「どういうことか、説明して貰おうかッ!!」
取り敢えず裏に引っ込むなり、如月は声を荒げて説明を求めた。
「説明もなにも、聞いた通りよ。今日の午後3時まで、もの凄い人数が如月君を狙ってくるから、頑張ってねv」
そんな如月とは裏腹に、橘はあっけらかんとしている。
「どうして僕がそんなことしなければならないんだ!」
「だって、昨日のミスコンに優勝したじゃない」
「だから、それでどーしてこうなるんだと聞いてるんだ!!」
「まぁまぁ、落ち着いて如月君。そんなに怒ってると血圧上がっちゃうわよ」
貴様のせいだ! と叫びたい心をぐっと抑えて、如月は深呼吸を一つする。確かに、こんな心が乱れたままではいけない。でも、説明はちゃんとして欲しかった。
「毎年の恒例イベントなのよ。1日目と2日目の連動でやるゲームみたいなものね。1日目のミスコンで優勝した人が、2日目のゲームの姫になるの」
「‥なんでそれを早く言わないんだ!」
「アラ、だって知らないとは思わなかったんだもの。毎年のイベントよ? 去年も一昨年もやってたのよ? この辺じゃ、かーなり有名なのよ?」
ミスコンの存在さえ知らなかったのに、そんなもの知ってる分けないだろうが! だがそんなこと、橘はわかりきってやっているのだとは容易に想像がつく。如月は深々とため息を吐いた。
「‥そんなゲームがあると知っていて、何でミスコンの出場希望者がいるんだ‥‥」
「アラ、結構人気なのよ? だって、好きな人にキスできるチャンスじゃない。だから毎年のミスコン優勝者は、言うなればキスしたい人ナンバー1ってところかしらね」
おめでとう、如月君。橘はにっこり笑ってそんなことを言ったが、嬉しくない。
「‥‥‥僕は、男だぞ」
「如月君くらい可愛ければ、男子だって結構燃えるんじゃないかしら〜? あんまり性別は関係ないのよね。女の子が優勝した場合でも、女子だって燃えるわよ? まぁ、その場合は殆どが賞品目当てだけど」
「賞品て、何なんだ?」
「さぁ。金一封くらいじゃない?」
「‥‥そんなもので‥‥‥」
僕は全校生徒+αに追いかけ回されなければならないのか。こんな理不尽な話はないではないか。
「冗談じゃない、僕は帰るぞ」
「何言ってるの、帰れるわけないでしょう? 校舎を出た途端に、もの凄い人に囲まれるわよ? それに、実行委員の仕事だってちゃんとやって貰わないとね?」
「仕事、って‥‥この格好でか?!」
「当然でしょ? あ、クラスの方もちゃんと手伝ってねv」
どうやら、逃げることだけに専念させては貰えないらしい。全て橘の策略だろうか‥そう思い、怨みを込めて橘を見つめるが、当の彼女はそんなもの何処吹く風で、「アラ、」と如月の後ろを指さした。
「あーっ、如月くんいたーっ」
橘の指さした後ろの方から、何やら集団が如月に向かってきていた。
「見つかっちゃったわよ、如月君。どうする?」
「‥‥‥‥‥」
楽しそうに笑う橘をひと睨みしてから、如月は急いでその場を離れた。
(こうなったら、逃げて逃げて逃げまくってやる! これでも江戸の隠密、飛水家の末裔だ! 舐めてかかるとどうなるか、見せてやる!!)
