
| ((1)) 妖精剣士 | |||
北極と南極は氷に覆われていたが、高緯度地域は浅い無数の湖沼が広がっていた。 幅の狭い中緯度地域はサバンナで、低緯度地域は密林で覆われていた。 そして何より赤道に沿って、大河とでもいうような細長い水域が惑星を一周しているのが特徴だった。 植生は緯度によって明確に分かれ、衛星軌道から見下ろすと、ガス惑星のように惑星表面に縞模様が浮かび上がっていた。 今、辺境星域探査公社の新米パイロット、イーデル・グランドールは、惑星探査車フロンティア・エクスプローラーを操縦して、サバンナと密林地域の境界域に達したところだった。 「あれはシダだわ。なんて大きいの!?」 密林の始まるところには巨大なシダが生えていた。高さ7カルト (約20メートル) はありそうで、フロンティア・エクスプローラーよりも高くそびえていた。 イーデルは艦橋の天井のハッチをあけると、操縦席を踏み台にして艦橋の上の展望台に登った。湿気のある生ぬるい空気がイーデルの肌にまとわりつく。 「シダのほかに、見たことのない巨大な植物が、はるか地平線まで続いている。…進むしかないのかしら?」 イーデルが見上げると、緑色に染まった空が重苦しく広がっていた。 「こんなはずじゃなかったのに…。」 ここ百年ばかり、宇宙のあちこちで時空震が頻発するようになっていた。原因は200年ほど前に人工的に作られた限界空間と呼ばれる特殊空間が崩壊したことで、その際に生じた時空の歪みの影響と考えられていた。 時空震と言っても不安定な重力波が突発的に生じるだけで、文明社会に被害が及ぶことはなかった。しかし長期的な影響が不明だったため、イーデルが所属する辺境星域探査公社を始めとして、いくつもの機関が辺境星域の調査を続けていた。 イーデルはパイロット養成学校を卒業したばかりで、就職難の時勢の中、運良く辺境星域探査公社に入社できた。そして入社早々回ってきた初仕事が、銀河のもっとも辺境に位置するシーメント星団の調査だった。 シーメント星団には未踏査の暗黒星雲があることが知られていたが、たまたま時空震が暗黒星雲の近くに発生し、その影響で星間物質の分布が変化した。その結果、星間物質の濃度が薄くなった方向から、暗黒星雲内に存在する未知の恒星系が発見されたのである。 遠距離観測でさらにその恒星系に惑星が存在することも確認され、さっそく現地調査に赴いたのが辺境星域探査公社であった。イーデルはその探査チームの予備パイロットとして採用された。
爆発音、震動、停電…。うす暗い非常灯の下を救命艇に急ぐイーデル。しかし同僚から離れてイーデルがひとり乗り込んだのは、宇宙空間へ脱出する救命艇ではなく惑星着陸用ポッドだった。 わけがわからぬまま未知の惑星の大気圏に突入するポッド。やがて耐熱盤が自動的に分離し、ポッドの中から躍り出たフロンティア・エクスプローラーのパラシュートが開いた。 やがて高緯度の湖沼地域のあまり深くない水上にフロンティア・エクスプローラーは着水した。 地上に降りてしばらくの間は、イーデルは宇宙に脱出したはずの仲間への通信を何度も試みた。しかし通信機の故障か、それとも通信が何かに妨害されたのか、まったく応答がなかった。 フロンティア・エクスプローラーは1人乗りの探査車である。前部に筒状の艦橋が上方にそびえ立ち、中は2階建てになっていて、上階が操縦室、階下が寝室、台所をかねた居室になっている。2、3か月は自給自足できるこの狭い空間で、イーデルの一人暮らしが始まった。 最初に降り立った湖沼地域には、わずかな水草が生えているだけで、鳥も魚も動物はまったくいないようだった。 宇宙船の事故の直前に、わずかに観測できたこの惑星のデータによれば、低緯度の方向に草原や森林地帯があるようだった。