますが、根はやさしい人です。とにかく、そういうわけで、月に一回主人か奥さんのどちらかが広島の家に行くとき、わたしもいっしょに新幹線に乗って広島に行くのが、待ち遠しくてなりません。なにしろ広島では自由に外出して、むかしの仲間と久闊をじょすることができるのですから。
さて、五年間にわたる奥さんの姑の介護のことですが、奥さんはほんとうによくやりました。だいたい奥さんは京都生まれの京都育ちで、広島にはなんの身よりもありません。広島近辺に住んでいるのは、主人の姉妹だけで、彼女たちがときどき母の見舞いに来ましたが、奥さんにはその接待がまた精神的肉体的な負担となります。それに主人は、土曜日曜を利用して、それもせいぜい月に一回くらいしか手伝いに広島に来てくれません(正確にいうと、はじめは二回くらい来ていましたが、しだいに減っていきました)。奥さんは今でもそのことをうらんでいます。しかも主人は感謝のことばひとつ言ってくれなかったとおこっています。
わたしからみますと、じつはそのあいだに主人は皆さんに選挙されてやむをえず法学部長を二年間つとめ、また阪神大震災で山陽新幹線が不通になったために、かなり長いあいだ山陰線の和田山から播但線で姫路にでるルートをつかって、ほとんど一日がかりで広島にやって来ていましたから、主人はしゅじんなりにせい一杯がんばっていたのだと思います。そして、心のなかでは奥さんに手をあわせてほんとものすごく感謝しているのですが、それを面とむかって口にだして言うことをしません。ぶきようというかまるで漱石先生の時代の日本男子のような人物が、二十一世紀の現代にもいることが奥さんには理解できないらしいのですが、実際わたしも「ありがとう。ほんとによくやってくれたね。母もいつもきみに感謝していたよ」と、なぜ主人が奥さんに心のなかで思っていることを正直に言わないのか、不思議でたまりません。わたしは主人がすきですが、よくわからないことがときどきあります。
第二章 命拾いの巻
この前の日曜日の朝のことです。わたしはいつも午前中寝てすごすことが多いのですが、その日は日曜日で、主人が家にいて書斎で新聞を読んでいますから、主人の足元にすりすりして、散歩に連れて行ってくれとねだりました。根負けした主人は、ふと思いついたのか、キャリヤー・バッグ用のほそい紐をとりだしてきて、わたしの首輪にとりつけ、庭の小さな木のところにわたしを連れて行って、紐をその木の根元にくくりつけました。少し伸び縮みのする、弾力性のある2メートルくらいの長さの紐です。
わたしは庭の苔のうえを歩けるのはうれしいのですが、紐が足にもつれて歩きにくいうえに、あるところまで行くと急に紐で首がぐいと引きとめられるので、どうもぐあいが悪い感じです。それで四方八方へ歩いてみて、いろいろ行動半径をしらべてから、少し疲れたので苔のうえに寝そべりました。
主人はそこまでそばに立って、わたしの様子を見ていました。広島の近所の家で、長い紐をつけて庭に出されていたアメリカン・ショート・ヘヤーが、かわいそうに紐が首に巻きついて死んでしまったという話を思い出して、心配になったのでしょう。わたしがそんなヘマはしないらしいので、主人は安心して書斎に入って行きました。奥さんはリビングルームで、テレビを見ながら何かしています。
わたしは大きなアリが苔のなかを歩いて行くのを見ていて、ちょっと手をのばしていたずらしたり、空を見上げて電線にとまっている雀を見たりしていました。そして、あの雀が庭に来たら、飛びかかって一羽とってやるのだがと考えていました。じっさい、わたしは広島でまだ仔猫だったころ、隣家の柿の大木の枝にとまっていた雀を、目にもとまらぬ速さで登って行って一羽くわえ、奥さんのところへ見せにもって行きました。わたしはその事件で、近隣の猫たちのなかで木登りとハンターの一番うまい猫として、山手家だけでなく近所中で一躍有名になったのでした。
しばらくそうしていましたが、すこし退屈してきたので、何か変わったことはないかとあたりを観察すると、例の右どなりの家との間の塀(その家の敷地ははわが家の敷地より少し低くなっており、この塀は山手家の塀です)までの距離がほぼ紐の長さくらいで、塀のうえにあがって隣りの庭を見下ろせるかもしれないことに気がつきました。それで思いきって飛びあがると、なんとうまく成功して塀のうえにとび乗ることができました。紐は伸びきって、もう余裕はなさそうでしたが。
隣家は、あの憎たらし主人をはじめ、みんな家のなかに入っているらしく、庭には誰もいません。わたしはもうだいぶ長いあいだこの庭のなかに入っていませんから、いろいろ鉢植えの花なども替わっています。子供の水浴び用のビニールのプールが、今は空気をぬいて、勝手口のそばに置いてあります。あっ、そこからこちらにトカゲがちょろちょろと走ってきました。よし、あいつのしっぽを食ってやろう。わたしは飛び降りました。と、がくんと首が紐でひっぱられて、わたしは宙吊りになってしまいました。息が苦しくて、足で塀をひっかいてあばれましたが、暴れればあばれるほど息苦しくなります。のどがつかえて、大きな声を立てることもできません。ああ、はやく主人か奥さんか助けに来てくれなければ、わたしは死んでしまうよう。それにこんなぶざまな姿は、こんりんざいあの胴欲なとなりの主人などには見られたくありません。ああ、ほんとに早く助けに来てください。わたしは、目を白黒して少しぐったりなりながら、必死に神に祈りつづけました。
「あっ、パパ、ミューちゃんがいないよ!」奥さんが、リビングルームの窓をあけて、叫びました。主人がはだしでとび出してきて、わたしをひっ張りあげました。わたしは主人の胸のなかで、何度もなんども大きな息をしました。
「かわいそうにミューちゃん、もう少しで首吊って死んじまうとこだったね。ミューちゃんからテレパシーがきて、私が早く気がついたからよかったね。」奥さんはわたしを主人から取りあげ、頬ずりしながら言いました。
主人は内心テレパシーはないけど、とにかく早く気づいてよかったと思いました。それにしても迂闊だったな。紐の長さが塀のうえまで届くとは。やっぱり紐でくくるのは危険だから、もう今後はいっさいしないことにしよう。主人は心のなかでそう結論をくだしました。