心に固く決意して、如月はもうダッシュで取り敢えず隠れられるところを探した。
龍麻御一行が王蘭学院に到着したのは、丁度お昼頃だった。
「おお、すっげーな。結構盛り上がってんじゃん」
王蘭の文化祭なんて、真面目で質素なものだと勝手に想像していた京一は、その盛り上がりぶりに驚嘆していた。
「そーだね。翡翠、どこかなー?」
受付でもらったパンフレットを見ながら、龍麻は傾げる。
「取り敢えず、如月さんのクラスまで行ってみれば良いんじゃないかい?」
「翡翠のクラスって、どこ?」
「ええと‥確か‥‥」
壬生は龍麻の持っているパンフレットを覗き込み、如月のクラスを探そうとした。その時、近くを歩いていた数人の男子生徒の会話が聞こえてきた。
「おい、如月の奴、動き回ってないで一カ所に留まってるってよ」
「マジ? じゃあそこ探せば‥‥」
「でもよ、あの如月が大人しく捕まると思うかー?」
「うーん、ま、大勢で押さえつけりゃ、身動き取れないだろ」
「そりゃ、卑怯ってゆーんじゃねぇか?」
「いいんじゃねーの。何でもアリだろ」
そこに出てきた名前と不穏な内容に、龍麻はぴくりと反応した。
「な‥なに? 何かヤバイ会話が聞こえて来なかった? 如月って、翡翠のことかな? ねぇ、壬生‥‥‥」
振り返ったそこに、既に壬生の姿はなかった。
「壬生なら、凄い早さでどっか行ったぜ」
「‥‥‥流石、翡翠のこととなると常以上の力がでるなぁ、壬生ってば‥‥」
「‥‥‥で、何があったんだ?」
「さぁ、何だろうね?」
そこらへんにいる奴、締め上げて聞いてみる? さらりと恐ろしいことを言う龍麻に、イヤ、別に締め上げなくても良いだろ、と京一は引きつった笑いで応えたが、構わず突進していく龍麻を止めることは出来なかった。
(まぁ、壬生程じゃないにせよ、アイツも如月のことになると怖ェからなァ)
心の中でため息をつき、ちょっと妬けるぜ、ってな感じで。とにかく京一はこの人混みはぐれないよう、龍麻の後を追った。
一方、男子生徒の不穏な会話を聞いた後、何も考えずに猛ダッシュしたかのように見えた壬生だが、ちゃんと校舎の中にいるはずの如月の気配を探っていた。ただ、いつも以上に上手く隠してあって探すのに苦労したけれど。だけど、この僕に如月さんが見つけられない筈がない! その根性だけでなんとか探し出した、その場所は、校舎の隅の方にある体育倉庫だった。
「如月さん、無事ですかっ」
ガラッ! ともの凄いイキオイで扉を開けられて、中にいた如月はびくっと身を竦ませた。だが、続いて聞こえた声に誰だかを悟ると、安心したようにため息を吐いた。
「‥‥‥壬生〜‥‥‥」
幾分間の抜けた声で、その名を呼ぶ。
「如月さん? いるんですか? 良かった、無事なんですね‥‥」
その声を頼りに、壬生は狭い体育倉庫の中の如月の姿を探す。果たして如月は、隅の方に置かれていた跳び箱の中で、身を小さくして体育座りでぺたり、と床に座り込んでいた。
その姿を発見して、壬生は思わずうっ、と唸る。
(か‥‥‥可愛いッ!!)
拳武館のセーラー服に薄いメイクと紅い唇。膝を抱えて丸くなって、涙目になって壬生を見上げてくる、その表情。‥鼻血が出るほど、可愛かった。
(っは! いけないいけない)
思わず壬生は鼻を押さえる。こんな所でギャグに走ってしまうわけには行かない。‥とにかく如月のその姿は、想像以上に可愛かった。本物の女性だって敵わない。実際コレを着て拳武館に紛れ込んでもわからないんじゃないかと思うほど、似合っていた。これは是非、貰って帰らねば! と、密かに壬生が誓っていたのは言うまでもない。
「‥‥‥ちっとも無事じゃないよ‥‥‥」
そんな壬生の心情は勿論知らず、如月は上目遣いになって壬生に縋るような視線を向ける。
「‥何が、あったんですか‥‥‥?」
その仕草にまた必死に鼻を押さえると、理性をフル動員して何でもないような表情を作る。
「壬生、お願いがあるんだけど‥‥‥」
だが如月は、そんな壬生を煽るような視線を向けて、縋るような声を出す。
「お願い、僕を連れて、逃げてくれ!」
「!?」
そうして二人の、逃走劇は始まった。
「はぁ、成る程‥そう言うことだったんですか」
感心した様子で呟く壬生に、如月はキッと睨み付けて、
「そう言うことだったんですか、じゃないだろう! 全く冗談じゃない! あんなの騙し討ちだ、卑怯だ! 僕の意見なんか全く無視だ! 酷いだろう?!」
拳を作って力説している。
「でも‥じゃあ、無理矢理でも逃げればいいじゃないですか。如月さんなら、それも可能でしょう?」
尤もな壬生の意見に、如月はうっと詰まった。
「な、なるべくことは荒立てたくないし‥それに‥‥‥」