このまま惑星外と連絡がとれなければ、いずれ食料が尽きる。その時に備えて、食料が確保できそうな地域へ移動する必要があった。 イーデルにとって勝手の違うフロンティア・エクスプローラーで南下する日々が続いた。やがて陸地が広がる中緯度地域に着いたが、乾燥した下草が広がるだけで、ここにも食物になりそうな動植物は見つからなかった。 「まったく動物がいない…。虫1匹いないわ。」 乾燥した草も花をつけない種類の植物のようだった。 絶望感におそわれながら、それでもイーデルは前進を続けた。森林地帯に行けば、食べられる植物もあるかもしれないという一縷の望みを抱いて。 サバンナのはずれにくると、地面を巨大な岩が覆っていた。キャタピラでも走行が困難だったので、イーデルはフロンティア・エクスプローラーの上部中央から4本の長い脚、スパイダー・アームを伸ばし、キャタピラを持ち上げて進むことにした。 ただでさえ遅い進行速度が、さらに遅くなった。この間にもイーデルはたびたび通信を試みたが、ついに一度も連絡がとれなかった。 そしてようやく密林の入り口にたどりついたイーデルを出迎えたのが、巨大なシダだったのである。
フロンティア・エクスプローラーの艦橋の上からジャングルを見渡してイーデルはそうつぶやいた。 その時、突然何かがシダの葉の影で動いたのに気づいた。 「何?獣?」 艦橋の下を見下ろすイーデル。その視線の先に、2つのおおきな緑色の瞳があった。 それは人間のようだった。小柄な少年…か、少女。身長は4ラカルト (120センチ) そこそこで、肌が日焼けした半裸の子ども。そのつぶらな瞳と直接見つめあっていた。 緑色の瞳、そして髪も緑色だった。…さらに緑色のノースレーブ、ミニスカートの服を来ている。全身が緑に包まれ、草木の妖精のイメージがイーデルの脳裏をかすめた。 「マ・ジウ…。オ・オンナ、ウカマ・テイルウ…。」 当然その少女が何かを叫んだ。 「え?何て言ったの?」少女に問いかけるイーデル。 少女はイーデルを見上げたまま、腰に吊るしていた剣のようなものを抜いた。しかしその剣のように見えたものは、刃のついていない1ラカルト (約30センチ) の棒だった。鍔のようなものがついているが、武器にはなりそうもなかった。 「それ、何なの?」再び話しかけるイーデル。 その時、イーデルは目を見張った。 少女の背中から突然光り輝く膜のようなものが伸び、あっという間に2つの翼になった。そして次の瞬間、少女は宙に飛び上がっていた。 イーデルと同じ高さまで上がって滞空する少女。イーデルはあまりの出来事に、一言も発することができなかった。 「マ・ジウ…。タオス…。」 少女が再び口を開いたかと思うと、少女の持つ棒が光り輝く剣に変わっていた。光の剣をフロンティア・エクスプローラーの艦橋にたたきつける少女。イーデルは驚いて眼を見開いた。 「やめて、やめてっ!傷つけないで!!」 展望台から身を乗り出して少女を制止しようとするイーデル。すると少女は攻撃を中断し、イーデルに近づいてその腕をつかんだ。 そのままイーデルを引っぱる少女。イーデルは展望台から落とされそうになって、あわてて手すりにしがみついた。 「落ちるから引っぱらないで〜!!」 その声を聞いて少女は手を離した。 「オ・マエ、トベ・ナイ?」 「そうよ!私は飛べないの!! …ええ?」 会話が成立しているのに気づいて、イーデルは顔を上げて少女を見つめた。 「私の言ってることもわかる?」 少女はうなずいた。「ワ・カル、ワ・カル。」 「訛りは強いけど、銀河標準語だわ…。ここは昔から隔離された世界じゃないのね?」 だが、イーデルは翼を持つ人類の存在など噂にも聞いたことがなかった。 |