聖ガニメデ女学院第2部

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第2部10時間め:アテナ脱走
 翌朝、真理は早めに教室にきてポットベリィに話しかけた。「ねえ、ポットベリィ。」

 するとだるまストーブの両側から腕が伸び、煙突をずらすと顔を出した。「お早うございやす、真理殿。」

 「お早う。…ねえ、あんた、夕べ何か感じなかった?」

 「何かっと言いやすと、…何でしょうか?」

 「あなたが前に目覚めた時に感じたような、不快な気分とか…?」

 「いいえ、特に…。ひょっとしたら既に眠っていて気がつかなかっただけかも知れやせんが。」

 「あんたも寝るの?」

 「それは当然でやす!24時間休まず働けるロボットなんかじゃありやせん!!」憤った口調のポットベリィ。

 「ごめん、ごめん、言い方が悪かったわ。…夕べ何かが上空を通過したのを感じたの。何か分からないけど、あなたに変な影響がないか気になってね。」

 「そいつはお気遣いありがとうございやす。特に異常は感じやせんが、そろそろ火を焚いていただけるとうれしいでやす。」

 「もうすぐストーブ当番が来るから、ストーブに戻っていてね。」

 その日の1時間目はメリヤ嬢の数学だった。ポットベリィ事件から日数がたっているが、いまだにメリヤ嬢はだるまストーブを気にして、なるべく近くに寄らないようにしていた。

 「じゃあ、この練習問題を解いてもらいます。…ちょっと難しいですから、小津さんと、…そうね、館岩さん。」

 返事をして立ち上がるルーと真理。以前は真理は教師にあてられると見るからにつらそうな表情をしたが、最近は待ってましたとばかりに胸をはって立つことが多くなっていた。

 黒板の前へ進む2人。白墨を手に取ると、真理はルーよりも早く答を書き上げた。

 「おお〜」とため息をもらす級友たち。彼女らはまだ真理の変化に慣れていなかった。

 遅れてルーが答を書いて席に戻ると、メリヤ嬢が答を確認した。
 「館岩さん、最近のあなたはよく勉強しているようで、一部の隙もない見事な解答です。…小津さんもまあまあですね。」

 教室内にぱらぱらと拍手が鳴り響き、真理は顔を赤らめてうつむいた。もちろん照れたためだけではなく、自分の努力の結果や実力でないことにやましさを感じていたからである。

 「ほかの先生方もほめていましたよ。もっとも裁縫関係は相変わらずのようですが。」

 がくっとなる真理。ルーも他人事ではなく白目をむいた。

 「その調子で期末試験もがんばりなさい。」

<バラの造花を作る絵里>
 放課後、白兎寮に戻った真理はルーに言った。
 「やっぱり罪悪感を感じるわ。…この腕の機能のことは、絵里にも詳しく話してないけど、…絵里ったら私が勉強なんかしていないのを知ってるくせに本気でほめるんだから。」

 「でも、その腕の変化は不慮の事故で、あなたの責任じゃないわよ。」

 「そうだけど、みんなに内緒にして秀才ぶっているのはつらいわ。…でもこの腕のことを話すと『ずるい』って思われそうだし。」

 「じゃあ、わざと答を間違えてみたら?」

 それを聞いて真理は頭を抱え込んだ。

 「ああっ、そう言われるとも思ってたけど…、でも、でも、こんなに勉強ができたって経験は、私の17年の人生の中で一度もなかったことなのよ!…わざと頭の悪いふりをするなんてできないわ!」

 「…その言い方こそ、反感をもたれるかも。…絵里なら変にねたむってこともなさそうだから、少しずつ事情を説明してみたら?それから美奈子たちにも徐々に白状していくことね。」

 そこへ絵里が戻ってきた。数学の補習を受けていたのである。

 聖ガニメデ女学院では、全寮制であることをいいことに、成績が極端に悪い生徒は夕食後に補習を受けることになっていた。絵里は文系と家庭科関係は得意だったが、理系、特に数学は苦手だった。

 今までは真理もいっしょに補習を受けていたが、左腕の電導神経系のおかげでミシンの宿題以外は放免されていた。

 「お疲れさま、絵里。」声をかけるルー。真理は申し訳なくて何も言えなかった。

 「ああ、ようやく終わったわ。…じゃあ、造花作りの続きを始めようか。」

 真理は顔を赤くしてうなずいた。「サンキュー、絵里。」

 「絵里ってほんとにやさしいわね。」ほほえむルー。

 「やだ、照れるじゃない。…試験前には2人に数学とか教えてもらうから、その時こそよろしくね。」

 ますます顔を赤くする真理に気づかずに、絵里は机の上に置いてあった箱をあけると、中から作りかけのバラの造花を取り出した。

 作り方はそれほど難しいわけではなかった。和紙を2、3枚はりあわせて、花弁や葉っぱの形に切り、絵の具で色を塗って乾かす。乾いたら適当に丸みをつけて、のりでくっつけていくだけであるが、花弁の丸め方やまとめ方で本物の花らしくなったり子どもの下手な工作そのままになったりして、けっこうコツと美的センスが要求された。和紙の質感を生かすのも重要だった。