ごにょごにょと言い募る。どうやら如月は、あの写真のことが気になっているらしい。他にも隠し撮りされた写真なんかあるだろうが、面と向かってばらまかれる、なんて言われたらそりゃあ何としてでも阻止せねば、なんて気持ちになるのは当然だし。
「それに‥‥‥?」
でも、なんとなく壬生には言いづらかった。
「〜〜〜とにかくっ、一度引き受けてしまったことだ、仕方がない! 馬鹿馬鹿しいほど腹が立つけど、逃げるのも癪にさわるし! どうせなら最後までつきあってやるさ!!」
ふんっ、と鼻を鳴らして如月はそっぽを向いてしいまった。その様子に。壬生はくすっと密やかに笑う。
(如月さん、意外と負けず嫌いだからなぁ)
本人に意識はないだろうが、それはつい可愛いと思ってしまうような子供っぽい感情で。でもそうなったら、意地でも意志を変えないことを壬生は良く知っていた。
「別に最後までつきあわなくても、直ぐ終わらせる方法がありますよ?」
「え?」
「ほら、行きましょう」
壬生は如月の腕を引いて立ち上がった。
「ま‥待て、壬生! 行くって何処に?!」
今ここからでたら、きっと大勢の人に囲まれてしまう‥。そう思っている如月は、なかなか立ち上がろうとしない。
「決まってるじゃないですか。ステージですよ」
「な、何しに?!」
壬生と一緒に、ステージへ。ここまでくればわかりそうなものだが、如何せん今の如月は思考がまともに働いていなかった。
「だって、簡単でしょう? 僕がいるんですよ? だから‥」
ぐいっと、手を引いて如月を引き寄せると、その唇にちゅっと口付けた。
「‥‥‥こうするんですよ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜まさかっ」
「そのまさかです。さ、行きましょう」
「い‥嫌だ!」
だが如月は、その手を振り解こうとする。
「‥どうしてですか? 僕が勝者になればなんの問題もないじゃないですか。それとも‥僕と、キスするのが嫌なんですか?」
殊更悲しそうな顔を作ってみれば、途端に如月は真剣な表情で必死になって言い返してくる。
「ば、バカ! 君とキスするのが嫌なんじゃない! ただ、だけど、だって!! ‥ひ、人前でなんて出来ないっ!」
「僕とでも?」
「君とだから、尚更だっ」
「‥え?」
「どうして他の人間に見せてやらなきゃならないんだ‥‥‥」
真っ赤になって俯きながら、段々と小さくなっていく声で如月は言う。その思ってもみなかった言葉に壬生はいっそう深い笑みを見せると、
「‥そうですよね、」
さっきより、ちょっと深いキス。
「こんな如月さんの表情、他の人間なんかには絶対見せたくありませんね」
「〜〜〜〜〜っ。もう、いいっ。わかったなら、逃げるぞっ」
「はい。如月さんは僕がちゃんと護りますよ」
壬生は妙に上機嫌になって、しっかり如月に約束して見せた。
「ただ、一カ所に留まってるのはやはり危険ですから。多少誰かに見つかっても逃げ回った方が良いですよ」
「そういうものかい?」
「そういうものです。如月さんの技は、一般人に向けるのはちょっと拙いですけど、僕のは力さえいれなきゃ単なる蹴りですからね。ま、それでも充分でしょう?」
安心させるような微笑みと、心強いその言葉に、如月は改めて安堵のため息を吐く。
「‥やっぱり、君がいてくれて良かった‥‥‥」
「絶対、逃げ切りましょうね」
「当然だ」
不適に笑って、二人はそこを飛び出した。
「人間って言うのは、賞品がからむとどうしてこう必死になるのだろうな‥」
体育倉庫から飛び出した二人は、瞬間に大勢の人間に囲まれていた。それを壬生が蹴散らし道を造って、校舎の中をどうにか隠れながらうろうろしていた。一カ所に留まっていなければ、探し出される危険性も低くなる。移動中は見つかりやすいだろうが、そこは容赦なく蹴り飛ばしてしまえばいいわけで。走り回って疲れた体を休めるために潜り込んだ使われてない教室の一角で、如月はため息を吐きながら呟いた。
「こんな必死になるほど、価値あるものなのか、それは‥‥」
「そういうものですよ、人間なんて」
何だか悟りを開いた人間みたいな言い方だが、壬生にはわかっていた。如月を狙ってくる大半(それも男子)が、当に如月の唇目当てだと言うことを! 壬生曰く、「目が本気」だ、そうだ。所詮は同じ穴の狢。壬生だって彼らの気持ちも分からなくもない。だからこそ、必死で逃げていた。
「あっ、いたよ〜翡翠〜」
そうして休んでいると、突然扉が開き暢気な声がした。‥龍麻の声だ。
「も〜探したよ。何処行ってもいない‥んじゃ、なくてさ。何処行ってもいるんだけど、すーぐどっかいっちゃってさ。おれたちずっと追いかけてたのに、気付かなかったでしょ?」
ちょっとむくれて、龍麻は言う。そりゃあ、まぁ。あんだけ大勢に追っかけられてれば、その中に龍麻がいるのかどうかなんてちょっとわからない。第一、逃げるのに必死だし。
