宇宙皇女

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- 1 : 武装商船 -
 メルフィリアは空間に浮かんでいるいくつかのスクリーンを一瞥すると、いかにもやる気がなさそうに背をそらし、両腕を伸ばした。

 額と首にかけている宝玉が音をたてずに揺れる。

 メルフィリアは自分が乗っている宇宙船全体の監視をするのが仕事だった。
 その宇宙船はボナンザというふざけた名前のついている武装商船で、銀河の端から端まで積み荷を運搬するのが仕事だった。

 武装が施されているのは、辺境宙域に商船目当てにしばしば出現する海賊に対抗するためのものだったが、広い宇宙でそうしょっちゅう海賊と遭遇し一戦交えるということはなく、今回の航海も無事に、言い換えれば退屈に、既に行程の半ばがすぎていた。

 メルフィリアは宝玉以外には何も身につけていなかった。彼女の部屋にはほかの誰も入って来ないから気楽なものだった。
 メルフィリアは自分のやや小さな胸に手をあてがって、グラマー女優として芸能界に華々しくデビューする自分をしばし夢想した。

 「…まあ、女優は無理としても、本来なら自分の屋敷で優雅に暮らしていて、こんなボロ船に乗ってるはずはなかったのに。」
 メルフィリアはため息をつくと、誰に言うともなくひとりごちた。

 「メルフィリア、メルフィーリア!」

 その時、突然中年男の野太い声が響いた。とたんに宙に浮かんでいたスクリーンがはじけるように消えてしまった。

 「何よ、急に大声出して!?」不機嫌そうに答えるメルフィリア。

 「おい、めしを作っておいてくれ!」
 それは当直中の中年航海士キンツの声だった。

 「そのくらい、自分で厨房まで行って、調理機のスイッチを入れるだけじゃない!そんなことまで言いつけないでよ。」

 「こっちはクソエンジンの調整で手が離せないんだ。」

 メルフィリアは返事をしなかったが、宙に自動調理機のコントロールパネルを出現させると、目に見えない速さでキーを押してデータを入力した。

<メルフィリア>
 「何であいつはいちいち口ごたえするんだ!?」
 キンツは同僚の初老の機関士、ギルに向かって文句を言った。

 「前のナビゲーターは面倒見が良かったぞ。…年のせいか、ミスも多かったけどな。」

 「能力は超一流らしいが、社長がけちったからあんなのが入ったんだろう。…何でも自分じゃさる高貴な身の上だと言ってるんだそうだ。」

 「高貴な身の上じゃ、こんな船やおれたちとはまともにつきあえねえってのか!? けっ!」

 ナビゲーターとは事実上船内全ての機能を制御できる職務であったが、機関の調整や実際のかじ取りは宇宙航路管理法の規定により資格のある機関士や航海士しかできなかった。
 しかしそれはボナンザのような老朽艦だと、しばしば極めて面倒な作業となった。

 微妙すぎるエンジンの調整を何とか終えて安定させると、キンツとギルは艦橋から下の船倉におりた。

 船倉にはコンテナ2つしかなかった。そのコンテナはいやに堅牢で、妙な電子機械がついていた。
 横目で見ながら食堂の方へ移動する2人。

 「今度の積み荷は何だ?はるばるベルネスまで運ぶにしちゃ、荷がいやに少ないが。…いつもは法定限度を超えるくらい積まされるってのに。」

 「聞いてないのか。あの2つは超弩級のRNNだそうだ。」

 「RNN?何だそりゃ?」

 「回転中性子核の略だ。重力発生炉の中心となる材料だ。お前も航海士なら習っただろ?」

 この時期の宇宙船はすべて主推進システムが重力推進、補助推進システムがバーナー(高圧ガス噴射)によるものだった。
 重力推進とは宇宙船前方の空間に人為的に凹み…すなわち重力…を発生させ、そこへ落下させるようにして前進する移動方法である。

 重力推進を担う重力炉は内部に回転する中性子核(RNN)をもつ。中性子核とは非常に密度が高く、かつ重い物体(1 cm3あたり5億トン)で、巨大な中性子核だとそのまま重力崩壊してマイクロブラックホールになってしまうが、重力炉の制御により高速で回転させ、発生させた歪んだ空間の中に密閉してその状態を微妙なバランスの上でたもたせている。
 (回転させるエネルギーは原子力発電でまかなっている。)

 複数のRNNの回転を調整すると空間に波動を起こすことができ、任意の位置にブラックホールに似た空間の凹みを作って推進力の源とする。

 「そんなのおぼえているほど優秀なら、もっといい船に乗ってるさ。」

 「とにかく、これまで人類が手にしたRNNの中では最大級の物で、これ2つで天体級の宇宙船を動かせるんだそうだ。」

<武装商船ボナンザ>
 小型高速宇宙商船。中央に船倉。艦首と艦尾に作業艇が連結。中央から上に伸びているのが艦橋兼観測室。
 左右斜下に主推進機関部があるが、操作室まで通路はつながっていない (通常は艦橋で操作)。
 宇宙海賊が跋扈する時代なので、軽武装を施してある。
 武装:艦首と艦尾のマニピュレ−タ−付属レ−ザ−砲8門、左右機関部に2連装荷電粒子砲10門。

 2人は食卓についた。さっきメルフィリアに注文した料理が、ちょうどできあがった時だった。

 「そんなたいそうなもんだと、目が飛び出るほど高価なんだろうな。…そんなお宝をなぜボナンザなんかで運ぶんだ?」

 キンツはナイフでステーキを切り (キンツはギルとの会話で気がつかなかったが、その時サクッという音がした)、フォークで大きな肉塊を突き刺して口に入れた。突然口の中の物を噴き出すキンツ。

 「何だ、こりゃ!? 肉の表面1ミリを残して、後は全部炭になってるじゃないか!」

 「超一流のナビゲーターだと言ったろ?そんな神業的な調理もできるんだ。」ギルは自分の料理をうまそうにほおばった。

 「う〜ん、メルフィリアの調理プログラムは絶妙だな。…ボナンザで運ぶのは、もちろん社長がダンピングしたためだ。格安で請け負った分、よけいな経費は使えねえ。」

 キンツはコップの水をおそるおそるすすった。
 「確かにボナンザは老朽艦の割には足が速いし、それなりの武装もあるから、ちんぴら程度の海賊なら何とかなるが、この宙域は海賊通りと言われているもっともやっかいなところだぞ。ヤツでも出てきたらどうする気だ?」

 まともな水であることを確認したキンツはコップの水をぐっと飲み干し、突然吹き出した。
 「下半分が濃い塩水だ!…くそ、メルフィリア!」

 「…何よ?」
 スピーカーから少女の声が返ってきた。

 「何だ、このめしは!?」

 「あたし、知らな〜い。…それより後方から何か近づいてきてるわよ。」

<武装商船ボナンザ>
 右が船体中央の船倉で、隔壁を開いたところ。内部にある2つのコンテナが今回の積み荷。その左右にある筒型のものがコールドスリープ装置。

重力操作理論については銀河への飛翔・超重力学講座を参照。
 

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