 細かい作業が本来苦手な真理は苦労を重ねていたが、それでも3本に1本はそれらしく見えるようになってきた。

 「花束にしてまとめれば、細かいところは気にならなくなるから、がんばってもっと作りましょう。」

<エアロタキオン>
 大気圏内航行用メカ。1人乗り。機体後部にロケットエンジン6機、翼にジェットエンジン6機を備えている。

 機体上部にレーダードーム、下部にプラズマ砲2門を備える。

 タキオンII (飛行形態) と合体して大気圏内の飛行を支援する。

 ルーが茎にする竹ひごに緑色の和紙を巻いていると、チップの通信機の呼び出し音が鳴った。チップを取り出すルー。もちろん通信相手は作造しかいない。

 「何?」

 しばらくの沈黙の後、作造の声が響いた。「アテナに逃げられた。」

 「何ですって!?」

 大声を上げて立ち上がるルー。真理と絵里も驚いてルーを見上げた。

 「あの、やっとつかまえたアテナを逃がしちゃったの!?」

 「どういうこと!? アテナは重力シールドで囲んでいて、あれを破ることは不可能よ!」

 「支柱部分から潜入され、制御システムを乗っ取られたようだ。…電導神経系の侵入能力は予想以上だ。合金に酸か何かで溶かされたような細い孔ができている。…しかしアボン・レプスのセキュリティ機能が働いたので、アボン・レプス自体は乗っ取られずにすんだようだ。」

 「どこへ逃げたの?」

 「さすがに太陽系外へ逃げるのは無理だろう。」

 「じゃあ、やっぱり地球へ…?ま、まさか?」

 「ああ、昨日遭遇したジェット戦闘機が、アテナにとりつかれたやつかもしれん。」

 「トロイだけじゃなく、アテナまで…。特にアテナは一度つかまっているから、警戒してるわね。どうする?」

 「トロイ対策用のメカを作り始めている。それでアテナにも対処できると思うが、場合によっては操縦も協力してもらうことになるかもしれん。」

 「タキオンIIとその新メカとの共同で立ちむかうわけね。…どういうメカなの?」

 「大気圏内飛行用の支援メカ、名づけてエアロタキオンだ。」

 「エアロタキオンねえ。…即物的な名前ね。」

 「悪かったな。じゃああの子にまた名前をつけてもらうか?」

 「あの子って、螢子さんのこと?…う〜ん、螢子さんの趣味も分からないから、エアロタキオンでいいわ。…完成したら、また連絡して。」

 そう言ってルーは通信機を切った。不安げに見つめる真理と絵里に気づく。

 「大丈夫よ、真理、絵里。…また何とかしてつかまえるわ。」

 「でも、またこの学校が乗っ取られたら…。」真理の顔を横目でうかがう絵里。

 「今度は大丈夫。異変が起こる前に私が気づくわ。」左手を壁に当てる真理。

 「大丈夫よ。まだ何も起こっていない…。」

 「すごいっ!何で分かるの?」

 「それわね、絵里…。」

 真理は絵里に左腕の電導神経系のことを話した。これでアテナのような電導生命体を感知できること、ポットベリィを服従させたこと、そして急に勉強ができるようになったわけも。

 「…だから、本当は私の頭が良くなったわけじゃないのよ。」

 「すごい〜っ!」絵里は驚嘆して叫んだ。

 「つまり、超能力が使えるようになったわけね!それってエスパーよ!!」

 「…え、えすぱ?」

 「私にうちあけてくれたことは嬉しいけど、やっぱりほかの人には言っちゃだめよ、真理!超能力者は頭の硬い旧人類に理解されず、ねたまれて迫害を受けるんだから!!」

 「あんた、やっぱり石森章太郎の漫画の読み過ぎよ!」

<昭和ミニコラム>
  • エスパー:ESP (Extra Sensory Perception:感覚外知覚、超感覚的知覚) を持つ超能力者のこと。念力などをも含めた超能力全般の持ち主として使われることが多い。石森章太郎は昭和40 (1965) 年以前からサイボーグ、ミュータント、アンドロイドなどのSF用語を題名に冠した作品を発表し、月刊誌「冒険王」の昭和40 (1965) 年11月号から翌年2月号まで「エスパー」という作品を連載していた。また、同じくエスパーという言葉の普及に貢献した「光速エスパー」は、昭和39 (1964) 年に東芝のマスコットキャラクターとして漫画家あさのりじ (浅野利治) 氏がデザインしたもので、月刊誌「少年」に昭和41 (1966) 年から昭和43 (1968) 年3月号までマンガ作品として連載された。さらに昭和42 (1967) 年8月1日から昭和43 (1968) 年1月23日まで全26話で日本テレビ系列で放映され (三ッ木清隆主演の実写版)、月刊誌「少年ブック」に昭和43 (1968) 年6月号から昭和44 (1969) 年4月号まで松本零士作画で新シリーズが掲載された。

 

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