「ああ、悪かったね、龍麻。折角来てくれたのに。相手も出来なくて」
「ううん。それより面白いことになってるみたいだし?」
にしし、と龍麻が笑った。‥嫌な予感が、した。
「ねー、このゲームってさ、王蘭の生徒じゃなくても良いんでしょ? じゃ、おれも参加しても良いんだよね〜?」
‥ま、拙い! 如月はタラタラと冷や汗を流した。龍麻にゴネられたら最後、断り切れる自信が如月にはなかった。しかし、この仕打ちを甘んじてうけるわけにもいかない。
「た、龍麻、」
先手必勝、とばかりに断ってさっさと逃げようとした如月に、龍麻はのんびりと声をかけた。
「言いたいことはわーってるってば。ふふ、今回のおれは良い子ちゃんなのだ!」
「は?」
「いやだな、おれが翡翠が本気で嫌がってることをするわけないでしょ」
‥龍麻! 如月は本気で感動した。流石は僕の黄龍だ! 今度店の品、何かまけてあげよう!! きらきらを目を輝かせて龍麻を見る如月に、壬生は苦笑して「良かったですね」と呟いた。
「じゃ、おれ適当に京一と見て回ってるからさ。翡翠は、頑張ってよね」
「手伝ってくれないのかい?」
「なーに言ってんの。翡翠には、壬生がいれば充分でしょ」
「龍麻‥‥‥」
「じゃ、そゆことで。翡翠、ちゃんとてーそーは壬生に守って貰うんだぞ!」
「龍麻!////」
「あはは〜。頑張ってねんv」
そう言うと龍麻は京一と二人、仲良く手を繋いで何処かへ行ってしまった。
「‥なんだかんだ言って、龍麻はやっぱり蓬莱寺なんですね」
「え?」
何故ここで京一の名が出てくるのかがわからず、如月は首を傾げた。
「まぁ、さっきの龍麻の言葉は確かに本気でしょうが、多分彼の説得が何割か占めてるんじゃないですか」
「ああ‥成る程」
面白がってゲームに興じようとした龍麻を、京一は必死になってどうにか止めたらしい。そうでなければ、あの龍麻がこんな面白いイベントを何のちょっかいもなく見過ごすわけがないのだ。
「京一くんも大変だね」
「同情の余地はないですけどね」
二人はしみじみと呟くと、とそんな場合じゃなかった、とはたと気付く。
「壬生、残り何分だ?」
「え? あー‥後30分くらいですね」
意外と時間が経っていたらしい。残り30分。このままいけば、逃げ切れる。
「‥よし、逃げ切れるな」
「気は抜けないですけどね」
「そのとーりよ!」
「?!」
突然背後から第三者の声がした。
「た、橘さんっ?!」
ああ、コレが噂の‥。壬生はまじまじと唐突に現れた女性徒の姿を眺めた。その視線に気付いたのか、橘も壬生の方を見る。
「はは〜ん。彼が噂の、姫を守るナイト、ってわけね。何か今回は変な邪魔者がいるって噂になってるわよ〜? それでみんな、余計に燃えているらしいの」
どうやら壬生の存在は火に油を注ぐものだったらしい。如月は思わずくらっときてこめかみを押さえた。
「これは毎年のことなんだけど、残り10分あたりが一番凄いわよ。みんな熱くなっちゃってね〜。毎年怪我人まで出る始末なのよ」
「そんなイベント、どうして中止にならないんだ!」
「アラ、だって面白いじゃない。流石に死人が出たら止めるだろうけど」
「そうなる前に止めないか、普通‥」
「アラ、如月君が普通を主張するのも何だか新鮮で良いわね」
「‥‥‥‥‥」
「さて、あら、もう残り20分ちょいね。みんな死にものぐるいで狙ってくるわよ、気を付けてねv 誰にも捕まらなかった場合は、如月君一人でステージに来るのよ。大丈夫、3時を過ぎれば誰も動かなくなるから。逃げたらダメだからね。じゃ、健闘を祈るわ〜♪ あ、それと如月君、仕事はサボっちゃダメよ。実行委員としての仕事、有るって言ったでしょ? 招集かかったら、ちゃんと来るのよ?」
「ちょ、まっ‥‥!」
何しに来たんだ、と叫びたくなるほど橘は突然来て突然去っていった。結局、何が言いたかったのだろう? と、いうか。彼女は何をしてるんだ? だが生憎とその疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。
「‥‥‥行っちゃいましたね」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥紅葉、」
「はい?」
「何としてでも逃げ切るぞ。ヤツらの思い通りになど、なってたまるか‥!」
「奴らって‥‥‥」
問題がすげ替えられいるような気がしないでもないが、この際理由は何でも良いらしい。とにかく如月は逃げきることしか頭になかった。
「勿論、僕はちゃんと貴方を護りますよ」
「襲ってきた奴ら、片っ端から蹴り倒してってくれてかまわん」
「遠慮なく?」
「遠慮なくだ」
「わかりました」
「じゃ‥行くぞっ!」
そして最後の戦いの幕は上がった。
ドカッ、バキッ、バシャンッッッ!!
それでも流石に幾分手加減して、壬生は向かってくる人をなぎ倒していった。最早男も女も関係ない。如月を狙ってくる輩は容赦なく蹴った。どさくさに紛れて如月も力を浸かったりして、彼らの通った後には屍の山が築きあげられていた。こりゃあ、今日は病院が繁盛するだろう。
「‥‥‥こんなになっても普通に文化祭してるなんて、変な学校ですね、王蘭学院て」
途中、壬生がぼそっと呟いたが、生憎それを聞き咎めたものは誰もいなかった。
残り、10分。丁度壬生が時計を確認したときだった。ピンポンパンポーン♪という尻上がりなチャイムの後、校内放送が流れる。
『3年4組文化祭実行委員の如月君。至急中庭まで来て下さい。繰り返します。3年4組文化祭実行委員の如月翡翠君。至急中庭まで来て下さい』
ピンポンパンポーン♪ 今度は尻下がりで鳴る。壬生は如月の方を振り返った。
「‥どうしますか?」
「罠だ。無視しよう」
にべもなく如月は言い放ったが、やはりそうは問屋が下ろさなかった。
ブツッ‥
『如月君ッ! 実行委員の仕事まだ残ってるって言ったでしょ! 早く来なさい! さもないとどーなるかわかってるでしょうね?!』
どうなるか‥如月には予想がついた。人質‥基、物質にとられている写真が脳裏を掠めたのだ。
「っく、卑怯な‥! 行けば良いんだろう、行けばッ!!」
半ばやけくそ気味に叫んで、如月は走り出した。
「如月さん?!」
「ぜっっったい、逃げ切ってやる!!」
最早壬生の声も耳に届かぬ様子で、如月は猪突猛進なイキオイで中庭に向かっていった。
「いたぞ、如月だ!」 「中庭に向かってるわ」 「よし、先回りしよう!」
壬生と如月は人々を蹴散らせながら走るが、何せ相手は500人近くいるのだ。そうそう楽に通れるものではない。
しかも。
「‥‥‥うわっ!」
「如月さん?!」
‥コケた。慣れないスカートのせいか、思いっきり‥コケた。
「‥‥‥‥‥うわぁぁっ!!!!」
そのスキがまぁ、見逃されるはずもなく。
「如月さん!!」
壬生も間に合わず。
チ―――――――ン。ご愁傷様です。
襲ってくる何十人もの人の中心で、如月はもみくちゃにされている。
「ま、拙い、かも‥」
壬生が心配しているのは如月自身ではない。王蘭の校舎の方だ。先程から如月は大分キレていた。ここまできて、無事に終わるはずがない。案の定、如月の体が淡く光り始める。
「如月さん!!」
止めている暇など、なかった。
「‥‥‥ふざけるなーッ!!」
どばしゃんッ!!
突然の大雨が、王蘭学院を襲う。忍者タートルな如月翡翠がそこには、いた。
「如月さん‥」
やっぱり‥と、この後のフォローをどうしようかと頭を巡らせながら、壬生はびしょぬれでその場に呆然と立ちつくしていた。
そしてどうなったのかと言えば。
一時の豪雨は治まったものの、雨は夜になっても降り止まず、その殆どが終わっていたのと怪我人が数人出ていたのも手伝って結局そのまま文化祭は終了。ゲームも有耶無耶になってしまったらしい。何故かメインステージも水によって流されてしまっていたらしいし。この異常気象に誰もが首を傾げたが、その疑問を誰にぶつけて良いかもわからず多少の噂になっただけでそのうちなくなった。
かくして、如月の最悪の2日間は幕を閉じた。
「最初っからこうすれば良かった!!」
一人の少年の後悔と、
「絶対今度、プライベートで着て貰おう♪」
自高の女子制服を握りしめる一人の少年の野望と、
「ふっ、如月君てばまだまだねッ! ゲームが流れちゃったことで、この写真のプレミア度アップ☆ 一枚1000以上で売れるわッv」
隠し撮り写真を闇で転がす、一人の悪女の笑みを残して。
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